Karte.24-3「この『星』に、再世を」
【ハルト】……ベルアーデ帝国騎士団第七隊所属、双剣銃を手にイエへ寄り添う青年騎士。18歳。
【イエ】……極東ニフ国の乙女で、大体いつもレベル1なのにチートのような守護精霊の力を使える白魔法師。16歳。
【マリー】……ドワーフのミニマムレディ、妖精機シュネーヴィを操る魔導技師にして第七隊のメイドさん。19歳。
【シェリス】……第七隊隊長、魔法剣ならぬ魔法シャベルを振り回すハーフエルフの残念系王女。20歳。
【アリステラ】……イエを守護する旧き『星』の意志であり、自称『勇者』。自称17歳。
◯
血にまみれた戦略地図、
様々な属性に破れた軍営テント、
空箱さえも漁られた物資、
そして一つの死体さえも無い争いの跡。
「離脱していった方々から世界に伝えられた風説によって、いつしか『白式』は人でありながら精霊側に与する背徳者一派としてみられるようになりましたわ。残って戦うことを選んだ方々には知る由もございませんでしたけれど」
可能な限りまっすぐ活路を切り開いてきたはずだったのに、今や、小さな戦火たちが世界樹オグドラシルの周囲に点々とはぐれていた。
人間の繁栄の象徴である『光』の力と、精霊の共生の象徴である四大属性の力がぶつかり合っていた。
哄笑とともに膨らみ続ける輝きもあれば、最後には音も無くかき消えていく輝きもあった。
ただ、もはやどれも目前に聳える世界樹を目指せてはいなかった。
『ガガ……ガ…………ガ……』
軍営跡にいちばん迫っていた戦場で、肉塊ツイッグの大軍勢から数多のイバラで貫かれた赤き機械ゴーレムが沈黙した。
『……か、は…………ぜひゅぅ……ぜ……ひゅ…………ごぼ、っ』
『光』が増すばかりの戦場で、精霊たちを皆殺しにしてもなお狂気に満ちて共食いをしはじめた英傑たちが、処刑台にもならない鉄組みのまな板の上で黄金王女を窒息させた。
『……ハルトさん……いますか? そこに……』
『……………………』
『イエ! ハルト! フウ……フウッッ……いけませんっ、僕たちが絶対に治してみせますからしっかり!』
『ダメだよっ、ダメ、っ、こんなのド絶対に間違ってる! イヤだよ、イヤァァァァ……!!』
血肉を肥料として赤黒い大自然に捻れた精霊郷の街で、怯えた様子の精霊たちに見守られながら、名も無きはずの乙女と青年が背中合わせのまま倒れ伏していた。
そして、
『ッッ……』
『……あなたは一人。前と同じですね、あなたの仲間たちとやらは人間が重ねてきた罪の歴史を繰り返しただけでした』
仲間たちの最期を、閉じた眼型のビジョンによって突きつけられながら。膝を付いてしまった勇者は精霊母と対峙していた。
世界樹に築かれた城の、あの最奥で。
『人間と戦い続け、け、な、くては、人間、人間戦い、つつ、つ、戦い、戦い、戦い』
『わたしたちが殺していく殺していく殺し殺し殺して、殺していく殺していく殺していく』
精霊たちの骸でできた『風』の細剣と『土』の大鎚に身を委ねながら、精霊王オクトーとヘクスもそこにいた。
「そして勇者様もこの時には、聖戦をお止めになられなかった『星』の意志として、世界中の負の感情をお受け止めになられる偶像と化しておりましたわ。文字通り、世界の中で彼女は一人きりでございましたの」
『……今度は逃がしません。その眼に絶望を刻んで滅びなさい』
精霊母の背後におびただしい数の次元の狭間が開き、その数だけ放たれた『闇』の奔流が勇者へ襲いかかった。
『間に合いましたわね』
しかし。勇者の隣へ歩み出てきた人影が指を振り、虚空に無数の魔方陣を顕させた。
それらは、《ファストトラベル》のゲートを思わせる図式だった。
ーーブッブゥゥゥゥゥゥ!!
