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Karte.22-1「ここはあなたたちにも等しく厳しい」

【ハルト】……ベルアーデ帝国騎士団第七隊所属、双剣銃を手にイエへ寄り添う青年騎士。18歳。

【イエ】……極東ニフ国の乙女で、大体いつもレベル1なのにチートのような守護精霊の力を使える白魔法師。16歳。

【マリー】……ドワーフのミニマムレディ、妖精機シュネーヴィを操る魔導技師にして第七隊のメイドさん。19歳。

【シェリス】……第七隊隊長、魔法剣ならぬ魔法シャベルを振り回すハーフエルフの残念系王女。20歳。

【アリステラ】……イエを守護する旧き『星』の意志であり、自称『勇者』。自称17歳。

 グレートベルアーデ城(正式名)外苑、騎士団本部パラダイスナイトガーデン(正式名)にて。

 他隊の砦とは比較にもならない質素な拠点……七番館は、今日も隅のほうでひっそりと微睡んでいる。

 しかしてその中では、朝も早くから珍しく動きがあった。

「見て見てえ、これ『夢日記』! 夢の狭間でわしらとアリステラちゃんが話した内容をの、録音とかはできんけえ文字起こししたんじゃ!」

「んなもん書いたら気が触れるって聞いたのだわ」

「シェリスさん、それは都市伝説なのです。感受性の強すぎるごく一部の方が、夢と現実の境目を見失ってしまうだけです」

「それを気が触れるっていうんだぞ……」

 身支度を終え、七番館のロビー兼リビングに集合した四人。

 ハルト、灰がかった白金の軽装制服を装備した青年騎士。

 イエ、真白の白魔法師ローブを着込んだ乙女。

 シェリス、黄金のバトルドレス姿のハーフエルフ王女。

 マリー、赤銅色のラバーメイドを纏ったドワーフのメイドレディ。

「ぐぅ……くぅ……すてぁ……」

 それにアリステラ、イエのフードの中にくるまった自称守護精霊にして自称『勇者』……な生き人形少女。

 たった四人と一柱の、ベルアーデ帝国騎士団第七隊である。

「いきます。《カミングホーム》」

 ーー 白魔法師 イエ レベル11 ーー

 ーー レベルダウン! ーー

 ーー イエ レベル1 ーー

 イエがローブの胸元から闇色クリスタルでできたタリスマンを抜き出せば、彼女の内から発せられたオドエーテル(体内魔力)がそこに集束した。

 そうして十条もの『闇』の輝きとなって、生き人形少女へ捧げられた。

「いいわ。いくわよ」

 開眼。10レベル分の『経験値(オドエーテル)』によってひとときの目覚めへ至ったアリステラが、皆の頭上へ魔力を編み上げていった。

 それは転移魔法ファストトラベルのゲートに似ていたが、見開かれた眼の形をしていた。

 イエはレベルを捧げることでアリステラの力の一端を行使できるが、この《カミングホーム》は他のスキルと比べて10倍ものレベルを要するもので……。

 その効果は、人間が到達しえない一つの極点への転移である 。

 降ってきた眼の中へ、第七隊は逆さまに落ちていった。


 ◯


 《カミングホーム》は、転移魔法ファストトラベルと流れは同じである。

 ゲートは頭上からくぐるが、出る時は足元から突き上げられるようにして抜ける。だから地面をよく見て着地しないといけない。

 ……普段からの冒険で慣れた動作なのに、転移完了した四人は渇いた大地にカックンと膝を付いてしまった。

「「「「ぐろっきぃぃぃぃ……」」」」

 みんな揃って、酩酊したように目を回していたのだ。

「なんでぃっ、この、この世の果てみたいなエーテル酔いはああぃ……ッ!」

「俺も最初は同じこと言った……」

「き、聞いてた以上ねえ……まあどーなろーのう、転移先が転移先じゃし」

「…………ぇぷ……」

 異次元を通り抜けたことによる、マナエーテルの過剰吸収。ただし《ファストトラベル》の比ではない嘔吐感、頭痛、眠気、言い知れない恐怖、倦怠感が襲ってきていた。

「ようこそ。おかえりなさい」

 ただ一人。イエのフードの中で体を伸ばしてみせたアリステラだけは、むしろ生き生きとしているようだった。

 ようよう立ち上がった四人の前で、霧の向こうから闇色の輝きが降り注いだ。

「あ。お姉さん……の、クリスタルです」

 闇色の輝き、灯台がごとき巨大クリスタルが聳えていた。

 そこは静謐なる岸辺だった。

 異様に霧深く、黄昏とも暁ともつかない薄闇が天地に立ち込めている……。

「わあ感激! げにいまた来れたんじゃあね、この()()()に……()()に!」

 人の島。

 円錐形を成すこの『星』の最果てから落ちた先、奈落の底の底。

 『深淵』や『地獄』と呼ばれる霧の海に秘された、アリステラの領域である。

「もはやただの動力源のようなものだけれど、やはり自分の『体』はたまに見ておきたくなるものね。イエ、ここにいる間くらいは自分の足で歩くわ」

「いえいえ、気にしないでください。目を離した隙に波打ち際にでも走っていったらたいへんです」

「そのちっちゃな手足じゃ俺たちの3倍は歩かないとだしな」

「……赤ん坊扱いしないでくれるかしら、ママさん、パパさん」

 突き刺さった巨大クリスタルはアリステラの元々の『体』といえるものである。島に満ちた霧……すなわち闇属性のエーテルを介してクリスタルと繋がり合うことで、ここにいる間は彼女も魔力切れで眠らずに済むらしい。

