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Karte.24-1「ただの白魔法師です」

【ハルト】……ベルアーデ帝国騎士団第七隊所属、双剣銃を手にイエへ寄り添う青年騎士。18歳。

【イエ】……極東ニフ国の乙女で、大体いつもレベル1なのにチートのような守護精霊の力を使える白魔法師。16歳。

【マリー】……ドワーフのミニマムレディ、妖精機シュネーヴィを操る魔導技師にして第七隊のメイドさん。19歳。

【シェリス】……第七隊隊長、魔法剣ならぬ魔法シャベルを振り回すハーフエルフの残念系王女。20歳。

【アリステラ】……イエを守護する旧き『星』の意志であり、自称『勇者』。自称17歳。

 とある異世界に、とある異世界から『人間』が帰還した。

 『穴』の意匠を取り込んだ摩天楼が並ぶ深夜の街、その湿気った裏路地に『闇』の輝きが渦巻いた。

「や、やったぞ。本当に帰ってこれた」

 酒焼けした男声が震える。スーツを着込んだ手足のどこにも異変は無く、顔に開いた大穴もそのままに、彼は霧散していった『闇』の中から吐き出された。

 彼は異世界生活を拒んだ者。『人の島』なる霧深い深淵にて、ベルアーデ帝国騎士団第七隊とかいう連中や『墓守代行』の魔物少女に説得されるまでもなく、旅立ちか帰還の二択において後者を選んだ男だ。

「……ゾッとするよ。他の連中はどうしてあんな……」

 彼を含めて、選択を求められた異世界人は4人いた。

 しかし彼以外の3人は、旅立ちを即答した。

「どうして異世界なんかに、自分から飛び込んでいけるんだ……?」

 恐怖にも似て、彼は心底わからなかった……。


 ◯


 そこは、『星』の胎内と呼ばれた悪夢だった。

 そこは、白と黒の『光』の大空洞だった。

 帝都ベルロンドだっていくつも収まるだろう、しかして一部を除いて空虚なる天と地だ。

 天井には、白黒の『光』色クリスタルが無数に生えていた。

 それらが絶えず流動することで、何か街並みの立体地図らしきものを逆さまに表していた。

 地表には、黄昏か暁のような『闇』色の超巨大クリスタルがただ一つだけ鎮座していた。

 ……『眼』の形をしたそれは、天井から地表まで突き抜けてきたチェーンソー塔によって一刀両断されていた。

 そして天地には、()()()()()()が幾何学的に張り巡らされていた。

「それでは約束どおり、お話させていただきますわ。わたくしたちの『敵』について」

 そして大空洞の天元(中心)には、この胎の主が立っていた。

「その名を、()()について」

 張り巡らせた髪によって磔となった、()()()()()が。

 まるで薄い笑みのような十二枚もの翼を有した、天からの遣使いが。

 あの光臨の間にて託宣を下していた人形、そのオリジンであると一目でわかる……聖女フロレンシアだった。

 装いは純白のドレスシャツと漆黒のプリーツスカートへ、軍服の一種であるブレザーを陽光色に重ねたもの。ただし軍人らしさはまったく漂わずガーリーなばかりで、ピンクのリボンタイが舌を出してみせるようにちらついている。

 口にあたる箇所には滑らかな肌しか無いのに、細められた眼差しさえ見れば誰が見たって薄い笑みがあった。

「……渾沌、だって?」

 ベルアーデ帝国騎士団第七隊、青年騎士ハルトはおもわず繰り返した。

 白魔法師イエも、ハーフエルフ王女シェリスも、ドワーフメイドマリーも、そして少女の受肉体を得た『勇者』アリステラも、皆で怪訝の面持ちを交わした。

 ハルトたちはテラアウスの地にある聖塔ダンジョンをクリアし、この聖女本体を問い詰めに来ていた。

 世界をチートで汚染しはじめたあの『白式』なる魔人たち、そしてその奥で異世界人たちを浚っているとみられる『敵』の正体に、聖女フロレンシアが深く関わっていると掴んだからだ……。

「東方共通語でしか説明できないのが難しゅうございますわね。『混沌まざるのほう』とは表記も意味も微妙に異なりますのよ、どちらも『CHAOS』ではございますけれど……」

