Karte.21-4「それだけなんだけど」
【ハルト】……ベルアーデ帝国騎士団第七隊所属、双剣銃を手にイエへ寄り添う青年騎士。18歳。
【イエ】……極東ニフ国の乙女で、大体いつもレベル1なのにチートのような守護精霊の力を使える白魔法師。16歳。
【マリー】……ドワーフのミニマムレディ、妖精機シュネーヴィを操る魔導技師にして第七隊のメイドさん。19歳。
【シェリス】……第七隊隊長、魔法剣ならぬ魔法シャベルを振り回すハーフエルフの残念系王女。20歳。
【アリステラ】……イエを守護する旧き『星』の意志であり、自称『勇者』。自称17歳。
ただそれらは、やはり峰打ちの剣気のようだった。
というのも、アトリイエの壁中にぶつかると斬りつけることなく反射していたからだ。
備品等を一切壊すことなく、反射による剣気同士の衝突さえ計算に入れて。
その神業でアトリイエの正面口を開けた、
ハルトたちを椅子ごと剣気に乗せて飛ばした、
第七隊を外へと運んでみせたのだ。
外苑外壁へも跳ね返りながら、ついに到着した場所は……、
第七隊演習場予定地の、空き地。
ハルトもシェリスもマリーも、三人の椅子は空き地の隅へ横並びに停止した。
「あうあう、っ……?」
しかしただ一人、イエだけは、空き地の中央へ運ばれて。
「イエっ……!?」
駆け寄ろうとしたハルトの鼻先を、読んでいたかのように最後の剣気が妨害していった。
だからハルトは、イエとは逆方向へ振り向かざるをえなくなった。
「……ハナっ!!」
「……そ。じゃああたしが戦ってあげるけど」
アトリイエ、ではなく七番館の正面口が開け放たれていて。
「あんたは知らないでしょうけど。あたし、いちおう第七隊の準隊員だから」
一歩、一歩、悠々と。
しかして己の剣気の上を渡り歩いて轟々と。
ハナの到来だ。
空き地の中央へ降り立った彼女は、刀身こそ一度納めていたものの……、
「武器を取りなさいよ。刃を向けられたあんたが何を『意識』するのか、あたしに見せて」
「ハナ、さん……?」
対峙したイエを見据え、キンッと鍔を爪弾いてみせたのだ。
「なに考えてるんだおまえ! こんなの無意味だろっ……」
「あたしだってわかってるわよっっ! だけど、わかんないの!!」
「っ……?」
ハルトが横顔を見つめる前に、ハナはサーリットヘルムのバイザーへ手を掛けた。
「わかんないわよ、あたしだって。あんたはなんなの? どうしてそんなに意識してるのに……無意識なの? ……どうせあんたにわかるわけないわよ……」
「わかりました、ハナさん。戦いましょう」
「は……?」
対して。イエは袖の中から護身用の小刀を取り出せば、その鞘を外すこともなく示してみせたのだ。
「理由は存じ上げないですが、だからこそ私もハナさんと向き合ってみたいです。それでハナさんが救われるのなら……あ……私は大丈夫ですから、ハルトさんたちも心配しなくて大丈夫、です」
緊張はあれど害意は無く、恐れは見えても迷いは無く。あくまでも、いつもの彼女らしく。
「ん~~……マジでいいんだなぃ? イエ子ぉ」
「はい」
「おいっ、シェリスまで何言ってるんだ!? どう見ても今のハナはマトモじゃないだろっ、止めないと……!」
「ちょちょちょちょダメだってばハルトっ、今わりゃーさんが出ていったんなら余計拗れるだけじゃて!」
「なんでだよ!?」
「なんて言うたらええんじゃろのううう、うーん、うーん、なにをどこまで言うてええんなら……」
「あの。本当に心配しないでください、みなさん」