「おぉーーいエールやぁーーーーぃ! シェリスさんたちがまた来てやったぜぃっ、あっそびーましょーなのだわーーーー!」

「ああんもうシェリスさんっ。子供と違うんじゃけえはしたないことせんの!」

 手近な大岩によじ登った黄金王女の大声が、霧に反響して四方八方へ廻っていった。

 当然といえば当然なのだが、先の見通せない霧中からは返事は来なくて。

「……妙ね。私たちに限らず、島に誰かがやって来る時はエルケにわかるようになっているのだけれど。あの子が出迎えに来ないなんて」

「ほははは、寝坊でもしてんじゃねぃかぃ? しゃあねぃなぃ、墓守小屋まで案内するのだわネエちゃん」

 アリステラは「ええ」、霧の一方向を指差して。第七隊はこの小さな絶島の奥地へ歩きだした……。


 ◯


 島の中央には、漂着物で組まれた集落がある。

 家屋は主に流木製。

 石材の欠片で組まれた浄水装置や畑は、寄せ集めにしては高水準なものだ。

 しかし畑はともかく、無人の家屋たちには久しく人の手が入っていないようだった。

 ーーワンダバダ~

 塔か礼拝堂のような集会所のそばには、たくさんのフォールンパンダたちが遊ぶ牧場が囲われていて……。

 ……その裏手には、手製の墓碑がおびただしく並んだ墓地と、一際質素な掘っ立て小屋があって。

「のっくのっく。ごめんくださいエルケちゃん、いらっしゃらないならお返事ください」

「冗談言ってないで入るぞ。エルケー?」

 ノックの応答を待たず、ハルトはドアを引き開けた。

 小屋の中。テーブルセットと食器棚、それに一人分のベッドしか置かれていない内装が出迎える。

「…………………………………………」

 そのベッドの上で。年端もいかない少女がチーーンと倒れ伏していた。

「エルケぇぇぇぇ!? またかよ!?」

「会うたびぶっ倒れてるなぃ」

 13か14歳くらいの背格好。()()()()()()()()()()()()()()である。

 全身を覆う包帯……に見せかけた()()で、ノースリーブセーターやスカートや、ローヒールパンプスまで編み上げられている。

「大丈夫ですかエルケちゃん……! 聞こえますか、呼吸確認心肺確認……ひぅっ」

 慣れた様子で彼女を仰向けに返したイエが、息を呑んだ。

 少女の胸から腹は、()()()()()()()からだ。

 直後、その泥が小屋いっぱいに溢れ出した。

「どろぁぁぁぁ!? またかよエルケ抑えろ抑えろ!」

「マッドデイモン!? 憶誕泥マッドデイモンの沼泥攻撃じゃあ!?」

「……エルケ。私よ、起きなさい」

「は、はいですっっ!?」

 と、彼女を見下ろしたアリステラの眼に『闇』の輝きがよぎった直後、泥の貌が目を開けた。

 それは白目と黒目が色相反転した、気弱そうな目。

「ご、ごごごごめんなさい寝ちゃってたですです!」

 瞬く間に、泥の沼が少女へ戻っていった。

 それどころか少女の表面自体、成長が巻き戻るようにして泥が縮んでいき、人の肉体へと戻っていった。

 その青白い素肌が露わになったのもまた一瞬だけで、包帯呪符が巻きついていった。

「お、おかえりなさいです墓守さんっ、みなさん!」

「ええ。ただいま」

「おぃーっすエールぅ。遊びに来たわけじゃねぃが茶と菓子ぐらいなら持ってきてやったのだわ」

「ありゃ寝癖。いけんよエルケちゃん、ほらちぃと待ちんさい」

 エクリュベージュのボブカットをわしわしと整えられて、少女エルケはペコペコと会釈したのだった。

「おまえなあ。泥のように眠るとはいうけどな、ホントに泥の魔物に変身しなくてもいいだろ」

「え、えへへです……。ヒンヤリしてて柔らかくて、疲れてる時はついやっちゃいますです……」

 ミイラじみた格好だが、彼女はアンデッドの魔物などではなく生きた人間だ。

