牢獄と絶対零度その1
ゆっくりと意識が戻り、瞼を上げる。
しかし、視界はぼやけ、頭の中はもやがかかったかのようでまともに考えられない。
ただただ、映るものが何か判断出来ずに、頭に響く音を理解できず
それらが何か考えられずに見続ける時間がしばらく続く。
[―――ん、ケ―――、―ン―――、―――さ―]
何かが聞こえる、何を言ってんのか徐々に理解してきた。
[―ンさん、ケンさーん。聞こえてますよね!!返事をしてくださいよ!」
「あ、ああ……お前、か」
何度も頭に響く音がアンジュの声である事にようやく気付いた。
こいつの声が聞こえるって事は俺は生きてるのか……あれでよく生きてんな。
自分の体の丈夫さに感謝しつつ、起き上がろ―――
「おう、坊主。起きたか」
「ッ!?」
突然、聞こえる仕留めたはずの風野郎の声。
即座に頭が覚醒し、声が聞こえた方へ振り向くとやつがベッドの上に座っていた。
その姿には傷一つ見られないが例の風バリアも見当たらない。
すぐに動こうと右腕を動かそうとしたところで右肩が切り裂かれた事を思い出し
見てみると骨まで斬られたはずの右肩は傷跡一つ残さず治っており
他の痛かった箇所も全く痛くなかった。
魔術で治したのだろうが、そんな事より万全の状態で相手は無防備、今ならいけるか……?
「待て待て。こんなところで暴れようとするんじゃねえよ」
「……こんなとこ?」
そう言われて辺りを目を向けると、まず第一に鉄格子が見えた。
鉄格子があるって事はここは牢屋か?
だとすると非常に不味い、本当に不味い。
犯罪者になればそれだけで行動に制限がかかるし、収監なんてのも考えられる。
それだけはなんとしても回避したいが、どうすりゃいい?
「どうした?そんなに冷や汗かいて」
「……そう言うお前は何でそんなに落ち着いてんだよ」
「なんでって、そりゃあここに収監されてるのは形の上だからだよ。
待ってりゃそのうち出れるってのに慌てる理由はないだろ?
お前も正直に放せば多分解放されっから、安心して待ってな」
「………なんでそう言い切れる」
「なんでってそりゃ、俺が極術師だからよ」
きょ、きょくじゅつし……?なんだそれは……
何かの称号なのか、それとも職業なのかさっぱりわからん。
だが、ここで言って来るって事はこの世界じゃ周知のものなんだろう。
だからこそ、不味い。知ってないってだけで怪しまれる。
[あの老夫妻への聞き込み不足が祟りましたね]
んな事言われなくともわかってるっての。
ここは知ったかで何とか乗り越えるしかねえか……。
「どうした、坊主。自分が吹っ飛ばした相手が極術師だとわかって
怖くなってきたか?」
この言い方からするに何か偉い役職の人間ってとこだろう。
それなら、返すのは決まってる。
「…そんなので怖くなるわけねえだろ」
「……そりゃそうだよな。でなきゃ、叩きつけられて、切り裂かれたってのに
最後まで諦めずに俺の息の根止めに来るだなんてしねえもんなぁ、ハハハハハハハハ!!」
口を開けて爆笑する風野郎。
さっきからの対応見るに完全に敵意はないみたいだし
警戒は緩めてもいいかもしれんな……。
てか、笑いすぎだろ、こいつ。
「よくもまぁ、自分を殺そうとした奴の前で笑ってられるな」
「ハハハ…そ、それはお互い様だぜ。お前だって自分を殺そうとした
奴と普通に喋ってんじゃねえか」
「それもそうか……ハハハ」
[なんで、殺しあった人と笑いあえるんですかね。全く理解できないです]
緊張の糸が切れたからか、笑いがこぼれる。
そして、何より極術師に関する話は案外あっさり終わった。
それに関しては良かったとしか言えねえな……。
「うるさいぞ、貴様ら!!」
突然響く怒号。
そして、ツカツカと聞こえる足音が近づいてくる。
声からして女性っぽいがどんな人が来るんだろうか……。
看守だろうからって鞭持った女王様みたいな人じゃない事を祈る。
そう言うの苦手だし、目のやり場に困るし………
そして、目の前に現れたのは鎧を着て、腰に剣を携えた女騎士と言った風貌の女性だった。
彼女は牢の前に立つや否やギロリとこちらを睨みつけてくる。
明らかにおこだ。
「全く、目を覚ましたかと思えば大声で笑いだすとは……随分余裕だな」
「そんな睨むなよ、俺だって好きでやったわけじゃねえんだからよ」
「故意かどうかなど二の次だ、どれだけの被害を出したかわかっているのか!!」
竜巻によって森どころか地面そのものを削り飛ばしてたからなぁ。
