Karte.23-1「まさに1854年ぶりでございますわ!」
【ハルト】……ベルアーデ帝国騎士団第七隊所属、双剣銃を手にイエへ寄り添う青年騎士。18歳。
【イエ】……極東ニフ国の乙女で、大体いつもレベル1なのにチートのような守護精霊の力を使える白魔法師。16歳。
【マリー】……ドワーフのミニマムレディ、妖精機シュネーヴィを操る魔導技師にして第七隊のメイドさん。19歳。
【シェリス】……第七隊隊長、魔法剣ならぬ魔法シャベルを振り回すハーフエルフの残念系王女。20歳。
【アリステラ】……イエを守護する旧き『星』の意志であり、自称『勇者』。自称17歳。
南エウル大陸、フルオラ教国。
神代の終焉の舞台となった聖霊大陸と、南エウル大陸とを繋ぐ橋渡しの地……、長靴のようなフルオラ半島全土を以てこの宗教国家は存在している。
その長靴の脛の辺り。経済上の首都エヌシアの中心部にこそ、世俗から独立した聖女教会総本山……エスト市国はあった。
『ようこそ、聖女を識る街エスト市国へ!』。
そんなキャッチコピーどおり、街は、聖女あるいは再世女フロレンシアへ親しむためのテーマパークじみている。
白黒ツートーンな法衣姿の神官たちが歌い、踊り、観光客たちを迎えるのだ。
地に降りた極光が如き大聖堂を中心に……、観覧車、サーカス、劇場、動物園などのパビリオンが居並んでいるのだ。
……そう、普段ならば。
今は、大きな聖女像が見守るメインストリートを中心としてざわめきばかりがあった。
長すぎる髪の少女の像。チュニックとマキシスカートを纏っていて、薄い笑みを湛えながら祈りの手を組んでいる。
歯車を繋げた翼を背負っているが、それは写実的というよりは後光に近い記号なのだろう。
そして、真っ二つに断たれていた。
聖女像のみならず、
その向こうのパビリオンまで、
街の外壁まで、
彼方の山まで、
『土』の魔力がいまだこびりついた粗い斬撃波が駆け抜けていたのだ。
「ーーふむふむ? 『チート使い、聖女像を一刀両断』……でありますか。カットインハーフ!」
『聖歌隊』隊長のシスター、エティル・フローラはタブロイド紙を開きながら聖女像の足元にしゃがみこんでいた。
オルガンの音色を思わせるハスキーボイス。一挙一投足は愚直なまでに折り目正しく、ダブルボトムスタイルの法衣にケピ帽を被った姿は楽隊員かのようだ。
トライテールの銀髪が、フルオラ地方の民によく見られる『陽光の恵み』の小麦肌へそよいでいる。
……アダルティな魅力の香る女性なのだが、みょ~んと伸びたアホ毛を帽子で抑えていた。
「『チート使いの出現報告がここ最近増加している。目撃者の証言によると、「いやに悟った顔した浮浪者がやって来てさ、木の棒みたいなのを振り下ろしたんだ。そしたら聖女像どころか街向こうの山まで割りやがったんだよ!」』……ウッデンスティック!」
紙面を閉じ、見下ろす。
ーー レベル3 熟練の 鋭利な 木の棒 ーー
木の棒が、凄まじい亀裂を穿ちながら石畳に突き刺さっていた。
「ーーあの。シスター」
そもそも、その持ち主は木の棒の向こうに立っていた。
「俺、なんかやっちゃいました? 山籠りの成果を試してただけなんですけど」
魔術処理が二重三重に施された拘束具姿の、こざっぱりした顔立ちの浮浪者だ。
からかうでもとぼけるでもなく、眼前の惨事を連ねた彼は本心から訊ねている様子だった。
むしろ、自分が何か謀られているのではないかと勘繰るような面持ちであった。
彼の監視と周辺の封鎖を担った聖騎士隊が、浮浪者の言い草に肩を落とした。
「あんた……」「よく言うよ」「チートの副作用で倫理観が抜けてるのか?」「だったらまだよかったんだけどな……」
「申し訳ありませんであります。本官はアホなので、おじさんが何やらかしたかはじっくり調査してからでないと答えられないであります。ノーコメント!」
ーー 《ステータス》 発動 ーー
ーー プリセット 『チート収容プロトコル』 ーー
エティルのケピ帽から飛び出したフェアリーが、浮浪者を分析する。
