Karte.20-1「されど1レベル」
【ハルト】……ベルアーデ帝国騎士団第七隊所属、双剣銃を手にイエへ寄り添う青年騎士。18歳。
【イエ】……極東ニフ国の乙女で、大体いつもレベル1なのにチートのような守護精霊の力を使える白魔法師。16歳。
【マリー】……ドワーフのミニマムレディ、妖精機シュネーヴィを操る魔導技師にして第七隊のメイドさん。19歳。
【シェリス】……第七隊隊長、魔法剣ならぬ魔法シャベルを振り回すハーフエルフの残念系王女。20歳。
【アリステラ】……イエを守護する旧き『星』の意志であり、自称『勇者』。自称17歳。
唖然としていたのはチーナも同じだった。
「はあ!? レベルダウンだけ!? なんでそこで消えやがるんじゃこらっ、シェリザから奪った『経験値』でわらわがレベルアップするはずじゃろ!? 術式にムシでもいやがったかクソ、思い当たるのはブツブツブツ……」
……いや同じではなかった、シェリスを見ているようで見てはいなかった。どうやらうまく行使されなかったらしい《盛者強食》と己だけを見て、グルグルと考え込んでいた。
「シェリザさん……異変……?」
「お姉様? お姉様あ? いやちょっと、思い通りにいかなかったかもだけど思った以上に効いてるみたいですよ? 見ろって」
シャールとヴァーニャも驚いていたように、どうやらこれは誰にとっても想定外の事態らしい。
「シェリス!!」
そんななか。ハンドサインで結界を解かせるとともにいち早く動いたのは、メルボルン拡声器を放って観覧席より飛び出したスツルク帝王だった。
「ぷっっはぁっっっっ! シェリちゃんっっ、と、あやややや!」
次いで、封印キットを破ったルーデリカが追って観覧席へ足をかけて。飛び降りる……前に、飛んできたメルボルンを反射的にキャッチ。
すると。思い直した様子で彼女は言葉を飲み込み……代わりに、メルボルンめがけて息を吸い込んで。
『……第二戦っ、チナちゃんの勝利や! ……からのぉぉぉぉ、親善闘技はシェリちゃんのお腹イタのために一時中断としまぁす!』
そんな宣言に、さすがにチーナもハッとして観覧席を見上げた。
「あぁ!? わらわの勝利は当然じゃが一時中断ってなんじゃ年増! てかおいっ、なにウソ泣きしてやがんじゃシェリザこらっっ……」
『マリちゃん、プランBや』
「シュネーヴィ、コード『ナイワソンナモン』」
『プシュルッ』
次の瞬間。屋上に潜んでいた全長2.5メートルのメイドメカ……マリーの分身たる妖精機シュネーヴィが、サプレッサー付き狙撃銃を連射。
「チナッ」
「シャルッ」
「ニィッ」
皇女三姉妹は、麻酔弾のヘッドショットでぶっ倒れた。
「おうああああ!? 国際問題!」
『人聞き悪いでハルくん! その麻酔にはうちの特製『ロルバックちゃん35号』が入っとる、ええ感じに記憶が巻き戻るさかいセーフや!』
「サヨナラゲッツーだよ! 大国際問題じゃないか!」
『ガッガッガッガ』
エーテルバーニアを噴かして降下してきたシュネーヴィが三人をかっさらい、王城へと飛び去っていった。
「最終戦は、あ、あー、明日の同じ時刻からとする! 以上、解散っっ!」
一方。拡声器なんて無くても十分な大声を張り上げたスツルクは、滑り込むとともにシェリスを担ぎ上げた。
ビックリした様子の姫君は、申し訳なくて仕方がないような面持ちを震わせた。
「オトン……ううう……ごめんやの……」
「よしよし、とりあえず腹痛いフリでもしてろ。いくぞおまえたち!」
「ああもう何がなにやら!」
「七番館に……ううん、今は玉座の間のほうがええじゃろうねおじ様!」
「救急パーティが通ります……! 道を開けてください……!」
イエが「《インベントリ》」、次元の狭間から取り出した毛布がシェリスに掛けられて。