 ただただ、体の一部を魔物に変身させられる異能持ちの人間なのだ。

 エルケ。アリステラの眷属である『墓守代行』の少女で、神代の()()()()()……らしい。

「エルケちゃん、おつかれさまなのです? リフレッシュポーションをどうぞ」

「わ、わあいっ、いただきますですイエお姉ちゃん! こくこくこく……」

 いちおうイエの妹分でもある彼女は、ポーションを一気に飲み干して。たしかにどこか疲れ目のようであり、恥ずかしそうに笑った。

「は、墓守さん、みなさん、急に呼んじゃったのに来てくれてありがとうございますです! いつもなら一人ずつなんですけど、あんなに()()()()たちが同時に来ちゃうと、えっと……エルケ一人では大変で」

「気にするなって。夢の狭間で聞いた後、増えたりとかはしてないよな?」

 『大変』なんて言ってしまうのが憚れる様子で、エルケは頷いた。

 ハルトたちはあくまでも例外的な来訪者。この人の島には、エルケには、とある客たちを迎え入れる役目がある。

「は、はいです。()()()()さんが、今も4人いらっしゃってて……です」

 異世界人。

 アリステラを筆頭に、ハルトたちは顔を見合わせた。

「……シェリスとマリーは()()と話すのははじめてね。心構えはいいかしら」

「うん、任せて! ハルトとイエちゃんからだいたい聞いちょるよ!」

「好奇心で向き合わないほうがいいと思うぞ……」

「わーってるってぃ。そいつらを助けてやんのがネエちゃんたちの望み、だろぃ?」

「……はい、行きましょう。エルケちゃん、その人たちはどちらに?」

「え、えと、集会所のほうに……。よろしくお願いしますです」

 エルケが不思議がるのも無理は無かったが。彼女を連れた第七隊は、集落のランドマークである集会所へと向かうのだった。


 ◯


 集会所の中は、がらんどうの広間でしかなかった。

 中央の床には花畑を模したペイントが施され、円座を組む形で椅子が並べられていた。

 そして今、そこでは()()()()()()()らしきものが開かれていたのだ。

「フウ、フ、フ」「ドドド~」

 まず、円座の中心点には二体の角付き妖精……ハイフェアリーが低空浮遊していた。

 一体は『風』色な長髪の青年の姿、名をフィードという。

 一体は『土』色な短髪の少女の姿、名をミーデという。

 エーテルの線条でリンクした二体は、小さな魔導機械を互いの間で提げあっていた。

 見開かれた目の形に見えなくもない、ペンデュラム型のスピーカーのようだ。

 そこから、円座に着いた参加者の声が同時通訳のもとに発せられていた。

『おれがいた世界の好きなところは、今にして思えば食い物に困らなかったことですね。嫌いなところはそれ以外の全部ですよ、全部』

 一人は太めの男声を発する、スライム……というか『黒カビ』の塊である者。

『あんた、それは感情的ってもんでしょ。僕の世界では自由な『恋愛』ってやつができなかったのが嫌いなところかな。でも裏を返せばそれって、選り好みしなければ種の存続が約束されてる幸せでもあったんだよね』

 一人は中性的な男声を発する、触腕の生えた『服』としかいえない物体が人皮のようなものを被った者。

『わたしは嫌いなところってなかったかなぁ~。お仕事さえしてればお外で戦わなくてよかったし、でもそれが逆に退屈だったのかなぁ~』

 一人はおっとりとした女声を発する、美脚だけの下半身と細腕だけの上半身が『✕』の字状に合わさった者。

『……きみらは鈍いな、このカウンセリングは各々の世界にもう一度向き合ってほしいという計らいだよ。酸いも甘いもあるのはどこだって同じだろう、人生が嫌になったからってきみらの珍妙な世界に逃げ込もうとは思わないな、自分は』

