表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無自覚聖女のモフモフ山籠り生活 〜婚約破棄されたので山にこもったら、なぜか信仰対象になりました〜  作者: なな日々
第1章:お山スローライフの基盤作り編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/23

第15話 初めて、安心して眠れる場所

 あれから一週間。ロッジは、ようやく形になった。

「できた」

 エリオが、少しだけ誇らしげに呟く。

 木を組み上げた簡素な造りだけれど、壁は枝と泥で隙間を埋め、屋根は雨を弾くように厚く重ねてある。完璧ではない。それでも、確かに「家」だった。

「すごい! エリオ、天才じゃない?」

「天才じゃないけど、騎士見習いの設営訓練をなめるなよ。まあ、半分以上はお前の無茶な注文通りの設計だけどな」

 私は中を覗き込む。思ったより広い。

 寝るスペースもあるし、これなら雨の日でも濡れずに、集めた野草の整理ができそうだ。

「ちゃんと風も抜けるし、雨水が溜まらないように傾斜もついてる。満足か?」

「うん。なんだか、やっとここにいてもいいって、山に言ってもらえたみたい」

 これまでは、ただ山に「お邪魔している」感覚だった。

 でも、自分の手で作り上げた場所がある。それは、想像以上に私の心を落ち着かせた。

 私はそう言って、少しだけ笑った。

 日が沈み、焚き火の火がゆらゆらと揺れている。

 完成したばかりのロッジの中に入ると、外の風が少しだけ遠くなった。


「あったかい」

 ぽつりと呟きながら、私は持ってきた丈夫な布とロープを取り出した。

「おい、セラ。何してんだ?」

 エリオが不思議そうに覗き込んでくる。

「寝る準備。この柱、一番太いからちょうどいいかなって」

 私はロッジを支える太い柱に、手慣れた様子でロープを括り付けた。あっという間に、宙に浮いた簡易ベッド――ハンモックの完成だ。

「……お前、家の中でもそれで寝るのか?」

「地面はまだ土だし、冷たいでしょ? 浮いてるのが一番合理的だよ」

 私がひょいっと飛び乗ってゆらゆら揺れて見せると、エリオは呆れたように肩をすくめた。

「よくそんな不安定なところで寝れるな。……まぁいい、俺はそこらへんに草でも敷いて寝るから」

「ふふ、おやすみ。エリオ」

「ああ、おやすみ。……ちっ、明日には絶対にまともなベッド作ってやるからな」


 横になると、屋根越しにかすかに木々の音が聞こえる。でも、直接風を受けることはない。

(思い切って山に来て、本当によかった)

 二階のベランダから落ちて、前世の記憶が戻ってから。

 私はもう、家の中で怪しい実験を繰り返す必要もなくなった。知りたいことの答えは、もう自分の中にあったから。

 その代わり、知識として知っていた「山の匂い」や「夜の静寂」を、今は肌で感じている。

 目を閉じる。体の力が、すっと抜けていく。

 その時、ふと気づく。怖くない。

 夜の山は音が激しいし、何がいるか分からない。昨日までは、どこかで気を張っていた。

 理由は、分かっている。

 今は、頼りになる兄がいる。そして……

 ロッジの外。静かな夜。焚き火が、ぱちり、と小さく音を立てる。

「寝たか」

 エリオが小さく呟く。

「ああ。寝息が聞こえる」

 すぐ近くから、低い声が返る。

 白銀の巨体。ノクスは静かに座り、周囲に意識を巡らせていた。焚き火の光を反射して、その蒼い瞳が深く、静かに輝いている。

(一週間一緒にいて、ようやく慣れてきたけどさ)

