Karte.22-2「きっとそのうち成り上がりますから」
【ハルト】……ベルアーデ帝国騎士団第七隊所属、双剣銃を手にイエへ寄り添う青年騎士。18歳。
【イエ】……極東ニフ国の乙女で、大体いつもレベル1なのにチートのような守護精霊の力を使える白魔法師。16歳。
【マリー】……ドワーフのミニマムレディ、妖精機シュネーヴィを操る魔導技師にして第七隊のメイドさん。19歳。
【シェリス】……第七隊隊長、魔法剣ならぬ魔法シャベルを振り回すハーフエルフの残念系王女。20歳。
【アリステラ】……イエを守護する旧き『星』の意志であり、自称『勇者』。自称17歳。
◯
「《 》」
常人には発音しえない、名という形に依らざる魔法が唱えられた。
4人の異世界人たちが『闇』のエーテルに包まれ、それぞれが一塊の輝きとなって飛び出した。
3つは上へ。霧の空を、この深淵を昇って、広い世界へ。
1つは下へ。霧の海を、その深淵を降りて、水底の向こうに揺蕩う月へ。
「……さて。こう言ってしまうと残酷だけれど、私たちの仮説のためにも彼らを守ってあげないとならないわね」
生き人形が大きなウィンドウを広げた。
それは四大陸を地形まで網羅した世界地図だった。
そこに、3つの光点ならぬ闇の点が灯った。
北エウル大陸の南端に1つ、
南エウル大量とアイザ大陸の境目に1つ、
アイザ大陸の東南エリアに1つ。
「な、なんだか墓守さんらしい気がするです! この『漂泊チート』のせいで思い出せないですけど、ずっとずーっと昔にもこういう活動を頑張ってきた気がするのですです!」
「フウフウ」「ドドッドド~!」
「そうね。おそらく私が『勇者』だった頃の記憶なのでしょう、全ての答えを早く解放したいものだわ」
そう。こうして人の島にやって来たのは、眷属たちもろとも記憶を封じられた『勇者』にとっても必要な調査、あるいは考察の一環でもある。
「では私たちも戻りましょう。今回は大丈夫です、脱出用の『投げ匙スプリンピア』を《ウィッチクラフト》でもう引き当てておきました」
「ほははは、シェリスさんとイエ子が組めばパンダ牧場式レベリングなんてあっという間なのだわ~」
「シェリスさんはパンダの大群に追い回されてただけじゃなあい……。えーっと、ほんじゃあ団体行動じゃと《ファストトラベル》のクールダウンが消化しきれんけえ三方に分かれるしかないのう」
「……アリステラ、おまえまた俺たちのフェアリーに妙な管理者権限使っただろ」
ーー 不明な管理者権限 ーー
ーー ナビィゲート 機能追加 ーー
ーー ビーコン:識別名称『星眼石』 追跡可能! ーー
「妙だなんて心外ね。追放されて救い上げられた者同士、昔のよしみよ」
救う者たちは、動きはじめた……。
△
……。
…………。
………………。
………………。
…………。
……。
「ほーっはっはっはっはぁ! このシェリスさんから金貨袋をスろうたぁ太ぇガキなのだわ!」
「こんな小銭しか入ってないって知ってたらやらなかったよ! なんだよそんな金ピカなナリしてるくせに!」
「それはだなぃ、一度こういうシチュエーションに遭ってみたくてありったけの大金貨を小銅貨に両替しといたのだわ」
「うわああ変人だあ! みんなーっ、変な金ピカ縦ロール外国人がいるよ助けてーー!」
「言ってろぃ。ほいお仕置きでぃ、パンツぶりーん」
「いやああああ!?」
「お、やっぱ女だったのだわ」
シェリスは小銅貨袋を握らせたストリート少女を街灯の釘に引っかけ、ズボンを剥ぎ取った。たちまちのうちに浮浪者どもが集まりだしたが、スリを働くぐらいの手腕ならこんなピンチくらい乗り切ってもらわないと困る。
「へいへーい、そこでナマクラちらつかせてやがる兄ちゃんらも気をつけなぃ? こちとらてめぇらのボスに安くない通行料支払ってんでぃ、人をただの金ピカ美人お上りさんだと思ってたらこのエスツェットのサビになるぜ~ぃ?」