ーー レベル109 モンク ンディー ーー
ーー 警告! 警告! ーー
ーー チートを検出! ーー
ーー フロレンシックレコード 該当あり ーー
ーー チートスキル 《乗算式レベル補正》 ーー
ーー チート! チート! チート! ーー
「なるなる……聖女フロレンシア様、此度もこれなるチートに名をお与えくださりありがとうございますであります。ネーミング!」
世に一度現れた新手のチートや新種のモンスターには、この『星』全体を見守っている聖女フロレンシアによって名付けがなされる。そして『星』そのものに……フェアリーのメインデータベースでもあるフロレンシックレコードに情報が格納されるのだ。
おおよその性質が分かる名前であることが多いので、エティルもチート調査の際には重宝している。
『救えざるもの(チート)』なんて、収容プロトコルのためとはいえど再び使わせるわけにはいかないのだから。
「自己強化型ではなく、装備強化型チートでありましょうか。《バリア》……パキンッ……はい、こっちの木の棒はチートアイテムではないであります。アーマリーエンハンス!」
ーー レベル25 ゴー・ス・ベル ーー
障壁魔法で木の棒の周りを覆ってから、ベル付きバトンをチョップ。何ら異常無くへし折ることができた。
「隊長~、ただいまあ」「また新聞で情報仕入れてんの?」「うちら最前線の関係者なんだしべつにいらなくない?」「そんなタブロイドなんて大げさマシマシだし」
と、小杖風のハンドベルを装備したシスターたちの分隊が合流してきた。エティルと同じ楽隊風の法衣を纏い、しかしケピ帽ではなく標準礼装のベールを被った部下たちだ。
「いいえみなさん! 本官たちは世のため人のため平和のため、そしてチートを使ってしまった方のためにもあらゆる角度から調査しなければいけないのであります! アングル!!」
公正を体現するように浮浪者を示してみせたエティルだったが、シスターたちの表情は明るくはなかった。
代表して、一人が書類の綴りをエティルへ差し出す。
「……報告がまとまりました。この斬撃の直線上にあった村や観光地の、家畜を含めた物的被害……それに死傷者数は……」
……受け取ったエティルは、その一枚一枚を、一行一行をじっくり読み進めた。
「おじさん」
「はい?」
そして、浮浪者へ向き直った。
「情状酌量は図るであります。だけど、たぶん……もうお日様は見られないのであります。サンセット」
あくまでも同じ、公正なスタンスで。
「光の導きあれ、であります。セイントブレスユー」
指先を口元から頭上へ繋ぐ、聖女教会の祈りのジェスチャー。
部下のシスターたちも協力のパラディンたちも難色を示したが、やがてちらほらと祈りを繋げた。
だが、浮浪者はまだ理解できていない様子で首を傾げるのだった。
「なあ……俺はいつ帰れるんだ? 無能だ才能無しだって笑ってた兄弟子たちを早く見返さないといけないんだよ」
冷えきっていく封鎖網……、
一方、そこを遠巻きに囲んだ人々の間にはいまだ熱が渦巻いていた。
「噂の『白式』とかいう魔人どもは、人にチートを植え付けられるそうじゃないか!?」「追放されたはずの『星』の意志の手先だって!」「聖女教会はこの危機をどう捉えているのでしょう!」「フロレンシア様のお告げは無いのですか……」「せめて大聖堂で祈らせてはくださいませんか!」
『光』の抽象化であり聖女のシンボルでもある『歯車十字』を持ち寄った信者たちが、その敬虔さからパラディン隊を突破せん勢いで詰めかけていた。
「「「「…………」」」」
そんな一団の脇を、『堂々としていれば案外目立たない』作戦で通過するパーティがあって……。
「あ! おーいおーいでありますっ、ベルアーデ帝国騎士団第七隊のみなさーーん! ウェルカム!!」
わざわざ正式名称とともにエティルから手を振られて、4人組パーティは……ハルトたちはビクッと硬直した。
「おいエティル……」
「エティルさん……」
「珍しくシリアスなツラしてんなぃと思ったらこれでぃ」
