Karte.23-4「こんな夢なら悪くないさ」
【ハルト】……ベルアーデ帝国騎士団第七隊所属、双剣銃を手にイエへ寄り添う青年騎士。18歳。
【イエ】……極東ニフ国の乙女で、大体いつもレベル1なのにチートのような守護精霊の力を使える白魔法師。16歳。
【マリー】……ドワーフのミニマムレディ、妖精機シュネーヴィを操る魔導技師にして第七隊のメイドさん。19歳。
【シェリス】……第七隊隊長、魔法剣ならぬ魔法シャベルを振り回すハーフエルフの残念系王女。20歳。
【アリステラ】……イエを守護する旧き『星』の意志であり、自称『勇者』。自称17歳。
≒
「ところで、そのカラダの調子は?」
「悪くない。子供の体力なのは如何ともしがたいが、このアバターが無ければ私とて夢の『光』に呑まれていただろう」
腰に掛けたランタンの灯を頼りに、ハルトとアリステラは階段室を登っていく。
「予想どおり、時の狭間に近しいここでは時間の進みも在って無いようなもの……一日分のワビ石だけでもう二年も動き続けている」
アリステラが長すぎる後ろ髪を除け、旅人の服の背にあるスリットを開いてみせれば。
脊椎を囲み、四大属性色の大きな輝きが四つも並列に配されていた。
「しかも、以前の半分の個数で起動できるようになったからな」
ワールドビルドストーン。五個あれば人間一人の人生を買えるといわれる、膨大なエーテルを宿した万能魔石だ。
「マキシマ老曰く、この『エヌクロスの魔眼』を移植したせいとのことだ。誰でもないホムンクルスから、私という存在へ……『勇者』へより近づいたのだろう」
アリステラが目元へ指を流すと、かすかにだが『闇』の輝きが尾を引いた。
そう。今の彼女のカラダは、フェアリーの錬成技術が応用された人造受肉体である。
「……で、あの優男の姿から女子小学生に進化したと」
「ふむ、私もこれが完全体の気はしないな」
プロトタイプとして現れた時は盲目の旅人『オルエス』なんて名乗っていたものだが……試験運用ついでにイエをデートに誘う凶行に及んだものだが……今やこんな10歳程度の小娘である。
「解放できた記憶では、魔眼そのものに視覚器官以上の能力は無かったはずだが……それだけではないと囁くようなこの疼きはなんだ。他にもまだ足りないものがあるのだろうか」
「じゃあ、さっさとここをクリアしてあの聖女様に吐かせに行こう。そもそもおまえの眼が『灰なる人狼』の中にあった理由も含めて、な」
そうして、
相方の歩みを手で制してみせたのは、ハルトとアリステラのどちらが先だっただろう。
ーーエンカウント! エンカウント!
ーーセンポウ! センポウノセンポウ!
上階へ続く踊り場に、人型ナポリタン……ギーク・スパゲッティが二体躍り出たからだ。
ーーココハマカセテサキニイケ!
その内の一体が人型からほどけると、見た目の質量を無視して膨張。壁や天井へ麺を張りつかせながら、上階への道を瞬く間に塞いでしまった。
ーーコレカラダ! コレカラダ!
そしてもう一体のほうも、手足をバネ仕掛けよろしく振り乱しながら二人へ飛びかかってきた。
「出たな……!」
「場所が悪い、引き込むぞ」
ハルトは二丁剣銃パラレラムから『火』の魔弾で対空射撃……ギーク・スパゲッティの肩と顔面へ命中したが、少々のノックバックとともに麺がほつれただけで倒せなくて。アリステラがドアを開けた号室へ跳び退き、すぐさま施錠した。
ただ、そこは厳密には部屋ではなかった。
数部屋単位で壁材が取り払われ、柱だけが残っているがらんどうの広間だった。
途中まで解体作業を進めていたのか、居抜きで何か利用しようとしていたのか。余った工事資材やゴミ袋が放置されていた。
そして。奥のほうにはもう一つの階段室があったのだが、
ーーデュフフフフ!
ーーコウミョウニシテ、コウメイナルワナ!
ーーハサミウチダ!
ーースパゲッティ、デ、サンドイッチ!
ーープギャーッハッハッハ!