脚にしがみついてきたマリーをハルトが振り払う前に、イエが素人丸出しに構えるのだった。
「たぶんですけど私……ハナさんには負けないですから」
……いつもの乙女白魔法師が、いつものようにそう言った。
しかしてそれは、ついに乙女騎士へバイザーを下ろさせる口火となった。
「言 っ て く れ る ん だ け ど ! !」
大輪の花がごとき大技剣気が、イエへ放たれた。
ーー アーツ(技) 《廻刀キョウカ》 ーー
だが。
「~~~~」
イエは。
フラリと地を蹴り、剣気たちを避けた。
「はぁッッッッ……!?」
「「「!?」」」
これにはハナはもとより、ハルトたちも驚天動地だった。
大輪の花を描いた剣気たちはそれぞれの間に隙間こそあったが、一つ一つがリズミカルなほど美しく螺旋を回していた。その高速の弾幕ならぬ剣幕に対して、肉眼で活路を見出だすのは不可能に近かった。
ただ。イエはけっして、超人的な体捌きを見せたわけでも、ましてや魔法やスキルを使ったわけでもなかった。
ただただ、普通に、身を逸らして避けたのだ。
「なにしたの? あんた……っ」
次いでハナは、いわゆる『3WAY』に飛ぶ剣気を連続させた。
ーー アーツ 《燕刀テイケツ》 ーー
追尾性能を有したそれらは軌道も速度も絶妙にズラされ、着弾タイミングの観測を狂わせる。そして最後には、三発ともまったく同じにイエへの命中へ結実する……、
かと思われたが、
「~~、~、~~」
「なっっっっ、なんで避けられるのよ、っ……!?」
イエは、避けた。
ホップ、ステップ、ジャンプ。ハナの剣気もリズミカルなら、イエだって気味良く旋律的に。
「避け…………お、踊ってる?」
そう、ハルトは気づいてしまった。
イエの身のこなしは、たおやかなるニフ舞踊のそれだったのだ。
つま先一つに響きを込めて、指先一つに流れを乗せて。
回り、廻り、彼女はコンマ一秒以下の完璧な回避リズムで剣気を躱していたのだ。
「裏拍子です。ハナさん」
「なにってっ?」
ーー レベルダウン! ーー
ーー レベル1 白魔法師 イエ ーー
と。イエは詠唱していないのに、彼女のオドエーテルがタリスマンへ集束されると、フードの中へ捧げられた。
「邪魔するわ。イエ、彼らにもわかるよう特別にアシストしてあげる」
「お姉さん?」
目覚めた生き人形少女アリステラが身を乗り出し、その眼の奥に『闇』色をよぎらせると。ハナのホルスターを見つめた。
すると。そこに収まっていた彼女のハイフェアリーの目にも、なにかハッとしたように『闇』色が見えたのだ。
ーー 不明な管理者権限 です! ーー
ーー 同期 を 許可 します! ーー
ーー プレイリスト を 共有 します! ーー
「我ながら無駄遣いね。まあ……懐かしい気持ちにさせてくれたお礼よ」
そうしてアリステラは息を吸い込んで、
「♪♪~~~~~~♪♪」
歌いだした。
それに、彼女の長すぎる髪に楽譜を象ったようなエーテルが纏われ、歌声を引き立てる数多の楽器の音が奏でられはじめた。
「あ……そうですこれです、ハナさんが聴いている曲です」
「なっっ、なに勝手に聴いてるわけっ」
「良い曲ですね。あれんじ、されていますけどニフの神楽歌ですよね」
「知らないんだけどっ。気に入ってるから歌詞もわかんないけど聴いてるだけ……ってなに呑気に喋ってんの……!? なんでそんなアホみたいに避けられるのかって訊いてんだけどっっ」
「ですから、裏拍子なのです」