「名前のことなぞどうでもいい。ソレは何者だ」

 第七隊を自ら招き入れ、先だっては「わたくしこそ『白式』の元凶」と自ら語っていた聖女はいまだこんな調子で。神代の終わりに彼女から座を追放された旧き『星』の意志、因縁浅からぬアリステラの苛立ちも当然のことだ。

「私とあなたが、『白式』の黒幕なるソレが生まれた元凶だと? あの言葉の真意は」

 ーー「けれども、勇者様も『白式』の元凶でございますのよ? あなた様」

 アリステラの頭上に『闇』のエーテルが現れた。

 形を成したそれは、薄い笑み……、

 いや、無数に喰い散らされた『半眼』だった。

 アリステラの記憶の深淵を封じる漂泊チート。『星』の意志の代行者を語る『白式』一派が一人、『真白の幽鬼』に喰い散らされた傷だ。

「あらあらあら……そうがっつかなくとも、わたくしは逃げも隠れもいたしませんわ。今、ロードしておりますのでもう少々お待ちくださいまし」

 フロレンシアの黒髪を『光』が走っていき、やがて到達した天井にてクリスタルたちが活性化し続けていた。

 ただの大きめの晶柱だったそれらが、超微細なブロック状に分解されていった先から再構成されていく。

 相変わらず白黒だがブロックの密度の分だけ高精細に、明確な形を宿していく。

 それは例えば。天の果てに満ちる『ライトマター』の集合により、この『星』を包む宇宙の概念が形作られるように。

「先に結論から申し上げるなら、あの神代のクリア聖戦において勇者様からおこぼれになった()とでも申しましょうか。そしてわたくしのほうも最後には『やるべき』ことを為しましたけれど、結果的には遅すぎたので付け入る()()を拵えてしまったのですわね」

「膿……傷口、ですか……?」

「けーーっ、さすがネエちゃんと同じ神様もどきなのだわ。人間様にもわかるように言いやがれってんでぃ」

「ほらあ、結論をお急ぎになられるからそうなってしまわれるのですわ。ですからじっくり、最初からお話させていただきたいと存じますの」

「……えっ、あれってわしらの『星』? よーできたジオラマじゃのう……」

 そう、天井のクリスタルたちは円錐形の『星』を再現してみせたのだ。

「『渾沌』のことを知るには、あのクリア聖戦の()()を語らなければはじまらないのですわ」

 真相。神代の生き証人は、そう語りだすのだ。

「神代の頃。世界では勇者様が産み出された精霊たちが人間と共存していましたわ」

 ズームされる調子で、まだ聖槍ダンジョンに抉り取られてはいないテラアウス大陸が拡大されていく……、

 大自然に抱かれた素朴な集落にて、『人』型のピンと『記号』型のピンが寄り添いあった。

 『記号』たちは文字のようでも図形のようでもあり、四大属性を……精霊たちを表しているようだった。

「『光』属性由来の()()()()が見出だされて、当時の世の中は今よりずっと急速に繁栄していきましたの」

 どこからともなく波紋や屈折を象った『光』が伝播していくと、大自然が高層建築へ置き換わっていく。

「それが最初のミステイクでございました。エーテルの拠り所である自然が減少したうえに、電気という『光(上位属性)』が飽和した環境は精霊にとって存在し難いものになってしまったのですわ」

 ズームアウトしても世界規模で延々と増殖していく街並みに対して、人間から距離を置きはじめた精霊たちは数少ない自然環境へ追いやられていった。

 だが。人間と精霊のどちらからともなく引き寄せられていき……、

 ぶつかり、あるいはまた離れようとしたのがどちらからともなく妨害されていった。

「『精霊の加護』。当時の人々はご自分だけでは魔法がお使いになれなかったので、精霊と契約することでエーテル演算を担ってもらっていましたのね。なので自然を守るためにも立ち去ろうとする精霊と、更なる繁栄のためにも魔法を失いたくない人間の間で軋轢が深まっていったのでございます」

(……電気ってやつのことはともかく、エスト市国の資料館でも聞いた神話だな)

 あの時は子供向けの展示物と神官学芸員による見学ツアーだった。……アリステラも複雑そうに眼を細めてはいたが、異議を発しない様子からして、それは正史の神話なのだろう。