被害を金額として表したらとんでもねえ金額になりそうだ……。
「声を荒げんなよ……そんなの言われなくてもわかってるって」
「だったら、少しは態度で示せ!!今回もどれだけ頭を下げたと思っているんだ!!」
「いやーー…いつも悪いな」
「悪いと思っているなら少しは悪びれろ!!全く……」
そう言って顔に手を当てながら、大きく溜息を吐く女騎士。
頑張って言ってるが、風野郎には糠に釘というか暖簾に腕押しって感じだな。
なんだか、可哀想だ……。
「で、いつになったら出してくれんの?」
「…永遠に入れておいてやろうか、貴様……」
このタイミングで聞くか、普通……。
[凄い胆力というか、空気の読めない馬鹿というかそんな感じの方ですね]
「だな……ある意味尊敬するわ」
「そこの貴様は何をぶつぶつ言っている?」
「……ただのひとり言だ、気にしないでくれ」
つい、声に出してしまったせいで怪しまれてしまった。
このままスルーしてくれると良いんだが……
「……坊主、また通信してんのか?この状況でようやるぜ」
「通信……?何を言っている、ここは常に姐さんが作った妨害魔術が
展開されているんだ。出来るわけがないだろう」
そんなわけはなく話はどんどん進んでいく。
展開が早すぎて言い訳を思いつく暇も、言う暇もねえ……。
「ほんとかぁ?実は起動し忘れてたとかじゃねえだろうな」
「何を言っている、そんな初歩的なミスをするわけないだろ」
「そこまで言うなら俺が確認してやるよ」
「なっ!?き、貴様、勝手に……!!」
女騎士の声を無視しながら、風野郎は鼻歌を歌いながら魔法陣を展開して指を動かす。
こんなSFチックな光景を魔術がはびこる異世界で見れるとは思わなかった。
そんな光景を見ていると、彼の動きが止まる。
「坊主、お前、まだステ……いや、お前の体どうなってんだ?」
「それは…どういう意味だ?」
「単純な話だ。この距離で魔力を感知出来ないってのはどんなステルス魔術を
使おうが魔術の構築上不可能。だというのにお前からは魔力を一切感知出来ない。
まるで死体みたいだぞ、お前の体……」
「死体みたいだと……そんな事あるわけが」
「だったら、見てみろよ」
そう言って、風野郎は魔法陣を女騎士の方へと持っていく。
女騎士はそれを見るや驚愕の表情を浮かべながら見る。
「か、感知が狂っていたとかじゃ……」
「アホか、俺に限ってミスするわけねえだろ」
片方は警戒した顔に、もう片方は信じられない者を見る顔で俺を見つめる。
俺から魔力が感知出来ないってのは俺に魔力関係能力の適正が無いからだろう。
だが、それに対する理由が問題だ。
別の世界から来た人間だからです、だなんて夢物語な事を信じて貰えるわけがない。
不味い、不味すぎる。どうするか、頭をぶん回すが
納得して貰えそうな理由が思いつかず、ただただ時間だけが過ぎる。
「なんで何も言わねえ……国のためか?」
風野郎からは下手に動きをすれば真空波でも飛ばしてきそうな
雰囲気をびんびんに感じる。
不味い不味い、どんどんやばい方向へ話が進んでいく。
どうする、どう言えば信じて貰える……
考えれば考える程、無言の時間が続いて行ってしまう。
「……頑なに口を閉ざすか。随分と立派な愛国心だな」
「そういうのじゃねえよ……」
「じゃあ、素直にゲロっちま―――」
こんな絶体絶命の状況の中、錆びた鉄のドアが開くような音が鳴った。
それに気づくや女騎士の方はすぐに聞こえた方向へ振り向くやすぐに
敬礼のらしき構えを取る。
「隊長、お疲れ様です」
「ああ、お疲れ様。私の代わりをありがとう、副隊長」
そう言いながら現れたのはサラッとした金の髪に優しそうな顔をし
プラチナ色の鎧に腰に剣を携え長身の白馬に乗った王子様と言った風貌の男性だ。
ここまで、THE・王子様って姿のやつ始めて見た……。
「何やら騒がしかったけど、何かあったのかい?」
「はい、倒れていた青年から魔力を感知出来ず彼からもその事に
対する言及も無かったがためにラオージュ殿が先走ろうとしまして――」
「なるほど、それで騒いでいたのか……」
そう言いながら、王子様のような隊長は彼らと同じように魔法陣を展開する。
そして、俺の反応のなさを確認したのかすぐに魔法陣を閉じる。
「確かに彼からは魔力を感じられない……まるで死んでいるかのようだ」
「だろ、どうなってんだろうな。こいつの体は」
三人が俺をまるで珍獣でも見るかのような目でじっと見つめてくる。
どうすりゃいいんだ、この状況……。




