第22話 泥だらけの収穫と、食いしん坊神獣
「この辺り、水気が多いね」
石を積みながら進んでいくと、少しずつ足元の土が柔らかくなってきた。
ざわざわと風に揺れる草をかき分けると、不意に視界が開けた。
「うわぁ……」
木々の隙間が、ふいに開けた。
低くなった地形に、水が静かに溜まっている。底の泥が透けて見えるほど澄んでいるのに、水面には大きな緑の葉が浮かび、真っ白な花がいくつも咲いていた。
「これって……蓮、だよね?」
蓮があるということは、つまり。
「ノクス! この下、れんこんがあるかも!」
振り返って叫ぶと、少し離れた乾いた地面に座るノクスが、面倒くさそうに目を細めた。
「……れんこん?」
「お芋みたいなやつ! 焼くとシャキシャキして、すっごく美味しいの!」
私はテンションが上がり、袖をまくり、動きやすいズボンの裾を太ももまで捲り上げた。
「ちょっと掘ってくる!」
「おい、待て。その泥に――」
ノクスの制止も聞かず、私はバシャッとためらいなく浅瀬の泥の中へ足を踏み入れた。
「ひゃっ、冷たい! でも、底の泥は結構柔らかいかも……」
両手を泥の中へズブズブと突っ込む。生足に泥が絡みつく感触を楽しみながら、茎の根本を辿っていく。
「あった、これだ……! 折れないように、周りの泥をどかして……」
「……お前、令嬢だったという自覚は欠片もないのか」
岸辺から聞こえる呆れ声も気にせず、私は泥と格闘した。
「よい、しょーっ!」
ずぼっ、と泥跳ねと共に、立派なれんこんが姿を現した。
「やったー! 大収穫!」
泥だらけのれんこんを掲げて満面の笑みを向ける。そして、私の顔や服にまで泥が跳ねているのを見て、ノクスはスッと一歩後ずさった。
「……汚いな」
「えっ、ちょっと引かないでよ!」
「綺麗に洗うまで、余に近づくことは許さん」
本気で嫌そうな顔された。
「分かってるよー。この綺麗な水で洗っていくから」
私は池の澄んだ水でれんこんの泥を丁寧に落とし始めた。
「これを分厚く切って、新しい石窯で焼くんだー。外はカリッと、中はホクホクでシャキシャキ。ちょっとお塩を振るだけで、絶対美味しいよ」
「……ほう」
ノクスの耳が、ピクリと動いた。
「あれ? さっきまで汚いって引いてたのに」
「余は泥が嫌いだと言っただけだ。食わぬとは言っていない」
そっぽを向くノクスに、私は思わず笑ってしまった。
「はいはい。じゃあ帰ったらアク抜きして、さっそく焼いてみようね」
私は洗い立てのれんこんを抱え、新しい目印の石を一つ積んでから、拠点へと急いだ。
◇
拠点に戻ると、さっそく石窯に火を入れる。さらに焚き火台の方にも火を起こし、フライパンを用意した。
「せっかくの大収穫だし、いろんな食べ方で味わいたいよね」
軽くアク抜きをしたれんこんを、切り方を変えて三種類用意する。
一つ目は、皮付きのまま丸ごと。泥を綺麗に落としただけの大きなれんこんを、そのまま熱々の石窯へ放り込む。じっくり中まで火を通す作戦だ。二つ目は、少し薄めの半月切り。三つ目は、向こうが透けて見えそうなほどの極薄切りだ。
まずはフライパンに油を引き、薄切りをサッと炒める。火が通って透き通ってきたら、塩と森で見つけた香草を少しだけ散らす。
「よし、次はこれ!」
多めに油を足して、極薄切りのれんこんを投入する。シュワァァッ! といい音を立てて、れんこんがカラリと揚がっていく。きつね色になったところで引き上げ、パラパラと塩を振る。
そうこうしている間に、石窯からも香ばしい匂いが漂ってきた。
「完成! れんこんの三種盛り!」
木の皿にこんもりと盛られた料理を見て、私は嬉しさに頬を緩ませた。
まずは揚げたての極薄切り――れんこんチップスを一枚つまむ。パリッ。サクッ。
「ん〜っ! これ、無限に食べられちゃうやつだ!」
軽い食感と、噛むほどに滲み出る旨味。絶妙な塩加減がたまらない。
次に、油で炒めた薄切りを口に運ぶ。シャキッ、シャキシャキッ!
「こっちは歯ごたえが最高! 油とれんこんってなんでこんなに合うんだろう」
そして最後は、石窯でじっくり丸焼きにした皮付きれんこん。火ばさみなんて便利なものはないから、いらない布を何重にもぐるぐると手に巻きつけて、「あちちっ」と急いで取り出す。
表面の皮は水分が飛んで少しシワシワになっているけれど、包丁でざっくりと半分に切ると――。
ホワァァッ!
閉じ込められていた熱い湯気が、ブワッと立ち上る。ほんのりと土の気配を残した、素朴で温かい香りがふわりと広がった。
真っ白でツヤツヤの断面にパラリと塩を振り、ふーふーと冷ましてから大きくかじる。
……ホクホクッ、もっちり!
「んん〜っ! あまっ!」
香りは控えめだったのに、口に入れた途端に自然の甘みが広がった。皮ごと焼いたことで、れんこんの水分と旨味が一切逃げていない。外側は香ばしいのに、中はホクホクで、ほんの少しもっちりとしている。あとから振った塩が、その素朴な甘さを極限まで引き出していた。
「パリパリ、シャキシャキ、ホクホク……同じれんこんなのに、全部違う美味しさだよ! ノクスも食べてみて!」
皿を差し出すと、ノクスは鼻先を近づけて匂いを嗅ぎ、まずはチップスを口に入れた。
パリパリッ。ピクリ、とノクスの耳が動く。
続いて炒め物。シャキシャキッ。また耳が動く。
最後に、湯気を立てる丸焼きれんこん。ホクッ。もっちり。
ノクスの尻尾が、パタンと地面を叩いた。
ノクスはしばらく無言で咀嚼していたが、やがてゴクリと喉を鳴らした。そして、私を真っ直ぐに見据える。
「……また行くぞ」
「えっ?」
「あの泥の池だ。もっと獲ってこい。余が護衛してやる」
さっきまであんなに「泥が汚い」とドン引きしていたのに、手のひら返しが早すぎる。
「ふふっ、分かった。また獲りに行こっか」
私は笑いながら、もう一枚、パリパリのチップスを口に運んだ。
ノクスは静かに目を細めた。
「……あの場所も、変わるであろうな」
「え?」
「いや、何でもない」