「そしてついに四大属性の精霊王様方が、『精霊の加護』を破棄すると公式に表明したことで……あのクリア聖戦が開かれたのですわ」

 荘厳なる角の生えた四柱の『記号』が、再びズームアウトされた『星』のジオラマへ鎮座した。

「もっとも当時は、終戦間際まで『聖戦』ではなくただのクリア戦争と呼ばれていたのですけれど」

 極東ニフ国へ『火』が、

 アイザ大陸北方へ『水』が、

 そして聖霊大陸へ『土』と『風』が。

「少々チクッといたしますわよ」

「「「「「ッ」」」」」

 と。天井のジオラマばかり見上げていた第七隊の首筋に、フロレンシアから伸ばされた髪が一本ずつ刺さって……。

「さあ。終わりの神話をもう一度」

 白と黒のジオラマに、瞬く間に色彩が満ちていくのを見たのも束の間……、


 ◯


「「「「「ッ」」」」」

 第七隊の天地は逆転していた。

 空中浮遊したハルトたちの足元に、見渡す限りにあのジオラマが広がっていたのだ。

 先ほどまではモノクロだったのに、本当に世界を見下ろしているような色彩に満ちたワールドマップが。

「な、なんだ……!?」

「皆様ー。肉体から解き放たれる心地はいかがでございますかー?」

 対して見上げた天井には、つまり先ほどまで地面だった場所ではフロレンシアが手を振っていた。

 そして彼女の前には、髪が首筋に刺さったまま、まばたき一つせずに停止した第七隊がいた……。

「エーテル投射か……。私があなたたちを夢の狭間へ招待するのと同じ業だよ」

「だそうです。いわゆる幽体離脱ですみなさん、落ち着いてください」

「イエちゃんイエちゃん、逆さまになったけえて逆立ちしょーとせんでええんよ」

「こらぁ聖女っ、人様の体に妙なモンぶっ刺してんじゃねぃやぃ! 傷でも残ったらおまえの首筋もチューチューしてキスマーク残してやるのだわ!」

「シェリス? いろんな意味でよく考え直せ?」

 生殺与奪を握られている薄ら寒さはあったが今さらだろう、本当に騙し討ちするならここに至るまでにいくらでも機会はあったわけで。

 実際、フロレンシアは『害意は無い』とでも示すようにわざとらしく会釈してみせた。

「さて。当時の聖霊大陸は『精霊大陸』と呼ばれていて、まだ焼かれてはいなかったバーンドラシルこと『世界樹オグドラシル』とともに精霊郷オグノックがありましたわ」

「……『焼いてはいなかった』、だろう」

 アリステラの呟きも流されて、今度は聖霊大陸、いや、精霊大陸の南方深くへズームイン。

 そこには、四大属性色に照る逆さまの大樹があった。

 当然まだD&E商会による掘削都市は纏わりついていない代わりに、繭のような家々が草木で編まれた大都市が広がっていた。

 そしてハルトたちがジオラマの中に降り立ったせいか、抽象的なピンではなく、等身大だろう様々な姿をした精霊たちが飛び交っていたのだ。

「精霊には宿した『闇(人間性)』によって階位がございましたわ。エーテルが形を持っただけの下位精霊、幼体の中位精霊、そして成体の上位精霊」

 白黒の光景ではあるが、フロレンシアの言うとおりだった。

『ヒト、とこ、行く、ダメ?』『なのね?』『なんでんでん?』『どちて?』

 ピンで見た記号そのままの飛翔体は下位精霊か、

『危ないからなのネ』『ニンゲンにわかってもらわにゃいとダメにゃノ』『戦争、っていうんだオ』

「……ニズィちゃん? ハイフェアリーじゃあ?」

 記号を封じたクリスタルから少年少女の上半身が生え、属性色の角に輝きを帯びて浮遊するのは中位精霊か、

『精霊王様たちを信じましょう』『ああ、人間はわかってくれるさ』『この痛みは未来のためだ』

 数や大きさの増した角のほかにクリスタルの翼と尻尾を有しているのを別とすれば、五体備わった成人に見える者たちは上位精霊か。

『……僕たちの身と自然を守る以外で、人間と戦ってはいけません』

『各地のみんなにも伝えて! どうしても争いが止められなかったらわたしたちが行くから……!』

 そして世界樹に築かれた城のバルコニーで。長髪も眼も常に『風』色に輝く上位精霊の男性と、短髪も眼も常に『土』色に輝く上位精霊の女性は、精霊王か。

「『風』の精霊王オクトー様と『土』の精霊王ヘクス様。四大精霊王様方の中でも、精霊郷オグノックを領域とするこのお二方が『精霊の加護』破棄へ舵を切った主導者でございましたわ」