飛び出したのは魔物の叫び、いや、クラクション。
トラックたちが、巨大な腕がごとく飛び出すと列車を撥ねたのだ。
一見すると機械仕掛けだったが、世界の技術様式とは似て非なる異質なものだった。
連なる『闇』の奔流に比べればささやかなサイズだったのに……、
真正面から相殺し、『光』となって消えていったのだ。
『……? ……あなた……なぜ……』
『……! フロレンシアだと!?』
『お久しぶりでございますわ、勇者様。あ、防がないとわたくしも軽く死んでしまいますのでお礼はご結構でございますの』
そう、勇者の隣にいたのは長すぎる黒髪の少女だった。
「ええ、ええ! そして現れたのはこのわたくし、フロレンシアでございましたの!」
「は、はぁっっ? おまえふざけるなよこんな時に……っ」
「ハルトさんハルトさん、落ち着いてください……今はとにかく最後まで……」
明らかにこの決戦場には場違いな、彼女こそは聖女だった。
『皆様が道を作ってくださったおかげで、ようやくわたくしも1712体目にして到達できましたわ。これも因果律の賜物でございますわね』
『今はあなたの遊びに付き合っていられない……! いつも遅れて現れて、救世主にでもなったつもりか……!』
『はい、まさに。救世主になりに参りましたのよ、わたくし』
『なんだと……?』
得物を手に挑みかかってきた精霊王オクトーとヘクスが『グァ、ッ』『ガ、ァッ』、トラックの激突に圧されて広間の奥まで流された。
精霊母も絶えず『闇』を放ち続けていたが、同じ数だけ放たれたトラックと相殺され続けていた。
『勇者様。世界をお救いになりたいのでございましたら、わたくしに『星』の意志の座をお譲りくださいまし』
『バカな……! どういうつもりだ!』
聖女は薄い笑みを傾げた。
『逆にお訊ねいたしますけれど。ご覧の有り様からどうお救いになるおつもりですの?』
『く、っ……それは……』
『はい、『それは』~なんて仰るのは答えられない証拠でございますわ』
御旗の槍を支えに立ち上がるのが精一杯だった勇者を、潜り込むように覗き込んできて。
『勇者様もすでにお気づきなのでしょう? ……自分ではもう『星』の意志の役割を果たすには優しすぎる、精霊を産み落とすだけで良かった原初の頃よりも『闇(人間性)』を宿しすぎてしまったのだと』
精霊母が言葉ならざる怨嗟の声とともに攻撃の手を強めるのを、勇者は一瞥した。
『……だから、今さらやって来て掠め取ろうというのか』
『わたくしがこれくらいの奇跡しか起こせない最弱の上位者であること、勇者様もご存知でございましょう。わたくしにとっては天の視座を捨て、人柱になるも同然ですわ』
肩をすくめた聖女は、やはり薄い笑みから眉一つ動かさないのだ。
『それでもわたくしは、夢を夢として忘れるほどの『闇(人間性)』すら持っておりませんもの。あなた様より残酷に、無慈悲に、創造神様に見初められたデウス・エクス・マキナ(機械仕掛けの神)として世界を再世してご覧にいれますわ』
創造神が己のみの『無』の中に世界を創る基となったのだという、最初の人間はかく語る。
『おそらく世界は一度滅ぶも同然で、人々に完全な記憶すら残るかも定かではありませんけれど。少なくともあの精霊母様も、精霊たちも、世界に溜まった膿の悉くとして還せますわ』
勇者へ、抱擁を請うがごとき両手が差し伸べられた。
『ねえ……わたくしの影から産まれた優しいあなた様。幼い時間はもう終わり、あなたの夢の答えを聞かせていただけませんこと?』
勇者は、
彼女は聖女の口元を掴んだ。
『…………?』
『…………約束しろ。人間があなたの『光』に狂わない世界にすること』
手を移せば首を絞めることだって、目を潰すことだってできただろう。聖女はまるで抵抗しなかったのだから。
『……そしてどんな形でもいい、精霊が今度こそ人間の隣人でいられるように機会を与えてやってくれ。頼む』
しかし勇者は、その手を放した。
『聖女《【 】》として誓いますわ。人間に抑止を、精霊に再生を』
対して聖女は、塞がれていた唇を整える調子で舌先を走らせた。
『……聖女フロレンシア……人間の『光』、私の敵、憎い、許せない、おぞましい、醜い、何故、何故、何故なのですか……!』
