Karte.23-2「『聖塔ダンジョン』」
【ハルト】……ベルアーデ帝国騎士団第七隊所属、双剣銃を手にイエへ寄り添う青年騎士。18歳。
【イエ】……極東ニフ国の乙女で、大体いつもレベル1なのにチートのような守護精霊の力を使える白魔法師。16歳。
【マリー】……ドワーフのミニマムレディ、妖精機シュネーヴィを操る魔導技師にして第七隊のメイドさん。19歳。
【シェリス】……第七隊隊長、魔法剣ならぬ魔法シャベルを振り回すハーフエルフの残念系王女。20歳。
【アリステラ】……イエを守護する旧き『星』の意志であり、自称『勇者』。自称17歳。
◯
「なるほどなるほど。勇者様の『敵』様はチートの力を利用するために転者の方々を狙っているのではないか、そして解放した記憶がわたくしの関与を囁いたと……」
先日、ハルトたちはこの世界に落ちてきた異世界人たちの保護を試みた。……残念ながら誰も救いきることはできなかったが、その過程でアリステラは一つの記憶を解放できたのだ。
ーー「……あらあら。また懲りずに転者の方なんてお救いになっていますのね、勇者様」
ーー「……っ! 貴様……フロレンシア……!!」
実際、それは今まさに、アリステラが表示させた『眼』型のウィンドウにて再生されていた。
ガラクタの城、消えた王の向こうに立っていた薄い笑みの女の記憶だ。
記憶の主が見つめようとしても、なぜだか焦点がまったく定まらずに終わりを迎えてしまったが……、
あの聖女像のような長すぎる黒髪、チュニックとマキシスカートの装い、何よりも特徴的な声音はなんとか捉えていた。
「……うーん? よく覚えておりませんわ。たぶんお会いしたのでしょうけども、なにしろ神代からのご縁でございますから」
「かまわない。この記憶はあくまでもきっかけ、証拠になるとは考えていない。もとよりチートで封印されているくらいだもの、因縁深いあなたを疑うよう改竄された記憶の可能性だってあるわ」
「そうですわね? わたくしが関係しているというか、何かの偶然でその場に居合わせていただけではございませんこと?」
「『偶然』か。では、これはどう」
ウィンドウが通常のものに戻り、表示されるビジョンも切り替わる。
FPSが低いためにカクついたそれは、通常種のフェアリーで録画された活動写幻である。
ーー『それってつまり……』
『ヲタクWiki』なるチートスキルを開いた青年が、娼館スタッフの休憩室にて消失した瞬間……、
その時に何が起こったのかは、コマ送りしたとて何も録れていなかった……文字通り一瞬で消失していたものの、
極限まで増幅して、やっと、ある音を捉えていた。
『 B A N 』
……まるで首筋を啄むように、愛に満ちた女声を。
「……これはあなたの声でしょう、フロレンシア」
「そうですわね?」
表情豊かな聖女人形は、まったく同じ声で薄く笑い続けていた。
「1つだけなら偶然でも、重なれば必然へと近づいていく。それに異世界人たちが消失した際には、『敵』の痕跡なのでしょう『光』のエーテルが残るらしいことがわかっているわ」
ーー無人となった椅子の周りに、ガス灯の明かりとは違う残光がかすかに立ち上っていた……。
休憩室を映した活動写幻に1つ。
ーー「目を何度擦っても。名残のような光がチカチカと、お二方がいらっしゃった場所にちらつくだけでした」
もう1つ、こちらは証拠ではなく証言ではあるが、ある執事が語った追想の録音。
「……『光』を司るおまえが絡んでるとしたら、辻褄が合うことだってあるんだ。あの『白式』だって、|『星』の意志のかたえに立つ者なんて騙ってるが本質は『光』に近いんじゃないか?」
ハルトは一歩踏み込んだ。