ハルトたちファミリーは、ルーデリカが手招きした観覧席直下の第三の門……『黒金の門』へと駆け込んでいくのだった。
◯
「また、恐れていたことが起こってしまった……」
「また?」
グレートベルアーデ城、玉座の間にて。
「ああ。レベルダウンのトラップを踏んだり、流行り病で寝込んでるうちに経験値が抜けたり、数年に一度は起こっててな……特に今回はタイミングとしては最悪だ」
特大の円卓を片手で持ち上げたスツルクが、数脚の椅子と共に玉座の前へ設置。ハルトたちへ「まあ座れ」とばかりに首を傾げてみせた。
だからハルトも、イエも、マリーも着席はしたのだが……。
テーブルセットには、空席が2つ。
そこに座するべき2つの金色は、部屋の片隅、仮眠ベッドのほうにいた。
「もうあかんの、あかんの、あかんの……シェリスちゃんのせいで負けてまうんや。シェリスちゃんのせいで王家の威厳が失墜して、スァーヤに乗っ取られて、ベルアーデがエロ本みたいな奴隷国家になってまうの……」
「ああもうアホ抜かしぃ、エロ本の読みすぎやっちゅうねん。ちょぉリラックスしぃな」
膝を抱えたままプルプルと寝っ転がったシェリスと、ベッドの縁に腰かけて縦ロールを撫でてあげているルーデリカだ。
「しかしなあ、かつては没落貴族どものせいでそうなりかけて俺たちが奪還したわけだし……あり得ない話じゃあないな……」
「しーっ! 膨らまさんでええねんスーちゃん!」
「うううううう……無理やの無理やの無理やの、シェリスちゃんじゃオトンやオカンみたいに国盗りなんてできへんの……」
「せぇやぁかぁらぁ全部シェリちゃんのネガティブ妄想やろ……ええ加減にせんとキッツい睡眠薬盛るで」
「あのう……お母さん、私にも処方できるお薬はありますか? ひょっとしてチーナさんの魔法で『混乱』の状態異常でも発症したのです?」
「おおきになあイーちゃん。せやけどちゃうんやこれが、ある意味これはこれでシェリちゃんは健康……もとい健全なんよ。……つまり……」
娘と同じ縦ロールなポニーテールの毛先を弄びながら、続くはずの言葉は言いにくそうに。
「おば様」
やがて。見かねた様子でマリーが、せっかく座った席からもう立ち上がるのだ。
スツルクの隣の椅子を引いてルーデリカへ目配せすると、彼女と入れ替わりにシェリスへ付き添って……。
「シェリスさんは……もともと弱気な女の子なの。いつもの『ほはは』な調子は自己暗示でのう、1レベルでも下がるとこがー風になってまうんじゃ」
……ハルトとイエは息を呑んだ。
「自己暗示ぃ……っ?」
「1レベルでも、です……?」
少なくともハルトは、誰に何から訊けばいいものやら狼狽えてしまった。
マリーか、スツルクか、ルーデリカか。三人とも一様に考えあぐねているようだったからだ。
自然と二人の眼差しは、小さく丸まってしまった黄金の背中へ向いた。
「ど、どういうことだよシェリス。たった1レベル下がっただけじゃないか、そんな小さいこと気にするなんておまえらしくないぞ」
「そうです、です。取り返しのつかないことではないのです、シェリスさんならあっという間に戻れます」
「兄弟ちゃん……イエ子ちゃん」
「兄弟ちゃん!?」「イエ子ちゃん……」
「せやかて兄弟ちゃんにはわからへんの……。レベル上げなんて打ち込んだこともないしイエ子ちゃんとドタバタしとったら勝手にレベルアップしとる兄弟ちゃんには逆立ちしてもわからへんの……」
「口悪いな!?」
「ああ、うむ、そのあたりは元からそうなんだ」
「こらシェリちゃんっっ、そない辛気臭い顔で人の悪口言うもんやないて言うたやろ!」
「ひぃ!? ご、ごめんてぇオカン~……」
「悪口言うなら面と向かって仁王立ち! 喧嘩上等で開き直るんがエルフのやり方や!!」