そこから、五体ものギーク・スパゲッティがヌラヌラと歩み出てきていたのだ。
「お、おいおい……!?」
「ヤツらめ、悪知恵だけはよく働く。引き込まれていたのは私たちのほうだったようだ」
「俺はいけるぞ! おまえは!?」
「ああ、心配はいらない。この私では《ウィッチクラフト》などは使えないが……」
牽制の構えで一歩前に出たハルトに対して。背後のドアをひっきりなしに叩かれながらも、アリステラは静謐に片手を掲げた。
「喜べ。きみたちのパーティに足りなかった役回りだぞ」
軽く指差すポーズでギーク・スパゲッティたちを捉え、内より立ち込める体内魔力を大気魔力へ接続させる。
声ならざる詠唱を紡ぐ。
ラインディフェンスに努めるハルトが、銃声と、エーテルスチームの排気を轟々と奏でても。アリステラは眉一つ動かさず、見据える。
その集中こそが必要なのだ。
「純魔法使い、ウィザードの智慧を見るがいい」
ーー レベル0 大魔法師 アリステラ ーー
妨害されることも拐われることもなく、ついに彼女はマナエーテルへ形を与えた。
頭上に滞空する、『火』の矢の形を。
「《ファイアアロー》」
別段、強くも大きくもない下級攻撃魔法を。
「《二重詠唱》」
それを、重ねた。
するとほんの少しだけ、大きく、強くなった。
それは、ウィザードが『大魔法師』と呼ばれる所以たるスキル。
ーー 多重詠唱 レベル3(神級) ーー
詠唱の核となる己の魂を、己の体内魔力によりエミュレーションし、仮想的に複製する業。
だが、
「《四重詠唱》、《八重詠唱》、《十六重詠唱》、《三十二重詠唱》、《六十四重詠唱》、」
だが、あまりにも多すぎた。
重ねられていく火の矢も、アリステラの体内魔力も。
「《九十九重詠唱》」
そして、人間が定義しうる限りの多重詠唱へ至った。
「《ファイアアロー》+99……!!」
指差す手が、号令の手へと開かれた刹那、
どんな最上級攻撃魔法よりも強大になった《ファイアアロー》が、放たれた。
「んんんんんん……ッッ!」
ハルトはとっさにアリステラの足元へヘッドダイブしだが、それでも業火の片鱗を肌に、死の恐怖を魂に感じた。
ーーギャッッッッ
ーーヌヂャッ
ーーヲギャァァァッ!?
ーーァッッッッ
ーーコゲコ、ゲ、ゲ、ゲェ……
ましてや、避けきれずに蹂躙されたギーク・スパゲッティたちは……一瞬のうちにして灰すら残らなかったのだ。
それでもなお究極は、団地の構造物を蒸発させながら、大気をも窒息させながら突き進んでいって。
製鉄プラントへ直撃する直前に、アリステラが手を翻したことで夜空へと昇っていったのだった。
「恩に着るハルト、一人では詠唱妨害されてばかりだったからな。この調子で残りのヤツらも殲滅しよう」
「っったく心臓に悪い! アロー系でこれなんだから他の魔法なんか想像もつかないな!」
「それなら問題外だ。……私はアロー系以外の攻撃魔法を覚えていないからな」
「は?」
……大魔法師は、明後日の方向を見つめながらかく語る。
「いや、漂泊チートのせいではなくてだな……。きみたちが魔法フォーマットに用いる『X言語』は、それこそスパゲッティのように意味と概念が絡まりすぎていないだろうか」
「……続けろよ」
「例えばアルファベットだけでもなぜAからZまであるのだ、多すぎる。ブラケットもカギにパーレンにヤマにキッコウにスミツキ、その一つ一つを各センテンスに繋げないといけないなぞ……私には理解できない」
「俺にも理解はできないが、おまえが勉強できないってことだけはわかったよ」
「我流でアイテムを製作してきたから問題無い」
「どうりで……」
猛勉強して100も200も(ニッチな)魔法を覚えているらしいイエと、ある意味では互角のような気さえしてきたハルトである。
ーーバックアタックダ!