イエはまたまた避けていくのだ。ハナがどれだけ偏差剣撃しようとも、地へのバウンドを挟んで撹乱しようとも。
「ハナさん……音楽の拍子に合わせて戦っていますよね? ですから、その裏拍子を取れば回避できると思ったのです」
「うっっ……!?」
バイザーの向こうの表情は見えるはずもなかったが。どうやら彼女は、その癖をはじめて意識したようだった。
途端に、ほんの二、三度だけ連続剣気がリズムからズラされていった……
が、明らかに精彩を欠いてしまい、けっきょく辛抱堪らない様子でまたリズミカルに修正された。
そうとも。自分らしさを、自分らしくあるための平穏を尊ぶ彼女には、それが混沌へ落ちてしまうことこそ苦痛なのだから。
「わかったような口を……きかないでほしいんだけど! あたしを勝手に解釈しないでほしいんだけど!!」
「ごめんなさい。ハナさんの診察に必要なことなので我慢してください」
「あんたに診られることなんか何も無いっての……!」
対して。息は詰まりがちだし足取りも危ういが、まっすぐな眼差しを変わらず向けるイエこそ、この場においては脅威的だった。
「おぃおぃおぃ……裏拍子だの何だのってわかっててもなぃ、戦闘能力へっぽこぴーなイエ子があんなに避けれるもんなのだわ?」
「ううん、ハルトが言ったとおり避けてるんじゃなくて……。あれってなんじゃったかのう、たしかニフ舞踊ん中でも特殊な……」
乙女騎士は剣気に歌い、乙女白魔法師は剣気に踊るのだ。
ーー 神楽 レベル1(職人級) ーー
「そう! ニフの精霊神社の神楽歌と神楽舞じゃあ!」
示し合わせているはずもないのに、一対の舞踏を見せるように美しく。
「ハナさん、あなたは自分を見失っています。私でもわかります」
「今日会ったばかりのあんたに何がわかるって……っっ」
ーー アーツ 《圧刀ジュウジ》 ーー
技巧を凝らしたアーツたちから変わって、今やハナが放っていたのは、巨大な十文字に組み合わせた剣気の力任せな連投だった。
「わかります。でもハナさんはそれに気づいていないか、気づいていてもわかろうとしていないのだと思います」
「っっ……うるさい! いいからもっと嫌がりなさいよ、あたしが変だって突き放しなさいよっ、……あんたもみんなと同じだってあたしに見せなさいよ!」
ハナは何もないはずの目前を払った。
「そうしたら……きっと、いつもと同じあたしに戻れるのよ!!」
しかし確かに、そこにある何かを振り払うように。
「……ごめんなさい。私もハナさんも、きっと同じにはなれません。それでも……お友達になれませんか?」
「っ……気持ち悪いこと、っ、言わないでほしいんだけど!!」
「あ、うっ」
はじめて、ハナの剣気がイエにかすった。
それは小刀の鞘を打ち飛ばしただけだったが、イエは衝撃の伝わった腕に引っ張られて転んでしまった。
「イエ……!」
「大丈夫、ですっっ」
手出し無用とは言われても、ハルトはおもわず呼びかけてしまった。しかしイエは振り返ることなく、這いつくばりながらもハナを見据えた。
「ふんにゅっっ……!」
イエは、前へと、頭から飛び込んだ。
リズムの乱れた剣気たちの間隙を、なんとも不恰好なローリングで避けた。
そうしてすぐに跳ね起きて、リズムを引き戻したハナめがけてまた舞って……回って、廻って。
露わになった小刀の白刃を、照りつける陽光に瞬かせて。
「来ないでほしいんだけど……! い、や……っ、っ、やめて!!」
「やめません」
ハナの抜刀ムメイが、何度目かもわからない高速納刀、
いや、納刀仕損じて地へ滑り落ちた。
