8.内見の予約
「まず、俺達はこれから子供と一緒に部屋で暮らすことになる。であれば、子供の夜泣きとかで騒音トラブルが発生する可能性が考えられる」
俺はシャープペンシルをノートに走らせた。
「というわけで、木造ではなく鉄筋コンクリート造の部屋。これが一つ目の条件」
「……ほへぇ」
「次に……室内に洗濯機置き場がある部屋。しばらくは子育てと学業で忙しくなるだろうし、夜に洗濯機をかけられる環境の方がいいだろう」
「……なるほど」
「後は、最寄り駅は家のそば。駅からの徒歩距離は……妥協してもいいか。最悪、親に送迎を頼もう。あ、後は産婦人科が近くにあった方がいいな」
「……ふぅむ」
「……後、ここまでの条件も譲れないが、一番譲れない条件がある」
「……それは一体?」
「二階以上」
「どうしてです?」
「どうしてって……決まってるだろう」
俺はシャープペンシルの後ろの部分を額に数度当てながら続けた。
「一階だと……泥棒とかに狙われやすいだろう。こんなにも可愛い奥さんがいる部屋だぞ。下着とか盗まれたら大変だし……そもそも、お前の身に何かあったらどうする」
「……!」
白石はハッと息を呑んだ。
「さ、酒井君!? 日頃はつっけんどんな酒井君!? 今……今、なんて!?」
「は?」
「今、なんて!?」
「なんてって……お前の身に何かあったらどうする」
「酒井君! こういう時は、まずはあたしの望む答えを言わないことがお約束なんですよ!?」
さっきから白石の奴、一体どうしたんだ?
よくわからないけど、一旦無視することにしよう。
「……後は、三人暮らしなことを考えたら部屋の広さは2LDKくらい欲しいよなぁ。で、一番忘れてはいけないのが家賃か」
ここまでの条件をスマホに入力した結果……。
「う……」
いくつかの物件が表示されるものの……家賃六桁以下の部屋は一件も見つからなかった。
さすが都内、物価だけでなく賃貸金も馬鹿にならない。
……それにしても。
最低十数万の家賃。
子供の養育費。
俺達の大学資金。
ガス電気水道代。
スマホ通信料。
……その他、諸々の出費。
一千万円程度の資産、使っていくだけではあっという間に消えるな、こりゃあ……。
学業、子育てに並行して、アルバイトもやらないとまずそうだ。
「……酒井君?」
「は……っ」
「どうかしましたか? 顔色が悪いみたいですが……」
将来の不安に頭を悩ませていたら、一瞬で白石に見抜かれた。
隣にいる白石が、不安そうな顔で俺を覗いていた。
「……なんでもない。安心してくれ」
俺は白石に向けて、気丈に振舞ってみせた。
これから俺は、一家の大黒柱になる。
そんな俺が、彼女を不安にさせるわけにはいかないだろう。
「……とりあえずもう少し絞り込むか」
俺は特に家賃を考慮に入れて、表示されている物件を吟味した。
吟味すること三十分。
最終的に、入居候補の物件は三軒にまで絞り込めた。
「……気付いたらたった三軒になっちゃいましたね」
「そういうもんじゃないか? 最終的には一軒になるんだし」
「確かに」
白石は微笑んだ。
「それで、物件を絞った後はどうするんでしょう?」
「ここに内見予約ってあるだろう」
「ありますね」
「後は……この物件を取り扱っている不動産屋に連絡して、内見の予約をすればいいだけだ」
「なるほど。三軒を実際に見せてもらって、そこから住む一軒を決めるということですね」
「ああ」
俺は頷いた。
「というわけで……今週末、内見の予約を入れよう。早めに契約をしないと、別の人にこの部屋を取られてしまうかもしれない」
「それは大変」
「うん。じゃあ、今週末、予定を空けておいてくれ」
「……うふふ。なんだかデートみたいですね」
「デートよりも地に足ついた大切なことだけどな」
「あら、酒井君。あたしとのデートは大切ではなかった、ということですか?」
白石は頬を膨らませていた。
「そ、そういうことじゃあない……」
「……なら、あたしとのデートは何だったんですか? ちゃんと言葉にしてほしいです」
……白石は丁寧な口調をする心優しく誠実な女性だ。
だからか、時折、今のように……俺に言葉での表現を求めることがある。
しかし、不思議なことに……言葉での表現は曖昧やいい加減なことを言えないからか、とても気恥ずかしい。
「……大切だった、というより、幸せな時間だった」
というわけで、俺はわなわなと口を震わせながら、恥ずかしいことを宣った。
「ふふ。あたしもです」
しかし、白石は俺の答えに満足したらしい。
「それじゃあ、今週末、よろしく頼むよ」
「はいっ!」
元気いっぱいの白石の返事を聞いた後、俺は三軒の物件の内見の予約を入れた。




