Karte.21-3「俺は……こいつに勝てる自信が無い」
【ハルト】……ベルアーデ帝国騎士団第七隊所属、双剣銃を手にイエへ寄り添う青年騎士。18歳。
【イエ】……極東ニフ国の乙女で、大体いつもレベル1なのにチートのような守護精霊の力を使える白魔法師。16歳。
【マリー】……ドワーフのミニマムレディ、妖精機シュネーヴィを操る魔導技師にして第七隊のメイドさん。19歳。
【シェリス】……第七隊隊長、魔法剣ならぬ魔法シャベルを振り回すハーフエルフの残念系王女。20歳。
【アリステラ】……イエを守護する旧き『星』の意志であり、自称『勇者』。自称17歳。
それらは峰打ちの剣気だった。
三頭をそれぞれ成す機工骨組みの一パーツずつへ、しかもそのジョイントやネジめがけて精確に打たれていったのだ。
ーーホ、ブ……!?
ーーホスゥゥ!
ーーヒン、ッ……
すると骨組みは次々と分解されていき、魔導馬たちは形を保てなくなっていった。
「あっぶねぃ!?」
「ハナちゃあん!?」
たまらず飛び降りたシェリスとマリーがヘッドスライディングしてきた傍ら、ハルトとイエもポカンとしながらハナの神業を見ていた。いつものように白魔法師ローブのフードへ収められたアリステラでさえも。
「ああ……星辰一刀流ね。懐かしい」
「セイシンイットウリュウ……お姉さんは本当に物知りさんです。私、刀術の流派はぜんぜん知らなくて」
「恥ずかしがることはないわ、あれはニフの刀術ではないから」
「そうなのですか…………あれ? ……ハナさんのヘルメットから歌が聞こえるような」
「っておまえ、このやかましさの中で聞こえてるのか?」
耳を澄ましたイエにハルトはギョッとした。
「聴診するのに必要な技術ですから。はい」
「技術とかそういう次元じゃない気がするが……まあおまえの耳は正しいよ、ハナはいっつも音楽聴きながら戦うんだ。神級のスキルレベル3の居合術……っていうかあの剣気でな」
「なるほど……。あ、これ、ニフで聞いたことある歌の……あれんじ、です……?」
ーー プレイリスト 『ストレス解消:16』 を 再生中 です! ーー
イエまでリズミカルに揺れはじめたが、主にハルトとマリーが肩をすくめた。
「ながら戦闘は危ないわよって話したこともあるんだけどねえ。癖みたいなもんじゃけん」
「性格と同じで完全には直せないだろうなぁ……ぁぁって危なぁ!?」
ハルトは、一発だけ急に飛んできた剣気をブリッジで避けた。
明らかに故意に、ハナが振り向きざまに放ってきたのである。
「ちなみになぃイエ子、ハナ美は妙に勘が鋭いから気をつけるのだわ」
「ぜぇ、ぜぇ……あいつ、っ、居合術の応用かなんかなのか自分に向けられた『意識』なら後ろからでもわかるみたいなんだよな……」
「なるほどです」
「……ちっ」
事実、皆が話題に挙げていることがわかったかのように、ハナの背中は魔導馬めがけて地を蹴った。
オークたちを踏み台にしてジャンプを連ね……、
「はあ……ッッ!!」
(……? ハナ……?)
剣気ではなく、峰打ちでもなく、刃で直に魔導馬たちを薙いだ。
ーーホ……ス……
そうして最後のパーツだった鼻先が吹き飛んで、魔導馬は三頭とも消滅。残された荷車も自然と停止したのだった。
「……終わったけど。騎士の仕事分は果たしたわよね」
跳び退いたハナは、歩いてきながら深呼吸。手首のスナップを利かせて刀を回すことで血振りならぬエーテル振りの『残心』、そして……、
「あっ、待ってください。リペアパウダーです、どうぞ」
「っ?」
彼女がさっさと『納刀』する前に。イエがその手に触れて止め、『火』の粉末エーテルであるリペアパウダーをニフ刀へ振りかけた。
ニフ刀は、かすかながら刃こぼれしていたのだ。
「ありがとうございました。ハナさん」
「……どうも。刃こぼれくらい見たらわかるけど」
「ごめんなさい、余計なお世話だったかもですけど。職業病でつい」
(ああ、たしかにハナには余計なお世話だったかもな。……納刀前には刀を見る、いつものハナならな)
ハルトは知っていた。直接斬りつけることが無く終わっても、ハナはルーティンとして刃を確かめてから納刀すると。
ましてや直接斬りつけた今、刃こぼれを見ようともしないなんて彼女らしくない。
「はあ……」
(……なんか、いつもより大音量じゃないか?)