「っっ……!?」
すかさず翻された鞘が得物代わりに握られた時には……、
乙女の目前に、乙女はいた。
「失礼します……!」
「っっっっう……!」
ーー 小刀術 レベル0(凡人級) ーー
ーー 棒術 レベル0(凡人級) ーー
二人は……、
✕
……あの時。あの翌日。
リヒャルトの部屋の窓を、包帯に包まれた手が少しだけ押し開けた。
「……よし」
ハナは。顔にまでいくつものガーゼを貼っていたが、朝のそよ風を受けてももう肌が剥離することはなかった。
気休め程度だが、戦闘終了後のルーティンでそうするように、自然治癒力をごく緩やかに向上させるHPポーションを呷って。
七番館ロビーへのドアを引き開けた。
「…………ふん」
ハナが肩をすくめた衣擦れの音すら大きく聞こえるほど、早朝の薄い寒さにしんと静まり返っていた。
一歩踏み込んだ先から、乙女騎士はドアの傍らの壁際へ眼差しをよこした。
そこには、誰もいなかった。
「邪魔するけど」
「……ぉん……」
当然だ。リビングスペースのソファから、寝そべった青年の足がはみ出ているのを見るまでもなく……ハナは彼からの『意識』を感じ取っていた。
ドアの前に一晩中寄り添っていたなんてことは無く、居室から追い出されたリヒャルトはソファを寝床にしたらしかった。
ハナが近づくと肩でも凝った様子で顔を上げたが、斜めに頷いただけでまた肘掛けへ頭を下ろした。
いつもどおりに。そう、いつもどおりに。
「ふ……ぅ」
そして彼女もまた、もう一脚のソファへ、
……寝転がろうとはしたが、一度止まった。
「……あのさ。ありがとう」
「ん。べつにいいって」
青年の返事も聞き終わらないうちから、ハナは改めてソファへ仰向けになっていた。
バイザーを半分だけ下ろして、採光窓からの眩しさを遮って……目を閉じる。
……静寂。
彼女の片耳には、青年の息遣いだけが静かなリズムで集音されていた。
一方で青年も、彼女のもう片耳から漏れる音楽がかすかに聞こえていることだろう。
……静寂。
一曲終わって。
「……シェリスもマリーもいないぞ」
「べつに訊いてないし用も無いけど」
「ああそうかよ……」
……破られかけて、しかし、静寂。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「……あんただってさ、そのままでいいと思うんだけど」
「い、いきなりなんだよっ?」
破られるくらいなら、彼女が破った。
ソファから身を乗り出した青年に対して、ハナは背もたれのほうへプイと寝返りを打った。
「考えて、考えて、たまに変なドツボまで考えすぎてるけど……あんたはカッコいいと思うけど」
ああ、本当に……うるさくて、鬱陶しくて、気持ち悪い。
「あんたにかまってもらえるやつは、幸せ者だね」
せっかくお気に入りの音楽を聞いているのに、耳の奥にまで鼓動がうるさかった。
「それだけなんだけど。おやすみ」
彼女がまた静寂の中に微睡みかければ、ソファの革が擦れる音。追及を諦めた青年がゆるゆるとまた寝そべったらしい。
「……だからあ……かまうなって言うくせに人にかまうのはなんなんだよ。治ったならもういけよ、ハナ」
「あんたにそんなこと言われる筋合い無いんだけど、リヒャルト」
「いやあるだろ……」
他の誰にも見えないものを胸に抱き、乙女騎士はまた眠りにつくのだ。
「……ふんっ」
しかし。彼女自身にすら見えないこの『意識』は、いったい、なんなのだろう……。
◯
「ぁ……っ……」
(っ?)
