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無自覚聖女の辺境山暮らし 〜婚約破棄されたけど、新しい相棒と精霊に愛されています〜  作者: なな日々
第2章:広がる噂は規格外編

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第31話 路地裏で再会したと思ったら

 その日の夕刻。


 ギルドの裏路地で、かつて『ルーンシーカー』と呼ばれたパーティーの生き残り――魔術師のルークと相棒の剣士ゼインは、謎のローブ姿の人物に行く手を塞がれていた。


 彼らの顔には、仲間を失った消えない疲労と悲壮感が色濃く落ちている。だが、人気のない路地裏で突然行く手を阻んできた不審者に対し、冒険者としての本能的な警戒は崩していなかった。


「……なんの用だ、あんた」


 ゼインが低く唸り、剣の柄に手をかけた瞬間。

 ローブの人物はゆっくりとフードを脱ぎ捨てた。


 夕日に照らされたその顔――特徴的なピンク色の短い髪を見た瞬間。

 二人の顔から一瞬で警戒が抜け落ち、信じられないものを見るような驚愕が走った。


「お前は……あの山にいた、俺の命の恩人……っ」


 絶望の底で唯一の希望を与えてくれた少女との再会。

 ゼインが感極まったように紡いだ言葉を、しかし、低く落ち着いた青年の声が遮った。


「……すまないが人違いだな。俺は男だ」


 路地裏に、冷や水を浴びせるような声が響く。


「は……?」

「顔や髪色は似ているだろうが、俺はあいつの双子の兄で、エリオという」


 その言葉に、奇妙な沈黙が落ちた。


 感動的な再会から一転。事態が呑み込めず、ルークは呆然と口を開け、ゼインは剣の柄に手をかけたままパチパチと瞬きを繰り返している。

 完全に思考が停止してしまった冒険者たちを前に、エリオは本日何度目か分からない深いため息をついた。



 ◇



 どうにか落ち着きを取り戻した二人だが、裏路地の木箱に腰を下ろしながらも、周囲への警戒は解かなかった。

 エリオはその様子を一瞥し、改めて彼らと向き合う。


 ルークはじっとエリオを見据えたまま、低く口を開いた。


「……なるほどな。驚くほど似ている」


 ルークが静かに呟いた横で、ゼインが口を開く。


「で? その兄が、俺たちに何の用だ」

「単刀直入に言おう。今後、こちらに協力してほしい」

「……協力?」


 警戒が、わずかに強まる。


「無論、無償でとは言わない。相応の報酬は用意する」

「話が見えねえな。何をさせる気だ」

「基本は、妹に関してこれ以上口外しないこと。それに加えて、状況に応じて協力を求める可能性がある」


 ルークは眉をひそめた。


「……なぜ俺たちが従う必要がある。あんたの妹に命を救われたのは事実だが、黙ってろと言われる筋合いはねえぞ」


 率直な返しだった。

 エリオは怯む様子もなく、静かに続ける。


「お前たちに従う理由はない。だが、俺には頼む理由がある」


 エリオはそれ以上何も言わず、ただルークを見ていた。


「妹の存在が広まれば、教会が動く。そうなれば、あいつは教会の道具になる」


 淡々とした声だった。感情も、脅しの色も、ない。

 ただ、起きうることを並べているだけ、という話し方だった。


「……俺には、それを止める力がない」


 ルークは口を閉じた。

 隣のゼインと、短く視線を交わす。


「……一つ聞く」


 やがて、ルークは静かに口を開いた。


「あの時、妹さんの後ろにいた”アレ”は何だ」


 その問いに、エリオはわずかに目を伏せて口を閉ざした。


(……どこまで明かすべきか)


 単なる高ランクの魔物だと誤魔化すのは容易い。だが、下手に好奇心を持たせたり、討伐できるかもしれないという希望を残せば、再びあの山へ向かう愚か者が後を絶たないだろう。


 この二人は、すでにあの絶対的な死の重圧を肌で知っている。

 ならば――正直に話す方が、よほど抑止になる。


 数秒の沈黙。

 エリオはゆっくりと息を吐き、まっすぐにルークを見据えた。


「……フェンリルだ」

「……は?」


 反射的に声が漏れる。


「信じるかは任せる。ただ、事実だ」


 揺らぎのない声音。


「そして、あれが山にいる限り――無闇に踏み込めばどうなるかは、想像できるだろう」


 背筋を撫でた、あの死の圧。

 思い出しただけで、奥歯がきしむ。

 ルークはしばらく黙ったまま、視線を地面に落とした。


 ――信じたくはない。

 だが、あの気配は嘘じゃない。


 フェンリル。神話の中にしか存在しないはずの神獣。だが、あの夜に感じた圧は――冒険者として積み上げてきた経験の中で、一度たりとも味わったことのない種類のものだった。冗談だと笑い飛ばせるほど、あの日の記憶は遠くない。


 やがて、ゆっくりと息を吐く。


「……分かった。もしそれが本当なら、迂闊に近づかせるわけにはいかない」

「ギルドには俺たちの方から話を通そう。あの山には危険な魔物がいる、近づくなってな」


 そこで、ルークは少し間を置いた。


「ただ――俺たちの目で確かめてもいないことを、ギルドに報告するわけにはいかない。冒険者としての話の信頼性の問題だ」


 エリオは静かに先を促す。


「……つまり?」

「一度だけでいい。妹さんと、そのフェンリルに会わせてくれないか」


 ルークは真っ直ぐにエリオを見た。


「自分の目で確かめた上で報告する。それが筋ってもんだろう。それに――仲間の命を救ってもらった。礼も言いたい」


 エリオはしばらく無言でルークを見返した。


(……判断は、ノクスに委ねるべきだ)


 フェンリルの縄張りに他者を連れ込むのは、軽々しく決められることではない。ましてや、初対面の冒険者を。だが、ルークの言い分には筋が通っていた。


「……その件は、即答できない。了承を得てから返答させてくれ」


 ルークは一瞬だけ考え込み、短く頷いた。


「……いいだろう。待ってやる」


 エリオは懐から小さな革袋を取り出し、静かにルークへ差し出した。


「今後、手間をかけさせる分の詫びだ。受け取っておいてくれ」


 ルークは袋の中身をちらりと確かめ、わずかに目を細めた。

 大金ではない。だが、軽くもない。


「……場所と日時は後日伝える。来るかどうかは、その時に決めてくれ」


 ルークは革袋を無造作に懐へ滑り込ませると、言葉の代わりに片手を小さく上げて背を向けた。


 エリオもまた、静かにフードを深く被り直して踵を返す。

 路地裏に、夕闇がゆっくりと忍び込んでいた。

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