「なあマリーくん、俺たちの教育方針は正しかったよなきっと」
「おじ様らあが自信持ったらんでどうするんですかっ」
帝王親父殿は重く頷いた。
「もちろん、タフな子に育ててきたさ。こんな様子じゃ信じられないだろうが、俺とルルさん以上に根性のある愛娘だよ。な?」
「うん……もちろんや」
自分以上に不安げなルーデリカの肩に手を添えて、続ける。
「ただ。物心ついて、王女としての教育も必要になってきた頃……あの子はなかなか自信を得られなかった。先読みのできる聡い娘だったからな、ゆくゆくなるべき『シェリザベート王女』と自分とのギャップに整理がつけられなかったようだ」
マントの内ポケットに納まっていたハイフェアリーを取り出し、テーブルに座らせた。
「たかが1レベルで不思議だろう。だがな、されど1レベル……ちゃんと理由があるんだ」
ーー 活動写幻 を 再生 します! ーー
ーー フォルダ名 『娘が一人前になったら見せてやる恥ずかしいホームビジョン集』 ーー
ーー ファイル名 『シェリス10歳~12歳(編集版)』 ーー
ハイフェアリーが展開したワイドなウィンドウへ、超微細なエーテルの輝きが高密度高画質に敷き詰められていって……映像が再生されるのだった。
「ううううう……最悪やの最悪やの拷問やの、まだ半人前のハーフサイズのミニ盛りやのにシェリスちゃんがこんなんやから晒されてまうの……デリカシーの無い典型的なオッサンオトンやの……」
「寝てろ! 深く!」
『ううううう……』
「あ。ちっちゃいシェリスさんです」
もんどり打つ若き王女をよそに、一度始まった活動写幻は……泣きべそをかいた幼き姫を映すのだ。
まだバトル向けの意匠なんて凝らしていないドレス姿で、『風』色を纏ったシャベル……ならぬスコップを握り締める彼女を……。
◯
そこはグレートベルアーデ城の中庭だった。
花実の大庭園である屋上の『サイレントルーデルズ』と比べ、世話の回数が少なくて済む低木の植え込みが主に据えられている。
あくまでも路の一部として色とりどりに整えられ、ちょっとした公園ほども広い中庭の導代わりとなっていた。
なにしろ中央に聳える黒金の女傭兵像を除けば、四方八方には種別の異なる修練場が設えられていたのだから。
城勤めの者たちも存分に使って良い、帝王謹製のトレーニングスペースだ。
「ううううう……」
「よぉ見ときやぁシェリちゃん。これがたっかい金出した念話教育の成果や」
自信無さげなシェリスの傍らから躍り出た妙齢の王妃ルーデリカが、木剣を振り上げた。
「魔法剣! 《ウインドソード》!」
ーー 技 《ウインドソード》 ーー
宣言と声ならざる詠唱により、『風』の体内魔力が彼女の手元から木剣へ伝導。
その輝きそのものはごく薄いものだったが、瞬時に同属性の大気魔力が集束してきた。
そうして『エンチャント』が成されれば、エーテルを剣身とする風剣が完成。
「せやぁぁぁぁ!」
元のサイズより二回り以上も大きな刃を得ても木剣の重さのままらしい、ルーデリカは軽々と前へ跳び込んだ。
『魔法剣』の名のとおり、それは技ではあるが性質的には魔法に近しい。
フォーマット化された術式によって『風剣』という概念を物質へ固着させるものだ。
「ごめんやで巻藁くん!!」
「彼も本望だろう」
スツルクが目前に構えた顔付き巻藁へ風剣が叩き込まれ、風圧で爆散。
青年の頃に比べて少しだけ皺の深くなってきた相貌で、帝王は満足げに笑った。
「いいぞルルさん。俺は自己強化以外はてんでダメだから助かる」
「どういたしまして! ほなさっそく本チャンいってみよか~、たのむで巻藁くん」
「よっこい、セット」