『戦う、戦う、戦う、戦う、戦う、戦う』
『殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す』
精霊母が、体勢を立て直した『風』と『土』と息を合わせてトラックの相殺に勝りはじめた……、
ソレらを見て、見つめて、視て……勇者は、聖女へ向き直った。
『……『星』の意志《【 】》として誓う。私の管理者権限(権能)を、聖女《【 】》へ譲渡する』
そして、
己の眼窩の中へ手を突き入れた。
『っっ、ぐ……あぁぁぁぁぁぁぁ!!』
そして掴み抜いた手には……魔眼。
ソレが封となっていたかの様子で、血潮がごとき『闇』が莫大に迸った。
視界を埋め尽くさんかぎりの輝きは、しかし勇者と聖女の間で、手のひらにも収まる一個の形へと成された。
それは、見開かれた眼……、
いや、円錐形の『星』だった。
『いただきますわ』
菓子を愛でるほどの他愛なさで、聖女はそれを呑み込んだのだ。
直後、彼女の身体が『闇』色に蠢動した。
『《リターン・トゥ・ファストトラベル》』
糸が切れたように倒れ込んでいった勇者は、不可思議な魔法を唱えた聖女に抱き止められていた。
頭上と足下へ同時に現れたゲートへ、昇ると同時に落ち、呑まれていた。
『ーーーー!!』
最後に見えた精霊母は、何を叫び、何を見ていたのだろう。
◯
まばたきに似て閃光が上がった後、
勇者と聖女は、四方を大海に抱かれた小大陸の上空にいた。
『星』の意志が眠る地……テラアウス小大陸。
『必殺技、《サ・テ・ライト・トラック》』
海向こうのアイザ大陸まで見える高高度にて、勇者の手を取った聖女は自然落下の中で唱えた。
すると。太陽から放たれた極光が空を割り、二人の間近を降っていった。
テラアウス小大陸の中心へ照射され……、
ガラスのように割れた空の向こう、白い光に満ちた宇宙に魔方陣の群れが開かれた。
ーーブッブゥゥゥゥゥゥ!!
数えきれないトラックたちが現れ、光線のそばを回った。
そして解け合い、重なりあい、組み合い、巨大すぎる形を織ったのだ。
すなわち、
超巨大チェーンソーとなって、テラアウスの地を穿ったのだ。
空の割れ窓は修復され、後にはこの【天罰】の顕現のみが残った。
細かに削りゆくはずの連刃は一瞬にしてクレーターを形成し、地層の奥深くにあった『闇』の障壁を露わにさせた。
チェーンソーが阻まれたのはごく一瞬だけのこと。
障壁は瞼を下ろし、消え、『星』の意志が眠る地は天からの痛みを受け入れた。
『お先にどうぞ。必ず殺される技とはよく申しましたものですわね』
『あなたは……本当に、どうしようもなく……』
大穴の奥底へ落ちていきながら、勇者の手を取ったままの聖女は『光』へと朽ち果てていった。
対して勇者は、今にも閉じてしまいそうな片眼の視界に暗闇を映すしかなく……。
◯
『……う……』
『勇者様。勇者様』
……倒れ伏した勇者が瞼を押し開けた時、
そこは、黄昏か暁のような『闇』の大空洞だった。
天井には同じ『闇』色クリスタルが無数に生えていて、絶えず流動することでこの大空洞らしきものを逆さまに表していた。
地表には、黄昏か暁のような『闇』色の超巨大クリスタルがただ一つだけ鎮座していた。
……『眼』の形をしたそれは、天井から地表まで突き抜けてきたチェーンソーによって一刀両断されていた。
その中に在った異形もろとも。
『……私の身体……』
巨船を想起させる六本脚の胴体。『闇』色の魚鱗で覆われ、無数の細い尾が束ねられることで一つの巨大な尾となっている。
尋常の生物なら頭部があるであろう位置には船首がごとくクリスタルの一角があるばかりで、長すぎる『闇』色髪のような何かが絡まりあっていた。
『もう始まっていますわよ。勇者様』
そして勇者の前に、長すぎる黒髪を大空洞へ張り巡らした聖女が降臨した。
現在進行形でさらに髪を伸ばしていくごとに、髪を介してエーテルが行き交った。
聖女から大空洞へ『光』が、逆に大空洞から聖女へ『闇』が。
すると、大空洞に満ちる『闇』が白と黒の『光』へ反転していった。
……逆に『闇』の輝きに這われた聖女から、口が溶けて無くなっていった。
直後、彼女は背から十二枚もの翼を生やした。
