Karte.24-4「その因果を、私たちの縁を」
【ハルト】……ベルアーデ帝国騎士団第七隊所属、双剣銃を手にイエへ寄り添う青年騎士。18歳。
【イエ】……極東ニフ国の乙女で、大体いつもレベル1なのにチートのような守護精霊の力を使える白魔法師。16歳。
【マリー】……ドワーフのミニマムレディ、妖精機シュネーヴィを操る魔導技師にして第七隊のメイドさん。19歳。
【シェリス】……第七隊隊長、魔法剣ならぬ魔法シャベルを振り回すハーフエルフの残念系王女。20歳。
【アリステラ】……イエを守護する旧き『星』の意志であり、自称『勇者』。自称17歳。
「……それでフロレンシア、混沌のエイテルナの追跡には私も当然関わっていたのだろう?」
アリステラがフロレンシアは『よくぞ聞いてくださいました』と言わんばかりに頷いた。
「もちろん、ずっとわたくしと共闘をば。追放後に渾沌のエイテルナのことを伝えさせていただきましたら、一層ご熱心に墓守へ励まれるようになられましたわ」
「……しかしどうやって。深淵に追放された私が地上と交信するには夢の狭間を介するぐらいしかなかったが、夢を見られないあなたは招けなかったはずだ。先ほど私たちが連れ込まれたあの夢の狭間もどきだって、あなたが生成できるわけがないだろう」
「いやですわ勇者様! わたくしもどうコンタクトをとるべきか困っておりましたところ、先にハッキングをお仕掛けになられたのはあなた様でございましょう?」
「ハッキング……だと」
フロレンシアはまた写幻を表示させた。
それはスナップ写幻だった。
海底火山からの溶岩流と漂着物が織り成す灼熱の南極、アン・アッシーク小大陸……、
その果て、地上と深淵との境界線としてそびえる魔力の壁……『インビジブルウォール』の四大属性色の輝きの前で。
あの眼帯の仮面を着けた女が、こちら側へピースサインを送っていた。
そして彼女の斜め後ろ、インビジブルウォールに『眼』型の『闇』が映り込んでいた。
さながら心霊写幻だったが、『眼』がこの上ないほど呆れている様子もあって、恐ろしさは皆無だった。
「わたくしに『星』の意志としての全てを譲渡してくださりながら、勇者様ったら、追放の土壇場で『星』の『眼』の権能だけは複製していかれましたの。まあ事故のようなものでしたでしょうし、連絡手段を確立できたことを思えばラッキーなことではございましたけれど」
再会を喜ぶ記念写幻とでもいうのか。同じ場所で連写された数枚には、書きかけのチート分布図らしきウィンドウを見せながら『眼』へ説明する女の様子が切り取られていた。
しかし、その『眼』と同じくアリステラは不服そうだったし、ハルトたちも一様に眉根を寄せていた。
「……なあ、状況的に考えたら写ってるのはもちろんフロレンシアだよな。だけど……誰だこの胡散臭い女は?」
「んあー、やっぱ兄弟もかぃ。シェリスさんもなんてぇのかこう、アレなのだわ……コイツの仮面の下のことを考えようとすると頭がボヤけるのだわ」
イエもマリーも頷いた。
そう。その眼帯の仮面は実質的に仮面としては機能していない、目元だけの装飾的なアイテムだというのに。その貌の『正体』を少しでも考えようとすると、思考と認識が霧がかってしまうのだった。
「私、こういうことが前にも2度ほどあったような気がします……」
「2度? わしは1度かなあ……あ、ごめん、やっぱし2度かのう?」
「……眼帯の仮面。いや、おかしい、漂泊チートとは関係なく私はそれを知っているはず……?」
「うふふふふ……皆様が予想通りのリアクションをしてくださって何よりでございますの。それにつきましての種明かしは……こちら」
フロレンシアが自身の髪へ通した手櫛を払うと、指に付いていった数本の髪が地面へ落ちた。
閃光が皆の目をからかった。
髪の一本一本が発光したかとおもうと……、
「つまり」
「こういう」
「ことで」
「ございますの」
それぞれが、眼帯の仮面を着けた等身大の女へと変じたのだ。
長すぎる黒髪の、人間、エルフ、ドワーフの女たちだ。
「な、ッ……だ、誰だおまえら……!?」
その言葉がいかにおかしいものか違和感を覚えずにはいられなかったのに、やはり、女たちが誰であるのかを誰も認識できていなかった。
