4.疑惑
白石の両親の説得を無事に終えた翌日、いつも通りに学校に登校し授業を終えた俺達は、今日は俺の両親の説得を試みるため、自宅へ向かった。
自宅へ向かう道中、俺は今日の白石の口数が極端に少ないことに気が付いた。
顔色も優れない。
「白石、大丈夫か?」
「……はい」
白石の顔には、緊張、不安、恐怖……。様々な負の感情が見え隠れしていた。
「色々思うところがあるだろうが、悪いが少しだけ我慢してくれ」
まあ、俺みたいな図太い人間でもなければ学生結婚を認めてもらう交渉の場なんて不安でいっぱいだろう。
白石の気持ちを察した俺は、続けた。
「昨日同様、基本的には俺が話す。悪いな。事情が事情だし、妻となる人間が一緒にいない状況で話すと心象が悪くなりかねない。だからほんの少し辛抱してくれ」
「……酒井君は、強いですね」
白石の苦笑を見せた。
そんな一幕を経て、俺達は我が家へ到着した。
インターホンを鳴らすと、母が俺達を出迎えた。
「母さん、ただいま」
「うん。……白石ちゃん。さ、入って」
「お邪魔します」
母と白石は既に顔馴染みな関係。
その上、この前会った時には実の息子とのそれ以上に仲がよさそうだったのに、今日の二人はどこかぎこちない。
「お父さんももう帰ってきてるから、早く話をしましょう」
「うん」
「はい……」
リビングに着くと、父はスマホを弄りながらソファに腰を下ろしていた。その様子は、息子の恋人がやってきているだなんて思えないくらい、自然体だった。
こちらに気付いた父さんは、物腰柔らかい笑みを浮かべてソファから立ち上がった。
「父さん。こちら、白石立夏さん」
「うん。よろしく」
自己紹介も終えて、俺達はリビングで向かいあう形でソファに座り合った。
「今日は忙しい中、時間をくれてありがとう」
「いいえ」
「……早速本題に入るけど、一昨日伝えた通り、俺達は子供を授かりました」
「……」
「妊娠二十三週目。もう中絶は出来ない。……が、そうじゃなくても中絶は多分、しなかった」
「ふうん」
「俺達は夫婦になって、彼女のお腹の中の子を育てたいと思っています。……だから、俺達の結婚を認めてください」
俺と白石は、向かい合う両親に向けて頭を下げた。
しばらく……俺達は頭を下げたまま、無言の時間が流れた。
「返事をする前に白石さん、一つ聞きたいことがあるんだけど」
父の声色は優しかった。
「君のお腹の子は、本当にウチの息子の子なのかい?」
……リビングに空気が一気に冷ややかになった。
いつもなら父のデリカシーに欠けた発言を咎めるはずの母は、今日ばかりは怒った素振りは見せなかった。
「……当然の疑問だと思います」
白石は辛そうに続けた。
「……合っています。あたし……酒井君以外と、行為に及んだことなんてありません」
「それを証明することは出来る?」
「……していない。そう言い続けることしか、あたしには出来ないです」
過去の白石の行いを、今になって全て明かすことなんて出来っこない。
父の言っていることは、悪魔の証明に近い。
……この人の性格を考えると、証明が出来っこないことをわかっている上でこう言っているに違いない。
「晃、君は一瞬でも疑わなかったのかい。彼女のお腹の子が、自分の子ではないと」
「……一瞬でも疑わなかった。と言えばウソになる。でも、彼女に限ってそんなことはしないだろうって思った」
「何を根拠に? まさか、愛しているからだとか言わないよね?」
「言わないよ」
「なら、何故?」
「……確かに俺は、彼女のことを愛しているが、彼女の人生、全てを知っているわけではない。交際をしていると言っても、常日頃行動を共にしているわけじゃあない。まあ、結構な時間を共にしているわけだがな。……ともかく彼女と一緒にいれてない以上、万に一つもないとは思っているものの、彼女の身の潔白を証明することは俺には出来ない」
「……」
「だから……それならばと彼女のお腹の子が俺の子ではないならどうなるか。それを想定してみたんだ」
「……へぇ」
「結果は、別に構わなかった。彼女のお腹の子は少なくとも彼女の子ではあるわけだからな」
「……酒井君」
「だから……要は、気にする人なら気にするだろうが、俺はそこのところはそこまで気にならないというわけだ」
「……もし托卵の子だったら、君は不当に搾取されることになるのに?」
「何が不当で何が正当なのかは知らないが……この世の中の構図は、どこにいっても搾取で成り立っているじゃあないか。だから、俺は気にしない」
「……ふうむ」
父は顎に手を当てた。
「まあ、何度も言うが、そもそも俺は白石のお腹の子は俺の子だと思っているぞ? 何しろ、行為をした時のことと妊娠周期がピタリ一致しているからな」
俺は隣に座る白石に微笑みかけた。
「……そろそろ本題に戻っていいか?」
本題……。
白石と彼女のお腹の子に対して、俺が責任を果たすだけの能力があるか、という話だ。