大通りにもかかわらず抜き身の得物を弄んだごろつきたちや、揃いのバッジを付けた極道者たちが面白くなさそうに睨んでくる。対してシェリスは炎属性を纏わせたシャベルを松明代わりに担ぎ、夜の街を歩むのだ。
割られた窓から老いた殺し屋が投げ出され、遠くのほうからは時たま銃声が響く……。
シェリスがやって来たのは東南アイザのセンラ王国。その中でも最悪の治安といわれる、国一番の歓楽街であった。
ーー ナビィゲート 起動中 ーー
ーー 目標まで あと 19メートル ーー
ーー ヘイ! ↓→→→ ーー
「っとと行きすぎぃ、この角を曲がってっとぉ……」
フェアリーのキレッキレの指差しに従い、極彩色が目立つ小路へ曲がっていって……。
「ーーあ!? あの時の縦ロール姉さん!?」
「どの時でぃ」
「いっで!?」
後ろから肩を掴まれて、翻したシャベルの柄で打ち返した。
「俺ですよ俺! 人の島で会った!」
そこには。安手のワイシャツとベストに蝶ネクタイを留めた、小太りの青年がいたのだ。
ベルトにくくりつけたチェーンアクセサリーに、あのクリスタルのブローチを煌めかせて。
「おうおう。その声はおまえ、あの『黒カビ』だなぃ」
「なんなんですかその『カビ』って……今はカーヴァーって名乗ってるんですよ」
「やっぱカビじゃねぃかぃ」
そこは、大きな看板だけはポップに輝いた娼館の前だった。
と、正面口から数人の女性がドヤドヤと出てきた。
「カ~ヴァ~、ちょっと早いけど休憩行ってくるから」「だからあんた、ちょっと早いけど休憩切り上げてよね」「あたしらのベイビーちゃんがそろそろ起きちゃうー!」「ミルクおしめ遊び相手諸々よろしくう!」
スパンコールを効かせた原色バリバリのドレス姿、見るからにエネルギッシュな娼婦たちが街へ放流されていく。
「は、はいはいいってらっしゃい……今日こそ時間どおりに帰ってきてくださいね」
「なに食べる?」「プッタネスカ」「それ言いたいだけ~」「たまにはカーンの酒場は?」「おシュシ作るようになったんだっけ」「イイデスネ!」
きっと下っ端なのだろうボーイのぼやきなんて聞いていない調子で、忙しすぎる休憩へ出かけていった。
「……まあ立ち話もなんですから、どうぞ。チャーノム茶ぐらいは出しますよ」
この世界の人間の姿となり、通訳無しでもあの声のままで話が通じる『黒カビ』ことカーヴァー。しかし、さして驚くこともなくシェリスは店内へ付いていった。
ーー メモ蝶 起動! ーー
フェアリーが飛ばした蝶の形のメモウィンドウたちの中から、シェリスは一枚を隠し、一枚を掴み取った。
「『異世界チート野郎どもの都合の良いギフトの件について』~」
「……件について、って意味被ってないですかね?」
シェリスと『黒カビ』カーヴァーは、酒の跡が染み付いたテーブルセットにて向き合っていた。
そこは、数人の幼子たちが眠る託児スペースを併設した休憩室だった。
「『1、この世界の人間と同じ姿になる』『2、東西の共通語を話せるようになる』、っと。まーそうじゃねぃと大騒ぎになってしゃあねぃだろけど、ネエちゃんの心付けじゃねぃってんならどういう不思議なんだろなぃ」
そう。シェリスたちは異世界人一行とともに、アリステラから事前説明を受けていたのだ。
アリステラの加護から解き放たれた異世界人たちは、いくつかのギフトとルールの下に世界へ降り立つのだと。
「で、こっからの2つが肝心。『3、ランダムな過去に現れる』、『4、チートを使うと天獄に落ちる可能性がある』」
ーー BST:13時49分
ーー SST:21時49分
ーー 『第七隊』フェアリーアライアンス タイムライン 同期中 ーー
ーー 人の島 脱出 より 35分 経過 ーー
第七隊が人の島に降りたのも、『星』に帰還したのも、昨日のこと。
シェリスは、腕を巻き込む妙な所作でマグカップを持ったカーヴァーを見て肩をすくめた。
「こんなところに収まってやがるわけだし、2、3日そこいら前に現れたわけじゃなさそうだなぃ。いつ湧いたのだわ?」