だからと言わんばかりに、女たちは自分を指差していったのだ。
「わたくしは『宝箱の魔神』」
「わたくしは魔導飛行船の『胡散臭い女』」
「わたくしは魔導列車の『どこにでもいる大富豪』」
……そう名乗られた瞬間、途端、たちまちに、
「あ……あぁぁぁぁーーーーッッッッ!? そうじゃねぃかぃてめぇらっ、どう見たって聖女なのだわーーーー!!」
内なる霧が一様に晴れたらしい第七隊に対して、聖女たちもまた一様に笑い声を転がしたのだ。
「はい、これで魔法の時間はおしまいでございますわ。正体がバレた……もといバラさせていただきましたことで、皆様はもうわたくしとこの仮面のことを正しく認識できますわ」
三人も増えてしまった聖女たちが眼帯の仮面を外した一方、磔のほうのフロレンシアもどこからともなく降ってきたソレをキャッチした。
ただし聖女たちの仮面が真新しい『光』色のものであるのに対して、フロレンシアの手にあるのだけは年季を感じさせる『闇』色のものだった。
「こちらは『新月の仮面』。勇者様の遺物の一つでございますの」
「あっホントだ、あの神話の中でいろんなアリステラちゃん……もとい『勇者』さんたちが着けてたヤツ。なして気づかんかったんじゃろ」
「それこそが仮面の効果ですわ。装備すると他者から見られた際の次元……つまり認識の位相が揺らいで、顔も特徴も覚えられなくなりますの。あくまでも人の世の陰にて、名無しの抑止力として戦われることを是とされた勇者様には必需品だったのですわね」
そして神話の中で乙女たちに寄り添った勇者は、いつしか戦いの中でも眼帯ではなく髪飾りとして纏っていたようだが……。
「……そうか。そんな記憶まで封じられているのか、私は」
……あの異形に奪われ、しかし聖女の一撃で奪還されてここにある。
「あまりお気に病まないほうがよろしいですわ。どうぞ、コピーは保存できていますので今こそ返却いたします」
「あ、ああ……」
「キャッチ、です」
フロレンシアの手から『光』に乗って届けられた眼帯が……アリステラの手からこぼれ落ち、イエが捕まえた。
「お姉さん……」
「……すまない、持っていてくれ」
「てかそれはそれとしてっ、こっちのポコポコ増えた聖女どもはどういう了見なんでぃ!?」
幼き勇者の苦笑を覗き込む間も無く、シェリスが種族の異なる聖女たちを次々と指差した。
「あの煽り魔の魔神さんに、魔導列車で好き勝手に一席ぶってくれた怪しい大富豪さんに……。遠隔操作のダミーかなんかじゃあ?」
「ダミーどころか、全てわたくし自身でございますわよ。ねえわたくしたち」
「もちろんですわ」
「きっと皆様が覚えていらっしゃらないところにも、これ以外のわたくしたちがいたはずでございます」
「お望みとあらばまだいくらでも」
聖女たちがまたも自分たちの髪を掬い取り、周りへ放った。
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「ごきげんよう」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
そして閃光とともに、総勢数十を超える聖女たちが具現化されたから。ハルトたちは絶句してしまった。
アリステラ以外は。
「……他の様々を忘れてはいても、あなたのその悪趣味を忘れていなかったのは幸か不幸か。みんな、これは彼女だけが持つ『プレイヤー』というスキルによるものだ」
「『プレイヤー』? ……聖女の笑みもここまで並ぶとたしかに気味悪いな」
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「ふふふ」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
人間、エルフ、ドワーフはもとより、先ほどよりも多種族多民族の聖女たちが、総じて同じ年頃の薄い笑みを浮かべていた。
スァーヤ地方の白肌、エスト市国方面の小麦肌、聖霊大陸辺境の呪文肌、新大陸深くの宝石肌。
獣耳と尻尾があるだけの仮装っぽいが、一応は魔物由来の亜人である極東『こっくり』族の姿などもあった。
「わたくし、髪の毛一本でもあれば無限に残機を増やせますの」