「あっ」
「あっ?」
そう、デキる女感を出しているのに妙に無防備なところとかも。
アリステラは、スパゲッティたちにさらわれた。
「おいまたかよ!? アリステラぁぁぁぁ!」
「私のせいではない……! 助けろ!」
「世界一カッコ悪いぞ!」
ギーク・スパゲッティたちはアリステラたちを引っ掴んだままとんぼ返り、上方へ飛び去ってしまった。
ハルトは熔解したコンクリートの合間を縫って行き、階段室を駆け上がった……。
そして、たどり着いたのは屋上。
そこには、アラビアータスパゲッティでできた巨大な巣があった。
壁の無い、モデルルームのような形の巣。なぜかテーブルやソファ、本棚らしきものまでスパゲッティで再現されていて。
流行りの菓子や酒、美容品、はたまた最新のスマートフォンなどが収集されていた。
なんだか大学生のサークル部室のようである。
ーーレア! レア! キュンキュン~♡
「なんだこの巣は……! 私はおまえのアクセサリーではないぞ!」
そんな中。スパゲッティで拘束されながらソファにドールよろしく座らされたアリステラと、あざとく感激のポーズをとったナード・スパゲッティがいたのだ。
「食い物扱いされてないだけマシだろ! 今行くからおまえも頑張れ!」
ーーヲタタタタ!
ーーマモル! マモル!
ーーオレタチノヒメ、マモル!
ーーファララララランクスクスクス!
ーーゼンインシュウゴウ!
ーーデテコイヤ!
巣へ突撃しようとしたハルトたちの前に、どこからともなくギーク・スパゲッティたちが集結。両腕を盾と警棒の形状へ編み、密着しあうことで防御陣形をとった。
ーーヒメメメメメ! キャ~! コワ~イッ、ミンナムリシナイデ~!
ーーヲヲヲヲヲヲヲヲ!
「なんかイラッとくるなおまえら!?」
察するにあのぶりっ子ハーピィを取り巻くコミューンらしい。ハルトはパラレラムの出力を上げ、反動大のチャージショットを膂力の限り連射した。
だが、
ーーヲタヲタヲヲヲヲタッ!
ーーホイホイホホイ!
ーーハイッハイッハイッ!
ーーウツクシイ~!
「そ、逸らしたぁ!?」
主に警棒を振り乱し、ギーク・スパゲッティたちはキレッキレに踊った……『水』の魔力が逆巻いて『火』の魔弾を逸らした。
ーーウエダウエダ!
ーーキヲツケロ!
ーーセッカクダカラクラットケイ!
「さ、酸だぁぁ!?」
驚いたのも束の間。別動隊として空を飛んだ数体がナポリタンの具材にしか見えない糞で……強酸性の糞で爆撃してきた。
「くっそ! リペアパウダー……!」
全身から急いではたき落とし、携行ポーチから取り出したリペアパウダーを頭から被る。ついでにスタミナポーションをがぶ飲む。
なんとか相殺できたが、機動性を確保するために携行品もそう多くは提げていない……。リペアパウダーはあと1箱あるが、避けていった先からまた糞がかすめていった。
「なんだこいつら……さっきよりも統率取れてるぞ! あの女スパゲッティのせいか!」
ーーステキ~! ミンナ、ミンナ、カッコイイ~! ンフフフフ♡
いかにも、ナード・スパゲッティの乳房を象るミートボールから音波状のエーテルが発せられ、それを浴びたギーク・スパゲッティたちは異様に勢いづいているようだった。
「だいたい、こんな魔物は見たことも聞いたこともないぞ……!?」
「それもガイドブックに書いてあっただろう! 聖塔ダンジョンには必ず未知のボスモンスターがいる……ここがフロレンシアの演算した夢の中なれば、世界に今後現れるだろう新種や変種がシミュレートされているとな!」
「それはわかってるけどさ、っ、何がどうなったら空飛ぶスパゲッティモンスターが生まれるんだよ! 弱点を連想しようもないんだが……!?」
新種だろうと変種だろうと、無から生まれたのでなければ類推できる魔物や生物のタイプがあるはず。ハルトはそう考えていたが、かの麺類たちに何を見出だせというのか……。
それでも、
「違う! 見た目に踊らされてはいけない! こいつらはハーピィの変種だ!」
「はあ!? ハーピィ!?」
『眼』を宿した彼女は、ナイフでスパゲッティの拘束を削りながらハルトの焦燥を正した。
「この巣を見てようやく確信がついた……新大陸の西海岸に生息するヒルズ・ハーピィは、人間が執着している嗜好品を集めて生活風景を真似る習性がある。スパゲッティになっているのはともかく、空陸の連携戦法や強酸性の糞も合致する……!」
識るべき本質を視る。それが、彼女らしさなれば。
「ハーピィか……! じゃあ弱点は……!」
「ーー食らえぃ鳥目ヤロウ!」
ーーヒミャッ……!?