「半年前です。人を虫みたいに言わないでくださいよ」
ここにいる自分を褒めてくれと言わんばかりに、ボーイの青年は胸を張ったのだ。
「不思議って言いましたけど、こんな体や言葉を手に入れられたのはそれこそ『奇跡』ってもんじゃないですか? 魔法でもいいですよ」
「バーーカ、奇跡にも魔法にも種があんでぃ。何も無いところから力が湧いて出るなんてこたぁねぃのだわ。少なくとも最後の1つ……チートを使うとヤベェってルールを与えたヤツは、おまえに都合の良いギフトを与えたカミサマとは別口だと思わねぃかぃ?」
「……正直、実感も湧かないですね」
カーヴァーは目の前に、『つまむ』形に指を持ち上げた。
それを開けば、あの『ヲタクWiki』なるウィンドウが現れた。
「バッッッッ……!?」
「ははは良い顔しますね、ってシャベルは置いてくださいよシャベルは……! 子供たちが起きちゃうじゃないですかっ」
そういう問題ではない、とシャベルを突き込みそうになったシェリスだったが怒鳴りはしなかった。
なにしろ。ハーフエルフの長耳まで用いてどれだけ感覚を研ぎ澄ませても、カーヴァーやその周囲に異変は感じられなかったからだ。
「理由はわからないですけど、俺はきっと賭けに勝ったんですよ。もう200回はこのチート使ってるんですから」
未知の言語で記されたページを軽い読み物の調子で渡っていった一方、カーヴァーは苦笑したのだ。
「成り上がりの役には立ってないですけどね。まだ」
≠
「うわ蒸し暑……ってなんだよこの体!? 服、それに俺の言葉……いや待て待て落ち着け、そういやあの女神さんが言ってたじゃないか」
熱帯雨林っていうんですか? 気づいたら湿気と虫まみれのド真ん中にいて大変でしたって。
「本当にこんなところまで迎えに来てくれるんですかね……。まあ約束ですから二、三日は待ちますよ、それくらいの荷物は持たせてくれましたし」
あの何考えてるかわからない白い女の子。テントとか調理器具を詰めてくれたのはありがたいですけど、説明書ぐらい入れといてほしかったですよ。
けっきょくキャンプの設営は諦めて、ナイフと薬だけ持って洞窟で過ごしました。
まあでも、最初に出会ったモンスターがゴキブリンで良かったですかね。洞窟の中にウヨウヨいて、最初は襲ってきましたけど何匹か頂いただけですっかりビビってましたから。
え? いや、元の世界でよく食べてたドスュジドュルフに似てたんでなんとなく。ぶっちゃけ、ここ半年で食べてきた中でいちばんマシな食べ物だと思いますよ。
ともかく、他に木の実でも取りながら二週間近くも待ってたんですけど、誰もやって来なかったので。約束どおり、俺も無茶しない範囲で好きに生きていくことにしたんです。
夜になると密林の向こうに光が見えてたので、そっちに進んでみたら小さな村がありました。
「あの、こんにちは。じいさん何やってるんです?」
「ああいらっしゃい、久しぶりの流れ者さんじゃの。いやなに、この新しい井戸から水を汲むのにジジイの身では難儀してましての」
木と藁で作った家、半裸みたいな服しか着てない村人たち、大量の牛や畑。俺のイメージどおりの異世界の村です。
その中心にあったのは二つの井戸でした。崩れかけた木組みに囲われた古井戸と、その隣には大きくて真新しいのに紐付きのバケツしか置いてない井戸があって。
「まあ大丈夫じゃよ。それよりあんた、この村で休んでいくのはかまわんが面倒事だけは持ち込まんようにな。東の歓楽街絡みで、追って追われていろんな人間が来るもんでのうほっほっほ」
俺は腰をさすったじいさんの話を聞き流しながら、少し考えました。
「《ヲタクWiki》」
「なんですかな?」
ここだ。今がその時だ。俺はその村を救ってやるために、チートを使うことを決めました。
だってみなさんから脅された天獄落ち云々より、人助けのほうが大事ですよね? そうでしょ?