『あらあらまあまあ……十二枚。今までに無い『闇』の強さですわ、ここまで出力しないとわたくしを保てないなんて』
ついに大空洞が白と黒の空間へ書き換えられた時には、天井のクリスタルもまた『闇』から『光』へ変じていた。
一瞬、勇者の視界に別の視点が混ざりあった。
あの異形あるいは眼型のクリスタルそのものから、天井のジオラマを見上げる視点。
それに、
天井であるはずのアレを、地表として見下ろす聖女の視点。
『それでは。この『星』に、再世を』
聖女が見つめただけでジオラマは世界地図へとズームアウトされた。
ただ、テラアウスの地から奇妙なことが……いや、奇跡が始まった。
チェーンソーが穿った大穴から黒い光が溢れ、世界を塗り潰していったのだ。
しかし同時に、覆われていった先から数えきれない白い光点が浮上していった。
『……私たちの『星』。……人間と精霊、彼らの世界……』
勇者がまばたきを食い縛れば、先ほどの異形の視点が手繰り寄せられた。
そしてジオラマが注視されれば、視界が引き込まれていって……、
次の瞬間、
勇者は……『星』の『眼』は、ジオラマではなく実際の世界を見上げていた。
火山の火口から、大海の渦潮から、峡谷の鉱石から、平原の大樹から。
黒い光へ瞬く間に呑まれていく世界を。
黒い光の勢いはまさに光の速さに似ていて、何者にも戸惑う瞬間すら与えられなかった。
しかし同時に、呑まれた者たちは白い光に包まれて浮上していった。
老若男女問わず、羊水の中の胎児に似て眠りながら。
人間も、獣も、地下にいたはずのどれだけ強大な魔物も。
……ただ、ただ、精霊だけを除いて。
精霊が黒い光に呑まれるとそこには同じ属性の輝きだけが灯り、世界とともに押し流されていった。
地には四大属性の輝きが流れる漆黒、天には無数の光点が結ばれる純白。
それは星空、あるいは宇宙の似姿だった。
そうしてついに精霊大陸も呑まれた。
世界中から流されてきた四大属性の輝きが、唯一呑まれずにあった世界樹へ根元から注ぎ込まれていった。
地鳴りとも絶叫ともつかない轟音が響いた。
なにか限界を迎えたように、それでもなお飽和させられたように、世界樹オグドラシルが四大属性の輝きに焼かれていったのだ。
絶叫は、やはり、女のものだっただろうか。
その時、精霊郷の上空を魔がよぎった。
ゆりかごの星々とは異なり、四大属性と『光』と『闇』の全属性を帯びた流星が。
名状しがたい光輪を冠し、六枚の翼を有し、剥がれかけた呪符をなびかせた魔物少女が。
『エルケ……? あの子が、地上まで昇ってくるなんて……』
魔物少女は怯え、惑い、泣いていた。
それでも、終わりゆく世界を翔んでいた。
押さえた胎に、『真白』、『灰』、『黄金』、『赤銅』のかすかな輝きを灯して。
もう片手に、かすかな『風』と『土』を抱いて。
流星は世界の果ての先へ……深淵へ落ちていった。
そして、世界は黒い光の膜を破った。
それは、生まれ変わることなく生まれ直された世界だった。
人間の繁栄、精霊の固執、そして両者の戦争によって壊死していた大自然が世にも美しく復活していた。
山は何者にも侵されず高く、海はおしなべて蒼く、四大属性の彩りが少しの乱れもなく調和している。
一方、人間の被造物はその全てが白濁の塊と化していた。
どれほど富んだ街でも、環境へ寄生していた資源設備でも、その形のままの粘土へ。
後に生まれる機工仕掛けの要となるとはまだ誰も知らないだろう、時の循環作用を有するもっともありふれた鉱物……『聖女香』へ。
ただし。ごく一部ながら、再世された世界の中には吐いて溜められた吹き溜まりがあった。
電気技術を用いた機械群や町並みが、捻れて蕩けあった姿を累ねていた。
それらはきっと誰も手を触れることなく、やがて錆の遺構と化すだろう。
『…………あら? あらあらあらあら? あのような吹き溜まり……わたくしがエラーを? 本当に? あるいはバグが入り込む余地があるとするのでしたら……』
星々にくるまれた命たちがゆっくりと降りてくる光景を最後に、端々から『光』に焼ききれていった勇者の視界は大空洞へ引き戻されていた。
『ふふっ。まあ、まあまあまあまあ、とにかく再世は完了いたしましたもの。たまにはこんな世界も悪くはございませんわね』