「どうしちゃったのあの聖女像……? ……あん拘束具のおっちゃんがやったんじゃろかのう」
ハルト、灰がかった白金の軽装制服を装備した青年騎士。
イエ、真白の白魔法師ローブを着込んだ乙女。
シェリス、黄金のバトルドレス姿のハーフエルフ王女。
マリー、赤銅色のラバーメイドを纏ったドワーフのメイドレディ。
そんな彼らを見て、誰かが言った。
「……あれって、偽『白式』のベルアーデ騎士たちか?」
「あいつらがニセモンなんでぃぃぃぃ!!」
「シェリス! 余計なこと言うなってえ!」
信者たちがざわついた……。
◯
一般向けに開かれた大聖堂の向こうには、天を仰ぎ見る白亜の城郭がある。
最高位の神官たちが祈りと施策を日夜捧ぐ、『聖庁舎』だ。
その最奥の、地下深く……。
数百体以上もの聖騎士型ガーゴイルに守られた長い長い回廊、
そして幾重もの封印が施された転移ゲートの先に、
『光臨の間』と呼ばれる場所があった。
いわばそこは、逆さまの礼拝堂。
遥か直上に位置する祈りの場にして議場であるフローリナ礼拝堂が……天地逆転、長机も教皇の玉座も天井に張りついた空間だった。
礼拝堂の天井に描かれていたフラスコ画は床となり、黒髪に後光を背負った聖女の絵姿が中央にあって。
その胸元に空いた指先ほどの穴から、一切の霞み無き光柱が立ち昇っていた。
「ーーい、以上が開発中のエーテリークリスタル式『ラジオ』の概要です」
光柱の前に跪いたエンジニアらしき人物が、傍らの魔導機械を示す。
『光』属性を帯びた巨大クリスタル入りの、パイプオルガンじみた大仰な『ラジオ』とやらが聳えていた。
「『音』の単方向同時発信に特化し、魔法具『アクアズーム』などよりも遥かに安価で情報を届けることができます……。何よりも聖女様の権能である『光』の力の一端を……電気を用いた、人間の技術力の新たなる躍進といえるのです」
クリスタルがパチパチと光を……電気を帯びる。アイドリング待機中の筐体から白黒のエーテルスチームが排気された、が、瞬く間に空間そのものに呑まれた。
「ーー終わりました?」
光柱が、応えた。
それは赫奕なる女声。蠱惑的ないわゆるハスキーボイスなのに、太陽へ透かしたように爛漫な声音から幼く聞こえる。
「悪くお取りにならないでくださいませ。あなた様を呼んだのは、その技術の可否を判断するためではございませんことよ?」
光柱は、この『星』の天元より昇る啓示の終着点にすぎない。
すなわち、今、『星』の中枢に在る彼女の御姿を具現化させていた。
「却下、でございますわ。その『ラジオ』の開発と『電気』の実用化研究は、今を以てご中止くださいませ」
「そ、そんな!? ……聖女フロレンシア様!!」
歯車の翼を背負った、長すぎる黒髪の少女。
聖女あるいは再世女フロレンシア。
一目で等身大の球体関節人形であると分かる、イコン(聖像)でありアイドル(偶像)だった。
「こほん。このおトウフみたいに分厚いプレゼン資料を最後まで読めば良さが分かるのに……とかお思いでいらっしゃいます? ひょっとして」
読み応え満点の書類の綴りを、フロレンシアは「せーの」とパススローでエンジニアへ返した。
「そういう問題でもございませんの。わたくしは『ラジオ』のようなものが及ぼす悪影響を実体験として知っているのですわ」
「じつ、たいけん……?」
フロレンシアが掬い上げる形で手を広げると、この『星』を模したミニ舞台が映し出された。
「それは神代にも在ったテクノロジーでございますわ」
人型の『光』たちと、名状しがたい姿の『火』『水』『土』『風』が、摩天楼の街並みの中で疑い合う……。
「ヒトは公的に発信される情報が嘘や誤謬だとはなかなか疑いませんし、そうしたほうが楽でございますから盲目的に信じてしまうものですの」
と。エンジニアの『ラジオ』に似た塔が街中に植わり、刺々しい吹き出しを発信しはじめた。
それが皮切りとなり、人型たちとそれ以外は明確に争いだしたのだ。