「って、オクトーとヘクスっていやぁアレだろぃ? 人の島にいたハイフェアリーの……フウフウとツッツンの」

「……妙なあだ名を付けてやるな。ああ、まだそれしか記憶が解放されていないがフィードとミーデの真名だ」

「おっきくてキラキラしていますけど、本当にフィードとミーデです……」

 ーー「またまたお久しぶりです。フィード、ミーデ」

 ーー「フウ、フウ」「ツッツツ!」

 ーー「は……ハイフェアリー?」

 やたらとイエに懐いていたあの角付きハイフェアリーコンビの姿が、ハルトの脳裏によぎった。

 世界樹の端々が輝き、エーテルに満ちた虚の中から下位精霊たちが生まれてきた……が、飛び立っていこうとしたのを中位精霊たちに保護された。

「二人の精霊王様は、せっかく世界樹から精霊が生まれても拠り所の自然が無く、人間との共存共栄が壊れかけていることをひどく憂いておられましたわ。『精霊の加護』破棄の判断も、自然が戻ってマナエーテルが再び満ち満ちるまでの()()()()()()()の治療期間……と、人間を信じていらっしゃるかこその荒療治でございましたのでしょうね」

 ズームアウトされたジオラマ……、

 しかし世界各地で、人間と精霊が激突しあっている様子がすでに広がっていた。

「っ……? なんだよこれ、世界中でバラバラに……」

「ええ、ええ。価値観も時の感覚も違う精霊たちの、ともすれば『青臭い』ような抗議が人間に受け入れられるはずもございませんでしたわ。自然を守る為に引かれた精霊たちの防衛線を境に、世界は戦火とともに分断されていきましたの」

 人間の街と精霊の自然の境目で、まだらに防衛線が揺らぐ。それぞれで蠢く者たちは点よりも小さくて鮮明ではないが……、

「精霊王オクトー様とヘクス様こそ戦争の元凶と考えた人々は、精霊郷オグノックを目指して侵攻しはじめましたわ」

 もはや出所も判然としない、怒号、鬨の声、悲鳴、それに……声にもならない断末魔の数々で、何が繰り広げられているのかはよく見るまでもなかった。

「だからこそ精霊大陸の大自然を守るためにも、精霊側は世界樹から切り出した梢を……『ツイッグ』と呼ばれる魔法生物を展開して、ますます分断が深まるほどに防備を固めましたの」

 精霊大陸へ食い込まんとする戦線の一ヶ所へズームイン……。


 ◯


 『光』を立ち上らせる前哨基地が、数多の自動機械によって平原の資源をかき集めては拡張されていく。

 『光』を刃となした機械の剣や槍を持った兵士たちが駆け、

 フェアリーギアス(妖精機)を思わせる巨大人型ロボがビームやレーザーといった形で『光』を放ち、

 数人乗りの戦闘飛行機が『光』の尾を引いて飛び交い、

 そんな戦地の中で、次々と焼かれながらも精霊たちが巨大なものを召喚していった。

 ……大木だ。

 全長5メートルはあるだろうか。伸縮自在のイバラを生やしたタイプと虚に魔方陣を宿したタイプがあり、防衛線に沿って配置されていた。

『ーー 警告 ーー』

『ーー 精霊王オクトー の 名のもとに 侵入 を 禁じます ーー』

『ーー 精霊王ヘクス の 名のもとに 侵入 を 禁じます ーー』

『ーー 脅威 を 検知 ーー』

『ーー 排除 します ーー』

『ーー 退避 してください 退避 してください ーー』

『ーー お願いします お願いします ーー』

 ソレらは進軍と攻撃を受け、イバラと全方位魔法で人間を退けていったのだ。

「ツイッグ、って、『真白の幽鬼』から出てきたヤツだよな。……肉じゃなくてちゃんと木だな」

「お肉? まあ肉の壁といえばそうでございますわね、梢といっても人間には大木も同じでしたもの」

(そうか、こいつは人の島でのことを見てないからか)