ルーデリカが退避してから、スツルクはうず高く積まれた巻藁たちから新しい一つをピックアップ。通された木の芯によって地面に刺せるようになっているし、周囲にはそうして巻藁が並び立っていたのに、わざわざミットよろしく構えてみせるのだ。
「よし! こい、シェリス!」
「オ、オトンンン……せやから危ないてぇ、巻藁くんだけでええ思うの……」
「なんのなんの! 子供が打ち込んできた剣の重みを受け止める、これも父親の醍醐味だからな!」
「なにキャッチボールみたいなノリで言うとんの……? バカ親なんの……?」
「いいや、ただの親バカだ! とにかく母さんみたいにやってみろ、さあ遠慮無く! 力の限りに! ぶってくれ!」
「輝いとるでスーちゃん! 子はかすがいってほんまやなぁ!」
「ううう……ウッ、《ウインドソード》ぉ!」
子供心ながらにまだまだ言いたいことがありそうだったが、とにかくシェリスはスコップを振り上げた。
ーー 技 《ウインドソード》 ーー
宣言と声ならざる詠唱により、『風』の体内魔力が彼女の手元から木剣へ伝導。
その輝きそのものはごく薄いもの……、
ではなく、
むしろ強すぎた。
「でゃーーーー!」
『エンチャント』が成され、エーテルを剣身とする風剣が完成……、
完成はしたのだが、それはごく一瞬だけ。
剣身は瞬く間に、渦巻く『風』そのものへと爆ぜた。
転じて、そこから『竜巻』や『木の葉』や『翼』がメチャクチャに生えてきたのだ。
『風』の概念の産物たちだ。
「おおう!?」「んんん!?」
「無理無理無理無理ぃぃっ」
瞬間、閃いた剣撃。
「う、おお……!」
ーー ベールウルフ レベルEX(特殊) ーー
ーー 《ドゥームシュタイン》 ーー
スツルクはユニークスキル『ベールウルフ』による自己強化を発動、ただの巻藁を武器へと硬質化させて目前へ押し込んだ。
『竜巻』を割り、『木の葉』を散らし、『翼』を折り、一押しでごり押し。
ただ。帝王を一瞬だけでも圧倒せしめたのはそれらの『風』ではなく、
シェリス自身が振り回した高速剣術だった。
ーー ベルアーデ剣術 レベル2(達人級) ーー
「ほーら高い高い」
「きゃっきゃっ」
だが、脇がガラ空き。巻藁を投げ捨てるとともにシェリスを高い高い、飛行船遊びよろしく回してやったのだった。
「スゴいぞシェリス。ベルアーデ剣術がまた疾くなってるじゃないか」
「あっ。せやけど、魔法剣消えてもたの……」
「ええんやでぇ」
泣きべそが止まない愛娘は、地に下ろされるやいなや両親ともに縦ロールをワシャワシャされた。
「シェリちゃんは四大属性の適性がまんべんなく高いさかい、魔法剣士さんが似合うか思たけど……クセやろうなあ、マナエーテルを剣に固着させるよりオドエーテルで属性そのものを爆発させるほうが勝ってまう。『竜巻』に『木の葉』に『翼』、属性の概念を編み出すんが得意なんやね」
「ううう、アホでヘボで緊張しぃでごめんやの……オトン、オカン……」
「謝ることなんかないぞ。ベルアーデ帝国はいちおう実力主義の傭兵団がルーツだからなあ、こんな世界一可愛いお姫様にも強さを押し付けなけりゃならん俺たちがむしろ……って、こんな話はまだおまえには難しいよな」
「ーーざーこ♡」
と。ふいによぎってきた幼い笑い声にシェリスはビクついた、が。
それは帝王一家へ向けられたのではなく、植え込み一つ向こうの修練場で発せられたものだった。
鉄板製の遮蔽物が無造作に置かれた、遭遇戦が想定されているフィールドにて……、
機工式強化外骨格とサブマシンガンを装備した近衛兵&メイドたちが、息も絶え絶えに疲れ果てていて。
『ががが』
彼らと相対する空飛ぶメイド頭が、その鋼の奥からエーテルバーニアを噴出し続けていて。
傍らに立つちみっこラバーメイドが、疲労に膝付くばかりの大人たちをニマニマと見下ろしていた。
