ep.46
「お邪魔する。」
「あんたかい。」
ここのババアもいつもの対応だ。彼女に歓待されるのも気持ち悪いから、別に文句はないんだが。本当に不在だったのか、いつもと変わりはない気がするが。
「ローナとローハの納」
「出しな。」
言い終わる前に、薬草を要求される。言われた通り、カウンターにローナとローハを。前回と同じ本数だけ持ってきた。すぐにババアは鑑定なのか、薬草を見始める。
「不在だったのか?」
「野暮用でね。」
薬草を見ている間の無言を埋めようと、先ほど店が閉まってたことについて話を振ってみるが、ワンラリーで終了。ババアは作業を止めず、こちらを見ることもしない。実社会で鍛えた会話術というのも当てにならんな。作業中に話しかける方が、それこそ野暮、か。
買取作業が終わるまで、しばらく店内を見て回る。見ても何が何やらわからんが、暇つぶしにはなる。これで3回目の訪問だが、店内を回ったことはなかったからな。板張りの床歩くたびに、ぎいぎいと。怪し気な液体、金属でできたように見える骨、蛇、散らばった古文書、ガラクタにしか見えないもの、大きい蛇、邪悪なオーラを放つネックレス。
「あれ、いつもここに積み重なっているのに。」
いつもカウンター側から見ていた、魔道具の塔が今はなかった。あれ?入ってくる時に横目で見た感じでは、堆く積まれていたのに。どこかで既視感が、と思い起こすと、ここが閉まっていた時にも感じた違和感と同じものであった。
「 」
「急にどうしたんだ?」
「 」
背中にいたはずのカメレオンが急に胸元にきた。なんか小刻みに震えているのが伝わるが、理由はわからない。
ジュッ
「ん?」
背後から、何か灼けたような音が。振り返ると、踵があったとこの床板が小さく溶けている。そして、見ている間に溶けている箇所が2つ、3つと増えていく。生命の危険を感じる危険臭も一緒に。
驚き、仰け反り、上を見上げると、天井の梁にぶら下がり、大きく口を開けて今にも俺を捕食しようとしている蛇が。
「うわあああぁぁっ!」
驚愕した勢いのまま、後ろに尻餅をついたことで、寸でのところで食べられるのを回避する。カメレオンはちゃっかり、背中側に移動していた。確かに、命大事にとは言ったが、俺を差し出せとは言ってないよな?
「人の店で暴れるんじゃないよ。」
尻餅をついたままで、後ろにずり下がり、壁にぶつかったところでババアから声がかかる。好きでこんな情けない格好しているわけじゃない。蛇がいるぞ、蛇。毒も持ってそうな、大きいやつが。
「なんだい、姿見せたのかい?」
「珍しいねえ。」
口をパクパクさせるだけの俺に対し、カッカッカと笑っているババア。手を叩くと、梁を器用に伝いババアの腰元へ。そのままババアは蛇の頭を撫で始める。蛇もさっきまで捕食者の目をしていたのに、今は満足そうにババアに寄り添っている。そして、徐々に体の輪郭がぼやけていき、そのまま消えてしまった。
「消えた!?」
「あんたの連れも、同じじゃないか。」
なんだ、同じか、安心した。とはならないだろ。今、食われる寸前だったんだぞ?消える捕食者なんて、そう易々と存在していいものじゃないだろ。現実では、それ一本で映画が作られてるくらいなのに。
この会話の間も、ババアの空を撫でる手は止まらない。おそらくあそこに蛇がいるんだろうが、完璧な透明化だ。全然いるかどうかわからない。
「その蛇も乱獲されてきたのか?」
「まあ。そんなところさ。」
受け取りな、と言ってリルを俺が薬草を置いていた場所に投げおく。いや、近づけねえって。相変わらず、こっちの情報は筒抜けなのに、ババアは多くを語らず、情報を落としてはくれない。
「安心しな。いつもの場所に帰ったよ。」
俺がまごまごしていると、俺の考思いが伝わったのか、蛇が今手元にいないと教えてくれる。でも、蛇を撫でる手が止まってないんだよなあ。嘘か?
