第16話 水は、綺麗な方がいい
ロッジの外観が完成した翌日、今日からは内装の整備だ。
朝からロッジの中では、木を叩く鈍い音と、エリオの威勢のいい声が響いている。
「ほら、そこ。脚の角度がズレると寝てる間に崩れるぞ。……よし、これでベッドの土台は完成だ」
エリオが、簡素な、けれどもしっかりとした木枠を指さした。
釘なんて使わなくても、二股の枝に横木を噛ませ、丈夫なツタで力任せに縛り上げればこれくらいはすぐらしい。体重がかかるほどに締まって安定する、騎士団の遠征先で培われたサバイバル技術の結晶だ。
「すごいね。本当に寝られそう」
「寝られそうじゃなくて、寝るんだよ。お前、あんな布でずっと過ごすつもりだったのか? ……まあ、机も適当な板を打ち付けておいたから、そこで好きにしろよ」
エリオは汗を拭いながら、部屋の隅に設えた作業台を叩く。
ふと、至近距離で私と視線が合ったエリオが、思い出したように眉を寄せた。
「……なぁ。ずっと言いたかったんだけどさぁ、その髪なに?」
「ん? ああ、気づいてたんだ」
「気づかないわけないだろ。会った時、心臓止まるかと思ったんだからな。ショックでなにかあったのかと……」
「大げさだなぁ。邪魔だったから切っただけだよ」
「……至近距離で見ると、本当にお前、俺にそっくりだな。鏡見てるみたいで落ち着かないわ。双子だってのを嫌でも思い知らされるっていうか」
「確かにそっくりだね。じゃあ、いざとなったらエリオが私のふりして家に帰ってもバレないね」
「バレるわ! 声の高さも体格も違うだろ!」
間髪入れぬツッコミを投げ、エリオは「はぁ……」と深いため息をついた。気恥ずかしそうに視線を逸らすと、また無骨な作業台に向き合う。
私はロッジの中に入って、足元を見た。地面はそのままだ。踏み固められてはいるが、少し湿っていて、このままでは生活しづらい。
「……あー、これ嫌だな。不衛生だし、何より落ち着かない」
私は外に出て、乾いた草を大量に集めてくると、手早く中へ運び込んだ。
ベッドの枠の中に厚く敷き詰め、床にも適当に広げて足で踏みならす。さく、と軽い音がして、足元が柔らかくなった。
「とりあえず、これでいいか」
「……雑だな。お前、家ではもっとこう、神経質に試行錯誤してただろ」
「それは昔の話。今はこれくらいでいいの。……それよりエリオ、水どうしよ」
「水? 少し離れたところに川があるだろ。汲んでくりゃいい」
「毎回汲みに行って、そのまま使うのは面倒なんだよね。置いておきたいけど、衛生面が気になるし」
その一言で、私のやることは決まった。
◇
川の水は、見た目には十分綺麗だった。
けれど、手のひらですくって光にかざすと、透明に見えても細かい砂や不純物が混じっている。
(水は、そのまま飲むな。濾して、できれば火を通せ)
ふと、そんな知識が頭をよぎる。
どこで聞いたのかは分からない。でも、それが正しい気がした。
「せっかくだし、ちゃんとしとこ」
私は立ち上がり、周囲を歩いて使えそうなものを拾い集めた。
平たい石。細かい砂。乾いた木片。それから、昨夜の焚き火の跡に残っていた炭。
「……炭、これが重要なんだよね」
石を組んで、簡単な受け皿を作る。その上に布を敷き、砕いた炭を広げる。その上に砂を重ね、最後にもう一枚、布をかぶせた。
手順としては単純だ。けれど、なぜかその並びが、指先に吸い付くようにしっくりと来た。
「こんな感じ、だった気がするんだよね」
誰に言うでもなく呟き、水袋から水を注ぐ。
ゆっくりと、水が落ちていく。砂を通り、炭を通り、布を抜けて――下に置いた器へと、ぽたり、と滴る。
やけに澄んだ音が、静かに響いた。
「……ん?」
落ちてくる水は、最初に見たときよりも明らかに透明だった。
濁りが完全に抜け、光の反射が宝石みたいに綺麗に見える。
指先ですくって口に含む。
「うん、大丈夫そう」
冷たくて、喉を滑り落ちる感覚が心地いい。
それは私にとって、ただの「日常的な確認作業」だった。
◇
けれど、そのすぐそばで、空気がわずかに揺れた。
小さな光が、ひとつ。ふわりと水の上に降りる。続けて、もうひとつ。
やがて、いくつもの淡い光が集まり始めた。
ーーきれい
私には聞こえない、かすかな声が重なる。
ーーこんなの、見たことない
精霊たちは、水面の上でくるくると回る。
触れて、離れて、また触れて。まるでお伽話に出てくる聖水を確かめるように。
ただの濾過装置を通ったはずの水は、精霊たちの歓喜に呼応するように、わずかに青白く輝いていた。
◇
「……それ、どこで覚えたの」
背後から、エリオの声がした。振り返ると、彼は机の調整をしていた手を止めて、眉を寄せて立っていた。
「なんとなく? 石と砂を重ねれば、綺麗になるかなって。ほら、エリオも飲む?」
「……いや、いい。なんかそれ、俺が飲んだらバチが当たりそうだし。第一、そんなもん通しただけで味が変わるわけ――」
エリオは毒づきながらも、私の手元にある、やけに澄んだ水が気になって仕方ないようだった。
私が無言で器を差し出すと、彼は「一口だけだぞ」と奪い取るように受け取った。
ごくり、と喉が鳴る。
「……えっ?」
「どう?」
「……なんだこれ。川の水より冷たく感じるっていうか……雑味がなくて、体にスッと入ってくる。おい、お前。家でやってたあの『泥水いじり』、本当はこれの研究だったのか……?」
「泥遊びって言ったの、エリオでしょ」
「……あー、もう分かったよ! 認めりゃいいんだろ、お前が変な天才だってことは!」
エリオは最後の一滴まで飲み干すと、悔しそうに器を突き返してきた。
同じ顔をしているはずなのに、目の前の妹が、自分たちの知らない、もっと深くて穏やかな領域に踏み込んでいるような気がした。
「……まぁ、いいけどさ。腹壊さないなら。……おい、おかわりあるか?」
「自分で濾してよ」
「冷たいな! 兄貴だぞ!」
エリオは文句を言いながらも、どこか嬉しそうにロッジの中へと戻っていく。
◇
私はそのまま、水をもう一度見下ろした。
光の粒が踊っていることなど露知らず、ただ「冷たくて美味しい水」が出来たことに満足していた。
「これでよし」
小さく呟いて、立ち上がった。
やることは、まだある。内装だってもっと快適にしたいし、料理の場所も決めなきゃ。
でも、少なくともこれで困ることはひとつ減った。
この時、セラが何気なく作り出した「ただの水」が、後に多くの存在を惹きつけ、彼女の人生すら大きく変えていくことになるのだが。
今のセラはまだ、そんな未来を露ほども知らず、ただ穏やかな山の空気を吸い込んでいた。
最新話まで読んでいただきありがとうございます!
本日タイトルを変更しました!
より作品の雰囲気が伝わるように調整しています。
中身は変わらず、無自覚聖女×モフモフ×山籠りのんびり生活です。
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