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Karte.24-2「私は精霊の母として」

【ハルト】……ベルアーデ帝国騎士団第七隊所属、双剣銃を手にイエへ寄り添う青年騎士。18歳。

【イエ】……極東ニフ国の乙女で、大体いつもレベル1なのにチートのような守護精霊の力を使える白魔法師。16歳。

【マリー】……ドワーフのミニマムレディ、妖精機シュネーヴィを操る魔導技師にして第七隊のメイドさん。19歳。

【シェリス】……第七隊隊長、魔法剣ならぬ魔法シャベルを振り回すハーフエルフの残念系王女。20歳。

【アリステラ】……イエを守護する旧き『星』の意志であり、自称『勇者』。自称17歳。

「行く先々で有志を募り、彼女たちは膠着していた戦争を切り開いていかれましたわ。『治す』というただ一点のみに研ぎ澄まされた、白魔法師様の回復魔法とともに」

「……治す」

 ……薄い笑みをいっそう細めたようなフロレンシアの一方。乙女たちの快進撃を見下ろしたイエの眼差しに影が差したように見えたのも、気のせいではないだろう。

 そしてついに川向こうへ揚陸を果たした戦場跡で、勝鬨を上げる者たちが口々に叫んだ。

()()()()()()……!』『ばんざーい!』『()()!』「()()!』『()()()()()()()に!』『勝利を!』『我々に『光』の加護を!』

 彼らの装備には、鋸杖を抽象的に記号化させたらしい記章が付けられていた。

「ええ。誰が呼んだのでございましょう、ローブも髪も肌さえも真白な彼女がお使いになられたそれは……いつしか、『白式』回復魔法、と」

 彼らはまさに、人類の連合だった。

「そして『白式』と呼ばれるようになった彼女たちは、まさしく時の英雄でございましたわ」

 勝って兜のなんとやら。周りが勝利に沸き立つ中、乙女は、次に踏み込むべき戦場なのだろう間近の樹海を見据えていて。

『……え?』

 不惑の目が、きょとんと見開かれる。

 あまりにも静かすぎる樹海の奥から、一つの()が歩み出てきたからだ。

『……久しぶりだな、イエ。『ただの白魔法師』にはなれたか』

 長すぎる『闇』色の髪。御旗と一体になった槍を携えた、若き女性が。

「そしてついに、勇者様が旅路に加わられたのですわ」

 槍の穂先と旅人の服に、樹液とも血液ともつかない染みを滴らせながら。

『……お姉さん』

『お、お姉さんっ?』

「ええ、ええ。彼女は白魔法師様に戦う術を教えた師匠であり、姉といえる存在でございましたわ……」

 そして今度は残像ではなく、ふいに世界が暗転した。

 世界の端々がクリスタルの正体を現しながら裂けていき、そこから滲み出た『闇』に包まれたのだ……。



 ◯


「今度はなんだ?」

 満ちる『闇』におもわず瞬くと、そこはすでにジオラマの中ではなさそうだった。

「ここは。お姉さんの夢の狭間、です?」

 果てなき『闇』が続く異空間、すなわちアリステラが第七隊を誘うような夢の狭間にいたのだ。

「性質はそのとおりだが、ずいぶんと質が悪いな。見よう見まねで組まれたような」

「この床って見覚えない? ……ああわかったっ、光臨の間の床じゃわ!」

「てか床しかねぃのだわ」

 ハルトたちが知っている夢の狭間は、人の島にある墓守の掘っ立て小屋が再現されたものだ。しかし今、皆が立っているのはあの逆さまの聖堂の床……つまり聖女のフラスコ画であり、あまり余裕は無い大きさだけで『闇』に浮いていた。