「以前、俺たちを追ってきた『黄金夢魔』は『深淵』の霧に阻まれた。アリステラに寄生して人の島まで来た『真白の幽鬼』だって、化け物じみた再生能力を持ってたのに最後は『闇』に押し潰された。相反属性の『光』が本質だとすれば説明がつく……」
「騎士様、仮定に仮定を重ねてはいけませんわよ。理論は剃刀で削ぎ落とすように過不足なくあるべきですの」
対してフロレンシアは、はじめて、ほんのわずかにだけ身を乗り出して皆を見下ろした。
「せっかくのお言葉ですけれど、皆様が仰っているのは全て状況証拠でございますわよね? わたくしが中心にいるという答えありきで謎を考えていらっしゃるのであって、その仮説を目隠ししてしまえばわたくし自身の仕業とは何一つ確定できませんわ」
「てやんでぃっ、持って回った言い方してねぃで無罪主張でもしてみるのだわ。その千年単位の知恵袋にネエちゃんの『敵』の心当たりがあんなら、そいつをゲロるだけでとりあえずは命拾いできるぜぃ?」
「ありがたいお言葉ですわ。うーん、さりとてどうお話いたしましょうか……うーんー……」
アリステラの『敵』がフロレンシアを陥れようとしている、と主張されたとしてもハルトたちには同じことだ。
もとより、たしかに、今はまだ点でしかない手がかりを線で結ぼうとしている段階。痛いところだ。だからこそフロレンシアが謀ろうとしたとて、その真偽を確かめるべく突き進むべきなのだ……。
「べつに否定はしておりませんわよ? そうです、わたくしこそ『白式』の元凶でございますわ」
ーー 《イークイップ》 ーー
ーー 《イークイップ》 ーー
ーー 《イークイップ》 ーー
「え……?」
瞬間。素手が基本のイエを除いて、ハルト、シェリス、マリーはフェアリーに得物を引き出させた。
「血の気が多すぎるんだよアンタら! 聖女フロレンシア、アナタもご自分が何を言ってるのかおわかりか!?」
「ふふふふ」
フロレンシアはホールドアップとともに両の手のひらを見せていたが、その被造物じみた薄い笑みと同じように見通せなくて。ハルトは二丁剣銃を、シェリスはシャベルを、マリーは妖精機メイドを構える姿勢を強めた。
「けれども、あなた様も『白式』の元凶でございますのよ? 勇者様」
だが、そう、聖女は手を打ち合わせてみせたのだ。
「……っ? なにを言っているのあなたは……」
「知りたいですわよね? あなた様とわたくしの『敵』のこと。予測ですとあと1周期はわたくしのもとにたどり着かないと思っていたのですけれど、やはり転者の存在は無視できませんのね」
「なにを言っているのですか? あなたがお姉さんの『敵』なのでしょう?」
「いいえ、いいえ白魔法師様。たしかにわたくしはクリア聖戦を介して勇者様と立場を異にした敵同士ではございましたけれど、その先入観にこだわりすぎないでくださいまし。あらあらまあまあ本当に……本当に何もかも思い出せずにいらっしゃいますのね」
「……いいかげんにして。あなたの独り言には昔から嫌気が差しているの」
『思い出せずに』と刺激されたからだろう、アリステラのアリステラの頭上に『闇』のエーテルが現れた。
形を成したそれは、薄い笑み……、
いや、無数に喰い散らされた『半眼』だった。
「でしたら、本当のわたくしに会いに来てくださいませんこと? ここで真相を語るのは簡単でございますけれど、皆様に信じていただくためにはこの人形はスペック不足ですの」
アリステラが苛立った『独り言』の意味がハルトにもわかったような気がした。……この聖女は目の前にいるのに、他人に囲まれているのに、言葉は相手を通して自分にこそ向いているのだ。
「皆様のために、特別に入り口を開けておきますわ。テラアウスの地、聖塔ダンジョンからどうぞおいでくださいませ」
彼女は、答えず、応えたのだ。
「聖塔ダンジョンっ? ほんじゃあ、あん伝説はほんまじゃったっちゅうこと……っ?」
