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無自覚聖女から始まる辺境山暮らし 〜婚約破棄されたけど、神獣と精霊に愛されています〜  作者: なな日々
第5章:動き出す運命は規格外編

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第97話 セラの答え

「さあ、選びなさい。あなた自身の意思で」


 サーヴェラが優雅に手を差し伸べ、洞窟の中が沈黙に包まれる。


 ノクスが息を呑み、精霊たちの光すらも瞬きを止めた、その時。


「……えっと、ちょっと待って」


 セラは困惑したように眉を寄せ、首を傾げた。


「私、聖女の力とか貴方の力とか……何かの力を欲しいなんて、思ってないんだけど」


「……は?」


 サーヴェラの笑みが、スッと消えた。


「騙されてたとか、器だとかは……うん、後でヴァ、ヴァルディオス……様にはちゃんと文句を言うけど。でも、だからって『じゃあ貴方の力をもらいます』なんてならないわ」


 セラは真っ直ぐにサーヴェラを睨み据えた。


 その瞳には、絶望も、闇への誘惑も、微塵も映っていない。


「味方だって言うなら、そんな力はいらないからリアナちゃんを渡して。私はただ、あの子と一緒に帰りたいだけ」


 ヴァルディオスは一度だけ目を伏せ、こらえきれなくなったように喉を鳴らした。


「……っ、ふ、ははっ!」


 普段なら決して見せない笑いだった。


 額を押さえ、小さく首を振る。


「そうだったな……お前は、そういう奴だった」


 一方で、完璧な心理劇を台無しにされたサーヴェラは、ゆっくりと差し出していた手を下ろした。


 深紅の瞳から慈愛の聖母の仮面が剥がれ落ち、殺気が溢れ出す。


「そう、本当に……どこまでもあの女と同じ」


「……?」


「反吐が出るほど……あの女によく似ている。何百年経っても、聖女というものは変わらないのね。手に入らないなら、器ごと壊すまでよ」


 その言葉と同時だった。


 サーヴェラの姿が黒いもやとなって崩れ落ちる。


 膨れ上がった闇の中から現れたのは、巨大な蛇だった。


 赤い瞳。漆黒の鱗。その一枚一枚の縁は青白く発光している。


 あまりの巨体に、心臓が嫌というほど脈打つ。血の気が引き、足が勝手に後ずさった。


「これが……邪神……」


 対するヴァルディオスも静かに前へ出る。


 人の姿を解き、銀色の毛並みへと変わる。あっという間に見慣れた巨大な神獣――フェンリルの姿へと戻った。


『下がれ、セラ。結界の中から出るな』


 低い声が響く。


 その直後、大蛇が動いた。


 鎌首をもたげて次の瞬間には、その巨体が残像を引いていた。


 岩盤が削れ、洞窟に砂埃が舞う。


 毒霧が洞窟を埋め尽くすが、ノクスは退かない。迫る毒を正面から吹き飛ばす。

 光と闇が幾度も衝突し、洞窟が激しく揺れる。


 その乱戦の中、大蛇の赤い瞳が――不意に、後方で結界を張るセラを捉えた。


 蛇の体がバネのように縮み、剥き出しの牙を向けて死角を突いてセラへ迫る。


『――ッ!』


 ノクスが慌てて飛び込んだ。


 セラの盾となって立ち塞がったフェンリルの肩口を、大蛇の毒牙が裂く。


 肉を貫き、骨へ届くほど深く食い込んだ。


「ノクスッ!!」


 セラの悲鳴が響く。


 黒い毒が、牙からノクスの体内へと注ぎ込まれる。


 美しい白銀の毛並みが、赤黒い血に染まっていった。


 しかし、ノクスは止まらなかった。牙を突き立てられたまま大蛇の首元に喰らいつき、鋭い前脚でその漆黒の腹を大きく引き裂いた。


「ギィイイイイッ!!」


 大蛇が苦悶の叫びを上げ、血を撒き散らしながら離れる。間違いなく致命傷だった。


 だが、腹から血を流しながらも、サーヴェラは低く笑った。


『ふふ……あははっ! その毒は、神獣すらも確実に蝕むわ』


『……貴様、だけは……ッ!』


 ノクスが追撃しようと踏み出す。


 しかし、巨大な前脚が折れ、重い音を立てて膝をついた。肩口の傷から、青黒い痣が広がっている。


 大蛇の輪郭が、再び黒い霧へと溶け始めていく。


 逃げる直前、赤い瞳がセラと、苦しげなノクスへと向けられた。


『その子を守るたび、ヴァルディオス。いずれ貴方が先に壊れるわ』


『黙れ……』


『ふふっ……毒が回りきる前に、真実を話せるといいわね』


 嘲笑を残し、サーヴェラの姿は黒い霧となって完全に消え去った。


「ノクス!」


 敵が消えた瞬間、セラは駆け寄った。


 ノクスの体は荒い息に合わせて上下し、噛まれた傷口からは黒い瘴気が立ち昇っている。


 セラは震える手で、血に染まったノクスの毛並みに触れた。


 隠し事があるのは事実なのだろう。騙されていたのかもしれない。


 でも答えは、もう目の前にある。


 彼は何の迷いもなく、命を懸けて私を守ってくれた。


 だから今度は、私が助ける番。

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