フロレンシアはどこか自慢気に聖女たちを示した。
「「「「「「「「「「「「でこ」」」」」」」」」」」」
「「「「「「「「「「「「ぴんっ」」」」」」」」」」」」
聖女たちの半数がデコピンを放ち、当てられた半数の聖女たちが『光』と消えた。
「おいっ、なにしてッッ……!?」
「あら皆様、怖がらなくても大丈夫ですの。無限ではあるのですけれど最弱でございまして、ちょっと高めの段差から飛び降りただけでも死んでしまうくらいですから」
「……! 死ぬ、だなんて……やめてください……!」
「あらごめんあそばせ白魔法師様、言葉の綾ですわ。死ぬ、というよりは、消える、還る、昇ると申しますか……とにかく命を蔑ろにしているわけではございませんわ」
フロレンシアのほうへ踏み込みかけたイエが、アリステラに「よせ」と制された。
「……あなたは神代からそうだ。その異能を以て人々の中へ紛れ、世界の危機を察すると救世の英雄たりえる者たちを口八丁で導いてきた。往々にして『勇者』の私が誘い込まれた時には、もはや影も形も無くな」
「最強の勇者様と最弱のわたくしでは方法論が異なりますわ。勇者様の役割は世界が危機に陥ってから『治療』する役割とさせていただくなら、わたくしは世界が危機に陥る前に『予防』する役割でしたもの。ご存知ないだけで、わたくしが未然に防いだ世界征服や世界崩壊などもたくさんございますのよ?」
「……そして『勇者』がいなくなった今の世で、『新月の仮面』を利用して積極的に活動せざるをえなくなったというところか」
「ええ、まさに! おかげさまでより広範囲に大規模に、エイテルナの寄生体の手がかりを探しやすくなりましたわ」
「「「「「「びんっ」」」」」」
「「「「「「たっ」」」」」」
聖女たちがまた半数にビンタを見舞い、半数に減った。
「こうしてわたくしたちが本当の意味で再会できましたのも……そして皆様とお会いできましたのも、もとはといえば勇者様のご計画によるものでございますのよ? いくら記憶喪失と申されましても、そんな、まるでわたくしがただ遊んでいたかのようなお眼を向けられますのは悲しく存じますわ」
「……あなたは」
フロレンシアがわざとらしく指を鳴らせば、残った聖女たちは最後には声も無く消えていった。
「あの『白式』たちが最初に確認されたのも数ヶ月前……皆様もご遭遇なされたエスト市国でのあの宣戦布告の時のこと。まさに渾沌のエイテルナが仰っていた因果が結実したからこそ、あのように表立って行動できる恐怖の象徴が造り出されたのでございましょうね」
虚空を指していた指先が、やがて、ハルトたちへ向けられた。
「そう。本当の『白式』の生まれ変わりである皆様が再集結なされた今こそ、世界を混沌へ廻しはじめるにふさわしかったのでしょう」
……あの神話を、輝かしくも墜ちていった彼らを見てきたハルトたちにはもはや驚くべきことではなかった。
だが、名状しがたい動揺があった。
「生まれ変わり、って……まってくれ。あんな俺たちを見せられたからには信じられないわけじゃないが、そんな都合いい話があるのか? 全員が同じ時代に生まれて、同じような境遇を辿ってきて、同じところに集まるなんて」
そんな偶然があり得るのだろうか。
「たしかアリステラちゃんも記憶喪失になる前は、イエちゃんがわしらと縁ができるって確信があってベルアーデまで導いてきたのよね……? じゃがあ今のベルアーデ自体、おじ様たちが『貴賊』の反乱からギリギリ取り戻したけえあるわけで……」
「おうよ。兄弟だってシェリスさんが……偶然、拾ってきたからここにいるんだぜぃ」
誰の介入があったとしても、ハルトたちの運命は道端で蹴った小石ほどの偶然で容易くズレていったはずなのだ。
「……因果律か」
「なんだって?」
アリステラが噛み締めるように呟いた。
「世界を動かすほどの『因果』が保存され、偶然ではありえないようなことが必然的に起こる力……創造神の象徴たる律だ」
「ええ、ええ、ええ! 愛しのあの御方の御力によって、皆様は生まれ変わられたのですわ!」
磔の髪が今までで一番揺れるほどに、フロレンシアは薄い笑みどころか満面に笑った。