「……? マリーさん、セイトウダンジョンって……?」
「いらっしゃればおわかりになりますわ。はい白魔法師様、こちらが招待状でございますから失くさないようお気をつけくださいませ」
「はい、えっと……?」
フロレンシアが口笛を吹けば、手に容易く収まるサイズのクリスタルが宙に現れて……、イエがキャッチ。
それは、一見するとデタラメな数列が封じられた種型のクリスタルだった。
「クリスタルの種、です? それとも種のクリスタル? 中の数列はなんでしょう……」
「うん? それ、聖塔ダンジョンのシードクリスタルってヤツじゃないか?」
「セイトウダンジョンノシードクリスタル……」
救命以外の世事にはからっきしなイエがますます眉根を寄せていたが、困惑していたのはハルトたちも同じだ。
「ではでは、一度くださいませ!」
「「「「「っっ」」」」」
皆の足下に《リターン》のゲートが開いたものだから、考える暇すら無かったのだ。
「おまえもそれやるのかよぉぉぉぉ!?」
「……さてさて! お次に参りましょうか、教皇様!」
「ちょいと進言させていただいてもよろしいですかね!? 聖女フロレンシア!」
「却下ですわ!」
第七隊は、あっという間に落ちていった……。
◯
『あれから? 露骨なもんさね、アタシがアンタらの話を蒸し返しても徹底スルー。いつもと同じだけの光臨を済ませて、月が出る頃にはまたお隠れになっちまったよ』
フェアリーの念話越しに、シロリドが語る。
『……ま、半日でウチの鼻先まで戻って根性は買うけどね』
「ほっとけぃ! ベルアーデ式カタパルトがもう1台多く配備されてたら間に合ってたのだわ!」
「『アプフェル・カタポイット』は生身の人間を射ち出すものじゃないからあ! げに昇天するか思うたわいっ!」
ウィンドウに表示されたポートレートの喫煙姿よりも、今、テレパシーの向こう側にいる女教皇は色濃く紫煙を吐いているのだろう。
『とにかく、これで出番終了なんて寝覚めが悪いからね。今回も現地までは送ってやるよ、土産話抱えてちゃんと帰ってきな』
「今度の目的地は、前回の南極アン・アッシークより暑くないでありますね! みなさん、当移動小教会ランペドゥの航海をしばしお楽しみくださいであります! ボンボヤージュ!!」
エティルがバトンベルを回して指揮すれば、景色が取舵方向へ緩やかに回った。
魔法式ホバークラフト型水上移動小教会『ランペドゥ』が、今、夕焼けの大海原を爆走していた。
周辺を往く、コンテナ満載の帆船や護衛の海賊船ならともかく……スポーティーな機工高速艇まで追い抜く姿は、むしろ強襲揚陸船だった。
「……だそうだ。ま、今回はアリステラも死にかけちゃいないし、俺たちも少しは強くなってるって信じたいな」
「はいです。お姉さん、いろいろと言いたいことはあると思いますけど今は私たちと……あ、そうでした。お休み中ですよね」
あの深淵ダイブ以来の乗客となって、ハルトたちは礼拝堂のベンチに身を預けていた。
イエはぺしゃんこのフードへ手を突っ込もうとしてやめた……。
外に見える爆走の荒々しさに反して、内部はある意味で秩序立っていた。
「ではみんなっ、せっかくですので次のミサに向けた課題曲を詰めていくであります! 中盤からのシンコペーションを意識してえっ、スリーツーワンッハイッ!!」
「「「「「「「ランララランラッララルラララルララア~~~~ァ♪」」」」」」」
エティルをはじめとした聖歌隊シスターズが、讃美歌と祈りを交代で捧げていた。
というのも彼女たちが発したエーテルが、室内に散りばめられたエーテリークリスタルへ充填され……動力源となっていたからだ。
この礼拝堂は基幹にして機関。魔法大国ブライティナの各所でもよく見られる、昔ながらの人力魔力発動所方式だった。