なんちゃって幼女なドワーフレディ……
「ざーこ♡ ざーこざこざこ♡」
ではなく、実際に幼女なマリーである。
「数だけ多い凡人スキル♡ 訊いてもないんに自分語り♡ 勤務中なんにやること探してウロウロしよる時間のほうが長い♡ こがーガキんちょに手えも足も出んで恥ずかしいないんかのうー?」
「くうっ……!」「悪童……!」「さすがメイド長の娘……」「てかその玉っころが強いのよお」「もっと罵って」「え?」
悔しそうなのだか楽しそうなのだか、少なくとも一緒に模擬戦を行うくらいには愛されているようだ。
「シュネーヴィ!」
『ぷしゅる!』
満足した様子で、マリーはプロトタイプなシュネーヴィヘッドを掴んだ。……ぶら下がりながら飛んだ。
そして植え込みを越えて、帝王一家のほうへ……シェリスのほうへ。
「シェリスちゃん終わったっ? ほんじゃあ遊びにいこ! 今日はリンゴのはちみつ漬けを作るんじゃあよ!」
「う、うん……いってきてええ? オトン、オカン」
「ああもちろん。ただちょっと待ってくれマリーくん、この子にサプライズがあるんだ」
「サプライズう? なんならあ、おじちゃま」
「こおら、人と話す時はシュネちゃんから下りるんやで。ほおら低い低いこちょこちょこちょ」
「きゃっきゃっ」
ルーデリカが猫よろしくマリーを抱き上げてやった一方、
「ごぅぉっほん」
スツルクがわざとらしい咳払いとともにシェリスの前に跪き、愛娘をまっすぐ見つめた。
「オトン……?」
「なあシェリス、おまえにはいろんな経験からくる自信が必要じゃないかと思うんだ。そこでなんだが、旅行に行かないか?」
「旅行……っ?」
切り出されたその話はよくわかっていないようだったが、シェリスは『旅行』という単語に目を輝かせて。
対する父もニッと笑うのだ。
「ああ。ざっと2年ほど」
「にっっ?」
ーー レベル14 帝王の娘 エリザベート・ハーフェン・ベルアーデ ーー
聡い姫君は、肉体派な父の意図を悟ったのだろうか。
「ま、いわゆるレベリングというやつだ。安心しなさい、一つの苦行が終わるごとにいったん帰らせてやるから」
「いま苦行て言うたの!」
「俺の親父は親元から完全に離れたブートキャンプへ押し込んでくれたものだがアホらしい、こと幼い子供に限って健全な成長には健全な安らぎも必要だよ。つまり家のベッドとお袋の味さ」
「聞いとるのお!?」
「留守中のお仕事は任しとき! リアさんのアホもぜんぜん帰ってこおへんしもののついでや、教育ついでにマリちゃんにもビシバシ手伝ってもらおか~」
「……シェリスちゃん、グレてええんじゃあよ。一緒にグレる?」
「いややあああ……シェリスちゃん、ええ王女様になりたいからグレへんで気張るのー……!」
「前向きに泣いちょる」
「この子はほんま、弱気やのに心は強いんよなあ……」
そうして……、
◯
「あ、帝王様だ」「敬礼!」「城の外で見かけるなんてはじめて」「わあ! 姫様もいらっしゃるじゃない!」「カッコカワイイですねーそのドレス」「握手してもらっていいですか」
「う、うん……こんにちはやの……」
「ははは。いいかシェリス、人に握手を求められたらまず袖口を見るんだぞ。ほらこいつは眠り針を仕込んだスァーヤの人攫いだ」
「ぐげぇっ!?」
「やのおおおお!?」
大荷物とともにひっそりと、父娘の二人旅は始まった。
メモ書きがびっしり書き込まれた南エウル大陸の地図と、《ファストトラベル》の魔法書が大いに役立った。
二人は諸国を行脚し、目についた厄介事や面倒事の全てへ首を突っ込んだのだ。
たとえば、群れたキマイラが蠢く千尋の谷にて。
「オトンンンン! なんでやの!? なんでバンジージャンプやの!? シシはワガコをなんとかってお話と違うのおおおお!」