脇をすり抜けていった彼女のサーリットヘルムから、いまだバトルに似合うハイテンポミュージックが奏でられていて。
「シェリスさあん、さすがにお馬がバラバラのまま返すわけにいかないから修理に入るね、わし。オークのこととか向こうで鬼の顔しちょるみんなのことは~よろしくのう~」
「けーっ、ちっちぇぃことでどいつもこいつもプリプリしてやがってぃ」
「わるいみんな、えっと、ちょっと俺……ハナの様子見てくる」
「ハルトさん? シェリスさん失礼します、この笛でオークたちを動かせますので使ってください」
「おいー間接キッスかよぃー」
後始末の輪からハルトが抜け出れば、イエが付いてきた。
「いいって。ちょっと気になるだけだから」
「いいえ、ハルトさんが気になるなら私も気になります。ハナさんがどうかしましたか、怪我ですか、病気ですか?」
「おまえの職業病も大概だな……。あいつがいつもよりスレてるように見えただけだって、俺も正直よくわからん」
「なるほど、心の病ですか」
「おまえの職業病も大概だな……」
「……? どうして二回言うのですか」
すでに七番館のドアをくぐっていた背中を追って、二人も中へ。
「いない」
ロビーには、ソファの上にもいなくて。
「いました」
見つけたのは、裏口が開けっ放しになっていたアトリイエの中。
「……何やってるんだ? おまえ」
「さっき言ったんだけど。もう一眠りしてるけど」
ハナは、イエのベッドの上で大の字になっていた。
「あのう、そこは私のベッドで……。診療用のベッドならこちらです」
「…………」
仏頂面のハナはすぐに起き上がった。立ち上がった。
「…………ふん」
……パーティションに肩をぶつけながら、診療用ではなくハルトのベッドへ寝転がったのだった。
「「えええ……」」
猫のように御しきれない彼女に、さしものハルトもイエも困惑するばかりだった。
✕
……ある時の、深夜。
「……っ……はあ、っ、はぁ……」
二番砦の裏口から、フード付きの外套に全身をくるんでハナは歩み出た。
ーー ライトフォン を 集音マイク に切り替えます ーー
ーー レフトフォン プレイリスト を 『療養中:3』 へ 変更 します ーー
サーリットヘルムの片耳からは相変わらず音楽を流し、もう片耳では集音マイクが起動される。
すると、歩きながら聞こえるのだ。
遠巻きから乙女騎士を見つけた、同僚の騎士たちの言葉が。
「誰だ……って、ハナか?」「雨でもないのになんだろうなあの格好」「まあそっとしといてやれ」「だな、変に構うと後が怖い」「変わってるのは今にはじまったことじゃないさ」「仕事は真面目すぎるくらい取り組んでるし」
親切な……好奇心に満ちた言葉。
遠慮がちに遠くにいる……無遠慮に間近な眼差し。
「……うるさい……鬱陶しい、気持ち悪いんだけど……」
いつもなら口には出さないことを吐き捨ててしまう、
「……わかってるけど。気持ち悪いのはあたしのほう……こうなるのを選んだのはあたし、だけど」
いつもより重い目が、しかして痛いほどに鋭敏だ。
ハナを意識している者たちの気配が、エーテルの刃として四方八方から向けられていた。
「……まあ。選んでなくても大差無い、だろうけど」
それはハナにしか見えない、わからない、理解できない世界だった。
ニフ刀のような不可視の輝きがハナに触れ、その感触の全てを彼女は認識していたのだ。
相手に認識されているのなら、どんなに遠くからでも捉えてしまうのだ。
感情や言葉によって千差万別な形に、大きさに、色とりどりに。
痛いわけでも痒いわけでもないが、ただただ、うるさい。
特に同僚たちの『意識』ときたら、どれもこれも七支刀のように装飾的だ。
ーー 居合術 レベル3(神級) ーー
そう、この業もまたハナが持つ才能には違いなかった。
居合。
『居』とは不動の『静』を表し、『合』とは応変の『動』を表す。
