第100話 我が家のお風呂は聖遺物らしい
「やっと着いたー」
泥だらけの靴を脱ぎ捨て、見慣れた我が家の扉をくぐった瞬間、全身からどっと重力がのしかかってきたような疲労に襲われた。
そのままベッドに倒れ込みたいところだけれど、汗と泥にまみれた体ではそうもいかない。それに、みんなの分の腹ごしらえも必要だ。すべて自分たちでやらなければならないのが、山暮らしの少しだけ大変なところだ。
いつもの段取りで風呂の準備を進める。立ち上る白い湯気と湯加減を確かめてから、私は家の中へと戻った。
「とにかく、みんな順番にお風呂に入って! 私とリアナちゃんで、簡単に食べられるものを作っちゃうから」
「何から手伝いましょう、セラ様」
「ありがとう! じゃがいもの皮剥きお願いできるかな? ええと、一番風呂は……」
私が振り返ると、ルークもゼインもさっと道を空け、一番奥にいるヴァルディオスへ恭しく道を譲った。まあ、一番の重傷者だし、神様だし、妥当な順番だ。
ヴァルディオスが風呂へ向かったのを見届け、しばらくしてからルークとゼインも、ふらつく足取りで後に続いた。
道中で聞いた話だと、彼らは日の出前から行動していてほとんど寝ていないらしい。いくら緊急時とはいえ、無茶をさせるエリオには後でしっかり注意しておかなければ。
◇ ◇ ◇
その後、キッチンでリアナと一緒に野菜を煮込みながらスープやパンの準備をしていると、ヴァルディオスと入れ替わりで風呂に行ったルークたちの声が聞こえてきた。
「……なぁ、ゼイン」
「なんだ」
「これ、噂の『セラ様のお風呂』だよな。花を咲き乱れさせ、山を浄化させたっていう、例の……」
「ああ。間違いなく聖遺物級の代物だろうな。ましてや、先ほどヴァルディオス様がお入りになられたばかりの神聖な湯だぞ」
「俺たちみたいなのが、こんな凄い風呂に入っていいのかよ……罰が当たらないか?」
そんな会話が続き、ゼインは――
「お先っ!」
ざばぁっ! と、一切の遠慮がない派手な水音をたてて湯に入る。
「えっ、ちょ、お前、何ためらいなく入ってるんだよ!?」
慌てるルークの言葉など、今の彼には全く届いていなかった。
肩までしっかりと浸かり、縁に頭を預けたまま、口からは魂が抜けているかのような「ふぅー」という深い息が漏れている。目はとろんと半開きで、全身の力が抜けきっている。
「……ルーク、お前考えてるだけ時間損してるぞ」
「何がだよ!」
「……これ反則だわ。俺、もう一生ここから出たくねぇ」
「マジか。あー、俺ももう我慢できねぇ。……っ、ふおおお、駄目だ。骨の髄まで溶けるうう!」
「…………」
「…………」
キッチンまで響いてくる情けない声に、私とリアナは顔を見合わせた。
「……お風呂の気持ちよさで、すっかり脳まで溶けちゃったみたいだね。花が咲き乱れたとか、浄化とか聖遺物とか、いくらなんでも大げさすぎるよ」
「ふふ。聞きましたよ。以前、ここの草花がとんでもなく咲き乱れていたことがあったとか!」
「うん。確かによく育ってたけど、あれはただのお風呂の残り湯で季節勘違いさせただけだよ? 神聖な湯って……大袈裟な」
私がクスクス笑いながら包丁を動かしていると、不意に背後から声が降ってきた。
「――いや、彼らの言っていることは事実だぞ」
振り返ると、風呂から上がってきたばかりのヴァルディオスが立っていた。
うっ、何その色気。どこ見たらいいのよ!
風呂上がりの熱を残した銀糸のような長髪から、水滴が肩を伝って落ちる。無造作に羽織った服の襟元から覗く鎖骨や鍛えられた胸元に、思わず視線が泳いだ。
――駄目だ。
もう大きな狼には見えない。どう見ても、整いすぎた男の人だ。
「じ、事実って?」
「精霊どもが我先にとお前に懐き、湯に過剰な力を注ぎ込んでいる。疲労だけでなく魔力すら全快させるとんでもない効能になっているが……まさか、本当に気づいていなかったとはな」
ヴァルディオスは心底呆れたように息を吐き出した。
「えっ、精霊たちが勝手にそんなことしてたの!? 焼き固める加減と湯加減が良かっただけかと思ってたのに」
「お前というやつは」
呆れ果てながら額を押さえる横で、リアナがふふっと優しく微笑んだ。
「ですが、素晴らしいお湯であることに変わりはありませんね。兄たちも、すっかり回復したみたいですよ」
タイトルを「無自覚聖女から始まる辺境山暮らし」に変更しました!
当初の想定より物語が広がり、タイトルと本編の内容に少しズレが出てきたため、現在の展開に合わせて変更しています。
内容自体に変更はありませんので、これからもセラたちの物語を楽しんでいただけたら嬉しいです!




