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無自覚聖女から始まる辺境山暮らし 〜婚約破棄されたけど、神獣と精霊に愛されています〜  作者: なな日々
第5章:動き出す運命は規格外編

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第95話 封印の鍾乳洞と、待ち受ける者

 馬の蹄の音が、枝を踏み鳴らしながら駆けて行く。


「クソッ、待て……!」


 感情的なり追いすがろうとしたルークの肩を、ゼインが力強く引き留めた。


「離せ、ゼイン! リアナが……!」


「落ち着け! 今の奴に真正面から突っ込んでも、リアナごと巻き込まれるだけだ」


 ゼインの一喝に、ルークは自身の無力感を感じて足を止める。


 周囲の空気には、先ほどの『何か』が放った濃厚な黒魔術の残滓が今でも残っている。


「……あいつはもう、あの偽聖女じゃない。化け物だ」


「ああ。魔力そのものが完全に別物だった。まずはノクス殿を探そう。奴の狙いがセラ様なら、向こうにも危険が及ぶ」


 二人は踵を返し、セラのいる方角へと駆け出した。


「……くそっ」


 ルークの口から、無意識に悪態が漏れる。


 頭では、ゼインの判断が正しいと理解している。しかし、実の妹が危険な目に遭っているというのに、真逆の道を走らなければならないという事実が、ひどく理不尽に思えた。


 一歩踏み出すごとに、リアナが遠ざかっていく。


 実際にはまだ数分しか走っていないはずだった。なのに、鬱蒼とした山道を登り続けるだけの時間が、ひどく間延びして感じられる。


 意味もなく足元の石を蹴り飛ばしたくなるような苛立ちが、ルークの歩幅を無駄に広げ、息を乱していた。


 その、ひどく長く感じられた沈黙を破るように、周辺木々が大きくざわめいた。


 直ぐに行く手を遮るように強い風が吹く。


 ルークが思わず腕で顔を覆い、ゼインが身構えた目の前に――強風を巻き起こしながら、ノクスが現れた。


「ゼインさん、ルークさん!」


 背に乗っていたセラが声を上げる。異変を察知し、急ぎ山を下ってきていたのだ。


「セラ様! それにノクス殿も」


 ゼインは足を止め、手短に状況を伝えた。


 リアナが攫われたこと。偽聖女が何者かに乗っ取られ、強大な黒魔術を操る怪物と化したこと。


 そして――。


「奴の狙いは、セラ様です。『この山にいる本物を連れてこい』と」


 その言葉を聞いた瞬間、ノクスの放つ威圧感が一段と跳ね上がった。


「……セラ。お前はここで、こいつらと待っていろ」


「え? 私を? 何かの間違いじゃないの?」


「狙いがお前なら、行く必要はない。我が単独で引き裂いてくる」


 ノクスの言葉に甘える事も出来るが、セラは即座に首を横に振った。


「駄目だよ。私のせいでリアナちゃんが捕まってるなら、尚更私が行かないと!」


「しかし――」


「リアナちゃんを置いて逃げたりしない。絶対に助けなきゃ」


 セラの真っ直ぐな意思に、ノクスは短く息を吐き出した。


「……頑固なところは変わらんな。しっかり掴まっていろ」


「ゼインさんたちは後から追ってきてください! 私たちは先に行きます!」


 セラが叫ぶのと同時に、ノクスは力強く地を蹴った。


 ゼインとルークの姿が、瞬く間に後方へと置き去りにされる。


 ◇ ◇ ◇


 景色が線となって流れていく。


 ノクスには、乗っ取られたイザベラがどこへ向かったのか、見当がついていた。


 山の反対側の潮風が吹き付ける、海に面した断崖の下。そこにある巨大な鍾乳洞。


 かつてノクス自身が、過去の聖女たちと共に忌まわしい存在を封じ込めた場所だった。

 

 やがて木々が途切れ、視界が開ける。


 荒波が岩肌に打ちつける音が響き、潮の香りが風に乗って漂っている。


 その時、足元の大地が――ほんの一瞬、脈打つように揺れた。


「……魂と肉体を引き剥がしておいたが、甘かったか。あの聖女のもつ封印の首飾りに辿り着いたというのか」


 ノクスが忌々しげに鼻を鳴らす。


 かつて、自身と聖女たちが施した強固な封印の結界。それが今、内側から無残に砕け散る音がしたのだ。


 ノクスは断崖を一気に駆け下り、ぽっかりと口を開けた巨大な鍾乳洞の中へと飛び込んだ。


 薄暗い鍾乳洞の中。

 天井から滴る雫が、水面に小さな波紋を広げていた。


 巨大な石の祭壇は無残に砕け散り、その破片が辺り一面に転がっている。


 祭壇の足元には、イザベラが力なく倒れていた。


 その少し先で、泥にまみれたリアナの腕を細い指が静かに掴んでいる。


 長く流れる髪は、深い海を思わせる藍色。


 透き通るほど白い肌に、深紅の瞳だけが鮮やかに浮かび上がる。


 女はゆっくりと振り返った。


 髪がさらりと肩を流れ落ちる。


「……ようやく来たのね」


 澄んだ声が、鍾乳洞の奥まで静かに響く。


 その視線はセラを捉えた。


 そして、ゆっくりとノクスへ移る。


「あら、久しいわね、ヴァルディオス。私、あなたは呼んでいないのだけれど」


 その名が響いた瞬間、ノクスの白銀の毛並みが淡い光に包まれた。


 四肢が伸び、巨体はみるみる人の姿へと変わっていく。


 光が収まると、そこには銀髪を背に流した一人の男が立っていた。


 深い蒼の瞳だけが、変わらず女を見据えている。


「……邪神サーヴェラ」


 女は愉快そうに微笑む。


「その名で呼ばれるのは、本当に久しぶり」


 セラは大きく目を見開いた。


(ノクス……? 今、名前……ヴァルディオスって……)

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