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無自覚聖女のモフモフ山籠り生活 〜婚約破棄されたので山にこもったら、なぜか信仰対象になりました〜  作者: なな日々
第1章:お山スローライフの基盤作り編

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第17話 最後の大仕事は憧れのアレ!

 ロッジが完成した翌朝。

 私はマジックボックスの「暗い中身」から、大事に保管していた麻袋を取り出した。

 中に入っているのは、伯爵家を出る際にしっかり確保しておいた小麦粉と塩、そして少しの酵母だ。

「……セラ。お前、そんなもんまで持ち出してたのか」

 呆れたような、けれどどこか感心したようなエリオの声が響く。

「当然でしょ。山で生活するなら、これがないと始まらないもん」

「パンか。確かに腹持ちはいいけど……どうやって焼くんだ? 焚き火じゃ表面が焦げるだけだぞ」

 私は待ってましたとばかりに、ロッジのすぐ脇にある平坦な場所を指差した。コツコツと石を大量に集めておいたものだ。

「だから、エリオ。最後の大仕事をお願い」

「……嫌な予感がする」

「憧れの、石窯いしがまを作ってほしいの」

 石窯。それは前世の私が、いつかスローライフを送るなら絶対に手に入れたいと思っていた、文明の利器であり象徴だ。

 熱を閉じ込め、じっくりと火を通す。あの香ばしい匂いのために、私は今日まで粉を温存してきたのだ。

「窯、だと……?」

「そう。ドーム型にして、熱が逃げないように。エリオ、騎士団の設営訓練で習ったでしょ?」

「……あれは野戦用の簡易かまどだ。パンを焼くための高級品じゃない。……ったく、お前は本当に人使いが荒いな」

 文句を言いながらも、エリオは腕まくりをして作業を始めた。

 手頃な石を運び、粘土質の土を水で練り、器用に積み上げていく。その手際の良さは、さすが騎士見習いと言うべきか。

 ……と思っていたのも、しばらくの間だけだった。

「おい、セラ。天井部分、どこから石を並べ始めればいいんだ。内側に崩れてくるぞ」

 振り返れば、エリオの袖も頬も、こってりと泥だらけだ。眉間に皺を寄せて、積みかけたドームの入り口からこちらを睨んでいる。

「ちゃんと教えたじゃない。外側を先に土で固めてから、一段ずつ傾けて――」

「それをやってるんだよ! やってるけど、ここの角度が――」

「貸して」

 私は手についた小麦粉を叩き落として横に立ち、エリオの手元を覗き込む。なるほど、石の角度が急すぎて、頂点に近づくほど内側に倒れ込もうとしている。

「ここ、もう少し外に傾けて。あと、隙間に粘土をしっかり詰めれば、そうそう崩れないから」

「……最初からそう言え」

「言ったって」

「言い方が足りなかったんだよ」

 ぐ、と反論できなくて黙る。確かに私の説明は少し端折りすぎたかもしれない。

「……ごめん。でも、エリオが上手くやれると思ったから」

「そういうことにしといてやる」

 エリオは鼻を鳴らして、また石積みに向き直った。その耳が、ほんの少し赤かった。

 私はその横で、せっせと生地をこねる。

 手に伝わる弾力。小麦の柔らかな感触。

 ノクスが不思議そうに鼻先を近づけてきたけれど、「まだ食べられないよ」と宥めると、彼は少しつまらなそうに焚き火の横へ戻っていった。

 数時間後。エリオの汗と泥の結晶とも言える、立派な石窯が完成した。

 火入れをして、十分に温度が上がるのを待つ。

 