心身は常に『静』へ『居』ながら、己を取り巻く全ての『動』へ『合』わせる……、動静一如の感応こそが『居合』の妙なれば。
ハナは。その感応の才覚がゆえに、万象全ての『動』を神がかりの抜刀剣気へ『合』わせることができる。
ハナは。その感応の知覚がゆえに、常に『静』に『居』るのに他者からの意識を感じ取ってしまうのだ。
「はいはい、悪い悪い……あたしが悪いんだけど……」
感応のオンオフを切り替えられないのも、他者の言動を『けど』と透けて見てしまうのも、ハナ自身の未熟のせいといえばそうだ。
だから。
自分が変わっているのだとわかっているのなら、
自分を変えられるだけの『できる』ことをいまだ見つけられていないのなら、
……せめて他者がハナを変だとも思わないよう、意識の外まで離れるしかないでないか。
その結果、自分がもっと滑稽な人間になるのだとしても。
外壁添いの日陰を歩き続けて、ようやくハナは目的地にたどり着いた。
七番館のドアを、開ける。
「ありゃお客さん? いらっしゃ……ってハナちゃんっ? どうしたんじゃあそんカッコ?」
「おぃおぃおぃ、ずいぶんツラそうだなぃ」
ロビーの奥半分、リビングスペースで寝間着姿をゴロゴロさせていたマリーとシェリスが身を起こした。……困惑しているのだろう、波打つような『意識』の刃が交差しながらハナに触れる。
「……待って。ごめん、近づかないでほしいんだけど」
「てやんでぃ。だからどうしたってぇのだわ」
「違う……んだけど」
「違う? えっと……安心してつかあさい、ちゃんと聞いちょるけえ落ち着いて話して?」
歩み寄ってこようとした王女と侍女を、開けっ放しの受付カウンター越しに手で制す。……そう、やはり理解はされないだろう……。
「……ハナか?」
「……っ。リヒャルト」
と。もとは宿直室だったらしい部屋のドアが開けば、現れたリヒャルトもまたハナの姿を奇妙がっているようだった。
……ハナのニフ刀とよく似た、反りの浅い細身の『意識』がハナに触れる。
「ごめん、空いてる部屋ってある?」
息苦しさを吐き出す調子で早口に。対してこの館の住人三人は目を見合わせあった。
「空いてる……っていうのは無いかも。使いよらん私室ならなんぼかあるがのう、どこも倉庫代わりにしとってぎゅうぎゅう詰めじゃけん」
「……わかった。ありがとう、邪魔したけど」
「お、おいなんだよっ、待てって!」
踵を返した、が、騒がしいほどに足音が近づいたかとおもえば肩を掴まれていた。
「っっ……」
「え、っ? わ、わるいっ……」
すぐに手が離れたのは、そこまで強くはない掴みかただったのにハナが痛みに震えたからだろう。リヒャルトの指先がフードに引っ掛かり、ハナの相貌を露わにした……。
「……おまえ。その肌」
リヒャルトも、シェリスとマリーも唖然としていた。
しっかりと閉めていなかった正面口から窓へ、風が吹き抜けた。
「ぁ、ぁっ……っ……」
風を受けただけで、点々と皮膚が剥離していたハナの顔が激痛に歪んだ。
症状が進行し、無事だった皮膚がかさぶたのようにまた少し剥離した。
「ビル風邪でぃ……! おいマリー、窓を閉めてやんのだわっ。ちょいとでも風に当たると皮膚がもっと剥離しちまうのだわ」
「りょ、了解っ。ほんじゃあこことそこと二階のあっこと……!」
そう、それは病にほかならなかった。
すぐにロビーの窓を閉めきったマリーが階段の向こうへ駆けていった一方、リヒャルトが恐る恐るドアを閉めた。
「ハナ、どうしておまえ……」
「……だから、待って、触らないでほしいんだけど。大丈夫だと思うけど……あんたたちに感染るかもしれないから」
「そんなナリで上がり込んどいてなぁにエラそうに。まあいいのだわ、とりあえず治療師呼んできてやらぁ」
「いい……いらない、うちの隊長に薬は打ってもらったから。だから大丈夫って言ってるんだけど……」
「はぁん?」