と。ナード・スパゲッティめがけて二本の強烈な光線が照射され、大いに動揺させた。
その元凶は、隣の団地の屋上にいた。
改造大出力工業規格違反懐中電灯を振るう詩英莉と、めいっぱい掲げた二枚のディスクに光を反射させた茉里が。
「ハーピィがなんだってぃ!? とりあえず鳥ならキラキラCDが苦手って相場が決まってんのだわ!」
「詩英莉さん~、それって科学的根拠はあんまり無いんだけどね? まあ鳥目じゃのうても、こん光はキッツいみたいじゃがのう」
「詩英莉、茉里……!?」
ーーナニ!? ナニ!? エッエッワカンナ~イ!
鳥類は、異質な物体や事象が視界に飛び込んでくると本能的にパニックを起こしやすい。なんとも鬱陶しい調子でダブル光線を照射されて、ナード・スパゲッティは身をよじった。
ーーヒメチャン!
ーーマモル! マモル!
ーーナカマナカマ! イッショイッショ!
音波のエーテルが乱れ、ギーク・スパゲッティたちの統率がやや乱れた。
ただ、まだ、隊列を崩すには至らない。ハルトが切り込んでみせても「うぉっ……!?」、数瞬だけ拮抗したが盾の壁に押し返された。
(まだ足りない! あと、一押しあれば……!)
そう、
「ーーひぅ、ひぅ、はひゅぅぅぅぅ……けほけほ」
あと一押しの決定打は、えてして、遅れて叩き出されるものだ。
「癒子ぉ遅いのだわ」
「だいじょぶ癒子ちゃん?」
「団地の、階段、ちょっと、ちょっとだけ高くて登りにくいです……」
(古い建物だからな……って違う違う癒子!? やっぱり来たのかよ!)
膝を大爆笑させながら、詩英莉と茉里がいる隣の団地へ癒子も上がってきたのだ。
あのセーラーワンピース姿に、なぜか、先ほどは持っていなかった通学鞄を引っ提げて。
「状況把握、です」
ハルトとアリステラがいる屋上を見渡せば。さながら救急隊員よろしくきびきびと、通学鞄を開けて。
そこから取り出した医療鞄を、さらに開けて。
「参ります」
引っ張り出した中身を、着込んだ。
翻ったそれは、大きな、真白。
「《アイバルーン》」
白魔法師ローブを着込んだ乙女は、詠唱とともに両の手を突き出した。
(なッッ……!?)
夜闇を駆けてきた『風』色の輝きは、紛うことなく魔法によるエーテルだった。
それが、ナード・スパゲッティの間近で形を成した。
ーーヒッッッッ、メ!?
目型の風船。
ようやっとフラッシュライトに慣れかけていたナード・スパゲッティは大いに怯んだ。
なにしろ風船は同心円状の模様を気味悪く蠕動させ、瞳の部分には錯視を催す図形がランダム表示され、おまけに目の前まで絶えず追尾してくる嫌がらせの権化だったからだ。
その名もずばり、鳥避魔法。
目玉風船を怖がるのは猛禽類の目を連想してしまう小鳥ぐらいのものなのだが、魔法仕掛けのソレにはハーピィでも嫌気が差すだろうウザさがあった。
ーーヤメッ、メ、メメヒメッ、ヤメテヨッ、メメメッ……
「《アイバルーン》、《アイバルーン》、《アイバルーン》《アイバルーン》……ぅぷ、エーテル飴ちゃん飴ちゃん……《アイバルーン》」
懐中電灯の光は背を向けさえすれば避けきれた、が、同じ対処法をとったナード・スパゲッティの目前に目玉風船が増産されていった。目を逸らすたびに、何度も、何度も。
それら一つ一つは触腕で打ち払ってもそうそう破裂することなく、ノックバックしては気持ち悪い凝視の包囲網を狭めていって。
「「チカチカチカチカチカ」」
もちろん、隙あらばCDダブル光線も目を狙っていって。
ーーヤ…………ヤメロヤッッッッ、クソビチガァァァァァァァ!!