聖女はどこかの街路だった場所までクリスタルのジオラマをズームインさせ、口はとうに溶け落ちてしまったのに薄く笑っていた。
人間とおぼしき無数のピンたちが、呆気に取られた様子で周りを見渡す様を見ていた。
やがて、勇者へ振り向いた。
『さて勇者様、これからどういたしますの? というよりも……すでにそのようなご状態ですし、どうさせていただきましょう?』
『……ああ』
もはや指先すら動かない勇者は、『闇』色のクリスタルへと結晶化しはじめていた。
見る間に人間の形をも失い、クリスタルが大きくなるにつれて聖女を見下ろしていく。
『私はクリア戦争を止められなかった……止めなかった旧き『星』の意志として、精霊たちとともに忌まれることだろう』
御旗の槍が滑り落ち、聖女の前で甲高い音を立てた。
『……それでも、滅びるわけにはいかない』
髪飾りとしていた眼帯の仮面が抜け落ちた。
『願わくば、私の深淵へ追放してくれ』
握ったままだった魔眼の片眼と、まだ眼窩にあったもう片眼が剥がれ落ちた。
『『星』の意志としての私はあなたに殺された。そしてもはや、『勇者』としての私も壊れた。それならば……』
彼女は受肉体へ宿ったばかりの時と同じように、反響する音と魔力によって大空洞の光景を定位した。
『それなら……それでも、あの子たちがいつか救われるように視ていてあげたい私は、何なのでしょうね』
殺された『星』の意志……壊れた『勇者』……彼女はついに、灯台がごとき大クリスタルとなった。
『お考えになられるお時間ならいくらでもございますわ。……勇者様』
そして彼女の真下に、漆黒の大穴が開いた。
彼女は墜ちていった。
……ただ、大空洞が全て見えなくなる前に、
『ーー……私は滅びません』
『あらまあ?』
『ッッ……!? フロレーー』
聖女の胸を尾が貫き、勇者の遺物たちも尾の群れに絡め取られた……。
◯
ハルトたちの間近に、『闇』色のクリスタルが突き立った。
「ッッ……!?」
まばたきとともに、第七隊は夢の狭間から大空洞へと戻っていた。
不安定に濃縮された『闇』を湛えたクリスタルは、ハルトたちが立つジオラマの中からひり出されたもののようだった。
「不覚でございましたわ。精霊母エイテルナでしたの」
天井から見下ろすフロレンシアも健在だったが、
ジオラマはもう一つの大空洞の光景を形成していた。
『……私は……母は、いかなる事を為してでも子供たちのための未来を導いてあげるものです……』
チェーンソーで貫かれていた異形……『星』の意志の身体が、蠢きとともに聖女を害していた。
頭部無きクリスタルの一角、長すぎる『闇』色髪の絡まりの奥からせり出るモノがあった。
閉じた眼のみを貌とする第三の『闇』、精霊母エイテルナが。
「さすがに彼女だけは、他の精霊たちとは違って一朝一夕でフラグメーション(断片化)できませんでしたので……世界樹の虚を介した低次元への封印を優先したのですけれど。世界樹とこの『星』の胎内と繋がっていることをご利用なされて、勇者様の元々のお身体へ寄生してしまいましたの」
『くふ、っ……!』
『……『星』の意志のこの身体、『勇者』の意志、それにあなたの力があれば……』
勇者の遺物が異形へ引き込まれるとともに。聖女から抜かれた尾には、薄い笑みの唇を思わせる『光』が掴まれていた。
そして全てが、異形へと取り込まれて。
『あ……ァ……ぁぁぁぁぁぁああああああアアアアアアアアアハハハハハハハハハハ……』
精霊母エイテルナもろとも、異形が変異しはじめた。
精霊母の七枚の『闇』の翼へ、五枚の『光』の翼が生え加わって十二枚へ。
異形の『闇』色の魚鱗の半分が『光』色へ移り変わり、まだらのグラデーションへ。
なにより巨体の背中へ、ゆっくりと、『光』と『闇』の塊がいくつも膨れ上がりつつあって……。
『あらあらまあまあ……なんともはや、渾沌と呼ぶにふさわしいですわね』
『……そうですか……そうだったのですね、聖女フロレンシア。私にもわかってきました』
『はあい?』
『……『闇(混沌)』だけでも『光(調和)』だけでも子供たちは成長できません……そう、世界には痛みと救いの両方が必要なのです』
穴の開いた胎を苦しむ様子も無く『光』で満たした聖女へ、異形のフィギュアヘッドはくつくつと肩を揺らしてみせる。
