幕間:増えすぎた黒花
王都中央大聖堂――その地下深く。
限られた者しか立ち入ることを許されない封鎖区画の薄暗い地下空間に、重い足音が響いていた。床一面を埋め尽くすように咲き乱れる花々は、本来なら白く透き通るような色をしているはずだった。
「また、黒花が増えている……」
黒い法衣を纏った神官の一人が、顔を曇らせる。
白留花。
古くから教会に伝わる特殊な浄化植物であり、瘴気や呪詛、黒魔術の残滓を吸収し、その穢れを花弁へと移す性質を持つ。穢れを溜め込むその特性から、現場の神官たちの間では『溜まり花』、あるいは完全に染まりきった姿から『黒花』という俗称で呼ばれることが多かった。本来、穢れを吸った花はゆっくりと枯れていくものだ。
だが今、地下庭園を埋め尽くしている花々のほとんどが黒く染まっていた。白から灰、そして黒へ。まるで腐り落ちるように色を変えながらも、花は異様なほど美しく艶めき、闇を吸って咲き誇っているようだった。地下には、甘ったるい花の香りが満ちている。
「聖女イザベラ様が各地を巡礼されてから、明らかに黒花の増殖速度が上がっています」
「白留花の浄化が追いついていないのか?」
「いえ、恐らくですが逆かと。溜まり花は穢れを吸うほど増えます。つまり聖女様が、それだけ多くの穢れを引き受けてくださっているということです」
苦々しい沈黙が落ちる。
「聖水の備蓄は」
「減っています。このまま地下への供給を続ければ、巡礼地へ回す分が不足します」
「神官を増やせないのか」
「適性持ちが足りません」
「巡礼用の備蓄を回すしかない」
「しかし、それでは地上の治療院が――」
「構わん」
司祭は焦燥の滲む声で低く言い切った。
「これ以上この花を増やすわけにはいかない」
「ルシアン様にも一度相談すべきか」
「精霊との親和性は高いですが、協力を得られるかは」
「カーライル家か。急ぎで遣いを出せ」
その時だった。
風もない地下庭園の奥で、黒く染まった花々が一斉にざわりと揺れた。
神官の一人が、はっと息を呑む。
その瞬間だけ、地下空間から息苦しさにも似た圧迫感が滲んだ。だが、それも一瞬のこと。次の瞬間には、花々は何事もなかったかのように静まり返っていた。
「気のせいか」と、誰かが小さく呟く。
けれど、その場にいた誰一人として、本当にそうだとは思えなかった。