もちろん何が起こるのか不安じゃなかったっていえば嘘になりますし、何があってもいいようにちゃんと身構えてましたよ。
でも実際何も起こらなかったんですから、俺は気にせずWikiを読むことにしました。
「世紀の名作ホラー『イドリング』の記事……から『井戸』のリンク踏んでっと。そうそうアレに出てくる女幽霊、伝説になりすぎて進化形態増えすぎ問題なんだよな」
ヲタクWikiに載ってるのはなにもラノベやゲームみたいなサブカルのことだけじゃないんです。どんなことにもその道のヲタクたちがいるもんで、その集合知ってやつが一つの記事になってるんです。
「これだ! じいさん、周りの木をいくつか切りたいんですけどいいですかね? あと工具とかあったら貸してください、『ノコギリ』とか『クギ』っていうんですけど知ってますか?」
「はあ、向こうのほうのなら伐採しようと思ってたんでかまわんがの。あとワシはまだボケちゃおらんよ、ノコギリとクギぐらい知っとるわい。若い衆が置いていった工具箱がそこにある」
俺、元の世界じゃ図工は4だったし、母方の実家のおじさんは大工なんですよ。
さっそく、作業に取りかかりました。
俺がノコギリで木を切り倒そうとしてたら、近くの家の人たちが慌てて手伝ってくれたりして。やっぱり親切心って伝わるもんなんですかね。
次の日。思ってた3倍は材料を無駄にしちゃいましたけど、俺とヲタクWikiの努力の結晶が井戸の上に出来上がったんです。
「どうですかみなさん! これは水車っていうものです!」
俺は古井戸のほうと同じような木組みで井戸を囲んで、そこに水車を取り付けたんです。
……でも。
「さてと、さっそく…………あ、えーと、あ? ここからどう動かせばいいんだ……これだけで動くんじゃないのか? どうやって水汲む? ……とりあえず紐付きバケツを通してみて……」
結果からいえば、うまくいきませんでした。
集まらせた村の人たちの拍手とか感動の声を期待してたんですけど、みんなシラけたような顔で俺を見てやがったんですよ。
「なああんた……水車じゃろうこれは……水車じゃぞ? 流れのある川に架けるならともかく、井戸の上に架けたって意味はあるまい?」
……今考えても悔しいんですが、俺は返事らしい返事もできずに右往左往してしまいました。
「だ。だって井戸の上ってこういうの架かってて……こういうのでしょ? え、水車と滑車と何がちが……Wiki、Wiki……え?」
「ーーうぉーい村長、みんなしてなにやってんだー? 帰ってきたぞ買ってきたぞ」
ってその時、そういえば村に見かけなかった若い男たちが帰ってきたんです。
……でかい機械の車に乗って、荷台にバカでかい魔法機械を載せて。
機工と魔導っていうんでしたっけ?
「なんだあこりゃ、井戸に水車あ? うわはははははっ! よーわからんがどけるぞ、っと固定もされてないじゃないかこりゃ」
たった二、三人で、俺の画期的救済装置は脇へ除けられました。
「なんでおいらの工具箱がこんなとこに? あーあーボロボロじゃねぇの、まあいいや締めるぞー、ほいっ設置完了!」
あっという間ですよ。魔力の蒸気をポッポと噴き出しながら欲しい分だけ水を汲み上げる……うえに温めたり炭酸入れたりウルティメットファインバブルにしてくれる全自動ポンプが据えられたんです。
みんなの拍手喝采がやかましくて。こんな人たちを助けようとしてたのがなんかアホらしくて、俺は村から出ようとしました。
「おいおい待てよ坊っちゃん。なんか行き違いがあったらしいがおいらたちを助けようとしてくれたんだろ、たぶん。ありがとうな」
「いらん木を薪にしてくれたしの……ってなんじゃおまえさん、水車だけじゃなくてちょうどいい滑車も作っておるじゃないか。あの壊れた古井戸は村の記念碑にするつもりでの、飾りの一つに使わせてもらうわい」
……失敗作の水車の中から一つ持っていかれて。なんかお礼だとか言われて、歓楽街まで送ってやろうって捕まったんです。
≠
「なんで俺が笑われるハメに? 俺が知ってる異世界物語だとさ、村人はなんかこうもうちょっと中世ぽいっていうか、古くさい生活をしてるもんでしょ。いきなり機械て」
「逆にどんなもんを想像してたんでぃ」
「貴族がハバをきかせてて、その他大勢は奴隷みたいなもんで、みんな石のかまどでパン焼いたり槍で獣狩って細々と生きてて……」