「クリア聖戦の頃にはもっぱら、政治的プロパガンダ、印象操作、大衆煽動、深淵からタコ型魔物が攻めてきたーなんて風説流布に利用されてしまいましたわ」
光たちが……喰い合い……呑み合い……蕩け合う……。
「ですから。造ってはいけませんのよ」
そんな舞台が、手を打たれるとともに消失すれば。青ざめていたエンジニアがハッと我に返った。
「い、いいえ聖女様! 畏れながら、そうとわかっていれば運命は変えられます! 聖女様が再生なされたこの世界に生きる人間なら、私の『ラジオ』なら、過ちを繰り返しはしないと信じております!」
「さようでございますの? でしたらべつにかまいませんけれど……」
あっさりと。フロレンシアが頷いたものだから、エンジニアは目を丸くしてしまって。
「ではその『ラジオ』を世に放つ代わりに、あなた様の命を捧げていただいてもよろしゅうございますか? もちろん比喩ではなく死亡的な意味で」
「……へ、あ?」
……聖女の指導はまだ終わってはいないのだ。
「できますでしょう? ご自分の発明とヒトの力を信じておいでなら、その礎となるために命ぐらい喜んで捧げられるはずですわ。それくらいでないと……わたくしの指導を無視するお覚悟には到底釣り合いませんことよ?」
「う……うう、う……」
青ざめた顔色は蒼白に、丸くした目は瞳孔も開かんばかりの点に。
対して聖女は、べつに、怒っているわけでもふざけてもいなかった。
「……ふふ! なんちゃって、ですわ!」
「え……?」
ただただ、フロレンシアは薄く笑い続けていた。
「ただの例え話でございますわ。せっかくわたくしに喚ばれるほどの啓蒙(光)を秘められたお方を、無為な生け贄になんていたしませんの」
「せ、聖女様……」
「『ラジオ』と『電気』の封印指導は覆りませんけれど。その代わり……あなた様、ある神代のテクノロジーをわたくしの代わりに再生していただけませんこと?」
フロレンシアは、エンジニアが聖典よろしく抱いていた開発資料を開くように手振りで示した。
今になってエンジニアは気づいたことがあったようで、恐る恐る開く。
「……中身が変わってる……『トランシーバー』……『無線機』……?」
『概要』を除いたページのほとんどが、元々綴じられていたものとは異なる最高級魔術用紙へ差し替えられていた。
「ええ、ええ。ダンジョンのようなエーテルの濃すぎる場所でも無効化されない、中距離の双方向通信機器でございますわ」
エンジニアは食い入るようにページを捲っていって、フロレンシアは小首を傾げる。
「そうそう、『電気』を実用化していただきたくない理由をまだ言っておりませんでしたわね。その『トランシーバー』を含めて神代では『電気』を用いた機械が一般的でしたけれど、その『光』の力を高めようとしすぎたせいで、発狂の状態異常にかかってしまわれる方々が後を絶ちませんでしたの」
エンジニアは聖女を再び見上げた。
己の内の罪を抉り出したように。
さながらここが懺悔室であるかのように、ひたむきに。
状態変化『発狂』。この世の命には拝領しがたい始原の概念……啓蒙(光属性)の重度被曝による魂の暴走。
「ですのでその『トランシーバー』理論は、エーテリークリスタル式魔導機械として設計できるようにアレンジを加えてありますわ。あなた様のようなクラフトの才能を持たないわたくしにできるのはここまで……」
……エンジニアの目に、キラキラと、光が増していった。
「あなた様。その身の啓蒙で『ラジオ』技術にまで到達したあなた様……わたくしの代わりに、『トランシーバー』を再生していただけますか?」
「はいっっ! 聖女フロレンシア様、私の命に代えてでも喜んで!!」
エンジニアは、まったくもって、正気だった。
「ありがとうございますわ。ではでは、《リターン》くださいませ」
新たな殉教者の足下に《リターン》のゲートが開き、あっという間に落ちていなくなった……。
「……さてさて! お次に参りましょうか、教皇様!」
「ーー……ちょいと進言させていただいてもよろしいですかね? 聖女フロレンシア」
「どうぞですわ!」