「ありがとねえエティルちゃん。……聖歌隊ってけっきょく何がメインのお仕事なんじゃあ?」
「何でもやるでありますよ! 出張ミサ、ボランティア、チートの収容と保護まで、教会と平和のためなら何でも!」
「なんでぃ、とどのつまりはぐれ騎士隊じゃねぃかぃ。ほははははっ、ちょいと見直したのだわティルティル!」
聖歌隊ライブをやんややんやと楽しんでいる王女と侍女はまだ気づいていなかったが、
ハルトはパノラマガラス越しの大海にとあるモノを見つけ、イエの肩を叩いて知らせた。
「ほら、イエ。見えてきたぞ」
「あれって……」
ちりつく夕陽に目を眇めながら、ソレを目視したイエはきょとんとした。
「斜塔、です?」
彼方に広大な陸地が……、
そして、その天地を貫く斜塔の影が見えてきたのだ。
「……頂上が見えません。天までずっとずっと伸びているような……」
「実際、宇宙(天)まで届いてるって噂だしな」
まだ彼方の影でしかないのに、西陽を喰らって赫奕と照り返す威容が。
「……あるいは、天から降ってきた聖女フロレンシアの罰ってな」
◯
テラアウスは、かつては小大陸として数えられていた天地だった。
ほぼ真円に近い大地は阻むものの無い海原にのみ抱かれ。他の大陸から至るマナエーテルが絶妙なバランスで流れ合うことで、気候には穏やかな四季が成立していた。
だが。今やこの地は、かつての半分以下の大きさでしかなかった。
中心地からほとんど海辺まで、抉られ、貫かれていたからだ。
他でもない、神代の終わりに天から降ったという聖なる刀によって。
それでもここはテラアウス……旧くは『『星』の意志が眠る地』と謳われた領域。
いつしか『聖塔』と名の揺らいだ巨大機械刀……チェーンソーが、いまだ一点のくすみも無く突き立っていた。
「背伸びしたってテッペンは見えないぞ」
「あぅ」
その間近にて。つま先立ちでひっくり返りかけたイエを、ハルトはすんでのところで背から支えてやった。
聖塔ダンジョン……『星』の意志を弑したソレは、聖堂じみたドームによって隔絶されていた。
そしてその周囲には、円形に広がり続ける迷宮じみた町があったのだ。
「大型ダンジョンの周りには『ホーム』というものが……町のようなものができる、とはムウ修道会でも教わりましたけど。今まで見てきたどのホームよりも大きいです」
「なんていっても世界最古の未踏破ダンジョンだからな。……俺も実物見るのははじめてだが」
町に在るものといえば、全て、人と金が絶えず流れゆくものばかり。
仮宿、酒場、賭場、武具屋、防具屋、道具屋。
冒険するにあたっては何不自由なく、しかし定住するにはあまり向いていない。
規模こそ世界最大級だが、ここは流動こそを旨とした宿場町だった。
全ては、町の中心部にそびえる魔境のために。
同じような挑戦者たちが、町中に溢れているようだった。
「くっそ、前回の失敗はシード値のせいだ」「あんたが読み間違えたんでしょうが」「しかも4と7を書き間違える」「しょうがない、景気づけにまずは飲も飲も」
ダンジョンを見上げて奮い立つ者たちや、
「おう姉ちゃん、俺たち明朝に下りるんだけどよぉパーティ組まねぇか?」「んだんだ、それまで近場のクエストで肩慣らししてだな」「悪いけど待ち合わせしてるから。女引っ掛けるならよそでやって」
仲間や物資、あるいは不純な何かを求めて歩き回っている者たちや、
「おーーっす兄弟ぃイエ子ぉ! チキンフィッシュの干し肉を激安で買い叩いてきたぜぃ、転売で一儲けしようぜぃ!」
「こらシェリスさん! 一作り手として転売行為は許さんけえね!?」
「早かったですね、シェリスさんマリーさん。シュネーヴィさんも」
『プシュー、ルガガガ』
「絵に描いたような大荷物だな……」
ーー レベル26 妖精機シュネーヴィ ーー
