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無自覚聖女の辺境山暮らし 〜婚約破棄されたけど、新しい相棒と精霊に愛されています〜  作者: なな日々
第2章:広がる噂は規格外編

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第23話 エリオの検証

 王都、騎士団庁舎の一室。


 エリオ・ローエンは、目の前にそびえ立つ自作の「巨大ろ過装置」を前に、深い溜息を吐いていた。


「……やはり、駄目か」


 木炭、細かい砂、そして不純物を取り除く魔石。考えうる限りの層を重ねて普通の川水を通してみたが、結果は芳しくない。


 いや、水そのものは透明で綺麗になっているのだ。


 しかし、エリオが検証したいのはこんな「ただの綺麗な水」ではない。


 ――数日前、あの山でセラが作った濾過装置を通した川の水。一見するとごく普通の水だったにも関わらず、底知れない清浄な気配を放っていた。


 あれを論理的に再現しようと試みたが、物理的なろ過ではどうにもならないということが証明されただけだった。


「物理的な浄化ではない。となれば……やはり、高位の精霊による継続的な干渉か」


 エリオは顎に手を当て、コンコンと指で叩く。もし精霊の力が鍵だというのなら、試してみたいことがあった。



「突然の呼び立て、申し訳ありません。ルシアン様」


 数時間後。エリオの執務室を訪れた青年に向かって、エリオは深く頭を下げた。


 「精霊に愛された」と称されるほどの使い手であり、セラの元婚約者でもある青年だ。


 エリオと目が合った瞬間、ルシアンが先に口を開いた。


「構わないよ、エリオ殿。私も手持ち無沙汰だったところだ」


 ルシアンは気にした様子もなく、爽やかな笑みを浮かべた。驕ったところのない、真っ直ぐな好青年。だが、気丈に振る舞うその瞳には、どこか申し訳なさそうな色が微かに混じっていた。


「……悪かったね。母が手紙を送った件、この間はきちんと謝罪できなかったから」


 少しだけ声を落として、ルシアンが切り出す。公爵家から送りつけられた、一方的な通告の数々。ルシアン自身がそれを望んだわけではないと、エリオも理解していた。


「お気になさらないでください。ルシアン様のせいではないことは、承知しております」


 エリオが静かに首を横に振ると、ルシアンは「すまない」ともう一度短く呟いた。


「それで……騎士団の遠征における『水源確保の実験』に協力してほしい、とのことだったが」


 気を取り直すように、ルシアンが本来の要件を切り出した。


「はい。物理的なろ過装置だけでは不十分でして。この装置の核となる魔石に、王都で最も精霊と親しいルシアン様の魔法を付与していただきたいのです。持続的に極上の水を精製するシステムを作れないかと」


 エリオは表情を崩さず、もっともらしい嘘を吐いた。


 セラの作り出す異常な水のことは、まだ誰にも言えない。それがもし『人間にとって都合の良い奇跡』だった場合、王都の欲深い者たちがこぞって山を荒らしに行くのは目に見えていたからだ。


「なるほど、物理的な濾過と精霊魔法の組み合わせか。面白い試みだね、エリオ殿」


 ルシアンは興味深そうに装置を眺めると、中心に据えられた魔石にそっと手を触れた。彼が軽く目を閉じ、静かに詠唱を紡ぐ。


「――集え、清らかなる流れよ。永きに渡り、この場を清めよ」


 ルシアンの魔力が注ぎ込まれた瞬間、装置全体が青白い光を放ち、脈打つように振動を始めた。


 エリオが上部から川の水を注ぎ込むと、水は幾重もの層を通り抜け、最後には水晶のように澄み切った一滴となって滴り落ちた。


「……これは」


 グラスに溜まった水からは、清涼な魔力が立ち上っている。エリオがそれを口に含むと、喉を抜ける感覚が驚くほど滑らかだった。ただの浄化水ではない。教会が多額の寄進と引き換えに授ける「聖水」に限りなく近い、高純度の水だ。


「……素晴らしい。ルシアン様の魔法が付与されたことで、ただの濾過装置が聖水生成器に等しいものへと変わりました」


「いや、驚いたよ。魔法だけでここまでの純度を維持するのは骨が折れるが、君の作ったこの装置が魔力の消費を劇的に抑えてくれている。……なるほど、こういう方法もあるんだね。私にとっても、非常に勉強になった」


 王都随一の天才が、年下のエリオに対して一点の曇りもない感心の眼差しを向ける。


 だが、エリオの背筋には、言いようのない冷たい汗が伝っていた。


(……届いていない。これだけの手間をかけ、天才の力を借りてなお、あの一杯には届かないのか)


 エリオは震える手でグラスを握りしめた。


 今、目の前にあるのは、精霊に愛されている使い手を頼りようやく作り上げた、人工の奇跡だ。


 対して、あの時セラが「ただの川の水です」と笑って差し出したものは、何の装置も、何の詠唱も介さず、ただそこにあるだけでこの「擬似聖水」を遥かに凌駕する神聖さを放っていた。


(……確信した。あの山で起きていることは、技術や才能の類ではない)


 自分が行った実験が、残酷なまでの裏付けとなって突き刺さる。


 ルシアン様が束になっても届かない本物の奇跡を、セラはあの山で、日常の一部として無自覚に垂れ流しているのだ。


「エリオ殿? どうかしたかな。顔色が悪いようだが」


「……いえ。非常に、有意義なデータが取れました。感謝いたします、ルシアン様」


 穏やかに微笑む『天才』に深く頭を下げながら、エリオの心臓は早鐘のように打っていた。


 ――確信は、もはや揺るぎない事実へと変わった。


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