「あのなあ、我が子を突き落としたとて大人でもこんな崖は登れないぞ。口減らしの口実でひどいことをするもんだ、それはそうと俺たちがこうしてる間に村の連中がキマイラの秘宝を取ってるから耐えろ。死を身近に感じるのは良い経験値になるぞ」
崖上のスツルクがゴムロープを持って豪腕を奮い、その先端にくくりつけられたシェリスが谷間を飛び交ったり。
たとえば、吹雪に一年中閉ざされた雪山にて。
「いいぞシェリス……オオクマタギはサイコ猟銃が弾切れみたいだ。ここで会ったが七日と七晩目、後ろを取られるような痕跡を残すんじゃないぞ」
「せやけどオトンン……あのくっさい熊男、あっちゃこっちゃでウサギ鍋とかシカ鍋とかイノシシ鍋とか炊いとってもういろいろ限界やの……うううお腹空いた……」
「よせ! だから罠だと言ってるだろ……! くそう奴め、行く先々の獣を狩って俺たちを煽ってやがる……」
人皮を被った大熊とのサバイバル対決を繰り広げたり。
たとえば、ベルアーデ王家が没落貴族から差し押さえた絶海の孤島にて。
「オトン……シェリスちゃんたちが採った木や石はどこに行くんの?」
「それはだな、あの定期船に乗って然るべき加工場へ行くんだぞ」
「オトン……シェリスちゃんたちはいつまで木や石を採ったらええんの?」
「それはもちろん、この島がペンペン草も生えない丸ハゲになるまでだぞ」
「オト……あっ、宝箱やの」
「貴族の隠し財産だな、海へ捨てろ」
島がただの陸地になるまで整地し続け、それが終われば島いっぱいにグロースティックライトの苗を植えていったり。
そんな幾多の珍道中が、目まぐるしく過ぎていった。
そして、レベリングを始めてからほぼ2年後。
「フォ……《フォイヤー・ダス・クローネ》(陰らぬ火冠)ぇ!」
咆哮が相対し、『火』纒いのスコップが閃いて……。
………………。
…………。
……。
「オトン。ま、まだ生焼けやよ、そんな血の色した焼き具合が好きやなんてツウぶってるだけちゃうの……」
「俺も同じことを親父に言ったなあ。だがそのうちわかるさ、肉なんて優雅に焼き上げるよりこれくらいが一番旨い」
『火』を付与したスコップ……『篝火』や『トンカチ』や『ハゲオヤジ』がメチャクチャに生えたスコップによって、骨付き肉が焼かれればスツルクの手に渡った。
父と娘は、標高1キロはある山の頂上で日の出を眺めていた。
ーードゥラァァァァ……
尻尾を切られて失神した老ドラゴンに乗り、戦利品の尾肉を食らっていた。
そこはベルアーデ北部の最高峰、六大属性色に鈍く照るブロウケン魔鉱山の頂だった。
「……ごめんやの。シェリスちゃんはまだアホでヘボで緊張しぃやの。こない干しイモリみたいなジジイドラゴンもなかなか倒せへんかったの……」
「何を言ってるんだ。おまえぐらいの年頃の子が尻尾だけでもドラゴン退治を成したなんて、それだけでスゴいことなんだぞ」
「ううん……せやけど、せやけど、シェリスちゃんみたいな弱虫なんていつか絶対大失敗してまうの……」
「……ふうむ。そうだなあ、たしかにおまえはいまだに自信が無さすぎる」
ドラゴンの尻尾の切断面は、ようやく千切り取った様子の傷で不恰好すぎた。
それでもそこには、スツルクの手によるものではない『火』の魔力が無数に燻り続けていた。
「しかしな、よく見てみろシェリス。おまえ、今の戦いでレベル50になったんだぞ」
「あ……レベル……?」
そしてシェリスへ、負けを認めたドラゴンから『経験値』という名の余剰魔力が宿っていた。
ーー レベルアップ! ーー
ーー レベル50 帝王の娘 エリザベート・ハーフェン・ベルアーデ ーー
ーー おめでとうございます! ーー
ーー レベルキャップ に 到達しました! ーー
