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無自覚聖女から始まる辺境山暮らし 〜婚約破棄されたけど、神獣と精霊に愛されています〜  作者: なな日々
第5章:動き出す運命は規格外編

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第114話 不器用な変化

「ええええっ!? 本物なの!?」


 私がベッドの上で素っ頓狂な声を上げると、腕にしがみついていたフィンがビクッとした。大声で驚かせてしまっていたようだ。


 美しいフェンリルは、面白そうに喉の奥でくくっと笑う。


「あら。本物以外に何があるの?」


 そう言い終わった直後、ふさふさとした純白と桜色の毛並みが、ふわりと淡い光の粒子となる。


 まばゆい光が渦を巻き、巨大な獣の輪郭がみるみるうちにしなやかな形へと変わっていく。


 光の粉がさらさらと床に落ちて消えた後、そこに立っていたのは一人の女性だった。


 流れるような蜜色の髪は、毛先だけがふんわりと桜色に透けている。鮮やかな翡翠の瞳をぱちりと瞬かせ、茶目っ気たっぷりに微笑む姿は、人間離れした圧倒的な美しさを放っていた。


「……っ」


 神話の世界からそのまま抜け出してきたような姿に、私は声も出せずに口をぱくぱくと動かしてしまう。


 私の反応を見て、イリディア様は満足そうに微笑みを深めた。


「人間の姿だと、こういう感じかしら。驚かせてごめんなさいね。改めてよろしく、セラちゃん」


 優雅に手を差し出され、私は慌てて居住まいを正そうとベッドの上でもがいた。


「は、はいっ! あ、あの、ご挨拶が遅れまして……!」


「イリディア。これ以上、病み上がりの人間をからかうでない」


 ベッドの上で土下座でもしそうな勢いで慌てふためく私の頭を、ノクスが横から大きな前脚で軽く押さえた。


 呆れたような低い声に、イリディア様はくすくすと楽しげに笑う。


「あなた、本当にずいぶん丸くなったじゃない」


「変わったつもりはない」


「本人はみんなそう言うのよ」


 そこでイリディアがセラにいたずらっぽく片目を閉じて、ウィンクして来た。


「ねぇ、セラちゃんもそう思わない?」


「え、えっと……たしかに、前よりは話しやすくなった気はします」


「ほら、セラちゃんもそう言ってるじゃない」


 ノクスはわずかに考え込む。


「そうであろうか?」


「それにしても。あなた、その堅苦しい喋り方、いつまで続けるつもりなの?」


「……何?」


「古いわよ」


 イリディア様の言葉に、ノクスは一瞬だけ目を見開く。


 その表情は、「そんなことを言われるとは思っていなかった」とでもいうようだった。


「百二十年間、封印されていた貴様に言われる筋合いはない」


「私がいなかった百二十年より、ずっと前から、古かったじゃない」


 呆れたようにため息をつき、イリディア様は不意にこちらへ視線を向けた。


「セラちゃんもそう思わない?」


「えっ」


 突然話を振られ、私は二人の顔を交互に見比べた。ノクスの青色の瞳が、じっとこちらを見つめている。


「えっと……その……少しだけ、厳格すぎるかな、とは……」


 言い終わるか終わらないかのうちに、私の頭に乗っていたノクスの前脚がすっと離れた。


「……古いのか」


 低い呟きとともに、ノクスは視線をふいとそらす。しばしの間、虚空を見つめて何事か思案していたようだが、やがて小さく咳払いをした。


「……調子はどうだ? こんな感じか、セラ」


 一瞬、部屋に沈黙が流れる。


 声の低さも、威圧感のある響きも何ひとつ変わっていない。ただ、ほんの少し語尾が柔らかくなっただけだ。


 イリディア様は両手で口元を押さえ、肩を震わせた。


「……っ、何も変わってないじゃない……!」


「語尾は変えた」


「そこじゃないわよ。もっと人間らしく話してみなさいな」


 ノクスは再び考え込む。


 そして、今度はどこか自信ありげに口を開いた。


「……よく眠れたか?」


「えっ?」


「ねえ。二週間も眠っていた子に、それを聞くの?」


 イリディア様は額に手を当て、小さく首を振った。


「もう、本当にあなたって……」


 ノクスは不満そうに鼻を鳴らし、長い尻尾の先で床をぱたん、と叩いた。


「あ、でもっ!」


 私は慌てて身を乗り出す。


「今のは、すごく柔らかい話し方だったと思います!」


「本当か」


「はい! 親しみやすくて、とても素敵でした!」


 私が力いっぱい頷くと、尻尾だけがゆっくりと機嫌よさそうに左右へ揺れ始めた。


 その様子を見たイリディア様は、くすりと笑みをこぼした。


「その子の言葉だけは、ちゃんと信じるんだから……。その調子、その調子! 千年も続ければ、きっと板についてくるわ」


「千年もかからぬ」


「あら」


イリディア様は目を丸くしたあと、肩を揺らして笑う。


「もう元に戻ってしまったじゃない」


ノクスは気まずそうに視線をそらす。


「ふふっ。でも、その子と一緒なら大丈夫。きっと、自然と変わっていくわ」


優しく微笑みながら、イリディア様はひらりと手を振った。


「焦らず、少しずつ頑張ってみなさいな」


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