……この空間へ至るゲートの門番となっていた女教皇、シロリド・マム・フローラが何本目かのハーブシガレットへ火を点けた。
小麦色の肌、褪せた銀髪を結ったドレッドヘアー。絶対に似合っていない荘厳すぎる法衣姿を引きずった、ファンキーな老婆である。
「きっとおわかりなのぁ承知してますけどね、あの『白式』連中とチート使いの被害報告が日に日に増えてってます。御自身世に御言葉を下してもよろしいんじゃないですかね」
創造神の伴侶を前にしても、聖女教会のカシラは錫杖を支えにしながら、必要以上にへり下ることはなかった。
「それならすでに、『聖女教会は神代の背徳者一派『白式』を許さない』と表明してございますでしょう? 実際、チート使いの処理も合わせてよく頑張っていただいておりますわ。わたくしからわざわざお告げを下して、事態が深刻だと皆様を怯えさせるまでもございませんの」
「しかしねぇ……寄る辺に乏しい人間たちにゃ、つまり外で暴徒になりかけてる信者たちがそうだが、聖女の御言葉ってだけで救いになるんですよ」
「ではどのようにお告げを下しましょう? 『状況は全て聖女教会の管理下にある』? 『戦況は優勢』? 『冒涜者には聖女の威光が天罰となりて降り注ぐでしょう』? ……それこそ『ラジオ』なプロパガンダでございましょう?」
シロリドはひとまず口をつぐんだが、長い息を喉奥で渦巻かせた。
「またまたぁ教皇様。わたくし知っていますわ、『星』の意志ですもの。お告げを叩き売りするまでもなく……『白式』へ立ち向かう仲間たちが、わたくしを求めてここにおいでなのでしょう?」
「……はいよ。御許しを乞うまでも無さそうさね、聖女様」
肩をすくめた女教皇は、
逆手に翻した錫杖を、背後のゲートへ突き込んだ。
ーー レベル80 キー・オブ・ポープ ーー
それが起動の鍵となり、ゲートは次なる礼拝者たちのためにエーテルを満たしたのだ。
「ーー猊下! 皆さんをお通しするであります! エンター!!」
「わざわざ顔出さなくてもいいんだよ! 聖歌隊の仕事に戻りな!」
「了解であります! アイマム!!」
文字通り顔だけ出したエティルが引っ込んでいったのと入れ替わりに……、
「ーー《クラフトウィッチ》」
『闇』の輝きが、真白の手元とともに出でる。
ランタンがごとく闇色クリスタルのタリスマンを掲げ、『経験値』という名のオドエーテル(体内魔力)が捧げられる。
「ーーおはよう、なんてあなたには言わない。……必要無いわよね、フロレンシア」
イエの白魔法師ローブのフードから抱き上げられて、旧き『星』の意志……小さな生き人形少女アリステラは、目覚めるやいなや聖女へ鋭い眼差しを向けた。
「もちろん! ついに来てくださいましたのね……勇者様! こうしてわたくしとお話なされるのはまさに1854年ぶりでございますわ!」
(……人形? なんだこの……胡散臭い感じは。街の聖女像のほうがまだそれっぽいぞ)
ハルトたち第七隊は、ゲートを越えて光臨の間へ踏み込んだのだった。
「それに皆様も! 騎士様、白魔法師様、王女様、メイド様! 堅苦しいご挨拶は要りませんわ、どうぞ楽になさってくださいませ!」
「……ニフのイエと申します。白魔法師です。よろしくお願いいたします、聖女フロレンシアさん。聖女フロレンシアさん」
「どうして2回お呼びになりましたの?」
「きちんと発音できるように練習してきたので、つい」
「ふふふ! シリアスなお顔が台無しでございますわね白魔法師様! 白魔法師様!」
イエがスチャラカなせいもあるが、一挙一動が表情豊かすぎる聖女の振る舞いに誰もが拍子抜けしていた。
「おおん……? ネエちゃんの親戚みたいなんがプカプカしてやがんのだわ」
「は、はじめましてー……聖女、様? ……なんならあのう、こん既視感は」
「ふふふふふ」
と、首を傾げたシェリスの視線がゲートそばのシロリドと交差して。
「おうらぁババア! てか、こんな簡単に聖女と会えんならもっと早く教えやがれってんでぃのだわ!」