『……クリア戦争という悲劇が起こったのは、調和と停滞ばかりの世界で、人間と精霊の間に溜まりすぎた痛みがついに溢れたから。それならば溜まりすぎないように、両者が痛みを越えて手を取り合えるように……共通の敵を用意してあげればいいのです』
もう一つの『星』の意志だったモノは、今や義憤とも怨念とも異なる啓蒙に語気を強めていた。
『……たとえばあの異世界人たち、チートの力を世界に撒いてあげれば。人間も精霊も、クリア戦争以上に滅びるのだとしても乗り越えていくでしょう』
……聖女の薄い笑みが傾げられた。
『転者なんかにお手を出されたらロクな目に遭われませんわよ? それにあなた様の可愛い精霊たちだって、すでに残り香となって世界樹の虚に沈んでいますわ』
『……私が救ってみせます。その為にまずは、あの子たちの再誕にふさわしいものへと世界を廻しましょう』
異形が六本脚に力を込めれば、チェーンソーに貫かれた巨躯が傷を大きくした。
『……あらゆる困難をクリアさせ、混沌と調和の輪廻を。人間が魔を畏れ、傲らず、真に精霊の加護を拝領できる世界を』
原初の頃。人間は精霊が共にあったからこそ、恐るべき魔の数々を退けながら繁栄を築いたという。
当時は最大の敵だっただろう獣や魔物たちでは……そんなありふれた困難では、もはや、人間は『光(啓蒙)』も『闇(人間性)』も高められはしない。
『……あなたも、彼女たちも、どうかその時まで世界を救い続けてください。そしてどうか……最後には、私を倒して世界の価値を証明してください』
世界の『敵』、大いなる魔は語る。
『さもなければ。その時こそ私はあなたたちを下し、魔の王となりましょう』
その時、胎の傷の癒えた聖女は押さえていた手を握り込んだ。
異形の周囲全方位から、魔方陣とトラックが飛び出した。
地面からをも放たれて、異形を中心に無数の衝突が圧縮された。
聖女の前に、混沌色の体液が廻る肉片が落ちた。
瞬く間に腐り果てたその中から、勇者の遺物の一つであるあの眼帯の仮面が出でた。
ただ、
『……名前なんてどうでもよかったものですが、戒めを以て、あなたたちに与えられた名を背負うとしましょう』
トラックたちが消滅していった後には、潰れた異形ではなく『光』のゲートだけがあった。
『……私は渾沌のエイテルナ。因果が結実するその時に、またお会いいたしましょう』
渦巻く『光』の世界の奥へ霞んでいく、かの精霊母の成れ果てを最後に映して。ゲートは閉ざされたのだった……。
『……あらあ、まあ。追放して早々でございますけれど、もうちょっとだけ続けていただかないといけませんわね』
そして閃光とともに、ハルトたちの天地が逆転した……。
◯
「……戻った」
そしてハルトたちは、ジオラマを天井へ見上げる元通りの視点へ……自分たちの体に戻ってきた。
エーテル投射(幽体離脱)状態で巡る神話の追想から帰ってこられたのだ。
「どらぁぃっ! おいマリー、髪刺さった跡は残ってねぃのだわ? かぶれたりとかしてねぃのだわ?」
「だ、だいじょぶだいじょぶ……。じゃがのう、いろんなことがありすぎてなんじゃあ頭ん中まで痒うなってきたわい……」
誰もがすぐに、首筋に接続されていた髪の毛を蛇蝎のごとく打ち捨てた。
「お姉さん……大丈夫、ですか?」
「……まだ、いや、なんとも言えないな」
「無理もないって、俺だって何から何まで実感が無い……」
見るべき先の定まらなかったハルトたちの眼差しを、気の抜けた拍手の響きが引き付けた。
「ご清聴ありがとうございましたわ。これでおわかりいただけましたでしょうか」
正しく、神話の主だった聖女フロレンシアは満足げだった。
「……わからないこともある。途中からは私の眼から見た記憶のようだったが、どうしてそんなものをあなたが持っている」
「お望みとあらばお返しいたしますわ」
と、
ハルトたちの間近に、『闇』色のクリスタルが突き立った。
「またッッ……!?」
先ほど、ハルトたちが天井にいた時にジオラマの中からひり出されたクリスタル。不安定に濃縮された『闇』を湛え、今度は地表に落ちてきたのである。
そして瞬く間にヒビ割れ、中から莫大すぎる魔力が飛び出した。