意を決して、ババアの方へ向かう。覚悟を決めた理由の一つに、背中のカメレオンが少し落ち着いたような気がしたからだ。
「こいつ、親と逸れて、怪我もしていて、一時的に保護している。」
「何か、こいつについて知っていることはないだろうか。」
リルを受け取りながら、質問をする。我ながら、的をいない質問だとは思うのだが、いかんせん俺自身も何がわからないかがわからない状態だ。ブルー以外に博学そうなのは、この女店主くらいなもんで。
「親?」
「フルシファー自体は結構いるね。透明なのは特に珍しい。」
どうやら俺の持っていた鱗の出所もわかったみたいだな。なんか疑問に感じていることもあるみたいだが、説明してくれる。
曰く、フルシファー自体は草原奥の森にも生息しているらしいが、警戒心が強く姿を隠していることが多いそう。乱獲されてきた歴史が、彼らの警戒心を高めてしまっているのかもな。基本的には、現実世界のカメレオンと一緒で体色変化で姿を隠しているが、ごく稀にこいつみたいに透明になれるカメレオンが出現するらしい。
「その蛇も似たような力を?」
「ああ。」
種族によってこういう透明化する能力を持った個体が生まれることがあるそう。この街ですでに2体いるということは、めちゃくちゃレアってわけでもなさそうではあるが、果たして。確かに哺乳類が透明になるより、爬虫類の方がしっくりくる。生物のイメージとして。
「それを売る気があるなら、買うよ?」
そう言って、ババアは指を3本たて、こちらに向けてくる。透明なものを蒐集しているのだろうか、この前鱗を高く買い取ってくれたのもそのため?ババアの言を聞いて、背中のカメレオンの存在感が強くなった。さすがに自分のものではないし、売る気もないのだが。
「3万リル、とか?」
「その100倍だよ。」
「WTF」
おっと、思わず品のない言葉が。300万?一匹で?マジかよ。背中でカメレオンがしがみついているのがわかる。いや、300万だぞ。一生コーヒー飲めるんだぞ。さすがに揺らぐって。
「すまんな、その決定権は俺にはない。」
「そうかい。気が変わったらいつでも言いな。」
ババアの様子を見るに、本気で買うつもりはなさそうだったんだが、俺にこいつの価値を教えてくれたということなのかもしれない。さすがにその価値を聞いて、俺も気を引き締める。
「こいつ怪我をしているんだ。ローナの葉を食ってたからここで買ったMP回復薬をかけたんだが、思ったよりも効果が薄くて。」
「どこか、専門的に見てもらえる方をご存知ないだろうか?」
「下手な奴に見せたら、攫われるのが落ちだろうね。」
「どれ、見せてみな。」
ババアが手招きし、見せるよう言ってくる。カメレオンはビビっているが、そこまで悪どいことはしないだろう。背中からカメレオンを引っこ抜き、皮膚欠損のある部分を見せる。やっぱりただの魔道具屋の女店主というだけの存在ではなさそうだ。ここで解決するのなら、それに越したことはないのだが。
「王都の外れに変わりもんの学者がいるよ。」
「それなら、見れるだろうけど、」
煮え切らない回答ではあるが、ここいらでの治療は不可能だと。お前一体何に罹ってるんだよ。まだレベルも低いのに、なんて業を。
「紹介してくれないか?」
「聞いてなかったのかい。変わりもんだって。」
自分で行って確かめてきなと、断られてしまった。俺からすれば、貴女もだいぶ変わってはいるが、これ以上なのか?そんな奴に見せるのも、嫌なんだが。
「回復薬とあんたの力があれば、当分は大丈夫だろうね。」
そういうと、ババアはバックヤードに引っ込んでしまった。当分は、ということはそれ以降は何かしらの問題が起きるということだろうか。さすがに気になることが多すぎるので、もっと話をしたかったが、いなくなってしまったから、それもできない。まだ、回復薬も買ってないのに。