 一人は酒焼けした男声を発する、顔に大穴が開いている以外は五体揃った『人間』に見える者。

「……異世界人ってかクリーチャーじゃねぃのだわ?」

「うーんー……ニンゲンの定義を考えさせられるのう……」

「ほらな、ファーストコンタクトから疲れるだろ」

 朽ちた戸口から様子を窺っていたハルトたちがついに踏み入れば、彼らはすぐに振り向いた。

『うわっ? マジモンの縦ロール令嬢じゃないですか』

『メイドさん……の、ド、ドワーフ? かな? それともホビットだっけ?』

『お~っ、騎士さんと魔法使いさんだ~。剣と魔法~♪ 剣と魔法~♪』

『……いや自分に言わせてもらえば、きみらが『異世界ファンタジー』の共通認識を持ってるらしいのがビックリなんだが』

 『黒カビ』が震えたり、『服』が捻れたり、『✕』が曲がったり、『人間』が顔の大穴から汁を出したり。とにもかくにも好意的には迎えられているようだった。

「フウッフゥ」「ドドドド~!」

「はい、ただいまです。フィード、ミーデ」

 ペンデュラム型魔導機を提げたまま、フィードとミーデがイエの周りへ飛んできた。機械オンチならぬ妖精オンチなイエだが、なぜだかこのハイフェアリーコンビにはやたらと懐かれている。

「マ、マリーお姉ちゃん、とっても役立ってますですこの『アイシャード』通訳機。エルケが喋らなくていいのでホントにホントにありがとうです……」

「ふふ~ん、どういたしまして! ……ま、まあ設計者はアリステラちゃんじゃし、こん島に落ちとった材料だけでなしてこがーもんができるんかわしも不思議なんじゃが……」

「はじめまして、異世界の旅人たち。私はアリステラ、この島の主よ」

 と。イエにだっこされたアリステラが、人形サイズとは思えない存在感で以て客人たちを見渡した。

『島の主だって? ああ、あんたが『墓守さん』か』

『想像してたのと違うね~、ちっちゃ可愛い美人さん~! ビスクドールみたいな~?』

『いよいよ変なプロローグだね。こんな不気味な島で包帯まみれちゃんと生きてる人形にもてなされるなんて』

『ああなるほど! じゃああなた、転生物でいうところの異世界へ導いてくれる女神様ってことでしょ。部下のエルケちゃんはいわば使徒っていうか天使だ!』

「やめて。私もこの子もそんなものではないわ」

 と。アリステラの頭上に『闇』のエーテルが現れた。

 形を成したそれは、薄い笑み……、

 いや、無数に喰い散らされた『薄眼』だった。

 アリステラの記憶の深淵を封じる漂泊チート。『星』の意志の代行者を語る『白式』一派が一人、『真白の幽鬼』に喰い散らされた傷だ。

(……? アリステラ?)

 よほどのことがない限り静謐であるアリステラが、どこか苛立っているように見えたのはハルトの気のせいだろうか。

「エルケから聞いているわね。あなたたちは私たちの『星』へ……異世界と呼ぶ地へ旅立つか、元いた世界へ帰るかを選ぶことができる。あなたたちは旅立ってもいいし帰ってもいい」

 そう告げれば異世界人たちは、誰一人として表情なんて読めるわけもないが、少なくとも前のめりに聞いているようで……。

「けれども。帰りなさい」

 ハルトとイエは「えっ?」、アリステラの強い一声に目を丸くした。

「あなたたちが、もし、宿した()()()の力に依って大事を成そうとしているのなら……それは幻想にすぎない。ここはあなたたちにも等しく厳しい、ただ()()()()()()世界(現実)よ」

 その論調こそ、以前、二人が別の『転移者』と邂逅した時と同じものだったが……、

『ええっ? ヤですよ!』

『右に同じ! もったいない!』

『う~ん、どっちかっていったらわたしも~!』

『……本気か? きみら』

 訊ねる前に、異世界人四人のブーイングにかき消されたのだった。

 彼らが誇示するように発動してみせた、故も知らない望外の()とともに。

『俺はこの、ヲタクWikiを見られる知識チートを活かしたいんですよ!』

 『黒カビ』の周りに、フェアリーが表示させるウィンドウとは微妙に異なるページの群れが現れた。

『僕のこれってチート? なんか幽体離脱……しそうですぐ引っ込むだけの手品なんだけど』

 『服』から半透明の彼(?)の写し身が抜け出て……いくかと思いきや引っ込み、出たり入ったりを繰り返した。

『帰っちゃったらこの子と会えなくなっちゃうよね~、たぶん? だったら帰りたくないっ!』

 ーーフェウゥゥン!