「……! これは……!」
すぐさまアリステラが手を伸ばせば、魔力は彼女の内へ宿っていって……。
頭上に現れた『半眼』。
『漂泊チート』に喰い散らされた記憶の証である
ソレが、大幅に修復された。
「っ、う……はぁ、っ、はぁ……!」
「お姉さん……! ひょっとして、また記憶が……?」
目元を押さえたアリステラは、バランスを崩して倒れ込む前にイエが受け止めた。
「…………ああ、今まで見てきた神代のことが。確かに私の記憶だ……精霊母エイテルナも……『白式』も」
「ええ、この『星』の胎内に残っていた勇者様のご記憶そのものですもの。わたくしとしましても記憶領域の整理になって助かりましたわ、どうぞお持ち帰りくださいませ」
(……こいつが壮大な作り話でもしてるんじゃないかとも思ったが、アリステラの様子を見るかぎり本当のことなのか。……だけどそれはそれで……)
「ええ、これで本当におわかりいただけたことと思いますわ」
見透かされたようにフロレンシアへ見回されて、ハルトは不覚ながらたじろいでしまった。
が、聖女は気にも留めていない様子で続ける。
「渾沌のエイテルナこそ勇者様とわたくしの『敵』。あの魔人の方々も、彼女が眷属として造り出した偽『白式』にすぎませんのよ」
偽『白式』。その揶揄を、ハルトたちはあの聖塔ダンジョンの前で二度も聞いたものだ。……ざわめきや怪訝の中で、自分たちへ向けられたものとして。
「彼女は捕らえた転者の方々を材料に、世界にチートを撒いていらっしゃいますの」
薄々気づいてはいたが、第七隊は息詰まらずにはいられなかった。……特に、ハルトは。
「『勇者』システムのお話は覚えていらっしゃいます? それを踏まえて、こちらをご覧くださいませ」
フロレンシアの傍らに、フェアリーが見せるのと同じウィンドウが現れた。
雲の高さから見下ろした写幻だ。
神話の終わりに見た、聖女香の塊と化した町の一つを捉えている。
次の写幻へと切り替わるごとにそれは拡大されていき、やがて復興に駆け回る雑踏の間近へと迫った。
『光』のマーカーが、パン入りのカゴを持って歩いていく町娘をフォーカスした。
「こちらが、渾沌のエイテルナですわ」
「なに……?」
アリステラが、強い眼差しをフロレンシアとウィンドウへ向けた。
写幻が切り替わる。
まだ洗練されていない歯車仕掛けが敷設中の坑道で、さっきの町娘とは顔立ちも肌色も異なる女傭兵が酒を呷っていた。
「こちらも、渾沌のエイテルナですわ」
写幻が切り替わる。
神代遺構の吹き溜まりを、蒸気機関付きのバックパックを背負った老婆の学者が登っていた。
「さらにこちらも、渾沌のエイテルナですの」
「てやんでぃ! わかるように説明しろぃ!」
「……フロレンシア。自分で言うのも情けないが、私が返された記憶には追放までのことしか存在していない……その後のことは依然として漂泊チートで喪失しているのだ。シェリスの言うとおり順を追って説明してくれ」
「あら、勇者様ならピーンとこられるかと存じましたのですけれど。混沌のエイテルナが何故あなた様の遺物を……つまり『勇者』の力を取り込んだと?」
少しの間の後、アリステラはハッとした。
「……まさか。私がそうしていたように、受肉体を得て行動しているのか?」
フロレンシアが、アリステラを示す調子で指を鳴らしてみせた。
「半分正解でございますわ。勇者様の場合は赤子の死体に『意志』の分け身を『同化』させていらっしゃいましたけれど、渾沌のエイテルナは生きている人間に『意志』の分け身を『寄生』させますの」
「寄生、です……?」
女たちの写幻が横並びに表示された。
それらの相貌を皆が注視したが、べつに何の正体も秘めてはいない無為自然の様相に見えた。
「厄介なのは、ご本人に自覚が無いことでございますわ。彼女たちは知らず知らずのうちに内なるエイテルナの『意志』に操られて、チートの因子を人や物へランダムに感染させますの」
それぞれの写幻に付随して、世界地図が表示される。その端に記された年代はバラバラだった。
旅の足取りを記すのと似て、『光』のラインが法則性も規則性も無く地図上を渡った。
「後々になっての追跡ではございますけれど、こちらが彼女たちの歩んできた10年間の足取りですわ」