 人の島で『真白の幽鬼』から現れた『ツイッグ』は、永続的狂気による戯言を撒き散らす漂泊の肉塊だった。

 アリステラが記憶を封じられながらも朧気に呟いた言葉によると、アレは「化けの皮が剥がれた」姿とのことだったが……。

 今、ハルトたちが見ているものは確かにオグドラシルの息吹が感じられる樹木だった。

「さてさて、そうして開戦から7ヶ月ほど過ぎた頃。南エウル大陸の中西部で膠着していた最前線を掻い潜り、精霊大陸を目指す一人の女性がいらっしゃいましたわ」

 そしてまたまたズームインされていったのは、今のベルアーデ帝国とルクスエン大公国との狭間辺りで……。


 ◯


 そこは、『新街道開通につき閉鎖』と案内板とともに放棄されて久しいらしい、深い森に呑まれかけた旧街道。

『ーー 立ち去って ください 傷つけたく ありません ーー』

 ツイッグが、イバラの群れを宙へ地中へ伸ばしていた。

 対して、それらを突破するべく()()()()()()()()()()()()が一つ。

 ……ハルトも、誰よりもイエが息を呑んだ。

『つ……っ、ぅ……!』

 それは……数多の魔法具をくくりつけた改造医療鋸を無茶に振り回す、真白の乙女。

 ムウ修道会の白魔法師ローブに、極東の和鎧を思わせる胸当てと装甲札をあしらった姿。

 生気に乏しいほどに肌は白く、毛先を切り揃えた髪までも白く。

 ……黒曜の瞳が底知れず荒んだ、イエだ。

「私……っ?」

「『真白の幽鬼』……いや違う、どう見たってイエだ。あの鋸杖のこぎりづえも執刀ヒーリングだよな……?」

 人の島で『真白の幽鬼』と戦った際、フィードとミーデがイエとリンクすることで出でた専用武器……執刀ヒーリング。

 その名のとおり回復魔法の行使にだけ極限特化させ、死以外のあらゆる傷病を癒しえる杖……とのことで。魔法具の一部であるノコギリ刃は本質ではないらしかったが……。

 今、乙女は素人丸出しの刀術でイバラどもを斬り払っていた。

 実際、構えからして地面スレスレを重く帯びるものだった。地とぶつかりあった刀身が時折跳ねていた。

 力よりも、技よりも、執念にも似た意志で取り回しているのだ。

 当然だ。血豆や擦り傷にまみれた手指の細やかさを見ても、彼女は別段の怪力でもないだろう一人の乙女なのだから。

 刃も『風』と『土』の輝きを帯びてはいたが、不安定に強まる出力に応じて獣牙がごとく歪だった。

『はっっ、ぁ……はぁ……!』

 彼女はよくよく善戦していた。大振りなイバラをリズミカルにかわしたり、返す刀を打ち込んで、にじり寄るくらいに少しずつながらツイッグへ攻め込んでいった……、

 だが、

『ーー 殺したく ありません ーー』

 ーーヂャ、ッッ……

 ついにイエの身をイバラの軌跡がかすめ上げた、

 赤黒い血潮がまだらに上がった、

 乙女の左腕が……抉り飛ばされた。

『…………!!』

 ローブに撒き散らされた、赤、赤、赤。

 千切れた袖と細腕が、宙を舞った……、

『くっ……!!』

『っ?』

 獣道から飛び出した白金色の影が、千切れた腕を掴むとともに乙女を抱き留めた。

 彼女を連れ、地面とともに鉄板で舗装された案内板の陰へ滑り込んだ。

『ひどいな……! 痛いと思うがしっかり押さえてろよ、すぐに基地まで連れてってやるからな!』

『っ……ふ……っぅっ……』

「……兄弟、なのだわ」

「お、おいおいおいおい……」

 双剣を佩いた灰髪の青年が、白金色の軍服が血で染まるのもかまわずに乙女を介抱した。

 ハルトだ……。

『……あなたは……軍の方、ですか……?』

『まあな! 通りすがりの■■■■■義勇軍だよ!』

『■■■■■……』

「そう。その騎士様……あらごめんあそばせ、もとい兵士様は最前線近くの軍事大国から偵察に派遣されていましたわ。そしてなんという偶然でございましょうっ、白魔法師様と出逢われたのですわ」

(…………?)

