↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【長編版】 2度目の世界は黒猫と  作者: 音無 千秋


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
18/19

第17話 心の力

「次は、村の警備を任せる」

 司祭の言葉に、アレンは背筋を伸ばした。騎士に認められてから初めての任務だ。


「王都の北に、灯谷村という村がある。駐在していた騎士が怪我をしてな。治療のために村を離れている」

「魔物にやられたんですか?」

「倒れた柵の修理中に、脚を挟まれたそうだ」

「……それは、気をつけます」


 隣でエルシーが頷いた。

「アレンもやりそうね」

「まだ何もしてないだろ」

 司祭が咳払いをすると、二人とも前を向いた。


「交代の騎士が着くまで、二週間。村の周辺を見回り、畑へ寄ってくる魔物を追い払ってほしい。宿と食事は村で用意する」

「私たちも、一緒に滞在してよろしいのでしょうか」

 ルナが尋ねた。

「ああ。魔導院からも許可は出ている。村の治療所へ届ける薬があるので、使い方を説明してやってくれ。エルシーには、駐在騎士へ引き継ぐ記録を頼みたい」

「分かりました」


 エルシーが手帳を開く。二週間、同じ村で暮らすことになる。必要なものを考えていると、アレンが口を開いた。


「村を守るのは、俺一人ですか?」

「見張りをする村人はいる。だが、危険があればお前が判断しなければならん。手に負えない相手なら、村人を逃がして応援を呼べ」

「はい」


「それから、村にガロという老人がいる。私から来たと言えば分かる」

「その人も騎士なんですか」

「昔、騎士団で稽古をつけていた。今は引退しているが、助言はもらえるだろう」


 アレンの顔が明るくなった。

「俺も教えてもらえますか?」

「本人に頼みなさい。あの人が素直に引き受けるかは知らん」

「司祭様でもですか?」

「私も、ずいぶん叱られたからな」

 司祭はそれ以上は言わず、薬の受取書を差し出した。


 アレンが手を伸ばすより早く、ミルが机に飛び乗る。紙を踏みそうになったので、ルナが抱き止めた。

「ミルさんも、二週間は村暮らしですね」

「昼寝ばかりになりそうね」

 エルシーが言うと、ミルはルナの腕に収まったまま目を閉じた。


 ◇◇◇


 村へ向かう荷馬車に乗り、王都を出て三日目。山道を登り始めると、御者のケルが三人へ仕事を説明してくれた。


「朝と夕方に畑を回ってくれりゃ助かる。夜は俺たちも交代で見張るよ。毎晩一人で起きてなくていいからな」

「魔物はよく出るんですか?」

「畑に小さいのが来るくらいだ。追えば逃げる。たまに逃げねえのがいるから、そいつを頼みたい」


 エルシーが書き留める横で、アレンは道を見ていた。

 山側は木が茂り、反対側には畑が広がっている。村までは、もうそれほど遠くないらしい。


「ガロさんって、どんな人なんですか」

「会えば分かる」

「厳しい人?」

「口うるさい人だな。うちの納屋を直してくれたときも、釘の打ち方で半日叱られた」

「半日も?」

「でも次の日、道具を一式持ってきてな。次は自分でやれって置いてった」

「面倒見のいい人なんですね」

 エルシーが言うと、ケルは肩をすくめた。

「そんなこと本人に言うなよ。次からやってくれなくなる」


 荷馬車が曲がり角へ差しかかったところで、馬が止まった。

 ケルが手綱を引く。道を塞ぐように、黒い獣が立っていた。


 猪だ。だが、アレンが知っているものより二回りは大きい。口の両側から牙が伸び、片方には折れた柵が引っかかっている。


「あいつか」

 ケルが舌打ちした。

「最近、畑を荒らしてる奴だ。町へ出る前にも見た。追っ払っても、また戻ってくる」


 アレンは荷台から降りた。ミルをルナへ預け、剣を抜く。

「馬車を下げてください。俺が森の方へ追います」

「アレン、突っ込まないでよ」

「分かってる」


 剣の腹で柵を叩いた。猪が顔を向ける。

 アレンは山側へ回った。こちらを追ってくれば、馬車から離せる。だが、猪は一度アレンを見ただけで、鼻先をまた荷馬車へ向けた。


「こっちだって!」

 石を投げる。背に当たった。

 猪が唸り、地面を蹴った。


 馬車へ。


「ルナ!」

 青い障壁が馬の前へ立つ。猪の牙がぶつかり、光に亀裂が走った。

 アレンは横から剣を振り下ろした。牙に刃を当て、頭を外へ向けようとする。


 押し切れない。


 剣を握る腕が跳ね上がり、猪の肩に胸を打たれた。息が詰まる。後ろへ倒れそうになりながら、アレンは脚を踏ん張った。


「ケルさん、馬をこっちへ!」

 エルシーが道の脇へ走る。ケルが手綱を引き、馬車がわずかに向きを変えた。

 その前で、ルナの障壁が割れる。


 猪が踏み込んだ。


「下がれ、若いの」

 知らない声がした。


 山側の斜面から老人が下りてくる。持っていた杖を猪の牙へ差し込み、短く踏み込んだ。