町娘なら一大陸内の範囲で、女傭兵なら二、三の大陸を渡り、老婆学者なら全大陸を股にかけ。
そして世界地図に、今度はラインではなく『光』の点たちが記された半透明のレイヤーが重ねられた。
「そしてこちらが、彼女たちのいらっしゃった年代に出現したチートの分布ですの」
……世界を苛む腫瘤の点たちが、女たちの足取りのラインに追従していた。
「って……あからさまじゃないか! ここまでわかっててどうにかできなかったのかよ!?」
「どうにもこうにも。彼女たちが渡り歩いたそばからこれでしたらお叱りも当然でございますけれど、これらのチートには短くとも13年もの潜伏期間があるのですのもの」
「は、あ? ……潜伏期間って、そんな、病気みたいに」
「ええ、まさに。寄生体が触れただけで無作為に冒され、発現した時にはもはや感染源なんてわかるはずもなく……わたくし、因子というよりはチートウイルスと呼んでおりますのよ」
世界地図上の光点たちが一度消え、また一つずつ現れていった。
たしかに女たちの足取りをなぞってはいたが、端から端へと追っていくのではなく、時期も密度もまるでランダムに……。
「それに彼女たちはほんの一例。たとえば聖暦1000年から1100年の間に現れたチートと、渾沌のエイテルナの寄生体と思われる方をまとめて表示させていただきますと……」
全ての世界地図と写幻が統合され、ひときわ大きな分布図となった。
ラインと光点が複雑に絡み合いすぎて、どこから何を読み取るべきかもわからないものへ。
「……なるほど。私が用いていた『星』の『眼』や、あなたの権能とて世界の全ては見通せない。ましてや、おそらくは『勇者』としての私のシステムを利用しているのなら……寄生体にはそれとわかる痕跡は無いのだな?」
「ご明察ですの。なにしろご本人も自覚の無い無意識下の寄生ですもの、力を発揮なさっている時でなければ身体的にも魔力的に異常はございません。お見せした資料はあくまでも、膨大な統計と演算から後になって特定できたものですわ」
原因らしい原因も無く、チートアイテムやチート使いが突然現れるのはその潜伏期間のせいということだろう。
「7年。渾沌のエイテルナはその周期で宿主を変えていくようですわね。彼女の本体が隠れていらっしゃる宇宙の座標……天獄の座標を捉えるために、ぜひとも寄生体を見つけないといけませんわ」
「でも……1854年の今になっても捕まえられてないってことでしょ? 単純計算でも、えっと……200人以上の寄生体が存在しよっちょったっちゅう話になるんじゃが……」
「手厳しいですわねメイド様。チートが出現した時には、ソレを変異させた方は渾沌のエイテルナの寄生からすでに解放されておりますのよ? 強いて手がかりを申し上げるならば……チートを広範囲に撒くためなのでしょうか、宿主の人となりからすれば不自然な長旅に出たがったり失踪を遂げることぐらいでしょうか」
「……長旅、失踪?」
砂漠から一粒の砂を見つける、なんて例え話があるが比較にもならない。……ハルトはまた詰まりかけた息を必死に呑み込んだ。
「……じゃあ、俺が持ってるようなチートスキルも?」
「《ウェポンマスタリー》でしたわね。騎士様が最初にソレを発現なされたのはいつ頃でございます?」
ハルトは一度大きく息を吐き出した。
「……6年前。俺が12の時に故郷の村で……」
「えっ……あの、待ってください。チートウイルスの潜伏期間は短くとも13年と、先ほどフロレンシアさんが」
「あら白魔法師様、簡単な話でしょう? つまり騎士様はご生誕なされる前に……胎児の時点でチートウイルスに罹ったということでございますわ」
……仲間たちに見つめられて、やがて青年はガシガシと後ろ髪を掻いた。
「……そっか。わるい、ちょっと気になってさ…………いずれまた、話すよ」
エラそうに腕組みをしたシェリスが「……おぅ」、今にも蹴りたそうにつま先をウズウズさせていたが、ハルトの隣にイエが寄り添ったのを見てやめた。
(1話につき4部分構成の短編~中編連作です)
(毎週月曜日、18時頃に更新中です)
(1話完結の翌週……つまり5週間に1回、次話の準備期間として更新にお休みを頂きます。よろしくお願いいたします)