「アホなのだわ? チュウセイってのは知らねぃが、人を猿扱いすんじゃねぃってんでぃ。昔から世界にゃ便利な魔法がごまんとあるし、最近じゃ誰でも使える機工技術も増えてる。てめぇの言うような古くさい時代なんざ瞬で終わってらぁ」
≠
「ちぇ、何が『木こりの駄賃』だよ……」
村を出た後、俺は歓楽街の酒場でカルーアミルクを飲んでました。
俺が井戸の一件を考え込んでいる間に、あのじいさんたちはさっさと『打ち上げ』とやらに立ち去ってしまったんです。
追われてるごろつきには見えなかったから、一山夢見て歓楽街へ向かう途中の流れ者に見えた、と。
ひどい話でしょう? 俺はどこに行きたいわけでもなかったし、どこかに行きたいなんて話してもいなかったのに。極悪の歓楽街へ置き去りにするなんて。
「甘~~い!」「この新作はアタリっしょ!」「なんて言ったらいいんだろねぇこの美味しさ!」「うんうん新感覚!」
汚ならしい男たちの談笑とはまた違う、バカっぽそうな女たちの声に俺は振り向きました。
休憩中らしい娼婦たちが、ミックスフルーツとココナッツクリームで彩られたかき氷に舌鼓を打ってました。
離れていてもわかる薬品臭いコロンの匂い、ピッチリとしたドレスに浮き彫りになってる痩せぎすの体。いかにもな、他に働き口なんて無いんでしょう外国人たちです。
俺は今度こそチャンスだと確信して、彼女たちのそばへ悠々と歩いていきました。
「お姉さんたち。それはTyffuという味なのですよ」
ヲタクWikiの『味覚』関連のページを周りに展開した俺の姿は、誰が見ても輝かしかったでしょうね。
「え……なに?」「ウイフ……なに?」「ていうかなにいきなり」「キモゥ」
思っていたような『驚き』の反応ではなかったんで一瞬怯みかけましたけど。世知辛さに荒んでるでしょう娼婦ですから、初対面の男を疑わずにはいられないんでしょうね。やれやれ。
「トゥィフッフュですよ。疲れた心身をとろけさせてくれる癒しの味。たとえばそう、唇を優しく包みこんでくれるように、舌の上で滑らかに踊るように……」
「いやキモッ」「純然にキモゥ」「それってつまり『甘い』ってことでしょ?」「バカにしてる?」「娼婦バカにしてっと噛み千切るぞ」
……さすがにビビりましたよ、彼女たちの冷えた眼差しに。
「い、いや『甘い』とは似てるけど違いますよ、お姉さんたちが食ってるかき氷なら特にね。硬さがあって冷たさがメインの甘さなら『スイート』じゃなくて『トゥィフッフュ』がせいか……」
「ああもうわかんないわかんない」「『甘酸っぱい』でも『甘辛』でも『とろ甘』でもなんでもいいわよ、とにかく『甘い』んだから」「何が言いたいのこいつ」「なんでこんなことでこんなどや顔できんの?」「レベッカー、おいで」
空きテーブルの下でくつろいでた猫がやって来て、トッピングの果物を食べさせました。
ーーンナァ~
「ほら、猫だって『甘い』って言葉は知らないけど『甘い』って味は知ってる。知らないわけないでしょうが」「待ってお姉さま、ネコ語でも『甘い』じゃなくて『ニャーニャーニャー』とかいうのかもよ?」「名前なんてどうでもいいって!」
……ドッと大笑い。
また、俺は笑われたんですよ。
「で、あたしらの貴重な幸せ休憩タイムに変な横槍入れてくれちゃって……」「どうしてくれるわけ?」「おおん?」「黙ってないで謝りなさいよ、とりあえず」
「ぐっ……謝ることなんてないですよ人がせっかく親切で話してやってるのに! ああそうですかっ、ちょっと待っててください絶対にアッと言わせてやりますから!」
絶対に10や20は知らないことがあるはずです。俺はネタになりそうな食べ物飲み物をどんどん注文しながら、ヲタクWikiの叡智を披露していったんです。
「あっはは! よくわかんないけどごちそうさん~」「変なヤツに変な奢られかたされちゃった」「アホだけどいいじゃんあんた」「金払いさえよけりゃ百難あってもまあ笑えるわ」
……本当につまらなかったです。けっきょく何一つ響かなくて。
インスタント麺とかコーヒーも知ってるし。クスフブゥイ……こっちの世界では『呼吸』っていうんですっけ、普通にこなしてるし。
そのくせ『洗濯』とか『散髪』とか『セックなんとか』とか意味不明なこと言ってきて、いまだによくわからないですよ。
ケータイのことを話したら、フェアリーより不便だってバカにされたぐらいですよ。