通用口へダッシュしていこうとしたシェリスが、遠慮の無い怪訝の眼差しとともに振り向いた。
「んじゃあ、なおさら何しにきやが……」
「シェリスっ、話は後にしよう! こっちの部屋に……俺の部屋に入れるぞ、いいよなっ?」
「おうおう、好きにしなぃ」
肩をすくめた王女は通用口ではなくキッチンへ方向転換していって。
気づけばハナは、リヒャルトの私室へ通されていた。
そこは。確かに彼の私室だというのに、個人的なものがほとんど置かれていないただの『部屋』だった。
だからこそ。王女と侍女の背の高さで貼り付けられたスナップ写幻たちが……各地を無理やり連れ回されたらしい青年の悲喜こもごもが際立っていた。
「俺のベッドだが贅沢は言わないよな。使ってくれ」
「うん……どうも」
留め金を外せば、鈍い音を立てて床に落ちた騎士制服のプロテクター。捲った毛布が立てた微風だけでも手の皮膚が剥離してしまったが、ハナはリヒャルトのベッドへ横になった。
「……何か必要なものはあるか? やってほしいことは?」
「いらない。一晩寝たら剥離症状は治るはずだから、変に動いて風を起こさないでほしいんだけど」
「人の部屋に転がり込んでおいておまえな……。あと外せよそんなヘルム」
「絶対イヤなんだけど」
サーリットヘルムだけは装備したままのハナは、寝返りを打ち、ベッドが面した壁を見つめた。
「だいたいだな、二番砦に部屋があるんじゃないのか?」
「ねえ、そんな話はいいからそっとしておいてほしいんだけど」
「お断りだ。部屋を明け渡してやるんだからそれくらい聞く権利はあるだろ」
「……あんたも他と同じね。遠慮の無いヤツ」
無視して寝入ってもよかったが、やはり、彼からハナへ向けられた『意識』を感応してしまっていてすぐには寝られない。
「部屋はあるけど……年中出かけてるから滅多に使ったこと無くて、寝込んだりしたら絶対みんなに意識される。それがわかるのがイヤなの」
「……? 悪口でも言われてるのか?」
「べつに。でも、あたしのスキルのせいで『意識』が……」
リヒャルトが「『意識』……?」、呟いたが、
「……なんでもないけど」
「なんだよ」
ハナは続く言葉を吐かなかった。
それはなにも青年への諦観や不信からくるものではなかった。
自分にしか見えていない『意識』の世界を、そしてその世界を通して見る自分自身を、良くも悪くも守るために。ハナは感応の刃のことを誰にも話したことはなかったのだ。
「とにかく、あたしが人と違うことをして人に意識されて……あたしが言ってもないことや思ってもないことで勝手にあたしを解釈されちゃうって話。なにを話してるのかぐらいなら、コレの集音機能でぜんぶ聞こえるし」
「やっぱ外せよそんなヘルム……」
「同じことよ、着けてなくても聞こうとしちゃうから。それで不明瞭な雑音だけ聞こえるより、ハッキリ聞こえたほうが逃げ道も見つけやすい」
「そういうのは言い訳っていうんだぞ」
「病気のせいで喋りすぎてんの。もういいでしょ、本気で出ていってほしいんだけど」
……短いようで長い沈黙が交わされて。
「……変わった女」
今度こそ、青年の気配が足音とともに遠ざかっていくのをハナは聞いた。
もちろん、ドアが閉まる音がしても。そこを突き抜けた『意識』はいまだ刃として……さっき感じた時よりもか細いものとして触れてはいたが。
それも、彼が離れていけばおのずとかき消えていくものだ。
ハナは目を閉じた……、
ドンッッ、と鈍い音に驚かされて目を開けた。
……彼の『意識』が、いつもと変わらない姿形でまだ触れていた。
「……ひょっとしてまだそこにいる? だからそういうのがイヤなんだけど」
「知るか」
そう、室内にはいなかったが、どうやらリヒャルトはドア一枚隔てた向こうに陣取ったらしかった。
「おまえが勝手にやってるのに、俺が勝手にやっちゃいけないなんて道理があるかよ」
ハナは言い返そうとして、できなかった。