シュネーヴィに超巨大な革袋を背負わせ、二人のもとに戻ってきたシェリスとマリーとか。
「あれ? エティルさんたちはもう行ってしもうたんじゃあ?」
「ああ、いや、あのドーム……『聖心盤』も聖女教会の管轄だからってついでに……」
「みなさーん! お待たせしましたであります! ソーリー!!」
と、噂をすれば、エティルが聖堂ドームのほうから走ってきた。
「話は通しておいたので、11の25番受付へ向かってくださいであります! ではでは本官たちはついでのついでに南極のダイオウムシを抑えてから帰るのでこの辺で! 良い夢を! グッドイブニング!!」
「お、おお……いろいろと助かったよ、またな」
「帰りの船賃はババアに請求すっからよろしく言っとけよなぃー」
もう宵の時頃だというのにまだまだエネルギッシュに、挨拶もそこそこに皆の脇を走り抜けていった。
「みんなー! お土産タイムは終了でありますよーっ、集合してくださーい! ……あれーっ? みんなー! エブリバディ!!」
バトンベルを縦横無尽にガランガラン鳴らしながら、あっという間に去っていったのだった。
「……えっと、それじゃわしらも行きましょっか。イエちゃんが《インベントリ》に荷物詰め終わり次第」
「ポイ、ポイ、ポイポイ……マリーさん、お願いしていた30年式ランタンが無いのですけど……」
「個人的なお土産は帰りに買いんさいっ」
そしてハルトたちもまた、町を後にするのだ……。
○
「「……おおお」」
イエはもはや当然ながら、実地を見たことのなかったハルトも目を丸くした。
「また、先が見えません。すごく大きな穴ですね」
ドームの内周には、聖塔を中心とした大穴が穿たれていたのだ。
深すぎるという意味でもそうだが、それは、ある神秘的な意味でも果てが見えないクレーター。
大穴には、固体とも液体とも気体ともつかない『光』エーテルが満ち満ちていたのだ。
白と黒が揺蕩い、しかし混ざり合うことは無く。そこかしこで幾何学的形状を組んだかとおもえばほどけ、また別の形の礎となる。
「……それに、人間が飛び込んでいってるっていうのは見てて異様だな」
そんな只中へ、数多の探索者パーティが身を投げていたのだ。
ドームは、方位ごとに跳ね橋式飛び込み台たちが設けられた『受付』だった。
『聖心盤』なるドームの名は、どうやらその全体像がダイヤルのように見えることからきているらしい。
魔法式の発動機関でもあるらしいドームから送魔線が張り巡らされ、ちょっとしたブース状になった各受付を稼働させていた。
「ーーえー、どうもお待たせいたしました。エティルくんから聞いておりますよ、あたしは11の25番受付を担当しますコロハッタ・フロールと申します。……あ、チリドーナツ食べます?」
「そんなデブの素は下げやがれぃ!」
第七隊への案内を担ったのは、ドーナツ入りの紙袋を抱えながらなんとも飄々とした神官だった。シスターが『フローラ』の称号を頂くように、『フロール』と名乗った彼も一応は聖職者に違いないのだろう。
「聖塔ダンジョンへの挑戦ははじめてですね。早く飛び込みたいかもしれませんが、規則なのでまずはこの聖地の成り立ちからお聞きください。ごめんなさいね、規則なんで」
(まあ、何が手がかりになるかわからないし聞いてて損は無いか。……ここは元々、『『星』の意志が眠る地』だったらしいからな……)
神官コロハッタは指先のチリソースを白黒法衣の黒い部分で拭うと、ガイドブックを開いた。
「『聖塔ダンジョン』。聖女フロレンシア様が旧き『星』の意志を追放し、新たな『星』の意志に……すなわち再世女となられた時に生まれた、大穴の中の異空間です」
「大穴の中の、です……? それではこの大きなチェーンソーは?」