その時。
イエのタックルを鞘で防ぎきれずにハナが押し倒されていった時、
ハルトが見たのは……バイザーがずり上がってしまった乙女騎士の表情だった。
無意識の何かに気づいてしまったような、心の底からの驚きの表情。
いつも仏頂面の彼女からすればむしろ、年頃の乙女らしい貌といえただろうか。
こんな瞬間だというのに、ハナはイエではなくハルトのほうを見つめていた……。
そして、
白刃と土埃が舞った。
「んにゃああああああああああああ!」
「あうあうあうあうあうあうあうあう」
取っ組み合い。
鞘と小刀なんて初手ですっぽ抜けてしまったハナとイエが、キャットファイト。
というよりは猫と犬の喧嘩のように、くんずほぐれつ転がりあった。
イエは命を救う者として人体構造を熟知している知恵から、ハルトでも太刀打ちできない小刀護身術……ならぬ手刀を打ち下ろしまくって、
ハナもなぜだかイエの狙う急所が挙動の前からわかっているように、手足をジタバタさせまくって。
「「きゃんっっっっっっっっ」」
そうして最後には、頭突きで、相打ち。
「「たいたいたいたいたいたいたい」」
どう見ても事故のヘッドバットだったが、悶絶しあった二人はようやっと分離したのだった。
特にハナのほうはサーリットを被っているというのにイエも石頭らしい。猫耳ヘルムがグワングワンと反響に震え、彼女の頭から外れてしまった……。
「そこまでぇぇ! 引き分けぇぇぇぇ!!」
ハルトは両者の間へ文字通りスライディングで滑り込んだ。
「これ以上続けるようなら俺を倒してからにしろ、と言わんばかりの覚悟ね。いいと思うわ」
「自分の子守唄でも歌ってろアリステラ!」
「まだ眠くないわ。まだ眠るわけにもいかないし」
「あう…………」「…………ふう」
クスクスと歌い終えたアリステラはともかく。ハルトが噛みつかんばかりに強く見回しても、イエとハナはユラリと身を起こすのだ。
「……私の護身術が通らなかったのはハナさんがはじめてです」
へたり込んだままのイエは。どことなくニッコリしているような無表情にて、握手の手を差し出した。
「……あたし、急所を守る勘は冴えてるの。自分で言うのもなんだけど」
対してハナは。その手を取ろうとしたが、やっぱりやめて先に立ち上がって。
「私の居合が効かなかったのもあんたがはじめてよ。……イエ」
握手ではなく。立ち上がらせてやるための手を、差し出して。
「実家で舞踊を少々嗜んでいましたので。つまらない隠し芸ですが役に立ちました」
「んなアホな、なのだわ」
「御札で魔法みたいなの使ったこともあったし、イエちゃんの実家って……」
イエとハナはとにもかくにも手を交わし、まっすぐと立つのだった。
「……なんだこれ。で、なにがしたかったんだよおまえら」
「え。ハルトお、げに本気で言うちょる?」
「なにが?」
遅れて立ち上がったハルトは、ついでにサーリットヘルムを拾い上げた。
ほんのかすかに機械猫耳から漏れ聞こえる旋律が、かき鳴らすような歌から、複雑でスウィンギーな楽曲へとシフトしていた。
「ほらハナ。大事なものだろ、おまえには」
こんなものを被っているからイエに負けたのだ、と眉根を寄せながらも。この乙女騎士の代名詞には違いないから、突き出して。
「なにがしたかった……、か」
青いおかっぱヘアーを傾げ、ハナは手を伸ばして応えた。
サーリットヘルムへ、
ではなく、
それを持つハルトの腕を掴んで。
「へ?」
「負けたくなかったんだけど」
まったくの不意打ちだった。
ハルトは、鼻先に前髪が触れてしまいそうなほど近くまで引き寄せられてしまった。
「わかったの。あたし、あんたが好き」
その囁きは、しかし、皆に聞こえるほどに大きかった。
「へ…………」
今にも泣き出しそうに不機嫌な仏頂面が、つんのめったまま固まったハルトへ近づいてきて……。
「リヒャルト」
乙女のもう片手が、青年の口元へ添えられて。
「《必中/すーぱーすとらいく》」
「ふんっ!」
