第16話 名家の娘
騎士団の建物を出ても、アレンはしばらく黙っていた。
「どうしたの?」
エルシーが尋ねる。
「さっきの遺物の名前」
「アレン?」
「俺と同じなの、変な感じだな」
「もしかしたら、何か特別な力があったりして」
エルシーが笑って言う。
「俺に?」
「遺物の方よ」
「ああ、そっちか」
「あなたの名前と同じなんだから、少しは気にならない?」
「気になるよ。でも騎士団長も、ただの噂だって言ってただろ」
アレンは肩のミルを見た。
「ミルはどう思う?」
ミルは前脚を舐めている。
「興味なさそうね」
「名前の話だからな」
「アレンさんと同じ名前ですよ?」
ルナが言っても、ミルは顔を上げなかった。
そこへ、大聖堂の使いが三人を呼び止めた。
「司祭様がお呼びです。アレン殿と、お二人にも来ていただきたいと」
アレンはエルシーとルナを見た。
「また事情を聞かれるのかな」
「観測塔の報告が届いたのかもしれないわね」
三人は使いのあとに続いた。
大聖堂の奥にある小部屋には、アレンへ叙任の試練を与えた司祭が座っていた。机の上には、二通の報告書が重ねられている。
「座りなさい」
三人が席に着くと、司祭は一通目の報告書を開いた。
「廃坑の調査結果が届いた。お前たちの話した牢と装置は確認された。魔族の少年が首輪につながれていたことも、残された術式から裏づけられている」
「誰が造ったかは?」
エルシーが尋ねる。
「まだ断定できない。調査は続ける」
司祭は書類を閉じた。
「アレン。お前の叙任試験についてだが」
アレンは背筋を伸ばした。膝の上にいたミルが、その顔を見上げる。
「リュネ村で、お前は魔族へ剣を向けず、少女の話を聞いた。その判断について、私は最後まで自分で確かめなさいと言ったな」
「はい」
「廃坑と観測塔の報告も読んだ」
司祭はエルシーとルナにも目を向けた。
「今回の一件で、お前は一人ではなく、仲間と力を合わせて危機に立ち向かった」
アレンは隣の二人を見た。
「エルとルナがいなければ、できませんでした」
「そうだろうな」
司祭は頷く。
「時に騎士は、一人で立ち向かわねばならない。だが、仲間を頼り、ともに力を合わせることもまた、騎士に必要な素養だ」
司祭が机の引き出しを開けた。取り出したのは、小さな銀の徽章だった。
「アレン。今回の働きを評価し――」
司祭は席を立ち、アレンの前へ歩いてくる。差し出された徽章を、アレンは両手で受け取った。
「お前を、王国の騎士として認める」
アレンは手の中の徽章を見つめた。叙任を願う儀式の日から、ずっと待っていた言葉だった。
「……ありがとうございます」
「騎士になれば、自分の判断で動く場面は増える。よく考え、よく学びなさい」
「はい」
アレンは徽章を外套へ留めた。ミルが膝の上から身を伸ばし、銀の表面へ鼻先を近づける。
「ミル、爪を立てるなよ」
「最初の仕事は、その子から徽章を守ることね」
エルシーが言う。
「騎士になった途端、責任重大だな」
アレンはミルを抱き上げ、肩へ戻した。
部屋を出たあと、三人は大聖堂の中庭へ向かった。アレンが歩くたび、銀の徽章が光を受ける。本人はまだ慣れないのか、何度か胸元へ手を当てていた。
「曲がってる?」
「曲がってないわよ」
エルシーが答える。
「さっきも聞いたでしょう」
「三回目です」
ルナが付け加えた。
「そんなに聞いたか?」
「聞きました」
中庭の向こうから、剣を打ち合わせる音がした。訓練場で二人が模擬剣を交えている。
一人は、長い金髪の女性だった。剣を振るたび、陽の光を受けた髪が背中で揺れる。涼やかな目元と整った横顔に、エルシーは思わず見入った。