他人には迷惑かけないし自分に『できる』ことなら極力手伝う、だからその代わりに近づいてこないでほしい……、それが普段のハナの行動原理だった。
しかし今。迷惑をかけているし『できる』ことなんて何もない、こんな乙女騎士がどれほどの道理を主張できるだろう。
「俺はおまえのありのままを尊重するよ。おまえは人の領域に勝手に上がり込んでくるくせに人に構われるのを嫌うし、そのくせ自分が放っておけない時には人を助けたがるクソ女だっての」
「…………」
そう、結局のところハナ自身わかっているのだ。見限られて離れていくのでなければ、自分を意識しないでいてくれるのは他人の優しさに他ならないと。
だから。そんな他人が放っておけない状況にあったら、自分にとって矛盾を孕むとしても助けてしまうではないか。
「だけどな……だから、それでも、俺はおまえを放っておけないんだよ」
ハナは息を呑んだ。
寝返りを打って振り向きかけたが、それはできなかった。
「だって。本当に助けがいる時に誰からも見てもらえないなんて、たとえ自分が選んだことだとしてもあんまりじゃないかよ」
剥がれる痛みを感じていたのは、きっと、風を受ける肌だけではなかったから。
「言うとおりに離れてやるしちょっかいもかけないよ……だけどな、俺はおまえのことを心配してるからな。それだけは肝に銘じておけよ」
またドアが音を立てた。今度こそリヒャルトは離れていったらしかった。
「……変わったヤツ、っ」
だからハナは、彼に聞こえなくなる前に声を張っていた。
「どうせ俺はおまえと同じ変わり者だよ!」
遠くても、小さくても、いまだ確かに聞こえあっていた。
そう、ハナが感じ取った『意識』もいまだ消えることはなく。
「…………ふん」
他の誰にも見えないものを胸に抱き、乙女騎士は眠りについた……。
◯
「……整理させてほしいんだけど。つまりあんたは旧き『星』の意志だっていうそのお人形に取り憑かれてて、リヒャルトたちの仲間になったのもそいつの導き。アリ……ス……テラお姉さんが記憶喪失にされたから、巷で噂の『白式』と戦ってるって?」
「ですです」
「すやすや……すてぁ……」
「なんじゃあ妙にトゲあらんかのう?」
揃えた人差し指と中指をクイクイと屈伸させた『皮肉』のジェスチャー。ハナは理解こそしてくれたようだが納得はしていないようだった。
ハルトたちとハナは、アトリイエにて昼下がりの茶会を開いていた。
といってもハナだけは相変わらずハルトのベッドに腰かけていて、ハルトたちが着席したテーブルセットから土産のオークホルモンジャーキーをつまんでいた。
「何はともあれやっと話せてよかったよかった。わるかったなハナ、久しぶりの依頼だったからろくに説明できずに留守番させて」
「よかないんだけど。相変わらずクソ溜めみたいなクエスト受けてるくせに、なに神話の核心に迫るような冒険してるわけ?」
「マジかよぃ、風呂二往復したのにまだ臭うのだわ?」
「うるさいんだけどシェリス。オークのホルモンで窒息しろ」
「なんや妙にトゲあらへんのだわ?」
(たしかに……なんか機嫌悪いんだよな、いつもそうなんだがいつもよりも)
ハナは「ふん」、一口サイズのジャーキーをわざわざ捻り込むように噛み千切った。
「まあいいけど、実際あんなトンチキスキルを見たわけだし一応信じるけど。で、あんたいくつ?」
「ほえ? ……えっと?」
「なにが『で』なんだよ」
「あによ。あんたのバディと交流深めようとしてんだけど、悪い?」
「べつに悪くはないけどさ……」
「私は16ですよ。ハナさん」
「ふーん。あたし17」
「そうなのですか。お姉さんも自称17才なのです」
「なんでそいつの天地開闢級のサバ読みと同じ土俵で語んのよ。あんたってシスコンか何か? お姉さんの言いなりでこいつらの仲間になったわけ?」
「シ……シス、コ…………シースルー・コンド……」
「わかってないなら無理にひり出さなくていいんだけど!?」