 エリオは薪がパチパチと優しく燃える音を聞きながら、隣に座る巨体を盗み見た。

 本来なら言葉を交わすことさえ許されない、山の主。一週間、共に作業をして分かったのは、この神獣が想像以上に妹に甘く、そして理知的だということだ。

 だからこそ、聞いておきたいことがあった。

「なぁ、一つ聞いていいか。あんたみたいな存在が、なんであいつに構ってるんだ?」

 エリオの問いに、ノクスはすぐには答えない。風が、静かに流れる。

「精霊どもが騒がしかった。あのような魔力を持たぬ個体に、なぜ連中が寄り添うのか。理由を知る必要があった」

「やっぱり、そうなのか。あんたから見ても、あいつは異質なんだな」

 エリオは小さく息を吐いた。


 ベランダから落ちて、あいつは変わった。婚約破棄を吹っ切ったのか、それとも頭を打った衝撃か。

 もともとそういうやつだった。何かが頭に引っかかると上の空になって、思いついたことには片っ端から手をつける。話しかけても生返事、飯を食ってるのかもあやしい。別に暗いわけじゃない、ただ周りが見えなくなるだけだ。

 それがあの日を境に、すっぱり消えた。

 見たこともないほど清々しい顔で、あいつは「山に行く」と言い出した。

 今のセラは、まるで何かに取り憑かれたように山を愛している。

「それで? もう理由は分かったんだろ。用が済んだなら、あんたがここに居続ける理由はないはずだ」

 ノクスは、蒼い瞳をロッジの方へ向けた。


「理由はもうよい。だが、あれではいずれ死ぬ。魔力もなく、戦う術も持たぬ。それなのに、誰よりもこの山を理解しようとしている。理解できぬ、奇妙な生き物だ」

「だよな。あいつ、やめないんだ。前と違って今はあんな顔して笑うんだよ。だから」

 言葉が続かなかった。守りたいとか、放っておけないとか、そういう言葉にするには少し気恥ずかしくて、エリオは口をつぐんだ。ただ、このまま無事でいてほしい、それだけははっきりしていた。

「ところで、昨夜我が一度戻ったとき、獣がうろついていたぞ。追い払っておいたが」

「あー……やっぱそういうことだよな。こっちも何度かな、弱いのは精霊のお陰で少ないようだが、一定の力を持ったやつは現れてるよな」

 二人はしばらく黙った。言わなくてもわかる話だった。

 エリオは一度だけ、夜の冷たい空気を深く吸い込んだ。

「お願いだ、ノクス。あいつを、守ってやってくれないか」

(俺一人じゃ、手が足りない)

 エリオは自分の掌を見つめる。

 自分には家の仕事や、任務があり、訓練もある。用事を済ませてはここに来るつもりだが、二十四時間ここで見張っているわけにはいかない。

 あいつがここを居場所と決めたのなら。兄として、その場所の安全を確保するのが、今自分にできる精一杯の仕事だ。

「俺も来るが……でも、ずっとそばにいてやることはできない。あんたにしか、頼めないんだ」

 ノクスはしばらく黙っていたが、やがて静かに立ち上がった。

「言われるまでもない。この山にいる限り、余の視界から外すつもりはない。貴公が来ぬ間も、余がここに居よう」

 その言葉に、エリオの肩からふっと力が抜けた。神獣の言葉に嘘はない。その絶対的な保証が、何よりも欲しかった。

「そっか。あんたにそう言ってもらえるなら、少しは安心して家に帰れるよ。礼を言う」

「勝手に安心するな。余は余の都合でここにいるだけだ」

「はいはい。本当に、頼りにしてるよ」

 エリオは小さく笑った。

 厄介な妹を持ったものだと肩をすくめ、彼は夜の空を見上げた。

 夜は、静かに更けていく。

 ロッジの中で、セラは深く眠っていた。今までで、一番穏やかに。

 エリオは、外で焚き火がちろちろと燃える音を聞きながら、独り、思いを巡らせる。妹が手に入れた「自由」と、それを支える「蒼い瞳の守護者」。

 自分が守るべきだと思っていた妹は、いつの間にか自分では到底届かないような存在を味方につけて、勝手に幸せになろうとしている。

 それは少しだけ寂しくて、けれど、それ以上に誇らしかった。

 二人の寝息を、外から感じ取りながら。

 ノクスは静かに目を閉じた。

 ――悪くない。

 そう思った。

 この場所も。この時間も。

 

 焚き火の火の粉に混じって、淡い光の粒がいくつか漂い始めていた。

 それは、新しく生まれた「家」に誘われたのか、あるいは中に眠る少女の気配に惹かれたのか。

 誰も気づかないほど、小さな存在たちが。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