「ご不便をおかけいたしますわ」

 と。聖女の絵姿の胸元に空いた指先ほどの穴、そこから一切の霞み無き光柱とともにあの聖女人形が顕れた。

「ここからはどうしても、わたくしの視座だけでは不十分でございましたので。クリア戦争を語るうえで、『勇者』というもう一つの視座を欠かすことは致しかねますの」

 大きな『口』の形をした『光』が異空に開くと、『闇』が群がり……不出来ながら『眼』の形へと削られた。

「『勇者』。それは精霊を遣わせる『眼』として『星』を見守ることしかできない彼女が、世界に干渉するために造り出したシステムでございましたわ」

 歓迎するような調子で示されたアリステラが、少女の受肉体には不釣り合いだろう鋭すぎる眼光を傾げた。

 そして皆が見据えた『闇』の『眼』に、何度か経験してきたようにどこかの景色が映った。

 正確には、誰かの()()というべきだろうか。

 さして深くはない穴の中から、やけにぼやけた視界で外を見上げている。

 穴の淵には植えられたばかりだろう若木が見え、家族らしき一団と神官が立っていた。

 彼らが悲しげに言葉を交わすと、視点の主めがけて木の蓋らしきものが被せられていった。

 それと同時に、雨にしては黒々と大きなものがシャベルによって穴へ落とされていった。

(……ま、埋葬か?)

 そう、それはどうやら墓穴の中から見上げている世界らしかった。

 そして間も無く、棺の蓋と土によって完全に閉ざされた。

 ……が、しばらくして、棺の中がハッキリと分かるほど強い『闇』が視界いっぱいに満ちた。

 規則的に明滅する輝きは鼓動に似ていて、視点の主は微睡んでいた。

 そして長すぎるようなまばたきを挟んだ後、若々しい両手が棺の蓋を押し飛ばした。

 大量の土だって乗っていたのに。それだけでも重い棺の蓋が空高く打ち上げられ、埋葬前よりも穴を開けてみせたのだ。

 そもそも視点の主は、己を包んでいた()を破ろうとしただけのようだった。

 跳ね起き、一息で墓穴を飛び出した。

 墓碑代わりに埋められていた若木……ではなくそれが成長したのだろう立派な木にぶつかり、()()()()()()()()、そばに流れていた小川の縁に膝を付いた。

 長すぎる『闇』色髪が、腕に、川辺に垂れ下がった。水面に……アリステラと似た13歳ほどの少年の顔が映り込んだ。

 ()()()()()()()のに、彼は己から反響する音を定位させて世界を捉えているらしかった。

()()()()()()()()()に『意志』の分け身をお宿しになって、最適化のために()として13年間の休眠後……ご覧のように羽化(覚醒)。そうして受肉体がもたなくなるまでの7年間、超越的な力を振るう『勇者』様となられるのですわ」