「海に落ちたイエが人の島を経て、ハルトと出逢い、シェリスやマリーのもとで仲間となる……か。神代を終わらせたほどの因果を元に、だから私は確信があったわけか」
「……私、信じます。その因果を、私たちの縁を」
イエの声が、白と黒の大空洞の中でことさら確かに響いた。
「お、おいイエ? 俺だって少しは腑に落ちたけどさ、よくそんなハッキリ言えるな……」
「はい。あの『私』の記憶はあるはずもないですけど、だからこそ今なら、記憶が無くても戦おうとするお姉さんの気持ちがわかります。……世界を救いたい、というよりは、やっぱり私はこの縁の中で『できる』ことをやり続けたいのです」
いかに大きな袖に包まれていても、彼女の手には世界なんてものは余るだろう。誰の手にだってそうだ。
ーー『私はもっと強くなって命を救います……そのためなら、世界だって救ってみせましょう』
だが、神話の中の乙女たちはそれでも世界を救おうとした。
命を救うために、世界だって救ってみせることが『やるべき』ことだと信じた。
……そしてそれが彼女たちを殺したのだと、ハルトたちはもう知ってしまった。
だから。
「……そうだな。ここまできて、何もできない、何もしないなんて選択肢は無いわけだし。目の前の『できる』ことから一歩ずつ進んでいくしかないよな、けっきょく」
「おまえたちなぃ。こういう時ゃあ『降りるなら今だ』ぐらい言ってくれねぃと逃げ出しづらいじゃねぃの」
「シェリスぅ!?」「シェリスさん~!?」
「ほはははは、冗談冗談! 前世からみーんな家族だったなんて、重荷どころかむしろ激アツ胸アツなのだわ!」
「……ありがとう。あなたたち」
「アリステラちゃんがお礼言うことじゃないってば~。任しときんさい!」
寄り添いあった皆を、フロレンシアの拍手が祝福した。
「パチパチパチ……さてこれだけの記憶を取り戻されてもなお漂泊チートが健在ということは、他にお忘れになられている記憶以上に、勇者様が『できなく』なられたスキルなどに答えがあると存じますわ。今後も転者から魔力を奪取されるでしょうから、どうかご留意くださいませ」
「……たしかに、『御旗の槍』や真の『白式』の武器ならあの魔人たちに有効だったからな。私自身もまだ認識できていない何かに、それこそエイテルナをも追いつめる鍵があるのかもしれない」
(イエ専用の鋸杖や、マリー専用のとんがり帽子……。前世の俺たちが使ってた武器ってことか)
偽りの『白式』の『無敵』を破った、真の『白式』を識る武器。
まだタリスマンに宿っていたアリステラが真白の幽鬼に斬られたのも、おそらく復活することさえ見越して漂泊チートなんて刻まれたのも。見方を変えれば、この追放勇者の導きがエイテルナを危ぶませている証左だろうか。
「ええ。裏を返せば、今の皆様では渾沌のエイテルナにまだまだ敵わないですわね。……試しに一度、ご本人にお会いしてみます?」
「は……? なに、を」
またも、どこからともなく降ってきたアイテムがフロレンシアの手に握られた。
『光』と『闇』に蕩けた混沌の心臓が、握り潰された。
「うッッ!?」
直後、
ハルトたちは、心臓から開いた『光』のゲートに呑まれていた。
◯
気づけばそこは、純白と漆黒の天だった。
『光』の『四角』としかいいようがない物体……『ライトマター』が無尽蔵に漂い、発せられる黒い光を絶え間無く繋いでいる。
ほとんどが黒色だがごく稀に白色のものがあり、絶大な距離を開けながらも光線で繋がりあうことで『星座』を形作っていた。
そして地面……らしきものはガラス張りよろしく透けていて、遥か下方に地上の全景を俯瞰していた。
「……宇宙、だと」
『宇宙』。創造神『祖となる神』が世界へ最初に創りだした天であり、エーテルの源流たる高次元へもっとも近き場所。
アリステラは呟いた、
が、
その事実よりも目を離せないものが、ハルトたちが見据える先にいた。
ちょうど今、天頂に差し掛かった太陽が照らした真下で、
「ーー……ああ。あなたたちが、なぜ」
渾沌のエイテルナが、異形を横たえていた。
それだけではなく、彼女の周りにはダークマターを寄せ集めた樹枝のようなものが四つ浮遊していて。
「ーーお母さん。予定通り、あの聖女さんから真実を聞かされたのでは?」
「ーーひは、ひははははははぁっ」