「聖女様が降らせたとされる『聖なる刀』こと『モチーフウェポン』ですね。どうにもこちらのほうが目立つもんでタワーの意味で『聖塔ダンジョン』と呼ばれてはいますが、よじ登ったりしちゃいけませんよ。ダンジョンとしての本質は大穴のほうにあります」
と、恭しく示された大穴。
「新たな『星』の意志となった影響で、フロレンシア様は眠ることも、『夢』を見ることもできなくなりました。……そう、寝てる時に見るあの夢です。この『光』は全て、かの御方からこぼれた夢が満ち満ちたものなんです」
「ゆ、夢ぇっ? そりゃ概念化できるんなら記憶でも召喚獣でもエーテルに込められるがのう、クリスタルも無しでこがーに溜まっちょるなんて……」
「ええそのとおりです、エーテルの上位者たるフロレンシア様ならではの現象ですね。ですがその『溜まっている』という状態が問題でして」
たしかに神々しいばかりな反面、それは遠からず溢れてしまうのではないかと不安に思わせるほど溜まっていて。
「目覚めたらすぐに夢の記憶って消えていくでしょう? あれは『闇』のオドエーテル(体内魔力)の作用で断片化されてるからなんですがね、ご覧のとおりフロレンシア様の御身からこぼれた夢は断片化されずに溜まっていきます。いつか淀み、溢れて、世界に満ちる聖女の加護にも影響を及ぼしてしまう、とフロレンシア様はお嘆きになられておいでなんですな」
「アレがお嘆きになぃ~……」
「なんと?」
「なんでもねぃやぃ。ほんで?」
「なのでみなさんにはダンジョン攻略を通して、これらの夢の断片化……デフラグをしていただくってわけです」
ハルトたちは怪訝の面持ちを見合わせたが、コロハッタは人懐っこく笑った。
「といっても難しいことじゃあありませんよ。他のダンジョンと同じように、探索して、夢の核であるボスモンスターっぽいものを倒すだけで大丈夫です」
「嘘つけ……!」
ハルトはおもわずツッコんでいた。コロハッタが業務用マニュアルのように開いているガイドブック……町で普通に売られていた初心者用ガイドブックを、同じように開いてみせながら。
「ありゃ、持ってるなら先に言ってくださいよ
、ご存知でしたか。……ええまあ、はい、確かに他のダンジョンとまるっきり同じ戦いではないですがね、聞いたところでみなさんがやることに変わりはありません。そうでしょ?」
ハルトたちは頷きもしなかったが、反論が無いことを肯定代わりにコロハッタは肩をすくめた。
「見事クリアされた方々には、フロレンシア様から御礼として『聖女の微笑み』なるマジックアクセサリーが授けられますので……。いっちょご協力いただけますと世のため人のため助かるってもんです、はい」
と、チェーンソー塔の歯車の一つがやにわに光った。
するとどうだろう。その中から、『光』の魔力に包まれたいくつもの人影が飛び出した。
この聖心盤広場の中でも別格のように一段上に設えられた広場へ、《リターン》よろしく探索者パーティが帰されたのだ。
彼らが手を開けば、そこには少しずつ形の違う白黒のチャームがあった。
見ようによっては笑顔の象形ととれなくもない、大穴の夢に揺蕩う幾何学模様風の光輪だった。
「フェアリー! 《ステータス》!」「って『腰痛ガード』!? おい聖女様あ頼むよそんな老けてないって!」「僕なんか『視力+0.2』だぜ、コメントに困る」「やったあアーツスキル入り! ね、見て見て……えへへ……」「お、おう……俺も嬉しいよ」「中であんなことあったからって色気付くなよなーてめぇら」
チャームの効果に一喜一憂しながら。なんだか、嬉し恥ずかしといった具合に数人がモジモジしている様が印象的だった。
「ね、あんなふうな具合です。戦力増強に役立てるもよし、聖女教会としちゃ大っぴらに推奨できませんが売って小金を稼ぐもよしってわけですな。……ああ、『聖女の微笑み』に付与される効果はランダムなので苦情は無しでお願いします」