ナード・スパゲッティが、キレた。
カワイコぶった様から、それはまさに豹変といえた。
華奢だったスパゲッティボディが、ぶち切れた青筋がごとくマッチョになったから。
その負荷で、乳房の巨大ミートボールが崩れ落ちた。
ーーブチコロスゾ! ヲラァ! イケッ、イケッッ、キモブタドモォ! テメェラノ✕✕ナ✕✕✕ナンザ✕✕コイテナイデヤツラヲコロシテコイッッゥォォォォァァァァ!!
ドスの効いた叫びを撒き散らしたナード・スパゲッティは、もはやメスであるのかも疑わしい化け物だった。
ーーエェェ……
ーーナ、ナニ、ナニ……
ーーシラナイ、シラナイ……
ーーオレタチノヒメチャン、チガウ……
ーーコワイ……
そう。アイドルじみた化けの皮が剥がれてしまって、カノジョの衛士たるギーク・スパゲッティたちは絶望してしまったのだ。
警棒と盾がほどけて。身体も萎れて。ぷっくりと乳房が膨れて……群れは男女逆転。
「ふん、ぬっ……!」
今度こそハルトは、完全に統率を失った陣形を蹴散らした。前蹴り一発でドミノ倒しになっていったのを足掛かりに、跳び越えた。
「友達は大事にしろよ! おヒメ様ッッ!」
ーービメュッッッッッッ……!
そして。着地地点のナード・スパゲッティへ二丁剣銃を突き立て、切り下ろすとともにチャージショットをぶちかました。
アラビアータ(怒りんぼう)スパゲッティは、三枚下ろしに爆散したのだった。
「《ファイアアロー》+99……!」
そしてナポリタン(屋台骨)スパゲッティたちもまた。ナード・スパゲッティの討伐により崩壊した巣からアリステラが解放され、炒めすぎなほど燃え尽くされたのだった。
クリア条件『ナード・スパゲッティとギーク・スパゲッティの討伐』……達成。
するとどうだろう、
凄まじい震動と轟音が、世界に降ってきた。
「は、はぁ……!?」
ハルトはその決定的瞬間を目撃していた。
天から降ってきた巨大チェーンソー……聖刀『モチーフウェポン』……聖塔が、団地の向こうの製鉄プラントへ突き立ったのだった。
「「あ」」
ポンッ、と。詩英莉はバトルドレスなシェリスへ、茉里はラバーメイドなマリーへ復活したのだった。
「おかえりなさい、シェリスさんマリーさん。……あ、それとお待たせしましたハルトさんお姉さん」
「「「「…………」」」」
ただ一人、すでに白魔法師ローブを着込んでいた癒子……ならぬイエはまったくもって変わらなくて。二棟の団地の距離感くらい微妙な間を以て、彼女以外の四人は顔を見合わせた。
「《ヴィント・ダス・クローネ》(凪がぬ風冠)」
「シュネーヴィ~……」
ーー 《イークイップ》 ーー
ーー レベル44 金剛円匙シャーフェス・エス・エスツェット ーー
ーー 《イークイップ》 ーー
ーー レベル26 妖精機シュネーヴィ ーー
『ガガガ』
とりあえずとばかりに引き出された、シャベル、メイドメカ妖精機。
『風』エンチャントとエーテルバーニアを駆って、イエも連れてハルトとアリステラのもとへ合流
してきた。
「よっっ、兄弟ネエちゃん! ぃゃぁ~すっかり寝ぼけちまっててメンゴメンゴなのだわ~、ほははははははほははははははは」
「え、えへへ。ごめんちゃいのう~」
「笑って誤魔化すな!」
「まあ、謝ることでもない。助けてはもらったからな」
「どういたしましてです」
「「「「…………」」」」
そして改めて、四人が凝視したものだから。イエは「えっ」、ワケがわからない様子で瞬いた。
「……ごめんなさい、これでも全速力だったのですけど何か遅れてしまったのでしょうか? 『まともな装備も無しで連れていくわけにはいかない』とのことでしたので、ローブが入った鞄を七番館まで取りに戻っていたのです」
「ま、待って待ってイエちゃん。ほんじゃあ、わりゅーすりゃあ(ひょっとして)……」
「……いま目覚めたわけじゃねぃのだわ?」
「はい?」
「いやいやいやいやっ、だからっっ、おまえもう目覚めてたのか!? いつから!?」
「去年の4月6日からですけど」
「初日からではないか……!」
アリステラでさえも驚愕したことで、さすがの天然危険物乙女もようよう察したようだった。