「ーーカチ、カチ、カチ……ギュル、ル」
空席となった一つを除いて、『真白の幽鬼』、『黄金夢魔』、『赤き岩塊』が座していたのだ。
「『白式』……! おまえらっ、ここはいったい……、……ッッ!? ァ、ァァ……!?」
すかさず装備魔法から二丁剣銃パラレラムを取り出したハルトは、激痛に苛まれた。
頭の奥で、脳髄の向こうで、
胸の中で、魂の底で、
正体なんてまるでわからないのに、己を構成する全てが魔力の一粒に至るまで畏れ、恐れ、窒息させられる痛み。
ーー SP(Sanity Point) 減少! ーー
ーー 状態変化 『発狂』:一時的狂気! ーー
ーー 危険! 『発狂』:不定狂気 進行まで あと…… ーー
「ハルト!? って、ぃっ、痛い、イタイッッ、ああああ、は、『発狂』の状態異常じゃあて……!?」
「てやんでぃっ、『ソレ(Thing)』系の魔物と出くわしたってこんな『光』の重度被爆にゃ……ぐううう……!」
「みんな……! ッ、いけない、ここが宇宙なら私とて5分だって耐えられは……はぁ、っ、ぁっっ……!!」
『発狂』。
すなわち、この世の命には拝領しがたい始原の概念……啓蒙(光属性)の重度被曝による、己という概念全ての暴走。
『宇宙』。
宇(時間)と宙(空間)を超越したそこでは、それこそ神以外は何者も生きられないのだという。
「……聖女フロレンシアの手引き。ええ、しかし、彼女の不条理には何から何まで狂わされます」
アリステラやフロレンシアと瓜二つの女性、巨船を思わせる異形のフィギュアヘッドが、閉ざされた両眼で皆を見つめる。
その人型は神話の記憶で見たとおりだったが、『星』の意志の肉体だった異形には差異があった。
あの巨大チェーンソーに貫かれた背中の傷痕を起点として、四つの肉塊の塔がそびえていた。
「……これほど早く私のもとにたどり着かれてしまっては、世界を救う前に絶望させてしまいそうです」
エイテルナの身震いに応じて無数の目と口が開いた塔の肉塊は、そう、あの魔法生物ツイッグの姿だった。
「みなさん、っ、いま、私が治療を……」
次の瞬間、イエが無数のイバラに貫かれた。
ツイッグの翼の一枚から伸ばされたイバラの群れに。
「…………え。あ?」
息を吐き出したのは、乙女ではなく、彼女へ寄り添おうとしていた青年のほうだった。
イエは、声をあげる間も無く体の内外から引き裂かれたのだから。
「あ……あ、ああああ……イエっっっっ……!?」
ハルトは、彼女だったものを少しも受け止めきれなかった。
むせ返るほどの鉄臭い熱が頬に飛び散り、しかし目の奥から込み上げる狂気とともに冷えていった。
イバラはあまりにも、あまりにも速すぎて、伸縮の様を一瞬たりとも捉えられなかった。
「シュネーヴィ……!!」
「ガ…………ャガュッッッッ」
黒々と盲いかけたハルトの視界には、指先より小さく圧縮されていったメイドメカが映っていた。
別の塔のツイッグから『闇』の重力波が放たれ、羽虫がごとく捉えどころのない軌跡でマリーへ追尾していたのだ。
「《ファイアアロー》+99!!」
「《トレーネ・ディ・クローネ》(泣かない弱冠)!!」
アリステラが最大多重詠唱の火矢魔法を、シェリスがバトルドレスに秘めていたスコップたちをエルフの念動能力で放った。
しかしどちらも力及ばず、重力波に噛み砕かれた。
「みんな、逃げてつかあさ………ぃ」
そして回避しきれず、マリーも、潰えた。
端々から。瞬く間に。ただの赤い血煙へ。
「これ、は、なんなのだわ……なん、で、なん、ア、アァァァァァァァァァ!」
「ッ! シェリス、ハルト、来るぞ!!」
腕を押されて、ようやくハルトはひとときばかりの正気を引き上げた。
だがその時には、三本目のツイッグの塔から四大属性の輝きが放たれていた。
それは、様々な武器の形をとったエーテルが絡み合った光線だった。
「…………ふは、あは、は、あははははははは!」
「シェリ、ス……!」
ーー 状態変化 『発狂』:不定狂気! ーー
目前で振り向いた黄金姫君にあったのは、壊れた高笑い。
直後、ハルトは蹴られていた。
光線の範囲外へ、アリステラもろとも蹴り出されていた。
「ひ…………」