「レベルキャップ、やの……?」
「そう。つまりおまえは生まれ持った限界まで体に魔力を宿し、強くなった。ちょっとした世界の危機ぐらいなら救える強さだぞ。そもそもレベルキャップが50まであるヤツなんて世界でも1%しかいないんだ」
生命には生まれ持ったレベル限界があり、それはスキルレベル同様まずもって変動しない。そして高いレベルキャップになるほど持ちうる者は少ない。
たとえばレベル10になれる者は全生命の80%ほどだが、レベル20なら60%、レベル30なら40%。
レベル50ともなれば1%しかおらず、そこから先は10レベルごとに小数点が進んでいくセカイだ。
「……せやったらやっぱり終わりやの。そんなゴッツいレベルになっても自信持たれへんなんて、やっぱりシェリスちゃんは弱いの。ベルアーデの王女様に向いてへんの」
「逆だ。おまえはここから本当に強くなっていくんだ」
「え……?」
「なんて言ったっけか、ああ、チュートリアル。ここまでの旅行は入門編みたいなもんだ」
「え、え、ちょちょちょ待ってやの待ってやの……本当に2年も苦行してきたんになに言うとんの……?」
娘が見上げても、父は徐々に強くなっていく朝日の眩しさに目を細めるばかりで。
「たった2年がなんだ。たしかにおまえは肉体の強さとしては限界に達したが、これから何十年かけても強くなれるところがあるじゃないか。……そう、心の強さだよ」
「なに良いこと言うてるみたいに言うとんの……? それが強ならへんから泣いてるんやん……」
「じゃあどうする? もうステータスは上がらない今、おまえが強くなろうとするなら心を鍛えてくしかないぞ。それとも……そうとわかった今、王女になるのをここで諦めるか?」
シェリスは息を呑み、ちょっと俯いた……。
が、その眼差しは自信無さげでも父へ向けられていた。
「……そんなんムリモンドウやの。諦められるわけないやん、向いてなくてもシェリスちゃんは王女様にならへんとあかんの」
「そこだよシェリス。俺はおまえがな、弱虫だなんだと言いながらも絶対に逃げないところを買ってるんだ」
……対する父は、帝王は、どこか辛そうに笑っていた。
それが生まれの宿命によるものであれど、シェリスは父や母から与えられた試練へ全てぶつかってきた。
幾多の壁にぶつかっても。それは、なんだかんだと泣きべそをかきながらも彼女自身がぶつかっていったということでもある。
父に言わせれば『たった2年』で。
たった12歳の女の子が……ちょっとした世界の危機ぐらいなら救えるレベルに至ったのだ。
言うなればそれこそが、また、彼女にとっての壁となる。
だから、
「しっかりしろっ。おまえは今、文字通り最高レベルのスタートラインにいるんだ」
「はりてっ」
だから。その壁そのものが、眩しすぎて見えもしない『王女』の姿よりよほど足掛かりになる。
帝王の張り手が、姫君の背中を打った。
「今は騙し騙しでもいい……俺たちが積み上げたその力で、自信を持ってみないか? おまえは前だけを向いていいんだ」
少なくとももう、強さという道に迷う必要は無い。
「俺もルルさんもマリーくんも、おまえを信じてるぞ。……おまえは?」
あとはシェリスが、己の心を信じて強くなるのみだ。
「う……ううう……う、うんっっ。シェリスさん、やってみるの……だわ!」
「だわ?」
シェリスはまだ目の端に涙を溜めながらも、スツルクをまっすぐ見上げてみせたのだった。
「みんなの前に立つ、王女様になるのだわ……!」
(1話につき4部分構成の短編連作です)
(毎週月曜日、18時頃に更新中です)
(1話完結の翌週……つまり5週間に1回、次話の準備期間として更新にお休みを頂きます。よろしくお願いいたします)