「……あっ。えっ? ……なるほど、ハルトさんもシェリスさんもマリーさんも今まで目覚めていなかったのですか?」
「そうだよ!!」「そうでぃ!!」「そうじゃてえ!!」
「それならばなぜ私にさえ明かさなかった……。あなたの協力があればまた違った解決もありえただろうに」
「ごめんなさい……? みなさんがこの夢の生活にものすごく溶け込んでいたので……お姉さんをスルーしてスパゲッティたちと戦わないのも、何か計り知れない理由があるに違いないと黙っていました」
「誰が自分から溶け込みますかっ。記憶を失くしてたんじゃあてえ、イエちゃんも聞いとったじゃろ?」
「それはもちろんです。ただ、私でもすぐに目覚めたのにみなさんが目覚めていないなんてありえないかなと」
「ナチュラルに煽ってくんのだわ~。イエ子のほうが特殊だってんでぃ」
「さすがに一年もこのままで心配になってきたので、今日は、私が目覚めた時に持っていたメモをハルトさんに渡してみたのですが……」
「あっ!? これっておまえのだったのかよ!?」
ハルトは、授業中の居眠りで見つけたメモをポケットから引っ張り出した……、
と、一緒に仕舞ってあったもう一枚の紙も付いてきた。
七番館でハルトが手に入れた、あの処方箋も。
「そうか、だから二枚あったんだ……。いつもなら言ってなくてもグイグイくるのに、おまえってばなあ……」
「……実は、もう一つ」
ハルトが「いいけどさ」と締めくくろうとした時、イエは改まった風に姿勢を正した。
「実は……この夢が、とてもキラキラしていたので。現実の時間には影響しないとも聞いていたので……」
どんなに長い夢でもけっきょくは刹那の泡沫、記憶の中の幻。そう知っていてもなお、彼女は喉奥で言の葉をもて余して……。
「……もう少しだけ、もう少しだけ……と、欲張ってしまいました。ごめんなさい」
そう頭を下げたイエを、誰も叱責なんてできなかった。
「……いいよ。こんな夢なら悪くないさ」
誰もが、締まらない笑みに気恥ずかしさを含んでいたのだから。
≒
製鉄プラントへ。
聖塔の麓へ。
その刀身には、ご丁寧にも『EXIT』と光る未起動のゲートが生えていた。
「この夢のヤツらがイジってなくてよかったな」
「お巡り一人来てねぃし大丈夫だろぃ。スパゲッティどもがほっとかれてたのと同じなのだわ」
「おーいきみたち」「ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ」「野次馬もほどほどにな」「なんだろうなあこのチェーンソー」「ま、できる範囲で仕事するかー」
そう、衝突からしばらく経っているはずなのに。夜勤の従業員たちが不思議そうに見上げているばかりで、警察なんて来る気配もなかった。
「彼らに限った話ではない。夢に包まれ、目を閉ざしてしまうのは私たちにも有り得たことだからな」
アリステラがゲートの目前に歩み出る。
ゲートにはこれ見よがしに起動装置が付設されていた、が、異様に数が多かった。
レバー、ボタン、スイッチ、ウインチ、バルブ、クランク、スライダー。
『ON』の表記や矢印にて、これまたあからさまに導かれていたのだ。
夢を出るためのそれらを、アリステラは一つずつ起動させていく。
「なにしろ聖塔ダンジョンからの帰還率は、私が識る限り4割程度だからな」
「よ、4割っ?」
大穴で見た活気を鑑みれば低すぎるだろう数字に、ハルトは面食らった。
ただ、マリーが怪訝そうに挙手をした。
「8割じゃなくって? 聖女教会が公表しよる数字じゃがのう」
「間違いではないが、それは1度あたりのダイブの帰還率だ。すなわち……」
装置の数がゆえ、誤作動やうっかりはありえない起動手順が進められていく……、
「1度でもこれらの夢を味わってしまった者は、往々にして2度目3度目のダイブを繰り返す。……報酬のマジックアクセサリーや名誉のためではなく、夢そのものを求め、いつしか呑まれてしまうのだ」
夢から目覚めた者たちは。自らの手で、一つずつ、世界を終わらせるこのゲートを開けざるをえない。
