第15話 Ancient Legacy Nexus
塔の光が消えたあとも、誰もすぐには動かなかった。ルナは最上階の床へ膝をつき、硝子の筒へ続く術式を確かめている。
「もう、街道へは流れていません」
「本当に?」
アレンが尋ねる。
「今のところは」
「ルナがそう言うなら、信じる」
「『今のところ』も聞いてください」
ルナが顔を上げると、アレンは少し笑った。
監察官は護衛を呼び、塔の入口に見張りを置かせた。街道の崩れた場所にも人を立たせるという。
「今夜は誰も中へ入れない」
監察官が言った。
「明日、術式を調べられる者を改めて連れてくる。それまで装置には触れない方がいいだろう」
ルナは頷いた。
「私も、まだ分からないことがあります」
「聞かせてくれ」
「廃坑で見た装置から魔力を送れば、この塔で受け取れるようになっています。ただ、今日流れていた魔力が廃坑から来たものかどうかは、確かめられませんでした」
「別の送り元もあるのか?」
「その可能性があります」
ルナは一階から持ってきた紙を広げた。塔の円盤に刻まれていた線を写したものだ。赤い光が通っていた線のほかにも、途中で壁の中へ消える線がいくつかある。
「どれが今も使えるのか、私にはまだ読めません」
「なら、そう報告しよう」
監察官は紙を受け取らず、ルナが持つままにした。
「分かったことと、分からなかったことを分けておきたい」
塔を出ると、エルシーが街道の方から戻ってきた。
「もう人は通らないようにしたよ。宿場からも応援が来てる」
「御者と子供は?」
アレンが尋ねる。
「二人とも宿場へ向かったわ。御者の足は痛むみたいだけど、歩けてた」
「よかった」
エルシーはアレンの剣を見た。
「刃が欠けてる」
「ああ。馬車の木枠を斬った」
「また?」
「今回は壊さないと助けられなかったんだ」
「責めてないわよ」
エルシーは鞄から布を取り出し、刃についた木くずを払った。
「あとで研ぎ直してね」
「分かってる」
「本当に?」
「……忘れないように、エルの手帳にも書いておいてくれ」
「自分のことくらい自分で覚えなさい」
二人の足元をミルが通り抜け、塔の入口へ向かった。扉の前で立ち止まり、鼻先を石畳へ近づける。ミルが見ている場所には、土のついた靴跡がいくつか残っていた。
「監察官たちのものかしら」
エルシーがしゃがむ。
「俺たちは裏の道から来た。塔の中にも同じ跡があった」
アレンが答えた。エルシーは跡の形を手帳へ写そうとしたが、紙に描けたのは、かかとの輪郭くらいだった。
「これだけじゃ、誰のものか分からないわね」
「ああ」
アレンは扉の奥を見た。廃坑から送られた魔力は、この塔へ届くようになっている。誰かが塔に入り、装置を動かしたらしい。
それでも、カイ以外の魔族がどこへ連れていかれたのかは分からなかった。
「ヴァイスに、何て伝えよう」
アレンがつぶやく。エルシーは手帳を閉じた。
「見つかったことだけ、伝えるしかないわ。見つからなかったことも」
「そうだな」
監察官が塔から出てきた。
「君たちの命令書は、王都の大聖堂から出ているんだったな」
「はい」
「私も王都へ戻って報告する。街道の件と塔の件は、騎士団にも伝えなければならない」
監察官は三人を順に見た。
「明日、一緒に来てくれないか。どうやって装置を止めたか、君たちから直接聞いてもらいたい」
アレンが頷く。
「俺たちも、調べてほしいことがあります」
「行方の分からない魔族のことか」
監察官はエルシーの手帳を見た。
「さっき、君が話していたね」
「はい」
エルシーが答える。
「この塔で、あの人たちの手がかりは見つかりませんでした。でも、廃坑の装置とつながっているなら、調べてほしいんです」
「約束できるのは、報告書にそのまま記すことまでだ」
「それで構いません」
監察官は頷いた。
三人と一匹は、その夜を宿場で過ごした。翌朝、監察官の馬車とともに王都へ戻る。
大聖堂へ報告を済ませたあと、案内されたのは騎士団の建物だった。アレンは門の前で立ち止まる。
「ここへ入るのは初めてだ」
「そうなの?」
エルシーが尋ねる。
「試験に通ったら来るつもりだった」
「順番が逆になっちゃったわね」
「ああ」
アレンは騎士団の紋章が刻まれた扉を見上げた。試験はまだ保留のままだ。それでも、監察官に続いて中へ入る。
案内された部屋には、地図を広げた大きな机があった。机の向こうに立っていた男は、監察官よりも年上に見える。騎士団長だと紹介され、アレンは背筋を伸ばした。
「観測塔の報告は読ませてもらった」
騎士団長は三人を見た。
「街道にいた親子を救い、塔の装置を止めたそうだな。よくやってくれた」
「ルナが止め方を調べました」
アレンが言う。
「アレンさんたちがいなければ、間に合いませんでした」
ルナもすぐに答えた。騎士団長の口元が、わずかに緩む。
「監察官の報告にも、三人で役割を分けたとある」
エルシーが手帳を開いた。
「塔について、私たちからも報告があります。廃坑で見つかった装置との関係も」
「聞こう」
三人は順に話した。
廃坑の首輪と、魔力を奪う仕組み。
塔へ魔力を送れること。
塔では装置が動いていたが、連れ去られた魔族の行方を示すものは見つからなかったこと。
騎士団長は途中で何度か質問しながら、最後まで聞いた。
「つまり、塔は使われていた。だが、使った者も目的も、まだ分からない」
「はい」
ルナが答える。騎士団長は地図の上で、廃坑と観測塔の位置を指で結んだ。
「最近、古い施設を探している者たちがいるという噂がある」
「誰がですか?」
エルシーが尋ねた。
「それが分からん。別々の土地で、長く使われていなかった施設に人が出入りしている。君たちの報告と関係があるかも、まだ分からない」
騎士団長は地図から顔を上げた。
「彼らが捜しているものは、どうやら神話の時代の遺物らしい」
「遺物……?」
アレンが聞き返す。
「名を、Ancient Legacy Nexus。通称ALN――アレンと呼ばれているそうだ」
「俺と同じ名前?」
「なに、ただの噂話に過ぎない。じきに収まるだろう」
騎士団長は地図を畳んだ。アレンの肩では、ミルが身を起こしている。
金色の目は、騎士団長が閉じた地図へ向けられていた。