 猪の頭が跳ね上がった。重い身体が道から逸れ、畑の土へ転がる。


 アレンは剣を構えたまま、動けなかった。


 猪が起き上がる。老人は追わず、杖で地面を一度叩いた。獣は彼を睨んでいたが、やがて身をひるがえし、森へ逃げていった。


「追うなよ」

「……はい」


 老人が振り返った。

「目の前で腹をすかせた獣に石を投げる奴があるか」

「俺の方へ来ると思って」

「来なかったらどうする」

 アレンは黙った。老人は荷台を指す。

「あいつが嗅いでいたのは、その飼料だ。お前じゃない」


 ケルが御者台から顔を出した。

「助かったよ、ガロ爺さん」

 三人が老人を見る。

「あなたが、ガロさん?」

「司祭のところから来たのか」

「はい。騎士のアレンです」

「その徽章で分かる。どこか打ったか」


 ガロはアレンの返事を待たず、胸と肩を確かめた。ルナにも怪我がないか尋ね、それからケルへ荷馬車を進めるよう言った。


「杖一本で、あれを……」

 ルナがつぶやく。ガロは聞こえていたらしく、彼女を振り返った。

「杖が珍しいのか」

「いえ。魔法を使ったようには見えなかったので」

「使っとらん」

「だったら、どうやって?」

 アレンが尋ねると、ガロは面倒そうに眉を寄せた。

「村まで歩きながら話せ。道を塞ぐな」


 ◇◇◇


 灯谷村は、谷の斜面に沿って家と畑が並ぶ小さな村だった。

 ガロは薬を治療所へ運ばせ、三人を集会所へ案内した。ここで寝泊まりして、食事は隣の家で分けてもらうことになるという。


「村の入口と奥の畑。それから水場までが見回りの範囲だ。あとで案内する」

「ガロさんも、見回りを?」

「騎士が来るまでの間だけだ。いつまでも爺さんに働かせるな」

「明日から俺たちがやります」

「頼んだぞ」


 荷を下ろすと、アレンは改めて頭を下げた。

「稽古をつけてください」

「荷もほどかんうちから、それか」

「さっきの猪を止められなかった。ああいうのが村へ来たら、今の俺じゃ……」


 ガロはアレンを見た。それから、ルナへ目を向ける。

「お前もか」

「はい。私の魔法では、止めておけませんでした」

「私は、どうすればいいのか分からなかったわ」

 エルシーも口を開いた。

「助けを呼ぶにも、村まで走っていたら間に合わないでしょう。二人に任せて見ているだけになるのは、嫌だから」


 ガロはしばらく黙っていたが、やがて指を一本立てた。

「見回りを済ませてからだ。飯も食え。疲れた頭に教えても入らん」

「教えてくれるんですか?」

「同じことを二度言わせるな」

 アレンは勢いよく頭を下げた。ルナとエルシーも、それに続いた。


 その足元をミルが歩いていく。ガロの杖に鼻を寄せると、老人は杖を引いた。

「これは玩具じゃないぞ」

 ミルは前脚を伸ばし、杖の先を押さえた。ガロはしばらくミルを見下ろしていたが、やがて杖を引くのをやめた。


 夕方、村を一周したあと、ガロは三人を家へ招いた。翌朝の稽古について話すためだった。


 ルナが茶を運ぶのを手伝い、戸棚から湯飲みを出そうとした。

「こちらも使ってよろしいですか?」

「そっちは置いておけ。上の棚にある」

「すみません」

「謝ることじゃない。女房のだ」


 ルナは湯飲みを戻した。

「奥様は、今どちらに?」

「四十年も前に死んだ」


 ルナの手が止まる。ガロは何でもないことのように、茶を注いだ。

「二十五だった。わしだけ、こんな爺さんになったわ」


 ルナは返す言葉を見つけられなかった。ガロは盆を持って、アレンたちのいる部屋へ戻っていく。

「ほら、冷めるぞ」


 戸棚を閉める前に、ルナはもう一度だけ湯飲みを見た。

 四十年。自分が生きてきた時間より、ずっと長かった。


 ◇◇◇


「さっきの力は、魔法じゃないんですか」

 アレンが尋ねると、ガロは頷いた。

「心の力だ。剣を使う者にも、魔法を使う者にも扱える」

「私にも?」

 エルシーが自分を指した。

「やってみんことには分からん」


「強く思えば、力が出るってことですか?」

「それだけで出るなら、わしの畑は毎年豊作だ」

 ガロは湯飲みを置いた。

「何をしたいか分からんまま、ただ力を出そうとしても続かん。明日はまず、自分が何をしたいのか考えてこい」

「強くなりたいです」

「だから、強くなって何をする」


 アレンは考えた。ルナとエルシーも黙っている。


「今すぐ答えんでもいい。二週間は、ここにいるんだろう」

 ガロが茶を注ぎ足した。

「明日は朝飯を食ってから来い。空腹で転ばれても困る」

「転ばされるのは決まってるんですか?」

「立っていられたら、褒めてやる」


 アレンはそれ以上言わず、湯飲みに目を落とした。強くなって、何をするのか。猪の牙を受けた腕が、まだ少し痺れていた。


 開けていた窓から風が入り、アレンの足元でミルが耳を動かした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。