「記憶が戻らないまま夢の中で終わってしまった者、記憶が戻ったうえで夢の中での終わりを選んだ者、そして……最初からクリアする気は無く、夢の中で終わるために身を投げる者」
無為にも長いその時間の中で。きっと誰もが、まだ間に合うという啓蒙(光)に触れることだろう。
「『『星』の意志が眠る地』テラアウス。……この天罰に穿たれてから、ずいぶんと変わってしまったよ」
少なくとも、見る限りには光に眩む様子も無く。チェーンソー塔を見上げたアリステラは最後の装置を起動させた。
見慣れた《リターン》術式の『光』がゲートの内に開かれた。
「探索者が夢をクリアしようが呑まれようが、どちらにしろ夢は『星』へ還るのだ。……誰にとっても不服は無い、あいつならそう言うだろう」
と……ゲートこそ起動完了したが、そこで終わりではなかった。
チェーンソー塔が抉った地面の裂け目、その端々から亀裂を象った『光』が放射され、一所に集束した。
すると、人が飛び込めるサイズの穴が開いたのだ。
そこにはまた、白と黒の夢が揺蕩っていた。
「この先に待つは、そんな優しくも冷酷な女だ。……私よりもよほど、世界の上位者にふさわしいのは確かだがな」
「『招待状』っていうのはこれのことか……」
「夢の中でまた夢に落ちたらどうなるのでしょう?」
「ゾッとしねぃなぃ!」
第七隊は迷うことなく、夢のまた夢の穴へ飛び込むのだった……。
≒
◯
「……は?」
気づけば。ハルトたち第七隊は、悪夢の中にいた。
そこは、白と黒の『光』の大空洞だった。
帝都ベルロンドだっていくつも収まるだろう、しかして一部を除いて空虚なる天と地だ。
天井には、白黒の『光』色クリスタルが無数に生えていた。
それらが絶えず流動することで、何か街並みの立体地図らしきものを逆さまに表していた。
地表には、黄昏か暁のような『闇』色の超巨大クリスタルがただ一つだけ鎮座していた。
……『眼』の形をしたそれは、天井から地表まで突き抜けてきたチェーンソー塔によって一刀両断されていた。
そして天地には、長すぎる黒髪が幾何学的に張り巡らされていた。
「ーーようこそ、『星』の胎内へ。お待ちしておりましたわ」
そして大空洞の天元(中心)には、この胎の主が立っていた。
「……その笑いをやめろ。フロレンシア」
「あら。わたくしが笑っているとおわかりでございますの、勇者様?」
張り巡らせた髪によって磔となった、口の無い女が。
まるで薄い笑みのような十二枚もの翼を有した、天からの遣使いが。
光臨の間にて託宣を下していた人形、そのオリジンであると一目でわかる……聖女だった。
装いは純白のドレスシャツと漆黒のプリーツスカートへ、軍服の一種であるブレザーを陽光色に重ねたもの。ただし軍人らしさはまったく漂わずガーリーなばかりで、ピンクのリボンタイが舌を出してみせるようにちらついている。
(……聖女像や人形を見た時からなんとなく感じてたが、こいつ……)
口にあたる箇所には滑らかな肌しか無いのに、細められた眼差しさえ見れば誰が見たって薄い笑みがあって。
その表情のせいで認識が解離しがちだったが、ハルトは小さな『勇者』の横顔を見ながら改めて思うことがあるのだった。
(……アリステラと瓜二つじゃないか。姉妹か親子みたいに)
「あらあら、そんなに見つめられると照れてしまいますの騎士様。この身をさらけ出すのは数百年ぶりでございますから」
外宇宙へ離れた創造神の伴侶、この『星』(世界)のルーツたる『光』の御方は悩ましげに頬へ手を添えてみせた。
磔によってつま先だけ地に触れたサンダルが、キンと響いた。
「それでは約束どおり、お話させていただきますわ。わたくしたちの『敵』について」
黒髪を『光』が走っていけば、やがて到達した天井にてクリスタルたちが活性化するのだ。
「その名を、渾沌について」
聖女あるいは再世女は、かく語る……。
続
(1話につき4部分構成の短編~中編連作です)
(毎週月曜日、18時頃に更新中です)
(1話完結の翌週……つまり5週間に1回、次話の準備期間として更新にお休みを頂きます。よろしくお願いいたします)
※(次回更新は6月19日(月)の18時頃です)




