ep.86
ミアの家を出て、魔道具屋へ向かう。手元にあるリンゴはすでに種は回収済み。一応丸のままのリンゴもあるが、カットしたやつと、どちらがお気に入りなのか。自信作のタコスとも比べてみたい気持ちはあるが、万が一気に入られたら困るからやるとしたらイベント最終日だな。蛇をタコス依存症にして、提供する代わりにマダムに氷の矢を出す方法を教えてもらうのもありかも。なんだかんだマダムも動物には甘いことはリサーチ済みだ。
戸を開けて、魔道具屋の中に入る。蛇はすかさず寄ってきた。左手にカットしたもの、右手に丸のやつを出すと、右手の丸の方に飛びつき、一瞬で丸呑みに。本日も手は無事。そして、定位置に戻っていく。相変わらず、素晴らしい擬態。カットしたものには執着しないんだな。丸呑みがいいのか。喉越しがあるんだろうな。
マダムとは言葉も交わさず、薬草と回復薬を出し、リルを受け取る。もうこれも日常となってしまった。未だ他のプレイヤーをここでは見かけない。住人相手に商売をやっているのかとも思うが、住人の出入りも見かけない。何かの団体の顧問料とかもらっているんだろうか。それくらいの実力も知見もありそうなのが、恐ろしい。
「ありがとう。」
礼を言って魔道具屋も出る。あとは明日の仕込みの分を買って、南の屋台に行こうかな。くそ、鍋をあと一個もらっておくべきだった。そしたら、明日の分の仕込みもできたのに。とりあえず、今日営業してみてからだな。
「サリアの分の仕込みはどうしよう。」
この街のトップの既成事実は作成済み。あとは、サリアが食べている瞬間を写真にでも収めれば完璧なんだが、こちらの世界に消しゴムの魔法は適用されない。作戦として考えられるものは、この前一悶着あった親衛隊にお詫びの印としてタコスを渡し、サリアまで献上させる事だが、あまりにも不確定要素が多すぎる気もする。逆に異物混入の嫌がらせもされそうだし。
「明日以降のブーストにとっておくか。」
よし、そうしよう。売れ行きが芳しくなかったら、その時にこの切り札を使おう。いやー、いいね。保険が効くのはいいことだ。
明日以降の分の食材を買って、街を出る。どれだけ買ってもフードロスの出ないエコなシステム。その勘定をしないで済むだけ、非常にありがたい。インベントリは逼迫してしまうが。どこかで、インベントリの枠を増やせるアプデ入らないものか。
時間もないので、そのまま西門の方から街を出る。本日は絡まれることもなく。本当に水属性の暴走だった可能性あるな。こないだ対応してくれた衛兵さんが門に立っていたので、礼を伝える。
「こないだは、ありがとうございました。」
「ああ、あの時の。」
「あの後どうなったかって、教えてくれるんですか?」
「ああ、一晩頭冷やしてもらって、厳重注意しておいたから。」
「君もあまり無茶しないように。」
なぜか俺まで軽く注意を受けてしまった。しかも無茶しないようにの後に、弱いんだから、という含みを感じる。それに関しては、何も言い返せないのが更に腹立たしい。いいんだぞ?ルーさんに魔法をぶっ放してもらっても。いいのか?街が大変なことになるぞ。よかったな、俺が理性的なやつで。そんなことしたら、今度は俺がお縄だな。厳重注意でも済まないだろう。
再度礼を言って屋台の方へ向かう。思ったよりも時間がかかってしまった。人としての営みを考えると、必要なコミュニケーションだったが。
「さあ、タコス屋G、の開店ですよー。」
屋台につき、諸々の準備をする。幸い屋台は取り壊されていなかった。生き物の痕跡もなし、取り越し苦労だったかな。準備が終わり、いよいよ人を迎えられる段階まで来たので、気合を入れて呼び込みしてみるが、もちろん人気はなし。シーンとした環境音の中で虚しく声だけが響く。次の仕込みのために、野菜のカットやソース類などできる事はしているが、時間のかかる煮込みだけは鍋がないからできていない。
「頓挫か。」
こんな気持ちになるのは、いつぶりだろうか。確か、何かにやられた時以来かな。あの時も頓挫を感じたが、今回も紛れもなく頓挫。誰かが通りかかっているのであれば、まだ可能性は感じられるが、ここにきてからというもの、人っこひとり見かけない。一体全体、プレイヤーは何をやっているんだ。ワールドアナウンスで言われてたじゃないか、いろんな冒険をしようって。情けないよ、俺。
「まあ、宣伝もしてなかったしな。」
自分を落ち着かせようと、誰も聞いちゃいないのに人のこない言い訳をつらつらと。ただ、俺も無策ではない。この屋台は南にある。という事は、ダンジョンの先の砂浜から戻ってくる釣り人は釣れるんじゃないかと思っている。あいつら釣りしか頭にないから、料理なんてできないのは兵太夫で確認済み。釣り人の中に、料理をするプレイヤーが紛れ込んでいるのであれば、バッドエンド。だが、釣り以外のことに現を抜かすような信念の無い奴を兵太夫が海に呼ぶわけないと、俺は信じている。