 茶化すフロレンシアの語りに眉をひそめたハルトは、なんだろう、彼女の言葉よりも気にしないといけないものがあるような違和感を覚えたが……。

『逃げてください……ここは私に任せて』

『は!? その怪我で何言ってるんだっ、百歩譲ってもそりゃ俺のセリフだっての!』

 左腕だった箇所からの赤黒いものを押さえる乙女の姿に、悲鳴どころか呻きすらも仕舞い込んだ不器用な無表情に、ハルトは落ち着いて思考できなかった。

『……私を逃がして、あなた一人が残って、それでどうにかなるのですか?』

『ならないから二人で逃げるんだよ! いま俺がやるべきことはおまえを救うことだ、あのツイッグや精霊たちを倒すことじゃない!』

『…………。……お名前を訊いても?』

『なに!?』

『お名前です。あなたの』

『今訊くかソレ!?』

『落ち着いてください。こんな時だからこそ、落ち着きましょう』

『リヒャルトだが!?』

『リファリュト』

『リヒャルト!! リヒトでいい!』

『リフュィーー……ごめんなさい、どちらにしても発音しにくいので『ハルト』さんでいいですか』

『勝手にしてくれ!』

 きめ細やかな白髪を、滲む脂汗から白磁の肌に張りつかせていても。まるでその痛みを肯定するように、乙女は静かであろうとしている風で。

『ハルトさん。私はニフのイエと申します、()()()白魔法師です』

『って、自己紹介なんかしてる場合かよ……! 白魔法師なら魔法が使えなくても応急処置くらいできるだろっ、本当に死ぬぞ!』

 地と混ざった赤黒い軌跡に反比例して、彼女の肌は幽鬼がごとく血の気を失い続けていた。

『……いいえ。私は、死ぬまで死にません』

『はぁ……!?』

 乙女は。無理にでも手を引こうとした青年から、千切れた袖をひったくって。

 それを、あるべき場所へと押さえつけた。

『ッッ、ぅ……!』

『なッ、なにやって……!?』

 無論、それはただの無意味だ。ズタズタの傷口同士が擦れ合い、剥き出しの骨が互いに刺さりあって過敏に痛みを発しただけ。それだけの杜撰な処置でしかない……。

『…………《ヒーリング》』

 だが。そう。

 彼女の眼差しには、何よりも意志しかなかった。

 底知れない深さを湛えた黒眼が、今、風色と土色に輝いた。

 二色を紡いだ淡い輝きが、左肩を包みこんだ……!