「へぶぁ!?」
イエがエーテルで形作った杖が殴りかかってきた刹那、ハナのビンタがハルトをぶっ飛ばした。
瞬間、投げ出されたサーリットヘルムをひったくると、それを小盾代わりにイエの必中アーツ(技)を受け止めた……。
今日一番の、澄みきった衝突音だったかもしれない。
「バーカ。あんたなんかに負けるわけないんだけど」
「むむむ」
ーー マスター! ーー
ーー 新着 Fメール が 1件 届きました! ーー
ーー 第二隊隊長 様 よりの クエスト 受注 通知 です ! ーー
「時間切れ。仕事行かないと」
散っていった杖の残滓を振り払えば、ハナはまたサーリットヘルムを被った。
「私は第二隊でいい。二番手でいい。でも……引き立て役になんかなるつもりないから」
ーー 《ファストトラベル》 ーー
数多の強敵や魔境が映し出されたウィンドウたちを纏いながら、頭上にゲートを開かせて。
「リヒャルト。イエ。……遅れはすぐに取り戻すから、覚悟しててほしいんだけど」
挑戦的に、そして挑発的に、彼女は二人のド真ん中を指差すのだった。
「あ、ちなみにあたし、一人分なら一生慎ましく暮らしていけるだけの金貨をもう貯金してるから。今からその倍稼いでくね」
「あうみゅっ……」
そうして。第七隊準隊員ハナは、貯蓄0のイエをよそに旅立っていったのだった。
温かいような、ちょっと生ぬるいような、初夏の風が演習場空き地に吹いた。
「ニヤニヤ……ニヤ……だわ」
「ニマニマ……ニマ……じゃあ」
「ううううううるさいぞ! そこお!」
「動揺してやがる動揺してやがる」
「あの子はまだまだ伸びるわね。私が始めた星辰一刀流はただの護身剣術だったのに、あれほど大成させるとは可能性を感じるわ」
「えええ……なしてなんアリステラちゃん、なしてこれ以上情報量増やすん……?」
「こほん……っ」
と、あっという間にワチャワチャしはじめたファミリーの中で、イエがおもむろに中心へ立った。
「ハナさんが救われてよかったです。素直になるのは健康のために必要です、そうしないと本当の自分の心がポロポロと剥離していってしまいますから」
泰然自若というか……余裕綽々というか。
「ちょ、っと……イエちゃん? わかっちょってわりゃーさん、え、わかっちょったん……? 危機感とか無いん?」
ハルトはまだビンタとソファと経済的自立早期退職の関係について頭がいっぱいだったので、マリーがイエへ手招きで呼びかけた。
「はい、人が人を好きになるのは自然なことですから。止めるも治すもありません」
ハルトは膝から下の力が抜けたかとおもうと、放置されていた椅子に座らされていた。……イエに膝カックンされたらしい。
「私はハルトさんの助手ですし、ハルトさんは私の助手です。それ以外に何を危ぶむ必要があるでしょう?」
呆けたハルトの傍らへ。椅子から落ちていた座布団を敷き、イエは慎ましく正座するのだった。
「あ、そうですシェリスさん。借りていた本、興味深かったです」
「なんで今でぃ。空から降ってきた女に好きなヤツ取られる幼馴染みの話?」
「ですです。ですけど私、幼馴染みさんにも落ち度はあると思うのです。心地の良い立場にあぐらを掻いているから、余裕を見せているうちに押しかけ女房さんに出し抜かれるのです……」
「でもなぃイエ子、ハナ美はどっちかってぇと2巻で登場する完全無欠の帰国子女枠なのだわ。ちな、男はあっさり籠絡される」
「はぅあぅはぅあぅ……!?」
(はは、ネタバレしてやるなよ……イエもそんなひっくり返るなよははハハハ……)
なぜだろう。なぜだかハルトは今、自分が第七隊の一員であることを深々と噛み締めてしまうのだった。
続
(1話につき4部分構成の短編連作です)
(毎週月曜日、18時頃に更新中です)
(1話完結の翌週……つまり5週間に1回、次話の準備期間として更新にお休みを頂きます。よろしくお願いいたします)
※(次回更新は4月10日(月)の18時頃です)