捲土重来、疾風怒濤のベルアーデ剣術が、光線内の武器どもを真正面から打ち落とした……のは一瞬だけ。
技量は足りず、狂気が溢れ、シェリスは光線に噛み砕かれた。
四大属性の残滓が惑わせる色彩の中で、魔力に溶けて跡形すら残らなかった。
ーー レベル9999 渾沌 エイテルナ ーー
ーー ATK:SSSS DEF:SSSS DEX:SSSS AGI:SSSS INT:SSSS RES:SSSS ーー
そしてハルトは、絶望を識った。
ーー レベル024 ウェポンテイカー ハルト ーー
ーー チートスキル 《ウェポンマスタリー》 ーー
ーー チート! チート! チート! ーー
ーー 双剣術 レベル3(神級) ーー
四本目のツイッグの塔から飛んできた『歌声』の形をした魔弾を、神業で斬りつけてもなお触れられずに通り抜けられ……我が身の内に入り込まれながら。
胸の奥どころか体内の血肉が歌声に共振し、
心臓が、肺が、脊椎が、体外まで膨れ上がって破裂した。
「………………………………」
「ハルト……! ハルト、みんな……!」
自分の、あるいは自分のものではない赤黒さの上に倒れて。世界を透かす地面を塗り潰して。声と足音が抱え上げようとしてきた。
「ダメだ、ダメだ、ダメ…………三つ、と、八つの肥えた桃が早くに目覚め、月が茶色く重なる……右足を火に消せば四角いカーテンは落ちるだろうが、袋を洗う時間は無い……」
ーー 状態変化 『発狂』:永続的狂気! ーー
見えたのは。狂った脳からの出血が涙として溢れ、戯言に苛まれる幼い勇者の貌。
「……アリステラ。もう一人の私。そんなちっぽけな存在にまで堕ちて、もはや私が手を下すまでもありませんね」
「はい、お母さん」
そして彼女めがけて、三体の魔人が樹枝から飛びかかった。
「まずはヒーラー、次にディフェンダー、そしてアタッカー。セオリーどおりですね」
「ひぃぃははははっははははぁ!」
「カチカチカチギュルルルルル」
そして。
「エ、エ、エイテ、ル……エイテルナ……」
寄ってたかって蹂躙されていく姿を最後に、ハルトの視界はほどけた……。
「……おやすみなさい。そしていつかまた、目覚めのあらんことを」
◯
「ハッ……ぁ……!?」
そしてハルトたちは、ジオラマを天井へ見上げる元通りの大空洞へ……自分たちの体に戻ってきた。
見回せば、イエも、シェリスも、マリーも、アリステラも、怪我一つ無い体でそこにいた。
ただし首筋に、打ち捨てたはずの長すぎる黒髪がまた接続されていた。
「パチパチパチ……おはようございます、もしくはおかえりなさいませ」
そもそも、また、ではないのかもしれない。
「彼女たちのもとへ向かったのは、皆様のエーテル投射体……つまり幽体のコピーでございますわ。ご安心くださいませ」
何一つ変わらない調子のフロレンシアの声もほとんど耳に入らず、誰もが呆然と首筋の黒髪を引き抜いた。
「う、っ……ぅ、ぅ、ぇ……!」
「イエ……! 大丈夫だ、俺たちかはここにいるから……!」
口元を押さえながら、イエが立っていられずにへたり込んだ。しゃがみ込んで彼女の肩に手をやったハルトだって、乙女を立ち上がらせてやることはできなかった。
他の言葉で逸らしようのないあの感覚……『死』が、いまだ目の奥を這っているような恐怖に蝕まれていたからだ。
あの神話の中で体験した痛みも苦しみも、ジオラマやアリステラの眼を通してみた記憶でしかなかった。実感の無さを、理解と、皆の団結で補うしかなかった。
しかしつい先ほどのアレは紛れもなく、否応もなく、ハルトたち自身に満ちた絶望だった。
「ぐす……ぅ、っく……み、みんなあ……」
べそをかいてしまったマリーが歩み寄ってきて、
「…………」
「シェリス……?」
そんな親友やアリステラをもまとめて、シェリスが第七隊の皆を一所で抱きしめた。
「……ほははは! なんでぃただの夢オチじゃねぃのっ、チビっちまったのかぁおまえたちぃ? 階段踏み外す夢見て足ビクーンってなるヤツと大差ねぃのだわ」
……そんな彼女の手だって見えざる鼓動に震えていたのを、どうして笑い飛ばしてやれるだろう。
「絶望的でございましょう?」
本当に薄く笑っていたのは、この聖女だけだ。