ーー レベル001 ??? ??? ーー
ーー チートスキル 《ヲタクWiki》 ーー
ーー チート! チート! チート! ーー
「ね、こいつチート使いみたいよ」「マジか、聖女教会に突き出す?」「金貰えるわけじゃなし」「そね、頭おかしいだけだもん」
俺はほとほと呆れましたよ……。
「おい小僧。いちおう言っといてやるがツケ払いは1日で1割複利だからな?」
「………………」
そうして俺は酒場へのツケを娼婦たちに立て替えてもらって、ボーイとして働かされることになったんです。
△
「やっぱアホなのだわ。海外旅行とかしたことねぃのかぁ? 同じ人間の考えることなら大抵のもんにゃ形が違うだけの同じもんがあんでぃ。自分だってこっちに来てはじめて知ったことぐらいあんだろに、てめぇの地元の物差しだけでなぁにをエラそうに」
「チョココロネが堤防で採れた時はたまげましたね……」
「堤防にいなかったらどこで採れるってんでぃ、パン屋かぁ?」
カーヴァーは椅子の背もたれに身を預けた。
「まあとにかくそんなわけで、今に至るってわけです。元の世界にいたままだったら娼館のボーイなんて絶対やってませんでしたよ、意外とやり甲斐あるんです」
「そんなわけでっておまえ、じゃあこっちきてから半年ずっとバイトしてんのだわ?」
「そうですね。ツケの分は返し終わりましたけど、街の外に出ていくのもなんかめんどくさくて」
「ーーカーヴァー……? わあ、キンキラドリルのお姫様だあ……」
「ああこらロキシー、また起きてきたのかよ? まったく」
と、託児所から寝ぼけ眼で起きてきた子供が、カーヴァーの膝の上によじ登った。
「おっすチビ助、こんばんわなのだわ。起こして悪いなぃ」
「いいよ~……むにゃ、ねぇカーヴァー……またお話して~……むにゃむにゃ」
「って言ってるそばから寝てるし……。まあご覧のとおり、子供には懐かれてますよ。『ヘンテコなおとぎ話をしてくれる外国のお兄さん』って感じでね」
不服そうなカーヴァーに対して、シェリスは肩をすくめるしかなかった。
「だからまあ心配しなくていいですよ。きっとそのうち成り上がりますから」
「その自信はどっから来るのだわ」
「だってこんな非日常的な歓楽街で、娼婦の姉さんたちと出会って仕事するようになったんですよ? 俺ってば子供任せてもらうくらい気に入られてるし、もう実質裏社会ハーレム物語まっしぐらじゃないですか」
「……救いがねぃのだわ」
シェリスは隠していたメモ蝶の一枚をつまみ上げるのだ。
「よぅ井戸ガエル野郎。おまえたちが都合良く解釈しやがらねぃように、ネエちゃんは一つだけ言わないでいたことがあったのだわ。ネエちゃんはおまえたちがどう動くかぐらい予想してたんでぃ」
「というと?」
そう、そこには異世界人たちへは秘密にしていたルールが一つ記されていた。
とはいえ、もはや新情報でもないのだが……。
重要なのは、ソレが『既知』のものとして伏せられていた意味である。
「『5、チートを使っても1回で天獄に落ちるとは限らない。条件は不明』」
「……なるほど?」
カーヴァーは、その言葉を確かに聞いたように見えた。
ただ。その言葉は、どう捉えただろうか。
「それってつまり……」
青年はヲタクWikiを開いた。
、
、
消えた。
、
、
「……で、ゃ……?」
シェリスは我が目を疑った。
見ていたのに、そこにいたのに、異世界人カーヴァーは消失してしまったのだから。
「はにゃ」
チビッ子ロキシーが椅子に尻餅を付き、一瞬目覚めかけたがまたウトウトして。
「……怖い夢、見ちゃった……」
彼が託児所の中へ戻っていった一方、シェリスはまだ呆然としていた。
無人となった椅子の周りに、ガス灯の明かりとは違う残光がかすかに立ち上っていた……。
ハッとしたシェリスは、身を乗り出す調子で席を立った。
「……ちっ。バカヤロぃ……」
ーー REC● REC● REC● ーー
ーー フレームレート 8FPS ーー
ーー 録画 停止 ーー
ドアの向こうからのかしましい談笑が近づいてくる前に、窓から脱出していったのだった……。
(1話につき4部分構成の短編~中編連作です)
(毎週月曜日、18時頃に更新中です)
(1話完結の翌週……つまり5週間に1回、次話の準備期間として更新にお休みを頂きます。よろしくお願いいたします)