「失礼しました、西方共通語は絶賛勉強中です」
「発売日の『絶賛発売中』くらい信じられないんだけど……」
「ハナさんってなんだかお話しやすいですね」
「聞いてないしどの辺りでそう思ったのか皆目見当つかないんだけど」
「それと。出逢いの縁をくれたのはたしかにお姉さんですけど、ハルトさんたちと仲間になったのは私の意志ですからそこだけはごめんなさい」
「っ……? ……会話のキャッチボール……」
ツッコもうとしたハナだったが、その前に、ズイと身を乗り出したイエに圧されてしまったようだった。
乙女白魔法師もべつに怒っているわけではなく、ただ譲れないもののために前のめりになっただけの様子だったが……。今日会ったばかりのハナには、底知れない黒曜の瞳を湛えた彼女の無表情はどう映ったものだろうか。
「……くっ……」
「ん、ん?」
実際、少なからず面食らった面持ちのハナは、頬杖を付いて静観していたハルトをなぜかねめつけて。
「ひそひそ……ひそ……だわ」
「こそこそ……こそ……じゃあ?」
「うるさいんだけど! そこ!」
「めっさ小声だったろがぃ」
「むしろ聞こえててもヨシじゃったり」
ついでに、やけにニヤニヤニマニマと耳打ちしあっていたシェリスとマリーへ鞘入りニフ刀を突き出してみせたり。
「ダメですよハナさん、こんなところで刀を振り回したら。私たちみんな七番館の仲間なんですから」
「誰がっっ……」
と、鞘を押し下げたイエの手へ、ハナは平手を振り上げたが……、
「……は。あぁ……」
腕を下ろして。何か思いだしたような、あるいは何か諦めたような息をこぼして。
「……あんたさ。入隊試験って受けた?」
イエを見つめ返した青い瞳には、まだ形の見えない強い意志が揺れていたのだ。
ハルトもシェリスもマリーもハッとしたが、顧問白魔法師だけはきょとんとしていた。
「シケン? ……いいえ、覚えている限りは何も……。シェリスさんシェリスさん、入隊試験があるのですか?」
「おうよ~あるぜぃ。つってもイエ子の場合は顧問扱いだし、かかりつけにしようとしてた白魔法師がアトリエごと降ってきたってんで特別にパスさせたのだわ。感謝するのだわ」
「ありがとうございますです」
「シェリスさんたらなにをデッカイこと言ってるの。気にせんでええんじゃよイエちゃん、試験ちゅうてもそれそのもんに意味はたいがい(ほとんど)無くってのう」
「あんなにケラケラ笑いながら眺めてたあんたたちが、この子だけ贔屓する道理は無いと思うけど?」
「贔屓だなんて。そがー……」
「ねえあんた、余興みたいなものだから受けてみる気はない?」
何にも知らないイエが「ふむむ」と悩んだのをろくに見もせず、ハナはハルトへ振り向くのだ。
「ねえ、リヒャルト。受けさせてみる気は……」
「無いな」
静かに、力強く、ハルトは即答した。
「あっそ……」
その答えを予想していたか、ハナは大して驚いた様子も無く肩をすくめていた。
が、
「俺は……こいつに勝てる自信が無い」
キッ、と、鈍いような張りつめたような音が落ちた。
「っっ……」
……ハナが握ったままの抜刀ムメイが、ベッドの縁から滑り落ちて床を打った響きだ。
「……そう」
立ち上がったハナの顔を見て、ハルトは、それにイエも目を丸くしていた。
「そう。なんだ」
怒り出しそうな。泣き出しそうな。……なんと遠い仏頂面をしているのだろう。
彼女は。
居合の構えを溜めた。
「動かないで。わからないけど、手元が狂うかもしれないから」
もとより誰も、立ち上がる暇すらなかった。
「ハナっっ……うおああ!?」
「あうっ」
「でゃっ」
「じゃぁ」
ハナの居合剣気が千々に輝いた。
(1話につき4部分構成の短編連作です)
(毎週月曜日、18時頃に更新中です)
(1話完結の翌週……つまり5週間に1回、次話の準備期間として更新にお休みを頂きます。よろしくお願いいたします)




