第5話 製造番号
王都へ戻ったのは、それから二日後のことだった。大聖堂の奥にある小部屋で、アレンは司祭と向かい合っていた。机の上には、村長の署名が入った報告書と、砕けた首輪の一部が置かれている。
「行方不明だった若者と家畜は、廃坑で発見しました。犯人は村の見張りをしていたガイルです」
「報告書にもそう記されている」
司祭は書面へ目を落とした。
「だが、村に現れた悪魔と協力して魔物を倒したというのは本当か」
「本当です」
「危険だとは思わなかったのか」
「思いました」
アレンは迷わず答えた。
「でも、あいつは少女を守っていました」
司祭が顔を上げる。
「悪魔の言葉を信じたのか?」
「言葉だけじゃありません。傷を負っても、少女の前から退かなかった。それを見ました」
司祭はしばらくアレンを見つめたあと、エルシーへ視線を移した。
「君も同じ意見か?」
「はい。魔族が少女を守り、ガイルが笛で魔物を操るところを見ました」
「そうか」
司祭は椅子へ深く腰を下ろした。窓辺にいたミルが机へ飛び乗り、砕けた首輪へ鼻先を近づける。
「それで、この首輪は?」
「魔物につけられていました。笛の音に反応して、攻撃する相手を変えていたんです」
「欠けているようだが残りは?」
「見つけられたのはそれだけでした。」
司祭は首輪の欠片を布で包み直した。
「魔術具であることは間違いない。だが、私には術式までは分からん」
司祭が卓上の呼び鈴を鳴らす。扉の向こうで、足音が止まった。しばらく間があってから、遠慮がちに扉が開く。
入ってきたのは、一人の少女だった。青い髪が頬にかかり、伏せられた目元を隠している。胸元には一冊の魔導書を抱えていた。少女は室内に並ぶ視線に気づくと、足を止めた。
「ルナ。こちらへ」
司祭に呼ばれ、少女は小さく頷いた。
「宮廷魔導院で術式の研究をしているルナだ。年は若いが、古い魔術具の知識なら私より詳しい」
「そんな、私なんて……」
ルナは消え入りそうな声で答え、魔導書を抱く腕に力を込めた。
「これを調べてほしい」
司祭から首輪の欠片を受け取ると、ルナは机の隅へ移動した。魔導書を開き、欠片の周囲へ小さな石を並べていく。
「少し、離れていてください」
アレンたちが下がる。ルナは頁へ指を置き、短い詠唱を始めた。淡い青色の光が指先へ集まる。
しかし、アレンが覗き込んだ瞬間、その光は消えてしまった。
「悪い」
アレンはすぐに一歩下がった。
「大丈夫です。私が、集中できなかっただけなので」
ルナは俯いたまま、もう一度頁へ指を置く。だが、集まりかけた光は形になる前に揺らいだ。部屋の中に沈黙が落ちる。
エルシーがアレンの外套を引き、さらに後ろへ下がらせた。
「急がなくていいからね」
ルナがわずかに顔を上げる。机の上では、ミルが首輪の隣へ座っていた。ルナが見つめると、ミルは一度だけ尻尾を動かし、魔術具から離れる。
「……ありがとう」
誰に向けたのか分からないほど小さな声だった。ルナは目を閉じ、ゆっくりと息を整えた。
三度目の詠唱。今度は青い光が首輪の欠片を包み、その表面に細かな文字を浮かび上がらせた。いくつもの文字が輪を描き、最後に翼を模した紋章へ変わる。
司祭の表情が変わった。
「その紋章は……」
「昔の天使が使っていたものです」
ルナの声はまだ小さい。それでも、その視線は浮かび上がった紋章へまっすぐ向けられていた。
「これは、魔物を操るための術式ではありません」
ルナは欠片を裏返す。
「魔族の力を封じ、命令に従わせるために作られた拘束具です」
部屋が静まり返る。司祭が机の上の報告書をめくった。
「ガイルは、この首輪をどこで手に入れたと言っていた?」
「村の北にある廃坑です。隠れ場所を作っている途中、崩れた壁のそばで木箱を見つけたそうです。中に首輪と笛が入っていたと」
アレンが答える。
「奥は調べたのか」
「道が崩れていて、その場では進めませんでした」
ルナは首輪の欠片を持ち上げ、裏側へ光を当てた。煤で黒く汚れた場所を布で拭う。その下から、小さな文字が現れた。
「これ何か文字が……A9F4?」
「恐らく製造番号のことだろう」
司祭が身を乗り出す。アレンも首輪の欠片を覗き込んだ。
「番号がついてるってことは、同じものがほかにも作られていたのか」
「この一部分だけでは判断できません」
ルナは欠片を机へ戻した。
「ただ、気になるのは付け方です。文字と数字を組み合わせた番号でした」
「それの何が気になる?」
「一つや二つを区別するためなら、数字だけで足りるので」
部屋が静まり返った。
「それに、この術式は首輪だけでは完成しません。保管場所か、術式を管理する装置が別にあったはずです」
司祭は報告書と首輪を見比べた。
「つまり、あの廃坑には、まだ調べられていない場所があるかもしれないということか」
「はい」
アレンはすぐに立ち上がった。
「なら、もう一度調べに行きます」
「私も行く」
エルシーも続く。司祭は二人を制するように手を上げ、ルナへ向き直った。
「古い術式で隠された場所があるなら、騎士だけでは見つけられん。ルナ、お前も同行しなさい」
ルナの肩が小さく跳ねた。
「私が、ですか?」
「この術式を読めるのはお前だけだ」
ルナは開いた魔導書へ目を落とした。アレンの肩では、ミルがじっと彼女を見つめている。しばらく迷ったあと、ルナは魔導書を閉じた。
「……分かりました」
その声は小さかったが、今度は部屋にいる全員へ届いた。