 そして、成形した生地を窯の奥へと滑り込ませた。

 しばらくすると、山にはおよそ似つかわしくない、甘く香ばしい「文明の匂い」が辺りに漂い始めた。

「…………なんだこれ、めちゃくちゃいい匂いだな」

 薪をくべていたエリオが、ふと鼻を動かす。

「でしょ。これが私の『憧れ』だったんだから」

 焼き上がったのは、黄金色の平焼きパンだ。

 木の板の上に乗せると、パリッという小さな音を立てて表面の皮がわずかに割れた。二つに引き裂いた瞬間、白い湯気がふわりと立ち上って、小麦と塩と、あとは何とも言えない「焼けた」香りが鼻の奥いっぱいに広がった。

 外側はしっかり焦げ目のついたパリパリで、中は驚くほどふわふわだ。

 二人でハフハフと息を吐きながら頬張る。

 エリオは最初の一口を飲み込んで、しばらく黙った。目を少し細めて、手の中のパンを見つめて、また一口。

「うまっ……。おい、セラ。これ、家で食べてたやつより美味くないか?」

 その声には、ちょっとした驚きと、どこか困ったような響きが混じっていた。まるで「こんなところでこんなものが食えるとは思っていなかった」と言いたいような顔だった。

「多分、自分たちで作ったからだよ」

「……かもな」

 エリオは少しだけ寂しそうに笑うと、最後の一切れを惜しむように口に運んだ。

 これで、彼がここに留まる理由はすべて果たされたのだ。

 日が傾き、エリオが山を下りる準備を整える。

 カバンには、冷めた後も美味しいように少し多めに焼いたパンを詰め込んでおいた。

「……じゃあ、行くわ。ノクス、妹を頼むぞ。……あと、セラ」

「なに?」

「無理はするなよ。……何かあったら、本当にすぐ言えよ」

「分かってるって。エリオも、訓練頑張ってね。あと、お父様たちには適当に言っておいて」

「……ああ、善処する。じゃあな」

 その背中が見えなくなると、私の周りには、いつもの静寂が戻ってきた。

 エリオとはなんだか以前より仲良くなれた気がする。すぐに戻ってくるようだけれど、少しだけ寂しい。

 流れる雲をぼんやりと見上げながら、そんな風に思った。

 エリオがいなくなり、静まり返ったロッジ。

 私は一人、まだ余熱を保っている石窯を見つめた。

(この熱、もったいないな……)

 ふと思いつく。

 この温度があれば、土を焼き固めて『レンガ』ができるんじゃないだろうか。

 そうすれば、今はまだ土のままの床を、もっと快適にできる。

「明日は、レンガを焼こうかな」

 新しい目標に胸を弾ませ、私は完成したばかりのロッジで、かつてないほど深い眠りについた。

 その窯の熱が、翌日に「血と瘴気」を連れた招かれざる客を救うことになるとは。

 今の私は、まだ知る由もなかった。

 一方、その頃。

 エリオは山道を下りながら、不思議な感覚に包まれていた。

(……おかしいな)

 泥だらけの石積み作業で、体力的には限界のはずだった。膝も笑い、肩も上がらないほど酷使したはずだ。

 それなのに、足取りが異常に軽い。

 

 険しいはずの斜面を、まるで羽が生えたかのように軽快に飛び降りていく。視界は冴え渡り、全身に力がみなぎっていた。

(あのパンのせいか……?)

 ふと思い出し、カバンの中の重みを感じる。

 ただのパンのはずだ。妹が、そのへんの石で作った窯で焼いた、不格好なパン。

「…………いや、まさかな」

 エリオは苦笑して首を振った。

 だが、彼はこの後、騎士団の訓練で信じられないような好成績を叩き出し、周囲を仰天させることになる。

エリオの身に一体何が起きたのか……!?

この直後の物語を含む特別短編を、公開しています!


タイトル:『「無自覚聖女」の兄は胃が痛い ~神獣をモフり、手作りパンで限界突破バフをかけてくる妹を全力で隠蔽します~』


理不尽なバフで騎士団の教官を圧倒してしまう、不憫な兄(エリオ視点)のコメディ短編です。

https://ncode.syosetu.com/n4545mc/


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