第103話 決意の朝。いざ、聖女の修行(?)へ 前編
翌朝。木々の間を抜けた光が、窓越しに床の上でちらちらと揺れている。
ルークは、信じられないほど軽い身体を起こした。昨日あれだけ活動し、床で目を覚ましたのだ。節々が痛むはずだった。しかし今は、ふかふかのベッドでぐっすりと眠ったかのような身体の軽さを感じる。
隣で同じように目を覚ましたゼインも、驚いたように何度も自身の両手を開閉していた。
「……信じられん。あの風呂の効果今も続いているのか」
「声を落とせ、ゼイン。それより、あそこを見ろ」
ルークに促され、ゼインが部屋の中央へ視線を向けた瞬間、二人の動きが完全に静止した。
そこには、部屋の隅を埋め尽くさんばかりに横たえる、フェンリルの姿があった。精霊王ヴァルディオスその人だ。
そしてその極上の銀毛に、顔をうずめ、よだれを垂らしそうな無防備な顔で爆睡しているセラ様の姿があった。
「おい、ルーク……セラ様、神獣様を完全にクッション扱いしてないか?」
「気安く見るな。我々のような凡人が目にしていい領域ではない……。」
二人は互いに視線で合図を交わした。ここは一刻も早く退散すべきだ。もし神獣様の睡眠を妨げでもしたら……と思うと冷や汗が止まらない。
ルークは音を立てないよう細心の注意を払いながら、羽根ペンを走らせた。
テーブルの上にそっと一枚の紙を置き、リアナがまだ眠っているベッドにもメモを置いてから、二人は這うような足取りでそーっと家を抜け出していった。
◇ ◇ ◇
「……んん」
視界いっぱいに広がる銀色の毛並みに、私はゆっくりと目を瞬かせた。
頬を擦り寄せると、生き物特有の心地よい温もりを感じる。
顔を上げると、すぐ目の前で大きな鼻先が規則正しく動いていた。
(あ、そっか。昨日の夜、ノクスに戻ってもらったんだっけ)
人の姿のノクスは心臓に悪いくらい整った人だったけれど、やっぱりこのもふもふの安心感には敵わない。
ゆっくりと身体を起こしながら、昨夜彼から聞いたことが思い出される。
(今でも信じられないけど……誰にも利用されないくらい、立派な力をつけてやろうじゃない)
そう心に誓って拳を握りしめガッツポーズを決めると、ノクスに見られていた。なにか見透かされてるような目線……恥ずかしながら「おはよう」とだけ言っておく。
「あ、セラ様、お目覚めですか?」
キッチンから、エプロン姿のリアナちゃんがひょっこりと顔を出した。良い匂いがしている。どうやらすでに起きて準備をしてくれていたらしい。
「おはよう、リアナちゃん。ルークさんたちは……?」
「兄たちなら、夜明け前に王都へ戻ったようです。テーブルに置き手紙があります」
言われてテーブルへ向かうと、そこには丁寧な文字で書き置きが残されていた。
『セラ様、過分なるおもてなしとお風呂、本当にありがとうございました。
身も心もこれまでにないほど深く癒やされ、活力を取り戻すことができました。
神聖なるご休息の邪魔をしてはならないと判断し、我々は一足先に王都へ戻り、エリオ様に事の次第を報告しておきます。
どうかご無理をなさらず、ゆっくりお休みください。
追伸:あのお風呂は我が一生の誉れです。 ルーク・ゼイン』
「ふふ、なにこれ。相変わらず大げさなんだから」
手作りの風呂を「一生の誉れ」とまで言われてしまい、思わずおかしな笑いが漏れる。でも、彼らの疲れがすっかり取れたのなら、作った甲斐があったというものだ。
リアナちゃんが温め直してくれた具だくさんのスープと、香ばしいパンを三人(ノクスは大きなお肉)で平らげると、私はノクスの背をぽんと叩いた。
「よし、それじゃあ私、聖女様の力を受け継ぐために、頑張るよ! 修行でも何でもするよ!」
私が両手でぎゅっと拳を握りしめて気合を入れると、ノクスは静かに立ち上がり、不思議そうにこてんと首を傾げた。
「……立派な心意気だけは、受け取っておこう」
別に頑張るようなことではないぞ――そう言いたげに、ノクスは呆れたように、喉の奥で小さく笑うような音を立てた 。
「え、違うの?」
「まあ、よい。行くぞ」




