崩れる未来
森は静まり返っていた。
さっきまで吹いていた風が、ぴたりと止まっている。
リュカは、目の前の男を見つめていた。
アルトリウス。
彼は地面に膝をついたまま、動かない。
「……アルトリウス?」
呼びかけても返事がない。
肩が小さく震えている。
レオンが一歩近づく。
「どうした」
その瞬間だった。
アルトリウスが顔を上げた。
その目に映っていたのは――
恐怖だった。
「……思い出した」
声が震えている。
「俺は……この世界の人間じゃない」
リュカが息を呑む。
アルトリウスは、遠くを見るように呟いた。
「神崎悠真」
「それが……俺の名前だ」
森の空気が凍りついた。
頭の中に、知らない景色が流れ込んでくる。
高い建物。
走る鉄の箱。
光る画面。
見たこともない世界。
「……車」
アルトリウスの声がかすれる。
「事故……」
誰かが叫んでいる。
救急車の音。
血。
そして――
自分の手。
「俺は……死んだ」
リュカが戸惑う。
「死んだって……」
アルトリウスは首を振る。
「そのあと、この世界にいた」
「勇者として召喚されたんだ」
沈黙。
レオンが低く言う。
「転生……か」
アルトリウスは笑った。
乾いた笑いだった。
「でもな」
「俺は勇者なんかじゃない」
拳を握る。
「俺は……」
声が震える。
「誰も助けられなかった」
森の空気が、重く沈む。
その瞬間だった。
アルトリウスの体から、魔力が溢れ出した。
「……っ!」
レオンが目を細める。
空間が歪む。
木々が揺れる。
アルトリウスは頭を押さえていた。
「見える……」
息が荒い。
「未来が……!」
未来固定の能力。
だが、今は違った。
未来が無数に分岐している。
「死ぬ……」
アルトリウスが震える。
「レオンが死ぬ未来」
「リュカが死ぬ未来」
「俺が――」
声が壊れる。
「また誰も助けられない未来」
魔力が爆発した。
森の地面が割れる。
レオンが叫ぶ。
「落ち着け!」
だがアルトリウスの目は完全に狂気だった。
「未来を変えなきゃ……!」
その瞬間。
闇が動いた。
レオンの足元から、黒い影が立ち上がる。
「……仕方ない」
レオンが剣を抜く。
腕の紋章が黒く光った。
闇が剣にまとわりつく。
リュカが驚く。
「その力……!」
レオンは低く言う。
「封じてたんだ」
闇が膨れ上がる。
「でも今は、そんなこと言ってられない」
黒い力が解放された。
アルトリウスの暴走魔力と衝突する。
森が震える。
その衝撃で、魔物の群れが姿を現した。
歪んだ空間から這い出てくる。
十体以上。
リュカが剣を構える。
「最悪だな……!」
レオンが前に出る。
「魔物は俺が抑える!」
アルトリウスの暴走がさらに強くなる。
未来の断片が空に浮かぶ。
崩壊する光景。
死。
絶望。
リュカは歯を食いしばる。
「こんな未来……!」
魔物が襲いかかる。
リュカは踏み込んだ。
剣を振る。
だが数が多い。
押される。
そのとき。
剣が光った。
夜明けのような光。
リュカが目を見開く。
「……これは」
剣の中で何かが目覚める。
体の奥から力が溢れる。
リュカは大きく息を吸った。
そして剣を構える。
「未来が見えるなら」
アルトリウスに向かって叫ぶ。
「変えればいい!」
剣が輝く。
新しい技。
リュカは叫んだ。
「――暁スラッシュ!!」
閃光。
夜明けの光のような斬撃が森を走った。
魔物の群れが一瞬で切り裂かれる。
空間の歪みさえ斬り払った。
レオンが振り向く。
「今のは……」
リュカは息を吐く。
「新技」
そしてアルトリウスを見る。
「未来なんて関係ない」
静かに言う。
「俺たちが変える」
その言葉に。
アルトリウスの目が揺れた。
未来の映像が崩れる。
「……見えない」
アルトリウスが呟く。
「お前たちの未来だけ……」
初めて。
未来固定の能力が――
外れた。
森に静寂が戻った。