『っ……《ウィッチクラフト》……『エヌクロスの魔眼』』

 彼は自分の腹に残っていた臍帯(へその緒)を引き抜くと、何重もの魔方陣を手元に廻し、あっという間に一対の義眼へ創り変えた。

 そしてしばらくして……、

『……そろそろ、カグ山のフヒトが眷属を放つ頃か。ああそれに、あと四年したら湖底都市ナーオルの封印も張り直さなくてはな……』

 繭を材料にした旅人の服を着込んだ彼は、真新しい眼で視る世界へ歩きだしていったのだ。

「そうして勇者様は、その時々の世界の脅威をお一人で抑え続けてこられたのですわ」


 ◯


 まばたきごとに、異なる場所が映し出された。

『ーーそれは妖刀ウラマサ!? なぜじゃっ、もはやそれは誰にも扱えんはず……!』

『くれてやる。地獄まで持っていくがいい』

 ある時は大迷宮の奥で暗躍していたウィザードと途方も無い魔法対決を繰り広げ、妖刀の一刺しで打ち破った記憶、

『『闇』多き人間よ、貴様を見ていると鱗の一枚一枚まで逆立つかのようだ……この忌々しさ、しかし思い出せん……』

『そのほうがいい。なに、この出会いも白昼夢のようなものだ』

 ある時は霊峰の頂にある花園で、内から邪気が溢れそうになっていたドラゴンを浄化した記憶、

『私は天を目指し、あの白き宇宙の力を拝領いたします。ガガガ……邪魔をしないでください……ビープ、ビープ!』

『有頂天とはこのことだな。そしてもうこれ以上、堕ちることも無いだろう……』

 ある時は機械の樹木が根を伸ばし続ける森で、羽根型のモジュールと融合したエルフたちの異教へモーターバイクで乗り込んでいく記憶。

「……ああ、たしかに私だ。あくまでも人の身に寄り添おうとするか……私の考えそうなことだ」

 妖刀の刃に、ドラゴンの瞳に、モーターバイクのミラーに、それぞれに映る『勇者』の姿は顔立ちも性別も異なっていた。

 そしてどの『勇者』も、目元だけしか隠さない眼帯じみた仮面をつけていて……。

『ほ、ほっといてくださいですです……! エルケの中にはみんながいるですから、ちっとも、ぜんぜん、ほんとに淋しくなんかないのです……!』

『そうか。しかしこのままでは、おまえはお友達ともども狩られるだけだぞ』

「エ、エルケちゃんじゃあっ?」

 またある時は。まだ呪符は巻かれていないし白目と黒目も色相反転していない、魔物への肉体変化を駆使する少女との死闘を繰り広げたり……。

『どうしてだよ……俺はみんなにオートバフを与えられる唯一の存在なんだ、いるだけでいいなんて最強のチートだろ……?』

『……いるだけでいいから、首だけ生かしておいたのだろうな。これに懲りたのなら腕利きの義体職人を紹介してやろう』

「それにどういうおつもりでございましょう、この世界に降っていらっしゃる転者の保護にも努めておられましたわ」

(転者……異世界人のことか?)

 フロレンシアの口調に眉をひそめたハルトだったが、聖女人形は大仰に肩をすくめて続ける。

「歴史の裏で人知れず戦いになられるそのお姿は、まさに『闇』そのものでしたわ。13年の休眠期がおありになるご都合上、その間に世界征服でもされてしまうと大変でしたけれど……折よく、クリア戦争の頃の勇者様は覚醒期でございましたの」

『くっ……まだだ……必ず貴様を倒し、精霊王たちを救ってみせる……』

『……無駄です。高次元の座より自ら降り(くだり)、肉の器なぞに収まったあなたでは私を超えられません』

 ……その記憶では、『勇者』は血反吐とともに膝をついていた。

 そこは世界樹に築かれた城の最奥だった。

『……私は精霊の()として、この子たちを裏切った人間を罰します。精霊が畏れられていた原初の世界まで、人間の繁栄を巻き戻しましょう』

 『闇』そのものがそこにいた。

 『闇』のエーテルが蠢きあった等身大の人型が。

 長すぎる髪、妙齢の女性の体つき。

 三本ずつ捻れあった双角、九枚の左右非対称な翼、六本の鋭い尾。

 しかし、顔にあたる箇所には閉じた眼しかなかった。

()()()()()()()()……。精霊の意志を奪ってまで人間と殺し合わせるのが、貴様の愛だとでもいうのか?』

『……私はこの子たちのために『闇(人間性)』を注ぎ込み、この子たちの覚悟が報われる一番の方法へと後押ししたにすぎません』

 そして、ソレの傍らには『風』と『土』がいた。

『……僕たちの身と自然を守るため、人間と戦い続けなくてはいけません』

『各地のみんなにも伝えて……。どうしても争いが止められなかったらわたしたちが殺していくから……』

 表情の消えた精霊王オクトーと精霊王ヘクスだ。

「けれどもクリア戦争において、勇者様が対峙した相手は今まで戦ってきた何者よりも強大でしたの。なにしろ精霊王たちも操ってしまうほどの存在でしたもの」

「……待ってください。でも、あの姿と『闇』は……」

「ええ。お察しのとおりアレは……精霊母エイテルナは、いわば()()()()()()()()()()()でございますわ」

 誰もが息を呑んだ。

 そう、かの『闇』は。フロレンシアが12枚の翼を帯びた姿をもっているように、神格を露わにしたアリステラの姿と見えたからだ。

「正確には『勇者』様とは異なる形で『星』の意志から分かれた、『母』の人格とでも申しましょうか」

 と、聖女人形の手から『星』のジオラマが形作られ、放たれると皆の前をゆっくりと巡った。

 フロレンシアがはじめに語っていたのと同じ、『人間』と『精霊』を表したピンによる繁栄と軋轢が再生される。

「ご覧になられましたように、クリア戦争のきっかけは恣意的なものではございませんでした。急速に繁栄しすぎた世界が少しずつ重ねてしまった歪みの結果ではあっても、それ以上にたくさんの幸せを積み上げてきた人間と精霊のことを思えば、両者の膿がいちど清算されるべき自然な反動ともいえましたわ」