「わかった。……ただ互いにわかっていることを言い合うのはやめよう」
「お金の話?」
「そう。物欲のない君に投資を勧めたのは俺だしね。……安定の米株を買ったらって勧める俺の言葉に応じず、博打上等でインド株に突っ込んだ時には呆れたけれども」
……そんなこともあったな。
「ある程度のまとまった資産があるのはわかっているし、それを使えば就職までの食い扶持は繋げるだろう。しかし、学校はどうする?」
「続ける」
俺は昨日、白石家で話した出席日数の話をした。
「……欠席日数六十日までは留年にならずに済む、か」
「うん」
「子育てと並行して、本当にそれだけの欠席日数で足りるのかい」
……目ざとい人だ。
「……この際、夜泣きだったり子育ての部分は気合でどうにかするとしよう。しかし、例えば子供が保育園に入園出来なかったらどうする? そうしたら、どちらかは家に籠り子供の面倒を見ないといけない。君の理論は一瞬で破綻だ」
「……」
「君は、君の想定が予定通りにいかなくなった時、一体どう責任を取るつもりだい」
「……それは」
俺は生唾を飲み込んだ。
「その時は、手を貸してくれ」
父は……驚いたように目を丸くしていた。
「君は……僕達が君達の結婚、出産に反対であることはわかっているかい?」
「勿論」
「なのに、そんな僕達に手を貸してくれと迫るのかい。応じると思うかい?」
「なら逆に聞くけど……。もし俺達の妊娠、結婚が成人後だったら、あなた達は大手を振って子育ての手助けをしてくれたのか?」
「勿論」
「じゃああなたは今、俺達が未成年での結婚になるから一切のフォローをしないと、そう言おうとしているのかい?」
「……彼女達に責任を果たすと大見得を切ったのに、君にはプライドはないのかい?」
「開き直った態度に見えるかもしれないけど、言わせてくれ」
俺は不敵に微笑んだ。
「彼女達に責任を果たすと大見得を切ったからこそ、プライドを捨てているんだよ」
ある程度まとまった資金があっても、高校生という立場の俺達が若輩者であることは最早言うまでもない。
父の言う通り、上手く行けば留年せずとも子育てをすることが出来ると言っても、所詮、それも机上の空論。
……そんなこと、言われるまでもなくわかっていた。
俺達だけで。
未熟者な俺達だけで、この社会を生き抜くことは不可能だ。
「……父さん。母さん、お願いします」
だからこそ……俺は考えるに至った。
「俺達の結婚を認めてください」
自分達の両親を頼ろう、と……。
「俺達の生活を手助けしてください……っ」
しばらくリビングは静寂に包まれた。
「……はは」
父は乾いた笑みを浮かべた。
「我が子ながら……末恐ろしい」
……そんなことはないだろう。
「……本音を言えば、一昨日の時点から思っていたよ。君達のフォローをしようって」
「……え」
「君を産んで育てた時、僕達が誰の手助けもなく二人だけで君の成長を見守ってきたと思うかい」
「……」
「君を育てる時、僕達は僕達の両親に多大なる援助をしてもらったんだ。……そして、僕達の両親だって、僕達を産んだ時、その親に多大なる援助をしてもらっていた。……援助をしてもらったのは親だけじゃあない。子育てって、父と母だけでは完結しないんだよ」
言われてみれば確かにそうかもしれない。
「だから……お腹の子を中絶出来ない。産むしかない。君の結婚の意思が固いとわかった時点で、君達の手助けをするつもりだった」
胸中を吐露する父に、少しだけ思ったところがあった。
「なら、なんで責任能力を示せだなんて言ったんです?」
「君の……君達の覚悟を見たかったからさ」
「そうですか」
「うん。見せてもらったよ。君達の覚悟」
「……」
「だから……今後はもう少し、僕達を頼ってくれ」
「……父さん」
「実を言うと、今から楽しみなのよ、あたし達。あなた達の子供の顔を見ることが」
「……母さん」
「……白石さん」
「は、はい」
「……息子のことをよろしく頼みます」
「……こちらこそ、よろしくお願いします」
さっきまで緊張ムード一色だったリビングの空気が、少しだけ和んだ気がした。
「さて、じゃあ次の作戦を考えよう」
しかし、父はまた場の空気を絞めた。
「晃。君は学校を卒業する、と意気揚々と宣言していたけど、忘れていないかい」
「何を?」
「……学生出産するような人間を、学校は在学させ続けたいと思うのか、を」
「……まあ、考えが至らなかったわけではない」
「ほう?」
「ただ……昨今の多様性を尊重する時代背景や、妊娠した子を腫れ者扱いして学校から追い出す行為が、世間から弱者を突き放す行為にとられかねないことを考慮すると……学校も早々、俺達を追い出すことは出来ないだろう、と高は括っていた」
「そうか。考えているなら良かった」
父は苦笑した。
「ともあれ、学校側の援助を求めるためにも、キチンと事情は説明しないとならないね」
そこに関しては、同意以外の何物でもない。