「聖女の御礼のわりにやることがセコ~い……。ランダム効果付きアクセサリーとか底無し沼じゃあてえ」
「滅多なこと言わんでくださいよ、幸運もフロレンシア様が尊ぶ素質の一つってことです。それに、一回でみんなアタリを引いちゃったら誰も飛び込んでくれなくなるでしょう」
(言っちゃったよ。……まああの性格からするとマジでそれが本音なんだろうな)
おだてて、すかして、自分の思惑へ導く。たとえ本音が明け透けでも、それ以上のメリットを与えて黙らせる。
『聖女』という御名の響きだけで、美しき花のように解釈すること自体が危ういのかもしれない。
「まあこんな伝説もありますから、みなさんも自分の幸運を試してみてはいかがですかね? ……聖塔ダンジョンをクリアしたパーティは、奇跡的な確率でフロレンシア様の御許へたどり着けるってね」
……ハッとしたハルトたちが一様に見つめたから、コロハッタは気まずそうに眉を掻いた。
「いや、ひょっとして本当に狙ってるクチで? さすがエティルくんが紹介してきた方々というか……。事情は存じませんがみなさんに光の導きがあらんことを祈っておりますよ」
そうしてガイドブックを閉じた彼は、受付台の上に置いてあったものをつまみ上げた。
あの、数列が封じられたシードクリスタルなるキーアイテムだ。
「あー最後にもう1つだけ……エティルくんから先に預かってたこのシードクリスタルのことですがね」
よく見ればブースの床には小さなくぼみが開いていて、種の魔晶がはめ込まれた。
ブース全体に刻まれていた魔方陣が完成し、さながらレンズよろしく直下の夢へ『光』を放った。
するとそこに。幾重ものゲートが少しずつ位相をずらして重なりあったような、『突入口』が形成されたのだ。
「下の夢はそれこそ無数にあるもんで。探索者のみなさんに公平感を持ってもらうため、こいつに任意の数列(シード値)を入れてもらって突入先を選定してるんですが……ちょいと妙なんですよ」
コロハッタは、シード値や探索者たちの情報が記入された台帳へ新たな行を埋めた。
「このシード値から導かれる夢は、なぜか開けないってんであたしらの間で議題に上がってたんです。発見したのはいつだったか……そうそう、あの『白式』が現れた直後だったと思います」
最初と同じくチリドーナツの袋だけを持って、飄々とした神官は第七隊へ一歩踏み込むのだ。
「……本当に、みなさんは何者なんですかね? 偽『白式』、なんて呼び名すらもふさわしくない気がしてきましたよ」
クワッと何か叫びかけたシェリスを手で制して、ハルトは肩をすくめた。
皆と眼差しを交わせば、誰もがもう覚悟はできているのだと見てとれた。
「それを、今から識りに行くんだよ!」
誰からともなく第七隊は駆け出した。
やはり本能的な恐怖は拭いされなかったが、躊躇は無く、夢の穴へ身を投げた。
「ほーっはっはっはっはっはぁ! 前回は『深淵』、今回はどこに殴り込めんだろなぁぃ!」
「次があるのなら落下以外の旅を希望します」
「マリーっ、もういいぞ……あいつを出しといてやれ!」
「オッケイ! シュネーヴィ、開けたってつかあさい!」
『ガガガ』
そして『光』が間近に迫った頃、シュネーヴィのどてっ腹が開放されて……。
「ーーおはよう……いいや、おやすみと言うべきか?」
ちみっこマリーが入り込めるくらいの広さはある腹の中の闇から、声が、
そして、長すぎる闇色の髪が溢れた……。
ハルトたちは、ついに夢へと呑まれた……。
(1話につき4部分構成の短編~中編連作です)
(毎週月曜日、18時頃に更新中です)
(1話完結の翌週……つまり5週間に1回、次話の準備期間として更新にお休みを頂きます。よろしくお願いいたします)