 と、ジオラマの土台である『星』がパックリと開かれた。

 その中の大空洞には、開かれた大きな『眼』があった。

「なので当時の『星』の意志様は、クリア戦争もまた世界の流れとして見届ける選択をなさった……そうでございますわね?」

「……ああ。そう単純な話ではなかったが、そのとおりだ」

 我が身を押さえてみせたアリステラは揺らがないべく努めているかのようで、一方のフロレンシアは無意味そうに揺れた。

「ただ、カレあるいはカノジョの全てがそう決断したわけではございませんでしたわ。『星』に意志が宿ってからの永い永い時の中、『人間性(闇)』なるその存在に芽生える『闇(人間性)』がお一つきりであるはずが無かったのですもの」

 大空洞の『開かれた眼』から二つのものが分化した。

「お一つは、世界そのものよりも人間の営みに寄り添われた『勇者』の人格」

 一つは『眼無き眼』。

「そしてもうお一つは、世界そのものよりも精霊への愛に寄り添われた『母』の人格でございますわ」

 そして一つは、『閉じられた眼』だった。

「人間と精霊の間で負の感情が募るにつれて、その存在が大きくなっていらっしゃった『母』の人格は……クリア戦争勃発を引き金に、とうとう精霊母エイテルナとして『星』の意志そのものから分裂してしまわれたのですわ」