 鳴らない指笛を吹いた『✕』の傍らに、人の倍以上もの体躯を有する神々しい白狼が喚び出された。

『……『なんでも捨てられるゴミ箱』って、こんな恐ろしいもん何に使うんだ?』

 『人間』の目の前にペール型ゴミ箱の形をしたアイコンが浮かび上がった。

 ーー ???? レベル??? ーー

 ーー エラー 《ステータス》 失敗 ーー

 ーー エラー フロレンシック・レコード 接続不能 

 ーー 記憶済み ライブラリー より 検索 ーー

 ーー 該当無し ーー

 ハルト、シェリス、マリー、それぞれのフェアリーが《ステータス》分析できずにエラーを発した。

 とはいえ本人たちが明言しているように、それらはこの世の理から外れてしまった力に他ならない。

 『救えざるもの(チート)』スキル。

 彼ら異世界人たちは、出所不明のチートスキルを宿してこの世界に落ちてくる『転移者』と『転生者』だ。

 アリステラ曰く、この人の島は、彼らが『星』へ至る前に一度受け止める『瓶の蓋』なのだという……。


 ◯


「……ですから、以前見送った一子(イチコ)さん……転移者さんは怪異に変えられてしまったのです。私たちが戦っている『白式』、それに彼女たちの裏にいるお姉さんの『敵』の仕業と思われますけど……まだわからないことだらけなのです。だから元の世界へお帰りになられたほうがいいです」

『……今の話で決心がついた、やっぱり自分は帰らせてもらおう。大事な仕事に向かう途中だったのに光に包まれて、こんな場所にいきなりやって来て……今でも白昼夢だと思ってるぐらいなんだ』

 灯台のクリスタルの下で。慄いた様子で『人間』が首を振れば、イエがホッと息をついた。

 だが、他の三人において()()は芳しくなかった。

『『ヲタク』っていうのは、生きていく上で何の役にも立たない無駄知識に精通した修羅の称号ですよ。そりゃ普通の連中には鼻で笑われるようなことしか詳しくないですけどね、異世界に来れた俺ならきっと10コや200コはマウントとれる実力があるって!』

ギーク(オタク)って言葉ぐれぃ知ってらぁぃ! けっ、自分は他人とは違うんだ秘めた力があるんだってかぁ? 他人の書いたそのウィキ……? の薄~い知識で、だいたい出どころもわかんねぃ貰いモンのチートでなぁに我が物顔してやんでぃ! けーーっ!」

 シェリスに対し、『黒カビ』はハッタリに胸でも張るように伸び上がっていたり、

『僕はチート能力になんて頼らないよ、単純に異世界ってことにワクワクしてるのさ。元の世界じゃパッとしなかったけどこっちなら僕だって一流になれるよね』

「言いきるのねえ。その根拠はなんならあ?」

『いやべつに? 僕はなにも悪いことしてこなかったんだから、じゃあ世界が悪かったんでしょ』

「……言いきるのねえ。なまじ世界を越えてしもうたけえ、都合のええ『チャンス』に執着するんも仕方なし……なんかのう」

 マリーに対し、『服』は自分に酔う調子で斜に構えてみせたり、

『わたしだけの可愛いワンちゃん!』

 ーーフェンリルゥゥン!

「犬じゃない。狼だろそいつ」

『違うよ? 騎士さん『フェンリル』って知らないの~?』

「フェンリル? 知らないな、ブラッドウルフとかフルズウルフみたいな魔物の種族名か?」

『違うよ、なんとかっていう神話に出てくるなんとかって神様のお友達!』

「じゃあ知るかよ! おまえの世界の神話生物なんか知るか!」

『違う違う、強くて大きなワンちゃんのことをみんなフェンリルっていうんだよ?』

「大雑把すぎだろ……だから犬じゃなくて狼だし……てかそんな話がしたいんじゃないんだって!」

 ハルトに対し、『✕』は他に何もいらないとばかりにフェンリルとハグしあっていたり。

「ああくそ、交代してくれエルケ……」

「りょ、了解ですです!」

 エルケに担当を譲ったハルトは、クリスタルの裏へ回り込んだ。

「……前は、行くも帰るも自由だって委ねてたじゃないか。アリステラ」

「やり方を変えることにしたわ」

 と。自らの足で立ったアリステラが、手をかざしたクリスタルとエーテルを交わしていた。

「彼らを旅立たせるも送り返すも、このクリスタルに残った『星』の意志の権能によるものよ。それは文字通り人の『意志』を視る『眼』の力ゆえに、本人の意志が無ければ発動できないの」