『……ウソだろ』

 その言葉は、きっと青年だけのものではなかった。

『フィード、ミーデ……力を貸してください』

 ただの白魔法師は……乙女は、泣いていた。

 黒曜の瞳が『風』と『土』に輝くオッドアイへ変じ、そこから溢れる魔力が涙として伝っていたのだ。

 その輝きの一端が枝分かれすると、乙女の左右の傍らへ形を成した。

『ハルトくんといいましたか! お願いします、彼女を助けてあげてください……!』

『ほんとごめんだけどっ、説明は後にさせてもらうね……!』

『せ、精霊……っ!?』

 精霊王の面影を写した『風』の青年と『土』の少女が、乙女が地に突き立ていた執刀ヒーリングへ魔力を誘導した。

 そして、数多の魔法具の連動によって極大なる魔力が放たれた。

 風吹きすさび、土震えるその奔流に抱かれた乙女は……、

 乙女の千切れた左腕は、元通りに繋がっていった。

『回復魔法だって……!』

 かつてありふれていた回復魔法を行使した乙女が、鋸杖を両の腕で握り直した。

『おまえ、精霊の加護を……アイツらと契約してるのか!? 今の世界で魔法が使えるなんて……!』

『死なない、と約束できますか? ハルトさん』

『なにって!?』

 乙女の傍らからは精霊の姿がかき消えていたが、相変わらず双色の涙を流しながら青年へ振り向いた。

『死なないと約束できるのなら、何があっても私が救ってみせます。なのでどうぞ、安全な場所で身を守っていてください』

『おいおまえ、まさか……』

『ーー 隠れないでください 逃げてください ーー』

『……これ以上の遠回りはしたくありませんので。それでは』

『おいッ!? 人の話を聞け!』

 そして乙女は再び、ツイッグめがけて飛び出していってしまったのだ。

『ったく……! このバカ!!』

 そして青年にも一瞬の迷いすら見えず。機械式の双剣を直結させて幅広のブロードソードへ変形させると、刃に『光』の激情を帯びさせながら乙女を追った。

 そうして二人はいつの間にやら、背中合わせに突き進んでいった……。


 ◯


「訊きたいことがますます増えたかと思われますけれど、続けますわね」

 と、景色が残像よろしく高速で廻りだしたことで、見入ってしまっていたハルトたちはハッとした。

「……ビックリです。いくら魔法具で増幅した《ヒーリング》でも、欠損部位を即時治療できるなんて」

「そうだな、神代における魔法は契約した精霊の階位によって神秘が変動していた……ゆえにあの効力は間違いなく……」

「『そうだな』じゃないわようアリステラちゃん、イエちゃんも。問題はそがーとこと違うじゃろ」

「いえいえメイド様! それ、かなり重要なポイントでございますのよ」

 フロレンシアに呼応して、目まぐるしく残像と流れるジオラマの中に蜃気楼めいた光景が映る。

 それは黒金の都の外れ……立派な病院の中の光景を、窓越しに天から見下ろすものだった。

『うぅぅ……ぁぁ痒い……痛、痒ぃぃ……!』

『先生、なあおいぃ、毒消しの魔法ぐらい使えねぇのかよぉ……おーい、っ、ごほっごほげほ……』

『《ヒーリング》……ほら何度も同じことをさせんでくれ、今は白魔法師とて魔法は無理なのだ』

 傷口から広がった蕁麻疹を掻き毟る兵士たちへ、白魔法師ローブを腰巻きにしてしまった医師が手をかざしたがエーテルを編めなかった。

『ーー失礼します』

 と、医師と入れ替わりに差し伸べられた大きな白袖……引きつった古傷だらけの細指。

『あー、わ、わるいな急に、俺たちは義勇軍だ! ……俺たちっていうか俺は、だが』

『《ヒーリング》……ハルトさん、入隊と引き換えの約束をお忘れなく』

『わかってるよ……』

 青年に付き添われた乙女が回復魔法を輝かせれば、縋るようなざわめきがすぐに巻き起こった。

「『精霊の加護』を外された人々にとって文字通り一番の痛手だったのは、回復手段としての魔法を失ったことでしたわ。今でこそ《キュア》や《リィン》などございますけれど、当時は治療術といえばムウ修道会の魔法が唯一に等しいものでしたのよ」

 景色がまた残像となる、

「電気技術を通した『医学』や『薬学』は高水準であっても、『魔法』という高次元の力はやはり何よりも重宝されていましたから。むしろ()()と申しましょうか」

 岩山、川辺、谷底など、各地の小戦場が次々とフラッシュバックしていく。

 ハルトたちからすれば超文明に違いない機械装備や兵器を有していながらも、怪我人ばかりの人々は遠くのツイッグたちを口惜しげに見やりながら尻込みしていた。

「人々に勢いがおありでいらっしゃったのは開戦当初だけ。傷つきながらも戦える魔法の力を失ってしまえば、人は大陸一つ分の戦線を進めることもままならなかったのでございますわ」

「大陸一つ分てなぃ……カンタンに言いやがんじゃねぃのだわ」

「仮にも国の垣根を越えた人類連合軍でしたもの。一年以上経っても精霊大陸への上陸すらままならないのでは、奇跡も起きようがございませんでしたわ」

(……『奇跡』ね。そういえばこいつは何をしてたんだ? 神代世界では、聖女は『星』の安寧を祈るために人々の中へ紛れてた……じゃなかったか?)

 フロレンシアが人差し指を立ててみせれば、また新しい光景が現れた。

「だからこそ、回復魔法を使える白魔法師様は人々の旗印となりえたのですわ」

 先ほども見た黒金の都、軍部らしき場所の工廠にて……。

『報告は聞いちょるよ~イエちゃんっ、わりゃーさんみたいな子おが入ってくれるんならあ救いがあるわい! あっ、わしゃハルトの上官で技術部()()()副隊長のマリベルゆうんじゃあよろしくのう~!』