 『閉じられた眼』が地上へ解き放たれたとともに、ジオラマはかき消えた。

 そして眼型の窓に映る記憶も、まばたきとともに切り替わっていた。

『ヒト、ヒト、倒す!』『精霊王様たちの願いネ!』『世界を在るべき形へ戻すのです……!』

『おまえたち……! 眼を覚ませ……!!』

 ツイッグを産み出すために世界樹を削り続ける精霊郷オグノック……捻れた大要塞と化したそこから、精霊たちの魔法攻撃を振り切って勇者は撤退した。

「『母』は精霊たちを救うという意志のもと、あくまでも自衛のために戦われていた精霊王たちを操り、効率的に人間を滅ぼしはじめたのですわ」

『ーー 生きないで ください ーー』

『ーー 潰えて ください ーー』

『ーー 戦わず に 殺したい の です ーー』

『ーー 人間 と 精霊 に 均衡 をーー』

 植えられたツイッグたちの樹皮が剥がれていき、肉塊の塔を思わせる姿へと変貌していった。

『救いは、あるのか……っ?』

 勇者は駆け抜けていくしかなかった。

 足下で大地に絡まれた、人骨や肉の肥料を踏み越えていきながら。

 握った御旗型の槍に、今にも眼を閉ざしてしまいそうな苦悶の横顔を仮面も無く映しながら。

 そして我が身で守るように抱いた手中に、今にもほどけそうに不安定な『風』と『土』を輝かせながら……。

「そうして勇者様が困りあぐねていらっしゃった時。彼女はご自分の領域である人の島で、ある方とのご縁を得られましたわ」


 ◯


 まばたきの後……、

 記憶は、霧深い岸辺を見せた。

『…………ぅ……』

『漂着者とはな……何百年ぶりか』

 眼帯の仮面を外した勇者は、波打ち際に伏した白魔法師の乙女を介抱した。

 水をかなり飲んでしまっているようだが、目立った外傷は無い。

 ()()()()()()()()()()()()()()は、元々そういう髪色だったのか、それとも……。

『生きてもらうぞ、余計な救いかもしれないがな。……エルケ! フィードとミーデに治療の準備をさせろ!』

『は、はいですうう……!』

 呪符まみれの少女があわわわと駆けていくのを見やりながら、乙女を担いで……。


 ◯


 まばたきの後、そこは島の集落にある墓守小屋だった。

『……私、崖から落ちたんです。それで……』

『よせ、今は無理に話さなくてもいい。水はいるか』

『ど、どうぞです! えっと……白いお姉ちゃん……』

『ニフのイエと申します。白魔法師……でした』

 ベッドの上で身を起こした乙女は、勇者や少女をろくに見ることもなく俯きがちだった。

『……どうして……どうして私は生きているのですか。……あんな崖から落ちたのに』

『……そんなに話したいのなら教えてやるが、この島はいわば逆さまの瓶の蓋でな。意志の強すぎる者を死よりも先に受け止めてしまう性質があるのだ』

『……?』

『まあつまり、あなたが生きて流れ着いたのはそういう因果だったという話だ。よりにもよって()()()()()()()のだろう選択も含めてな』

『っ……』

『図星か。そのまだらの髪も強いストレスによるものと診察できたし、大方……』

 言いかけたその時、ドアが勢いよく開かれた。

『こほん……! それ以上はいけませんよ』

『こんにちは! ね、ねえっわたしたちと友達にならない!? ド友達!』

『…………えっ? せ、精霊……?』

 ドアの陰から覗いてきていたコンビが、勇者の前へ割り込んできたのた。

 クリスタルの翼と尻尾を持つ若き人型……上位精霊、『風』の男性と『土』の女性だ。

『わたしミーデ! こっちはフィード! あのねあのねっ、何があったのかはわからないけど死んじゃおうとするなんてダメだよ……! 絶対っ、ド絶対!』

『ミーデ、その話を逸らそうとして飛び込んだのでしょう……フウ……』

『いまわたしが話してるからちょっと待って! あなたはイエだよねっ、じゃあ自己紹介も終わったからもうド友達! 友達の前でそんな顔しないでよ、一人ぼっちにならないで一緒にこれからのこと考えよ!』

『フウ……相棒に代わってお詫びします、半分以上は勢いで喋ってるものですから』

『…………友達というのなら教えてください。自然を守ろうとしたあなたたちの戦いに、『精霊の加護』の破棄はどうしても必要なものだったのですか?』

 ……息詰まった『風』と『土』に対して、乙女はまだ血の気の戻りきっていない身を乗り出した。

 底知れない黒曜の目が、苛烈なまでに二人を見つめ、しかし辛そうに揺れていた。

『……ごめんなさい。わたしたちは今でも人間の隣人だよ。だからこの先も一緒に『星』を育むために……いちど距離を置いてやり直すために……うん、必要なことだったと思う』

『っっ……そんな……!』

『高次元からの遣いとしてではなく、今や僕たちもこの『星』の生命として在り方を見つめ直す必要があったのです……』

『それが高次元からの目線だというのです……! 人間は、あなたたちほど高潔にやり直すことなんてできないのです……! ぅ、ごほっごほ……』

『イエ……!』

『だ、大丈夫……!?』

 胸を押さえた乙女へ、『風』と『土』のどちらからともなく介助の手が差し伸べられた……、

 が、次の瞬間には二人とも、乙女から服の端を掴まれていた。

『……魔法を失って……救えたはずの命が、どれだけ救えなかったと思っているのですか』

 乙女は、痛みに、苦しみに、辛さに、涙を流していた。

『精霊への甘えでも都合の良い力でもどうでもいいです……救いを求めていた命にはあなたたちの加護が必要だったのに……どうして……っ。……どうして人間だけではこんなにも無力なのですか……』

 『精霊の加護』を破棄し、互いに距離を置き、人間と精霊が共生するこの『星』を見つめ直す。

 ……実際、白魔法師の乙女は最悪な形でその痛みを思い知ってきたことだろう。

『……返す言葉もありません、妥協も無く一方的に離れてしまったのは僕たちです。長い時間をかけてでも『星』を癒そうとした覚悟は、人間との間に癒しえない傷を刻むのと同じでした』

『たった数年でこんな戦争になっちゃったんだもん……友達になろう、だなんて今さらおこがましいよね。本当にごめんなさい』

『あ、あわわわわ……フィードお兄ちゃん、ミーデお姉ちゃん……』 

『イエ。恨むなら彼らではなく私を恨むがいい』

 と。静観していた勇者は椅子を引っ張ってくるとベッドのそばに座った。

『人間に比べればあまりにも長命な精霊は、だからこそ長い眼で物事を考えてしまう。……それはエーテルへ『闇(人間性)』を与えた私のせいであり、私自身の眼もまたこの戦争を歪ませてしまったのだからな』

『……? あなたは……なにを言って』

『まだ自己紹介していなかったな。私はアリステラ、いわゆる『星』の意志だがこの姿においては『勇者』と名乗らせてもらおう』

『…………? は、い……?』

 視界の端でフィードとミーデが頭を抱えていたが、勇者は続ける。

『このフィードとミーデも、精霊王ヘクスとオクトーから魂を移した者たちだ。あくまでも自衛のために人間から離れた二人を操り、人類淘汰へと舵を切らせたのは私から分かたれた『母』という存在でな……精霊郷オグノックにいる精霊王たちはもはや魂無き傀儡にすぎない』