「意志に反する強制送還はできないってわけか」

「ええ。だから無理強いするよりも本人の力で考えさせ、その選択を尊重する……それが『星』の『(人間性)』から生まれた私として最善策であると思えたわ」

「……違いますお姉さん。よくてもそれは次善策です」

 ハルトの姿が見えないことを心配したか、イエもやって来た。

「私はそのおかげで生きる力を鍛えられましたけど、お姉さんは人間全体を信じすぎなのだと思います。自分で考えて誰もがうまくいくのなら、手遅れになるまで傷にツバだけ付けておくことはありません」

「誰にでもコロッと騙されそうになるおまえが言うかね……」

「私は誰でも信じているわけではないです。目の前の怪しい人を疑っているうちに足元を掬われているだけです」

「前と足元を同時に見ろ」

「どうしてそんな無理難題を言うのですかハルトさん」

「……ふふ。良いことを言っているのに締まらないわね、あなたたちは」

 クリスタルから四つの小さな輝きが生成され、小さなアリステラに抱かれた。

 それらはイエが持つタリスマンよりずっと小さな、クリスタルのブローチだった。

「イエの言うとおりよ。それは『眼』でしかなかった私の妥協。しかし今、あなたたちのそばにいるこの私には小さいながらも『できる』ことをするための体がある……何よりも共に歩いてくれるあなたたちがいる。ならば私も、やりたいことをやらせてもらうわ」

 アリステラが異世界人たちのほうへ歩きだせば、イエは彼女をだっこしようかと手を伸ばした……が、やめた。

「これ以上の説得は無意味ね。いいわ、島を出る前に受け取って」

 そうしてアリステラから魔力とともに浮かび上がったブローチが、異世界人たちへ手渡された。

「このブローチはいわば発信器。世界に降り立ったら私たちが必ず会いに行くから、()()()()()()()()()()()()()()無茶はしないで」

『ま、待ってくれ、自分は元の世界に帰るからこんなものいらないんだが』

「ええ、あなたにはこうして出会えた縁の記念としての贈り物よ。不必要なら帰った後に手放してくれてかまわない、発信器以上の力は無いただの宝石だから」

 落ち着かない様子の『人間』だったが、残る三人の異世界人たちはいよいよ旅立ちの時かとワクワクしている様子で。肩をすくめたシェリスとマリーがハルトたちに合流した。

 アリステラが強く手を打ち、注目を促す。

「肝に銘じておきなさい。どうしてもこの世界でまっとうに『やり直し』たり『成り上がり』たいのなら、チートは使わないで。ソレが及ぼす全能感はあなたたち自身のものではなく、世界の理から外れてしまったがゆえの錯覚よ」

『チート無し縛り? いや待ってくださいよ、それじゃあ異世界に来た意味なんて無いじゃないですか』

『まあ違う世界から来たなんてバレたら面倒そうだから、チートなんかあっても頼らないけどさ。必要無い時以外は』

『えっと~、つまりわたしたちは特別に選ばれた人たちってこと~?』

 ……やはり誰もまともに聞いていないようで、ハルトも湧き上がるじれったさをよほど声に出してやりたかった。

(チートなんてものを与えられてどうして喜べるんだ? ……俺みたいなチート使いとこいつらの()()はなんだ?)

 ーー シークレットモード ーー

 ーー レベル■■■ ■■■■■■■■ ハルト ーー

 ハルトもまた、世界の歪みを宿した人間なれば。考えずにはいられないのだ。

「わかったわ、とにかくもう少しだけ聞きなさい」

 そうしてアリステラは、どこかうんざりした様子の異世界人たちへ続けるのだ。

「これから話すことは。世界に降り立ったあなたたちの身に起こる、法則(ルール)よ」

 それは。マリーが開いてみせた『夢日記』に記された内容と、同じものである……。

(1話につき4部分構成の短編~中編連作です)

(毎週月曜日、18時頃に更新中です)

(1話完結の翌週……つまり5週間に1回、次話の準備期間として更新にお休みを頂きます。よろしくお願いいたします)


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