第104話 決意の朝。いざ、聖女の修行(?)へ 後編
リアナちゃんと馬に乗り、ノクスが速度を合わせてしばらく並走した。
巨大なフェンリルの姿のまま王都に入れば大騒ぎになってしまうため、道中でノクスには人の姿になってもらった。
リアナちゃんを家まで送る際、同行する彼が目立たないよう、すっぽりと地味なローブのフードを被せて変装させてみたのだけれど……。
(だめだ、全然隠しきれてない……)
整いすぎた顔立ちは布の影に隠せても、彼から滲み出る圧倒的なオーラや、洗練された優雅な身のこなしはどうしようもなかった。すれ違う人々が皆、何事かと立ち止まって彼を振り返ってしまう。
リアナちゃんと別れた後、私たちは王都にある実家の屋敷へと向かった。
ルークたちから報告を受けているだろうし、この時間ならエリオは屋敷にいるはずだ。けれど、堂々と正面の門から入るわけにはいかない。お父様とお母様に見つかれば久しぶりの再会で大パニックになり、泣きながら抱きしめられて数時間は身動きが取れなくなるのが目に見えている。
私たちは屋敷の裏手へと回り込み、庭の木陰からこっそりと勝手口の様子を窺った。
運良く、見慣れた侍女のアリシアが洗濯物の籠を抱えて出てくる。
「……アリシア、しーっ」
「ひゃっ!? せ、セラお嬢様!?」
周りをキョロキョロしながらこちらにやって来た。
「お父様たちには内緒ね。エリオだけを、こっそりここまで呼んできてくれない?」
アリシアは目を丸くして激しく頷くと、籠をその場に置いて屋敷の中へ駆け戻っていった。
数分後。
バタバタと慌ただしい足音が近づいてきたかと思うと、勝手口の扉が勢いよく開いた。
「セラ……!」
急いで飛び出してきたエリオだったが、私の隣に立つ長身の男――ローブで顔を隠している彼を見て、ギョッとしたように目を剥いた。警戒するように恐る恐るこちらに近づく。
「その姿……セラ、お前、ついに知ったのか」
「うん。昨日ね」
私の返事を聞いて、驚いていたエリオはだったが、落ち着きを取り戻すためにほうっと深く息を吐き出した。
「無事ならいい。ルークたちから大体の事情は聞いた。まさか、お前が『器』だったなんて……。ずっと気づいてやれなくて、すまなかった」
「ううん、謝らないで。私は大丈夫。それに、私にはヴァル様もついているから」
「……ヴァル様? まさか、精霊王様のことか!? なんだ、そのふざけた呼び方は!」
素っ頓狂な声を出して注意してくるエリオだったが、当の『ヴァル様』は「我はもう諦めた」と言わんばかりに呆れたため息をつくだけだった。
そのやり取りを見て、エリオはようやくいつもの冷静さを取り戻したらしい。小さく首を振り、表情を引き締めた。
「……まあ、いい。それで、王都へ来た本来の目的は何なんだ? ただ無事を知らせに来ただけではないだろう」
エリオの問いに、ヴァルディオスが静かに答える。
「大聖女の封印を解く。彼女が眠る大教会の最奥、地下聖堂へ向かう」
「地下聖堂? 聞いたことがない。教会の地下なら、『黒花』が咲いてるが、あそこにはあの空間があるだけではないのか?」
いぶかしげに眉を寄せるエリオに対し、ヴァルディオスはあっさりと首を横に振った。
「人間が知っているのはそこまでだ。そのさらに奥へ続く、隠された場所がある」
「なるほど……そういうことか。なら、黒花があった空間までの扉なら開けさせることはできる。先日の一件の事後確認という名目なら、立ち入りと人払いが通せるはずだ」
「それで十分だ。地下へ入りさえすれば、そこから先の最深部までは我が案内する」
そこから、ヴァル様とエリオが何やら小難しい立ち話を始めた。
二人の声を聞きながら私はふと、我が家にの方視線を向けた。
見慣れたレンガの小道に、丁寧に手入れされた季節の花壇。
風に乗って、ほんのりと食事の支度だろうか、懐かしい匂いが漂ってくる。
(お父様とお母様、元気にしてるかな。すべてが終わったら、またちゃんと挨拶に来ないとね。その時は、山で採れた美味しいお野菜をたくさん持ってくるから)
心の中でこっそりと両親へ語りかけ、私はふたたび前を向いた。
「話は終わったの?」
私が声をかけると、二人が同時に頷いた。
「ああ。では向かおうか」