『……? …………? ………………はあ』

 胸の痛さに底深くまで澱みかけていた乙女は、大きな袖で目元を乱暴に拭った。

 文字通り腰を据えた勇者が脚なんか組んでみせれば、やがて乙女は袖の向こうから眼差しを向けてくるのだ。

 泣き腫れたせいだけではないのだろう強すぎる眼差し……まだ揺らぎながらも定まろうとする眼を。

『ユウシャって、なんですか?』


 ◯


「そして白魔法師様はたくさんの真実をお知りになりましたわ。『勇者』のこと、『母』のこと、それに元精霊王の『風』様と『土』様から直にお聞きになる思いの丈……」

 ベッドに座った乙女が魔物少女に水のおかわりを貰いながら、人の姿をもった上位者たちの言葉を受け止めていく。

 無表情の中に、最初は驚愕や怪訝が多くちらついていた。

 やがてそこには、言葉の一つ一つを自分の内に根付かさんとするような静かな意志が見られた。

 憂いに似て、しかし立ち止まるだけの嘆きではなく……まだ見えない先を見つめる意志が。

『これも何かの縁だ。どうだろう、このエルケと同じく私の眷属にならないか。大した権能は授けてやれないが、勇者の役割をサポートしてくれれば大病も老いも無く生涯をまっとうできるぞ』

『お断りします』

 即答し、乙女はベッドのボロ毛布を我が身から払い除けた。

『その代わり、そのご好意の分だけ私に戦うすべを教えてはいただけないでしょうか。ここまで聞いたお話が事実なら、あなたはさぞ強いお方なのでしょう?』

『ん……? 死に体で流れ着いた女をなぜ鍛えろというのだ』

『たしかに私は死のうとはしましたが、地獄(深淵)で生きながらえるために死んだわけではありません。……これが縁だというのなら、みなさんの話を識ってしまったのなら、私が『やるべき』ことでもういちど戦いたいのです』

 『風』と『土』が『イエ……』と声をかけたそうにしていたが、乙女は二人とうまく顔を合わせられずにいた。

『こう見えて私も療養中だ……リハビリついででいいのなら仕込んでやらないこともないが』

 そして勇者も、腕組みの中に息を落としながらどんな表情をしていただろう。

『……勇者とて、今の世では魔法は使えないぞ』

『かまいません。私のような白魔法師でも使えるものなら、武器術でも、アイテムでも、なんでも』

『それはもはや白魔法師とはいえないのではないか? 鍛えるとしたら、まずはそのローブを脱ぎ捨てる覚悟からだな』

『冗談はやめてください。私は()()()使()()()()()()()()()()()()

 ……誰もが唖然とした。

 ただ。勇者の眼越しに視るハルトたちだけは、さほどの驚きはなかった。

『医術や薬術だけでは足りませんでした。だからお願いしているのです。私はもっと強くなって命を救います……そのためなら、世界だって救ってみせましょう』

(……おまえらしいよ)

 彼女らしい。

 だから、

「……ハルトさん。私なんかには想像もできない恐怖が、彼女を変えてしまったのでしょうね」 

「いや、きっと変わらなかったんだ……。世界が変わりすぎたから自分そのものも少しずつ変えていかないといけなくて、でも、あいつがあいつらしくいるための意志だけが残ったんだ」

 だから、それは痛々しいほどだ。

『……いいだろう。この戦争を止められるのはただ一人の勇者なぞではなく、あなたのような人間たちなのかもしれないな』

『やめてください。私はただの白魔法師なのですから』

「……それこそあいつは、一度死んでも白魔法師だったんだ」

 勇者が椅子から立ち上がったことで、その記憶はまばたきとともにまた流れていったのだ。

『あの。それで返事はどうなのですか……お姉さん。はいと言っていただくまで一歩も引きません』

『あなた、人の話を聞かないと言われたことは?』

『面と向かって言われたことはありません』


 ◯



『あなたの因果をもう一つ試してやろう。どれでもいいから掘ってみるといい、歴代の勇者たちの武器も埋葬してあるのだ』

『……墓荒らしですか』

『墓守の私が許すのだから問題ない……と言うまでもなく掘っているな』

『お亡くなりになった方に敬意は払うべきですが、この下にあるのはただの肉と骨ですから』

『言ってくれる。……ん、その墓はたしか……』

 たとえば小屋の外に広がる墓地に、乙女と勇者が立ち。

『ご、ごごごごめんなさいイエお姉ちゃん……! 大丈夫ですかっ、怪我してないですです……!?』

『大丈夫です……怪我を治すことなら得意です。むしろもっと予測できないような攻撃をしてきてください、今のは見えていたのに対応しきれませんでした……』

『そうだな、どうあがいても追い込まれる状況は多々あるだろう……あなたのごく普通の身体能力を考えれば特にな。重要なのはそこからの起死回生だ、その『鋸杖こじょうシーリング』の滅茶苦茶な振り回しかたを活かしていこうではないか』

