ep.50
目の前のタランチュラは警戒を解いてはいないのか、未だ足を上げ、こちらを威嚇してくる。おお、こうやって真正面からまじまじと見ると、厳しいな。なんていうのかわからんが、足の付け根の部分とか、結構厳しい。
刺激毛を飛ばしてくる攻撃はダメージはまだいいが、スタンが入る。敵のメインの火力はやはり、体当たりだろう。体当たりの方は、モーション大きくて、単発だと避けるのも容易だが、代わりに遠距離スタンは発生も早くて避け辛い。いい技与えられてるんだな。幼体じゃなかったら、人類が滅びるレベルだ。
残りHPは半分強。次の攻撃を喰らったらほぼ負け、と言っていい。
「さて、どうするかな。」
カメレオンを危険に巻き込む可能性があるので、逃げるのはナシ。逃げられるかもわからんが。死ぬなら、俺一人だけだ。ただ死を待つのも、大人としての矜恃が廃る。ならば攻撃するしかあるまい。
体を常に動かしつつ、相手の残りHPを想像する。魔法を4発当てた時点で、ブチギレモードになったということは、残りは5割か、3割か、1割、かな。7割でないことを願うばかりだ。相手の防御力が上がっていないことを前提に考えると、最低でも後4発追加で当てることができれば、勝てるかも。
「狙える隙がなあ。」
呑気に魔法を当てようとしても、その間にスタンさせられ、体当たりがくるのがオチ。毛を飛ばすことで、足の毛が減っている様子はないから、残弾は無限。連発はしてこないので、それだけが救いか?
「使うしかないか。」
立ってるものは親でも使う。出来れば頼りたくはなかったんだが、【破壊】、使ってみるしかないよな。【再生】と使用感が同じであれば、当たらなければ待っているのは死だ。
「あとは詠唱中、どうするか、だな。」
詠唱中は攻撃を交わすことができない。【破壊】でHPをリソースとして注ぎ込む時間も加味すると、通常よりも少し長い時間が必要になるかも。
「ああ、ギミックボスの方が得意なんだけどな。」
先ほどから愚痴が止まらん、止まらん。コーヒー飲んでたあの頃に戻りたい。セバスの淹れる紅茶だっていい。
何か使えるものはないかと、周りを確認する。すると、一つ回収できなかったオブジェクトが目にとまる。耐久値は満足にあるのだろうか?せめて刺激毛を1回防いでくれれば、可能性が生まれるのだが、できるか?
タランチュラの攻撃を避けつつ、各回復薬を使用する。HPとMPのクールタイムは相互干渉しない仕様で助かった。リジェネ分もあり、どちらもフルまで回復できた。いい性能してるな、ムカつくほどに。
「今!」
入り口付近で体当たりを避け、宝箱裏まで走る。これで距離は十分に確保できた。どちらにせよ、最後のアタックだ。一度タランチュラは思考から除外し、魔法を完成させるのに集中する。
「シュルウ!」
宝箱から軽い振動が背中に伝わる。そのことで、カメレオンが背中にいないことも思い出した。通常より多めに魔力を使用した水球が、目の前に完成した。次は、
「【破壊】」
【再生】の時と同じように、目の前の水球にスキルを使用する。HPが【再生】の時とは比にならないくらい、早く削れていく。あっという間に、デッドゾーン。スキルを中断し、タランチュラに向け魔法を放つ。
「ウォーターボール!!」
今の俺にできる最高打点。これが通じなかったら、再挑戦だな。というか、指輪は手に入ってるし、デスペナ無いから、持って帰れるんじゃ、となんとも無体なことを考える。
「シュルルル。」
「嘘だろ。」
先ほどが、刺激毛による遠距離攻撃。次は体当たりだと踏んでいたが、糸を出してきた。しかも俺に向かってではなく、壁に向かって。
壁に向かって出した糸を使って立体軌道のように横移動をし、魔法を避けようとしていた。マジかよ。タランチュラなら、あり得そうだけども、ここで奥の手出してくるかね。ただ、幼体の限界だったのか、そこまで距離を出せなかったのが、運の尽き。ホーミングし横っ腹の部分に魔法が突き刺さる。
「ジュウウウ」
「うわ、グロ。」
いつもの魔法を当てた時とは違う結果が。当たった部分が黒色化し、ボロボロと崩れ落ちていく。タランチュラの胴体と足に黒色化は広がり、タランチュラは物理的に傾いていく。
それでも、タランチュラはまだ生を諦めてはいなかった。天井に糸を出し、それを使ってこちらに飛んでくる。俺のHPもギリギリだということに気づいているのかもしれない。魔物としての本能なのかもしれない。
「お前、かっこいいよ。」
グロいとか言って悪かった。そんな状態になっても向かってくるお前には敬意を表す。だが、今回勝つのは俺だ。杖を鯛の鯛が打ったナイフに持ち替え、向かってくるところを一突き。
「手応え、あり。」
ナイフの一撃で、タランチュラは生命活動が終了し、他の魔物と同様、ポリゴン化していく。俺史上最大の敵だったな。ここが森フィールドだったら、最初から糸を使った立体機動でこられていたら、対処のしようがなかった。だが、考えるのをやめなければ、俺も一矢報いることができることがわかったのは大きな収穫だった。
いい教訓を与えてくれた、タランチュラに黙礼し隠し部屋を出る。驚くべきことは、あいつがボスでは無いということ。このゲームをある程度プレイしてきて、ダンジョンを初回クリアした時もワールドアナウンス、または個人アナウンスがあることは想像に難くない。それらが無いということは、このダンジョンはまだ続きがある、ということなのだろう。だが、今日はもう無理だ。本来なら風呂に入って神殿で寝たいところだが、またの機会だな。
「待ってたのか。」
隠し部屋の入り口あたりで、足を伝って這い上がり、背中あたりで止まった感触が。なんなら、野生に帰っていても良かったものを。だが、カメレオンが背中にいる雰囲気もどことなく居心地が良く感じてしまう。
「すまんな。回復薬使ってしまった。」
「 」
おそらく気にするなと言っているのだろう、と思いたい。来た道を戻り、ダンジョン入り口まで帰ってくる。すでに外は真っ暗。星も見えている。【夜目】を取得したら、星なんかも綺麗に見えないようになってしまうんじゃ無いかと危惧していたが、そんなことはなく。
入り口から少し離れた位置でキャンプキットを使用。今日は一人ぼっちの夜ではない。また明日、残りの探索をしてみて、終わったら、畑作業だな。先に保険の回復薬を買いに行ってもいいかもしれん。まあ、全ては明日になってからだ。
「おやすみ。」
「 」
今は背中ではなく離れた位置にいるはずなのに、なんとなく返事が帰ってきたように感じる。おやすみを言える相手がいるということは、いいことだ。独身男には染みるよ。




