9.内見不可
白石と別れた後、帰路に着く俺に一本の電話が入った。
スマホに表示される番号は……登録履歴のない番号。昨今、特殊詐欺が横行する時代、知らない番号からの電話には出ないのがセオリーだが、なんとなく胸騒ぎみたいなものを感じた俺は、電話に応じた。
「もしもし」
『もしもし。丸罰不動産屋の太田と申します。こちら、酒井さんのお電話番号でよろしかったでしょうかー』
電話口の向こうから聞こえる声は、若い男性のものだった。
丸罰不動産。
その不動産名には聞き覚えがある。というか、さっき内見の予約を申し込んだ不動産屋だ。
「はい。そうです」
『この度は弊社の物件の内見をご予約頂き、ありがとうございます。つきましては、その件で少しお話をさせて頂きたいのですが、ただいまお時間よろしいでしょうか』
「……えぇと」
内見についての電話だし、出来ればさっさと話を済ませてしまいたかったが……何分、ここが歩道。
時折、車が横を通り過ぎたりして、電話をする環境としては最悪だった。
『後ほど、再度お電話させて頂いた方がよろしいでしょうか?』
言いよどむ俺の態度を察して、太田さんが言ってきた。
……俺は周囲をキョロキョロ見回し、近場の公園に向かうことにした。
そろそろ不動産屋も営業終了の時間のはず。時間を改めたら翌日以降になる可能性もある。
多分、この時間なら公園はもう、喧しい子供達はいないはずだ。
「いいえ、大丈夫です」
歩調を早めながら、俺は言った。
『あ、ありがとうございます。……改めまして、この度は弊社の物件の内見をご予約頂き、ありがとうございます』
「いえ、それで……話しって?」
俺は公園に到着した。
案の定、薄暗い公園は幽霊でも出るんじゃないかと思うくらい、静かだった。
『はい。……酒井さん、内見のご予約の際、ご年齢を記入頂いたと思うのですが、不備などはないでしょうか?』
「ないです」
『……』
ようやく公園に到着した、というのに……電話口の向こうが静かになってしまった。
……この態度に、俺は薄々、向こうが内見予約に対して、わざわざ電話をしてきた理由を察した。
『酒井さん、内見後、物件を契約するとなった際……酒井さんはご契約者本人となりますでしょうか?』
「はい。そうですね」
『実は弊社ですと、未成年以下での物件の契約には親権者の同意が必要になるんです』
「そうでしょうね。そこは大丈夫です」
恐らく、不動産屋サイドとしたら、実年齢十七歳の俺が内見予約を入れた段階で、家出か何かでの物件探しだと思っているのだろう。
だから、わざわざこうして電話を寄越して……有り体に言えば、厄介払いをしようとしているのだ。
『内見の際は、親権者の同伴も必要となります』
「そうですか。そこも大丈夫です」
『……酒井さんは、ご年齢的には現在、高校に在学中かと思いますが、その辺はいかがでしょうか』
「はい。高校生ですが……それがどうかしましたか?」
『2LDKの物件は家賃も高額となります。その高額な部屋を高校生……つまりは学生の方にお貸しするのは難しいのです』
……しまった。そうか。
相手方からしたら、部屋を貸すにも支払い能力の有無の確認が絶対になるのだ。
株でそこそこの資産を持っている事情など、向こうが知る由もないし……そもそも現在、学生の身の俺のような立場であれば、門前払いをさせる可能性だって高かったんだ。
『というわけで、申し訳ございませんが、この度は内見の予約もキャンセルということで、何卒よろしくお願い致します』
「あ、ちょっと……」
切れてしまった……。
……くそう。
学校の件も、親への説明も、今回の不動産屋での一件も。
悉く、俺がまだ高校生であるという事実が邪魔をしてくるな……。
……。
まあ、考えても仕方がない。
「とりあえず、親に相談だな」
現状で白石に話をしても、結局碌な解は出ない気がする。
であれば、真っ先に頼るべきはやっぱり……肉親である親に違いない。
俺は深いため息を吐いて、再び帰路に着いた。