 たとえば岸辺で魔物少女と対峙し、逆手に握ることでノコギリやブロードソードのように振るえるーーまだおびただしい数の魔法具で結び合わされていないーー杖の扱いを学び。

『……イエ、もしきみがよければなんですが僕たちに裁縫を教えてくれませんか?』

『わたしたち、精霊王なんて言ってたけど人間らしいことはほとんどやったことなくて……。ダ、ダメかな? ドダメ……?』

『……かまわないですよ。何を縫い合わせたいのですか、薬草やガーゼをお忘れなく』

『え、負傷前提?』

『いちおう言っておきますが縫合ではなく裁縫ですからね? フウ……』

『……ふ。食事はもう少ししてから呼びに来るか……』

 たとえば乙女がよく休息の隠れ家にしていた集会所跡で、漂着物を用いたパッチワークを介して『風』と『土』と……寄り添いあって言葉を交わしたり。

『……仕上げだ! 私に一太刀も浴びせられないようでは、この深淵から這い上がることすら叶わないと知れ!』

『参ります……!』

 たとえば御旗の槍を翻した勇者へ、この島で出会った友人たちに見守られながら乙女が駆け込んできたり。

 そして、

『……驚いた。ローブのどてっ腹に鉄板を仕込んでいたのか? それに薬草で遅効性の目潰しとは、なりふりかまわなさすぎる、ぞ……へくちっ! はぁっくしょん!』

『失礼しました……ありがとうございます、お姉さん……』

 そして。あらぬ虚空へ逸れていた御旗の槍を辿って勇者へ肉薄し、鋸杖の峰を押し付けた乙女。

 ……そうして……。

『……エルケ。おまえも墓守見習いだろう、これだけ荒らされる前になんとかできなかったのか』

『あ、あうううう……勇者様、じゃなかった墓守さんでも気づけなかったですならエルケには無理ですよう……』 

『まったく……。……本当に私が気づかなかったと?』

『ほ、ほぇ? え、あ、その紙って……? ……手紙、ですです……?』

 勇者と魔物少女は、()()()()に荒らされた数多の墓穴の前にいた。

 遺骸が抱いていたはずの魔法具たちが、武器と武具の別無く持ち去られていた。

 紙切れ一枚の手紙に、下手すぎる西方共通語がしたためられていて……。

 『ただの白魔法師になってきます。お大事に』。

 勇者は今まででいちばん長いまばたきを落とした……。

『……久しぶりだな、イエ。ただの白魔法師にはなれたか』

『……お姉さん』

『お、お姉さんっ?』

 精霊大陸への樹海の口元で、まだらから真白へ成った『白式』の白魔法師と再会した……。

「そしてついに、勇者様が旅路に加わられたのですわ」

 聖女人形フロレンシアは、ジオラマの中から見下ろしていた時と同じ言葉と拍手で祝福した。

『アリステラ。フウ……やはり、僕たちの行く先々で動いていたのですね』

『精霊郷オグノックはもうすぐだよ! ドもうすぐ! アリステラも一緒にこの戦争を終わらせに行こう!』

『フィード、ミーデ……また勝手に出てきて。まずは私たち三人でお姉さんに土下座するのが先です』

『『ドゲザって?』』

『土の下に座らされるということ……つまり埋められるということだ。さあそこに直れ、おまえたち』

 青年兵士も侍女も王女も、『白式』の誰もが勇者の気迫に圧されてはいたが。後方の盟友たちも含めて個性豊かすぎる連合軍だけあり、歓迎の声が上がるまでにそう時間はかからなかった。

