第101話 大聖女の残した最後の願い
みんな、よほど疲れていたのだろう。
湯上がり後、一時的に元気にはなっていたルークとゼインだが、私とリアナちゃんが簡単に作った温かいスープとパンを食べ終える頃には、まぶたが重そうに何度も落ち始め、そのまま床へ敷いた布に横になると、あっという間に寝息を立て始めた。
あれこれ後片付けをして、私も眠ろうとリアナちゃんが眠るベッドに潜り込む。
だけど帰りの馬の上でノクス……いや、ヴァルディオス様が話しておかないといけないな……なんて言うもんだから気になって寝られない。
それに今までは、フェンリルの姿だったから大きくて近くの岩場で休んでいることが多かったが、正体を明かした今は、みんなと一緒に家の中にいる。
やっぱり、聞いておこう。
精霊王のひとり――ヴァルディオス。
その名くらいは、私でも知っている。
そんな事を考えながら、彼の元へ向かう。
窓際で、私のお気に入りのゆらゆら椅子に背を預け、目を瞑る姿があった。
規則正しいルークたちの寝息が、静かな室内に響いている。ここまで深い眠りになるとそっとした事じゃ起きなさそうだ。
念のため足音を立てないようにそーっと通り過ぎてヴァルディオスのいる窓際に向かう。
寝てるのかなと思って覗き込むと、ゆっくりと目が開き、青い瞳と目が合った。
やっぱり寝てなかったらしい。
「起きてたんだ」
「お前の足音など、遠くからでもわかる」
「そーっと歩いたつもりだったんだけど」
呆れたように吐き出された低い声は、いつものノクスだ。
姿が整いすぎた男の人になっていても、中身はあの大きなフェンリルのままで少しホッとする。私は近くの床にぺたんと座り込み、膝を抱えた。
「ねえ、ノクス。……じゃなくて、ヴァルディオス様?」
わざと恭しく呼んでみると、青の瞳がジロリとこちらを睨んだ。
「やめろ。気色が悪い」
「だって、精霊王でしょ? 帰りの馬で大事な話があるって言ってたし、敬意を払おうかと」
「いつものようにノクスでいい」
「じゃあノクス。んー、でも今のその姿でノクスって呼ぶの、こっちがすごく違和感あるんだけど……。あ……『ヴァル様』はどう? うん! こっちの方がしっくり来た」
すっごく眉間にしわを寄せられたけれど、それ以上は何も言われない。
……よし、採用。
「それで、聞かせてくれる? 今日のこと……器のこととか」
「ああ」
ヴァルディオスはゆっくり頷いた。
「お前に魔力がないのは、器として生まれたからだ」
「器……」
思わず言葉を繰り返す。魔力がないことは、幼い頃から何度も笑われてきた。貴族なのに魔法が使えない。役立たず。出来損ない。
だけど、それには理由があったなんて。
「器とは、強大な力を受け継ぐための存在だ。だから適性はあるが魔力を持たずに生まれてくる」
「じゃあ、今まで魔法が使えなかったのは……」
ヴァルディオスは静かに頷いた。
「器は、己の魔力で満たされていてはならぬ。聖女の力を受け止められるよう、生まれた時から身体を整え続ける。それがお前だ」
だから、魔法が使えなかったんだ。
出来損ないだったわけじゃない。
最初から、その役目のために生まれてきた。
「サーヴェラの話からも分かったであろう。器とは、受け継ぐ力によって在り方が決まる。聖女の力を継げば神聖な力を振るい、人々を救う存在となる。だが、邪神の力を取り込めば、精神までも侵され、人々に災いをもたらす脅威へと変わる」
血の気が引き、思わず自分の両腕を抱え込んだ。
「……だから、あんなに私を狙ってたの?」
「ああ」
ノクスは短く答えた。
「もっとも、奴は封印されていたし、本来は継承の時が来るまで何も起こらぬはずだった」
そう言って、少しだけ口元を緩める。
「まあ、お前は少し違ったが」
「え?」
「精霊どもが妙にお前を気に入ってな。花を咲かせたり、水を清めたり……本人が気づかぬうちに、好き勝手力を貸しておった。気づいておらぬお前を見ているのが、なかなか面白い」
「ちょっと! 教えてくれてもよかったじゃない!」
「まあ、良いではないか」
軽く受け流すと、ノクスは表情を引き締めた。
「話を戻すが……百二十年前にも、お前と同じ器を持つ娘がいた」
不意に紡がれた言葉に、思わず姿勢を正す。
「大聖女は、その娘へ力を託すはずだった。だが、サーヴェラは継承者の存在を探り当て、真っ先に命を奪った」
「……そんな」
胸が締めつけられる。
「本来なら、そこで聖女の継承は途絶えていたであろう。だが……当時の聖女は歴代でも類を見ぬ力を持つ大聖女だった」
青い瞳が窓の外へ向けられる。
「その聖女は、自らの命を削り、サーヴェラを封印した。しかし、それで終わりではなかった。己の寿命が尽きれば、次代へ託すべき力もまた失われる」
ヴァルディオスは遠い昔を思い返すように、ゆっくりと言葉を続ける。
「ゆえに、自ら封印されることを望んだ。『次の継承者が現れるまで、この命と力を繋いでほしい』――それが、我らへ残した最後の願いだった」




