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無自覚聖女の辺境山暮らし 〜婚約破棄されたけど、新しい相棒と精霊に愛されています〜  作者: なな日々
第2章:広がる噂は規格外編

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第37話 再会と、かみ合わない話

 山道を抜けた先に広がっていたのは、確かに彼らが以前見た光景だった。

 

 だが、あの時と違うのは、一面の季節外れの花々。澄んだ空気。そして、静かすぎるほどの静けさだ。

 ルークとゼインは、入山してからずっと無言だった。


 場数を踏んできた二人でも、この山の空気は別格だった。

 生き物の気配がない。風の音さえも、どこか遠い。


 ただ、確実に『何か』がいる。

 その圧が、足を踏み出すたびに重くなっていく。


「……ここが」


 ルークが低く呟いた瞬間だった。


「あ!」


 弾むような声が、静寂を破った。

 花々の向こうから、ピンク色の髪をなびかせて駆けてくる人影。

 その顔を見た瞬間、ルークとゼインの体が固まった。


「ノクスから聞いたわ! 来てくれたのね! よかった、怪我はもう大丈夫? あの時は……先に帰ってしまって、ちょっと後悔してたの」


 セラは二人の前で立ち止まり、まじまじと顔を見比べた。顔色を確かめるように、少し前のめりになる。


「まだ少し傷が残ってるみたいだけど、顔色はよさそうね。よかった」

「あ、ああ……おかげさまで。ありがとう」


 ゼインはどうにか返事を絞り出した。

 目の前の少女は、あの時と変わらない。屈託なく笑って、心配そうに顔を覗き込んでくる。


 この子が、あの奇跡を起こした。

 改めてそう実感すると、言葉が続かなかった。


「あの……その、あの水は、いったいどうやって……」


 ゼインが絞り出すように口を開く。

 あの夜、黒く腐った瘴気に冒された体を一瞬で洗い流したあの水のことが、ずっと頭から離れなかった。


「水? ああ、その辺の川から汲んで濾過したの。石と砂と炭を重ねて、水を通すだけで、割と簡単にできるの」

「……ろ、過」

「そう! 不純物が取り除かれると、水ってすごくきれいになるの。よかったら作り方、教えるわね」


 ルークとゼインは、しばし言葉を失った。


(……石と砂と炭)

(……割と簡単)


 あの、瘴気すら消し飛ばした奇跡の水が。


「でも、ただ濾過しただけで……あんな効果が出るものなんですか」


 ルークは慎重に言葉を選んで聞いた。


「効果?」


 セラは首を傾げた。


「傷が、すごく早く治って……」

「ああ、それは……そうね」


 セラは少し考え込むように間を置いた。


「傷口の汚れを落としたし……それにこの山って、なんか空気がいいからかもしれないわ。水も美味しいし」


 ルークの思考が、一瞬止まった。


(汚れ……空気がいい)


 エリオはその様子を横目に見ながら、静かに目を伏せた。


 本人は、あの奇跡の理由を本当に何も分かっていない。瘴気という概念すら、おそらく頭にない。

 ただ「この山の水は美味しいから」という認識で完結しているのだ。


「……そう、ですね」


 ルークはどうにかそれだけ返した。

 これ以上聞いても、答えは得られないと悟ったからだ。


 その時だった。


「ノクス! この人たちだよ! 前に出会った怪我してた人たち!」


 セラが不意に振り返り、あっけらかんと告げた。


 空気が、変わった。

 ルークとゼインが、反射的に気配の方へ視線を向ける。


 いた。

 花々の向こう。木々の陰。


 白銀の巨体が、静かにこちらを見ていた。


 音もなく、動きもなく。ただ在るだけで、周囲のすべてを塗り替えるような圧。

 ルークの喉が、ひくりと鳴った。


 数秒の沈黙。

 やがて、ノクスはゆっくりと青の瞳をルークたちへ向けた。


 値踏みするような、試すような。あるいは、ただ静かに観察しているだけなのか。その意図は読めない。

 ルークとゼインは、エリオの言いつけ通り、微動だにせず視線だけを返した。


 さらに数秒。

 ノクスは、ゆっくりと目を細めた。


「セラの客人か」


 低く、静かな声だった。


「うん!」


 セラが元気よく答える。

 それだけで、張り詰めていた場の空気がわずかに緩んだ。


 エリオが小さく息を吐く。ルークとゼインの肩からも、少しだけ力が抜けた。


「せっかく来てくれたんだし、お茶でも飲んでく? この前ちょうど、いい葉っぱ見つけたの」


 セラはにこりと笑い、くるりと踵を返した。


「ノクスも来る?」

「……我は遠慮する」

「そっか。じゃあ後でおやつだけ持っていくね」


 神獣への物言いとは到底思えない気安さで、セラは歩き出す。


 ルークとゼインは、しばらくその背中を呆然と見送った。


「……エリオさん」


 ゼインが、掠れた声で呟く。


「なんだ」

「あの方、本当に……何者なんですか」


 エリオは少し考えてから、静かに答えた。


「さあ。本人に聞いても、たぶん答えは返ってこないぞ」


 遠くで、セラののんきな鼻歌が聞こえた。

 ノクスは相変わらず、静かにその小さな背中を見守っていた。


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