「指差すんじゃあないよ! アタシと顔合わせるたびに噛みつかないと死ぬのかいアンタは!」
「それはほらあ、同じ極の磁石的な。げにごめんなさいのう教皇猊下」
「アンタも大概言うねぇ赤いのちゃん」
対『白式』の協力者であるシロリドは、とくに悪びれる様子も無かった。
「簡単なもんかね。新月の日から数えて11×11日……ざっくり3ヶ月に1回しか、この聖女フロレンシアの光柱は現れないんだよ。アンタらの礼拝をねじ込んだだけでも感謝してもらいたいね」
「ええ、ええ、今日中にお話しないといけないお客様が皆様の前にも後にもたくさんいらっしゃいますの! こうして折よくお会いできたのは幸運でございますわね!」
わざと言っているのだろうかと勘ぐらせるほどに、聖女の口から出た『幸運』は実に軽薄だった。
シロリドの悪びれていない様子は、むしろそんなフロレンシアの言動をして『こういう存在なんだから仕方ない』と割りきっている様子だった。
「それにこの光臨の間の存在自体、ウチの秘匿中の秘匿なんだよ? 『ちょいと旧き『星』の意志様、アンタを追放した聖女様が下にいるけど挨拶してくかい』なんてワケも無く言えるわけないだろうがい。アタシゃ第二次クリア聖戦の引き金なんかにゃなりたかないよ」
「けーっ、なのだわ。ワケも訊かずに二つ返事で通しやがったくせによぃ」
そう。ハルトたちは今、戦うべき『白式』の疑惑に迫るべく教国を再訪していた。
といってもまだ、『聖女フロレンシアについて訊きたいことがある』とシロリドに伝えただけだったのだが……、思いがけず聖女そのものと出会う機会を設けられたのである。
「かまわないわシェリス、シロリド教皇。……この『光臨』のことは知っていたし、どのみち、個人的感情は抜きにして『できる』ことは全てやらなくてはと思っていたから」
「というと? ですわ?」
「目を抉りたくなるほど嫌いな存在だろうと、世界一の情報源に会わない手は無いわ」
「光栄でございますわ!」
アリステラの仏頂面を見て、シロリドが「ほらね」と呟いた。
「あの『白式』に私が記憶喪失にされたことは知っているわね。今やこの『星』の事象を全て俯瞰できるあなたなら、詳らかに話すまでもないでしょう」
「ええもちろん! 深淵からお帰りになられた時に教皇様へ報告されていましたものね!」
その場を見ていたかのような口調で、フロレンシアは頷いた。
「ですけどもその後の大事なお話は、夢の狭間とか深淵とか……あなた様の領域で全てなされるんですもの。わたくしもそこまでは入り込めませんわ、小説2巻分はすっかり置いてきぼりですの」
「それはよかった。前もって聞かれていたら何をされるかわからないもの」
アリステラはマリーへ目配せする……と、第七隊のメイドさんな彼女は1冊のノートをすでに取り出していた。
「これ、夢日記。わしらが夢の狭間で話してた、『白式』についての手がかりや仮説をまとめてあるの。……今から聖女様にとってぶち罰当たりなことを言うてまうがのう、ここにおるみんなの総意じゃ」
「けっこうでございますわよメイド様! 日記の中身をお話いただけるなんて、わたくしドキドキしてしまいますわ!」
「……あなたね……」
そうして、旧き『星』の意志は再世女へ告げるのだ。
「あの『白式』の背後にいる私の『敵』……そして、そいつの手によるものなのでしょう異世界人の消失。あなたはその両方の答えに深く関わっているのではないかしら、フロレンシア」
「ふふふ?」
フロレンシアは、あくまでも薄く笑っていた。
「……なんだって?」
はじめて聞かされたシロリドのほうがむしろ目を丸くしていたが、それは驚きよりも興味が勝った面持ちだった。
「俺たちが出くわした怪異の先には……いつも『光』があったんだ」
第七隊は、冒涜的かもしれない仮説を聖女へ語るのだ……。
(1話につき4部分構成の短編~中編連作です)
(毎週月曜日、18時頃に更新中です)
(1話完結の翌週……つまり5週間に1回、次話の準備期間として更新にお休みを頂きます。よろしくお願いいたします)