「けれども、そう。結末からいえば、『白式』の英雄様方は優しすぎたのでございますわ」

 ……聖女人形は祝福の拍手を止めないままに続けるのだ。

『聞いてくださいみなさん、ここからはいよいよ精霊大陸です。私たちはこの戦争を終わらせに行きます…………そして、精霊たちも救うつもりです』

「人間だけでなく精霊も救ってみせると、『白式』結成メンバーの総意として宣言なさったのですの」

 ざわめきは、どこから聞こえたものだっただろう……。


 ◯


「もちろん勇者様が合流なされる前から、白魔法師様や元精霊王のお二方によって精霊母エイテルナのことは語られてきましたわ。多くの無辜の精霊たちは精霊王様方が傀儡と化しているのも知らずに戦わされていること、『風』様と『土』様がただの精霊に身を俏されてでも戦争を終わらせようとなさっていることは理解を得られていましたの」

 まばたきの後、勇者の眼越しの記憶は仮説軍営の隅にあった。

「ただ、理解はされていらっしゃってもそれはそれ……」

『精霊たちも救うなんて理想にすぎない!』『結果的に殺さんで済んだ時ゃあ見逃してもええがのう』『ここまでとは違うの、周りは全て精霊の巣窟なのよ』『騙されてるいうてもなあ、さしあたっては敵に違わへんアイツらを捨て置くリスクは……』

『……まずいな。これは』

 種族も国籍も様々な盟友たちの代表が、戦略地図の乗ったテーブルを囲む中で乙女たちへ進言していた。

『やかましいのだわ! なにも平和主義者になれ言うてるんやあらへん、戦いが終わった後のことも考えろ言うてるのだわ!』

『わしらが進む先の何もかも『光』の力で焼き払ってくなんて……! そがーのんじゃあ今までと変わらんのじゃ!』

『命を懸けて戦ってるんだ、そんなこと考える余裕無いぜ……!』『常無行諸、何ガ変ワルカハ終ワッテミルマデ分カラヌ』『やつらに殺された連中の無念はどうなる!』『戦後のことなら考えてるよ、精霊への依存はもうたくさんさね……』

「人理の脅威へ立ち向かう義憤、戦争を以てしても淀んだままの世界への挑戦、倒れた方々のご意志の継承、人間の新しい在り方の実証、……戦われるご理由は十人十色でしたもの」

 誰もが己に宿した正義から意志を輝かせていた。

「『火』のように、『水』のように、『土』のように、『風』のように、……その全ての源にあるのは『闇(人間性)』でございますわ」

 戦争終結が現実味を帯び、まだ早すぎるほどに戦後への打算と思惑を形作っても……彼らに悪意を見出だせるはずもないのだ。

「白魔法師様のように、戦争の痛みを受け入れられた方こそむしろ稀。『白式』が大きくなるにつれて最初の理想は遠ざかってしまわれて、よりにもよって精霊大陸の奥へ進めば進むほどに不和が表面化していきましたの」

『この戦いの意義を見失ってはいけない。イエ、今はあなたたちも精霊へ寄りすぎるな』

『ですが、お姉さん……』

『……精霊母エイテルナが生まれたのは、おまえが人間と精霊の争いに中立的であり続けようって苦しんだからなんだろ? アリステラ。だったら人間だけでも精霊だけでもなく、両方救ってみせるんだって意志があってもいいじゃないか……違うか?』

『……だが、それは()()の道に他ならない。人知れない()の中でなく、今やこれほどにも強い()の中でそれを目指すのは……あなたたちがもう何者にも戻れないということだぞ』

 『ただの白魔法師』。その嘯きが、ハルトの内に何度も反響した。

『み、みんなっ、ちぃと来てつかあさい! 別ルートから攻める言うて物資持っていきよったチームがいくつかおって……今、シドニーさんが止めに行って……』

『私も行こう。……イエ、エーテル切れの頭痛がまだ治まっていないなら休んでおけ』

『いいえ、同行します……わかっているでしょう』

 進軍する毎に目まぐるしく場所を移していく軍営で、戦略地図が磨耗していった。

 折り目に縒れ、走り書きに潰れ、ピンに破れて。

 やがて軍営は、精霊郷のオグドラシルを間近に見る高台の上にあった……、

 が、そこには精霊大陸突入前の輝きは一つも無かった。

「結果、精霊郷を目前にして『白式』は事実上崩壊いたしましたわ」

(1話につき4部分構成の短編~中編連作です)

(毎週月曜日、18時頃に更新中です)

(1話完結の翌週……つまり5週間に1回、次話の準備期間として更新にお休みを頂きます。よろしくお願いいたします)


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