「レベル9999、ステータスもオールクアドラプルS。まさに桁違い。なにしろ貴女様とわたくしの力をも取り込んでいますから、『光』と『闇』が合わさって最強に見えますわね」
皆の輪の中から、影が伸びた。
「先ほどの心臓はエイテルナ寄生体のものですわ。彼女本体はわたくしも捉えられないジャミングとともに宇宙を転移し続けておりまして、ただし『寄生体の心臓』を使えばその座標へ向かえますの」
フロレンシアが振ってみせた手のひらには、『光』と『闇』色に滲んだ血液らしきものがこびりついていた。
「今のでストックが無くなりましたので、『白式』討伐と並行して寄生体探しも手伝っていただけますと助かりますわ。魔人たちはともかくエイテルナを倒すには、少なくとも全員が生まれ.持ったレベルキャップを超えてレベル99になるくらいでないとお話に……」
目が覚めるほどに音が弾けた。
「……もういい。私たちを舐めるな」
強く歩いていったアリステラが、フロレンシアの頬を張ったのだ。
それだけで聖女は磔の髪ごと『光』へ消えていった。
大空洞が叩きつけられたかのように大きく揺れ、閃光が迸った。
「ひどいですわ。貴女様」
直後、髪の磔とともにどこからともなく降ってきた聖女が降り立った。
だが、彼女の薄いままの笑みを無視してアリステラは皆へ振り向いた。
「この女の言葉に揺らがないで」
ぎこちなく平手の形に開かれたままの指を、拳へと握り込み、第七隊のもとへ帰ってくる。
「『レベル』……『ステータス』……『スキル』……そんなものは全て、世界の再世に乗じて彼女が設定した概念にすぎない。『星』の演算能力と記憶領域を利用しているとはいっても、けっきょく全ての数値を定めているのは聖女フロレンシアだ」
まだ立ち上がれずにいるハルトたちのかたえで、改めてフロレンシアへ向き直る。
「100倍のレベル差の魔人たちに次いで、レベル9999、1000倍のレベル差の渾沌のエイテルナか。……たしかに絶望を感じた……が、それははたして1000倍の実力差と同じ意味なのか?」
ハルトは、いっそ閉ざしてしまいたいほど揺らいでいた眼差しを上げた。
「現に彼らはレベル999の『灰なる人狼』を倒したではないか。命が持つ可能性、意志の力は数値化できるものでは到底ないのだ」
……そうだ。エスト市国で『白式』たちとはじめて戦った時からしてレベル差は絶望的だった……打ちのめされたことも多々あった、
が、
それでもハルトたちは渡り合っていた。
レベルと同じく100倍の実力差があるのだなんて考える余裕も無く。
そもそも1レベル、10レベル、100レベル、1000レベルの差がどこにあるのかを誰が明確に捉えられるのだ。
決まっている……そこにどれだけ明確な指数や基準があったとて、けっきょく、システムを定めた聖女フロレンシアただ一人だ。
フェアリーたちだって、フロレンシックレコード(フロレンシアの頭の中)から告げられた《ステータス》を発しているにすぎないのだから。
「世界は、あなたが設定しなおした遊戯盤のようにはならない。再世女フロレンシア(世界そのもの)となって全てを統計し、いかに計測精度を上げたとて、もはやあなたのゲームシステムは形骸化しているのだと気づいているのだろう?」
「…………ふふ?」
「……ゲームだって?」
フロレンシアは薄い笑みを張り付けたままで。ハルトたちが立ち上がると、アリステラは頷いた。
「神代の記憶を取り戻したことで、彼女への拭いきれない警戒心の正体もわかった。……痛みと救いの両方を以て世界を廻す、精霊母エイテルナの意志が変貌したのはフロレンシアの力を取り込んでしまったからだろう」
彼女が手を薙げばウィンドウが現れ、あの記憶が再生される。
ーー「……あらあら。また懲りずに転者の方なんてお救いになっていますのね、勇者様」
ーー「……っ! 貴様……フロレンシア……!!」
ガラクタの城、消えた王の向こうに立っていた薄い笑みの女。
「エイテルナが異世界人たちを拐いはじめたのは、あくまでも世界再世の後。しかしこの記憶の時点では私は『勇者』だった……すなわち、神代の出来事だ」
第七隊がフロレンシアと会うきっかけになった、いつかの『勇者』の記憶。
エイテルナの暗躍がまだ無い、少なくとも彼女の目的のために異世界人たちが消失するはずの無い時点の。