『……三角帽子を被った機械のムキムキゴーレムさんのお腹から、メイドさんで軍人さんなドワーフさんが……。……?…………?……??……』

『ゴーレムギアスだっての、見たことないのか? まあ属性多すぎて混乱するのもわかるけどな……』

 三角帽子を被った赤き機械甲冑の腹中から、ラバースーツに軍服とホワイトブリム(メイドカチューシャ)を引っかけたドワーフ淑女が降りて。

 彼女が周囲を見回しながら拍手を促せば。ガス灯に似た電気仕掛けの管球をゴーレムギアスの背へ整備していた技術兵たちにも、やんややんやと乙女を歓迎する声があがった。

 『SCHNEEWYシュネーヴィ』と銘打たれたソレの両腕にて、展開されていたタワーシールドに四大属性の魔方陣が浮かび上がった……。

「……わし、もう驚かないもんね。わしのシュネーヴィが魔法型じゃあなんて……わしのシュネーヴィが搭乗式じゃあなんて……おまけになにアレぇなしてポーションボトルみたいなんがくっついちょるんよどがー風に稼働しよるん……?」

「めっさ驚いてやがるのだわ」

「乗ってた自分じゃなくてシュネーヴィのことしか気にしてないな……」

 まあ実際、マリーはドワーフ淑女の登場自体はさほど驚いてはいなかったようだ。あの乙女に続いて青年兵士を目の当たりに時点で、他に誰が現れるだろうことを予想しないはずがないのだから。

『聞いてくださいみなさん……私はこのクリア戦争を終わらせるために精霊郷オグノックを目指しています。この二人は私に力を貸してくれているフィードとミーデです』

『フウ……ご紹介に預かりまして。僕はただの上位精霊のフィードです』

『同じくただの上位精霊のミーデだよ! よろしく、ドよろしく!』

 あの輝きの涙を流した乙女から『風』と『土』の精霊コンビが現れた姿を最後に、光景がまた残像へ流れていった。

 どこか司令室らしき広間と戦線地図が見下ろされると、活動写幻が早送りされるように人々の姿や地図を指す手がよぎっていって。

 今のフルオラ半島である長靴形の大地へと最前線と補給線が伸びていけば、司令室の光景はいつの間にやら似た様式の軍営テントへすり変わっていて。

『オレ様さんはシドナベートやのだわ! 気軽にシドニーさんと呼ぶがええのだわイエ子ぉ、おっす兄弟もマリーも元気みたいやなあほーっはっはっはっはっはぁ!』

『……はじめましてシドニーさん。失礼ですが何か危険なお薬を服用されていらっしゃいますか?』

『カフェインなら浴びるほど飲んでもうてるのだわほはははははははは』

『寝不足でテンションおかしくなってるだけだよ。なんたって義勇軍の戦意高揚に忙しい王女様だからなら、一応』

『もう大丈夫じゃあよシドニーさん! イエちゃんは回復魔法の使い手じゃけえね!』

『そういうのを待ってたんやのだわーーーー!』

 装甲をあしらった黄金のバトルドレス……ではなくバトルコート姿のハーフエルフ王女が、背負ったシャベルをかんらかんらと揺らめかせた。

「『オレ様』だってよ、シェリス」

「あわあ~、ちょっと王子様っぽさもあってカッコよくない? のうイエちゃん」

「いわゆる『おとこおんな』さんですか」

「せめて『男装の麗人』とか言いやがれぃ! かーーっ、あんなどっちつかずなカッコしやがってぃどんな教育受けてきたのだわ!」

「……私がツッコミを入れていいのかどうか迷うな」

 これで四人。乙女、青年兵士、ドワーフ淑女、ハーフエルフ王女のパーティが完成されて。……和気藹々とした光景が残像となって。

 大河を挟んだ軍隊とツイッグたちの揚陸戦に、極太の《ヒーリング》の輝きが薙がれた。

『はぁッ、は、ぁ……回復はお任せください、みなさんも前へ……!』

『だからおまえは前に出すぎるなって……!』

『次っ、わしの『水』の盾で河を凍らせるよ! 同時に『火』の盾で蒸気ぶち上げちゃるけんっ、煙幕代わりにしてついてきんさい!』

『ほぅっ、はぃっ、よっっ……とぉぉ! なんやなんやツイッグどもフェイントも忘れちまったかぁっ、こないなもんディレイかけるまでもないのだわぁ!』

 異端なる医療鋸杖を引いた白魔法師を先頭に、輝かしきパーティが、そして種族も所属もバラバラなはずの猛者たちが戦線を押し上げていった。

(1話につき4部分構成の短編~中編連作です)

(毎週月曜日、18時頃に更新中です)

(1話完結の翌週……つまり5週間に1回、次話の準備期間として更新にお休みを頂きます。よろしくお願いいたします)


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