女性は相手の剣を受け流し、一歩踏み込む。模擬剣の先が、相手の胸元で止まった。
「一本」
見ていた教官が告げる。女性は剣を下ろし、対戦相手へ頭を下げた。
「ありがとうございました」
顔を上げたところで、アレンと目が合う。
「……アレン?」
「フィーネ?」
彼女がこちらへ歩いてきた。
「久しぶりじゃないか。どうした、こんなところで」
「今日、正式に騎士になったんだ」
「そうか。その徽章……ついに、だな」
フィーネの視線がアレンの胸元へ向く。
「おめでとう」
「ありがとう。フィーネも相変わらず強いな」
「ああ、最近調子が良くてな。おかげで負けなしだ」
エルシーは思わず、アレンの袖を引いた。
「綺麗な人ね。こんな人と知り合いだったの?」
「子供のころ、家同士の集まりで何度か会ったんだ」
「うちのレーヴェン家とアレンの家は、同じ騎士の家系で交流があったからな」
フィーネが続ける。
「レーヴェン家……?」
ルナが首を傾げた。
「王国の近衛騎士団長を何人も輩出してきた名家よ。騎士じゃなくても、この国が長い人なら一度は名前を聞くわ」
エルシーが小声で教える。
「じゃあ、フィーネさんって本物のお嬢様なんですか?」
「そんな大したものではない」
フィーネは少し居心地が悪そうに答えた。エルシーがアレンの横へ並ぶ。
「私はエルシー。こっちはルナよ」
「フィーネだ。よろしく頼む」
「よろしくお願いします」
ルナが会釈を返す。
「正式に騎士になったということは、これからはともに仕事をする機会もあるかもしれないな」
「フィーネさんも騎士なのですか?」
「ああ。だが、少々事情があってな」
フィーネが続きを言う前に、年配の男が足早にやってきた。
「お嬢様」
ルナがフィーネを見る。
「……お嬢様」
「だから、大したことではないと言っただろう」
「ああ、分かっている」
フィーネは迎えに来た男へそう答えると、アレンたちに向き直った。
「すまんが、先に失礼する」
歩き出しかけたところで、彼女がふと足を止める。
「……ん、待てよ」
振り向いたフィーネと、アレンの肩にいるミルの目が合った。
「まだ一緒にいるのか、その猫」
「覚えてたのか」
「昔、お前の外套に潜り込んでいただろう」
ミルが肩から降り、フィーネの靴へ身体をこすりつける。彼女は膝を曲げかけて、途中で止まった。
「触っても平気よ」
エルシーが言う。
「別に、触ろうとは……」
言い終える前に、ミルがもう一度すり寄った。フィーネは黙ってしゃがみ、その頭へ手を置く。
「かわいいでしょう?」
「……ま、まあ。か 、か弱き生き物は、守ってやる必要があるからな」
「今、かわいいって」
「言っていない」
食い気味にフィーネは否定する。ミルが目を細める。フィーネは手を離し、立ち上がった。
「それでは、また会おう」
「ああ、またな」
彼女は迎えに来た男とともに、中庭を出ていった。ルナはフィーネの背中を見送る。
「あの方、お強いんですね」
「ああ。昔から俺は、一度もフィーネに勝てたことがないよ」
「ええっ! アレンさんがですか?」
「そんなに驚くことでもないだろ」
「そりゃ、普段から馬車を持ち上げたりしてる人が勝てないって聞いたら驚くわよ」
エルシーが言うと、アレンは首を傾げた。
「馬車を持ち上げるのと、剣は違うからな」
「あなたが言うと、どっちも普通みたいに聞こえるのよね」
足元へ戻ってきたミルが、アレンの外套をよじ登った。アレンが抱き上げると、ミルは銀の徽章を避けるように肩へ収まる。
「今度は引っかけなかったわね」
エルシーが言う。
「俺の最初の仕事、成功だ」
三人は中庭をあとにした。