「エイテルナだけではない。神代から、フロレンシアも異世界人を消していた」
アリステラはフロレンシアを指差した。
「ゆえにこそあなたは、異世界人を『転者』と呼ぶ。……そうだろう? 最初の異世界人『フロレンシア』」
……聖女は、
「……転者は救いようがございませんわよね。創造神様とわたくしの愛の結晶であるこの世界にやって来て、隙あらばチートで汚そうとする存在……そのくせ自滅して汚濁ばかり残していく」
そこで、はじめて、薄い笑みではない真っ向からの眼差しを開いた。
「自分も含めて物事を転ばせることしか能がないのですもの。転生も転移も無く、『転者』で十分でございますわ」
異なる女は、再世の時から……、
「わたくしは……わたくしが愛するこの世界で、最後には皆様がハッピーエンドを迎えると信じておりますわ」
いや創世の時から、彼女は世界の胎そのもの。
「どれだけ絶望しても。どれほど狂っても。あらゆる困難をクリアして、必ず」
再び現れた薄い笑みに呼応するように、第七隊のすぐ間近に《リターン》の術式らしいゲートが開いた。
そして、聖女あるいは再世女フロレンシアは見送りの手を差し伸べた。
「もうお帰りでございましょう? それではいってらっしゃいませ、再世の英雄様方」
たしかに、ハルトたちはすでに背を向けていた。
……かつてない痛みへと導いた彼女のせいで、しかし、そんな彼女の存在にある意味救われながら。
「……その顔、覚えたからな。次に地上で湧いて出てきたら俺も張り倒してやる」
「騎士様、その脅し文句は英雄というより小物っぽいですわよ」
「そうだよ! 悪いか!」
「ぷっ」
「おい!? なんでおまえまで笑うんだよ、イエ!?」
「だって。ハルトさん、介抱してくださるのは嬉しいですけど私の丹田まで手を……」
「だからなんで丹田なんだよおまえのツボ!」
「……ったくぅ。力みすぎでぃ」
「わしら全員、ね。こんくらい締まらんほうがちょうどええんかもしれんのう」
「ああ。帰るぞ、私たちの世界に」
そうして第七隊の家族たちは、帰路へと飛び込んだのだった。
結ばれた因果はあまりにも大きく、果てなんて見えもしない。
だが……それでも、次に『できる』ことを為す為に。
続
?
とある異世界に、とある異世界から『人間』が帰還していた。
『穴』の意匠を取り込んだ摩天楼が並ぶ深夜の街、その湿気った裏路地に人間性が渦巻いた。
「……本当に、どうして異世界なんかに自分から飛び込んでいけるんだ?」
恐怖にも似て、人の島から帰ってきた彼は心底わからなかった。
「ぜひゅ……か、はっ……ごぼっ、ごほ……」
「退屈だからとか窮屈だからとか、なんで他のヤツらが異世界に憧れるのかわからないよ……なあ?」
そう、血溜まりの中に倒れた名も知らない誰かを見下ろし、凶器のキッチンナイフを懐へ仕舞いながら。
「逆だよ。こんな世界だから……法律や道徳でがんじがらめに煮詰まった『光』の中だから、アホらしいくらい抜け道があるんじゃないか」
いつかは捕まるかもしれない。
罰されるかもしれない。
だが、今ではない。
殺人鬼はほくそ笑んだ。
「あんな異世界にいたら、正義だの冒険だの振りかざされていついきなり殺されるかわかったもんじゃない」
この世界には、コミックのようなスーパーヒーローも勇者もいないのだから。
自分に火の粉が降りかからないのなら、悪を見て通報するかさえ怪しいところだ。
「逃げ……ひ、っ、ぎ……逃げないと……ゃだ……」
「おいおい、逃げるなら向こうだぞ。もっとやってほしいのか?」
犠牲者が殺人鬼のほうへ必死に這ってきた。
その頭を踏みつけようとしたが、止まる。
「殺……て……殺して。……あいつら、みたいに、なりたくない、なるくらいな……ら……ぁ、ぁ……」
「はあ?」
ーーチ、チ、チ、チ、チ
「うっ……」
その時、殺人鬼はからかうような耳鳴りに顔をしかめた。
それは例えば、声となる前の蝉の羽音に似ていただろうか。
「……ぅえ?」
そして彼は、裏路地の向こうの空に✕✕たちを見た。
「ぁっ……ぁっぁっぁっっ」
殺人鬼も犠牲者も……、
手も、足も、体も、心臓も、脳も、その存在の何もかも、
召し上げられた。




