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Karte.19-4「それが当たり前になりさえすれば」

【ハルト】……ベルアーデ帝国騎士団第七隊所属、双剣銃を手にイエへ寄り添う青年騎士。18歳。

【イエ】……極東ニフ国の乙女で、大体いつもレベル1なのにチートのような守護精霊の力を使える白魔法師。16歳。

【マリー】……ドワーフのミニマムレディ、妖精機シュネーヴィを操る魔導技師にして第七隊のメイドさん。19歳。

【シェリス】……第七隊隊長、魔法剣ならぬ魔法シャベルを振り回すハーフエルフの残念系王女。20歳。

【アリステラ】……イエを守護する旧き『星』の意志であり、自称『勇者』。自称17歳。

「さて、頭打ちになれば妥協するというお話でございましたけれど。いいえ、いいえ、人はいかに天へぶつかろうともそれを破りたがるものですわ」

 最初からそこにいたような奔放さとともに、貴婦人は人差し指を立ててみせるのだ。

「たとえばフェアリーが個々人との契約の下でしか運用できないこと。お二人様は極東ニフの自律からくり、魂の残り滓を込めた『機巧(オートマタ)』技術をご存知でいらっしゃいます? かの技術を転用なさって、フェアリーを人間とではなく擬似的に()()と契約させる試みが生まれつつあるのでございますわ」

 ハルトは『機巧(オートマタ)』という語句自体が初耳だったが、息を呑んだ理由はマリーと同じだろう。

「っ……死者の霊魂を依り(オペレーティング)(システム)にして、『コンピューター』を実現させるわけ? そがーのんがまかり通るんならあフェアリーギアスの軍隊かてできてまうわい、死者を奴隷にする行為じゃ」

「あらあら。擬似精霊(フェアリー)自体、滅んだ精霊を肉体の檻に引きずり込む奴隷ではございませんこと?」

「……フェアリーは、精霊が今度こそ人間の隣人になれるようにって生まれた技術よ。きっと無念のうちに世界を追放されてもたこん子らが、一人一人に愛されて笑えるように」

「それは人間の解釈でございますわよね? 本当は笑顔の下に憎悪が満ちていらっしゃるのに、尊厳も何もかも制御されているだけかもしれませんわよ?」

「そんなわけないっ。おじいちゃ……D&E商会はフェアリーがありのまま在れるんを第一に考えとんじゃけえ! 背中の『羽型魔導書フィグ』にもそがー術式は入っとらん!」

「んー……ですけども、それ、証明できないのでございましょう? だってそもそも、聖女様と共同設計なされたというフェアリーの錬成式には()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のですもの」

 ……マリーはハッと口を開いて、しかし答えられなかった。

 ようやく唇を引き結んだ時にはほとんど睨みつけるように貴婦人を見つめたが、対する彼女はべつに『言い負かした』とも思っていないように笑っていた。

「脱線してしまいましたわね。まあつまりはどれだけの批判やリスクがある技術でも、ひとたび生まれ、それが()()()()になりさえすれば案外誰も気に留めなくなるものですわ。ですからこそ()()()()()()()()技術は、生まれる前にこそ聖女様へ抑止されるのではないでしょうか?」

 ーー「いいや違うねぃ! そいつぁ実はパーペキな術式がわかってて、シェリスさんたちが絶妙に不便がってるのを見てほくそ笑んでるに違いねぃのだわぁ!」

 ハルトの脳裏に、ふと、あの脱線しまくった《ファストトラベル》談議がよぎった。

「もっとも? そんな進歩の……いいえ進化の果てに聖女様へ呼ばれるのなら、それこそ天へと至った証そのもの。たとえ未来永劫に日の目を見なくとも、光栄なことでございますわね」

 ポンと合わせた手を、薄い笑みに歪んだ口元へ添えて。それはさながら片付けないといけない本の山にでも相対するように、貴婦人は開き直った『楽しさ』に笑っていた。

「ごめんあそばせ。楽しい語らいでございましたわ」

 そして言うだけ言うと席を立ち、前部車両のほうへと通路を歩きだしたのだ。

「何が語らいだよ。一方的に話してきただけじゃないか」

「そうですわ騎士様、メイド様、この試験運行の責任者様方とご懇意のご様子でしたので一つお伝え願えますか?」

 いかにも一方的に、ハルトの眼差しをスルーして彼女は振り向いた。

 『内緒』のサインよろしく立ててみせた人差し指を天井へ……いや、窓外の空へと向けてみせたのだ。

「上のお船の責任者様へ。L35パイプラインのエーテルスチームは『水』のエーテル数値を見直したほうがいい、とお伝えくださいませ」

「なに……?」

 その時、

 窓外の飛行船が、水蒸気爆発を起こした。

「なッッ……!?」「んじゃあ!?」

 火の無い、莫大なる白煙の轟きが青空に爆ぜていた。

 数秒遅れて、衝撃波が列車の窓ガラスたちを割った。

「シュネーヴィ!」

『ガ、ガガ!』

 他の乗客たちの悲鳴が連鎖していったなか、ハルトとマリーはシュネーヴィに覆い被さられながら伏せた。そのおかげでガラスの破片からは守られた。

「イエ、シェリス……!?」

 ハルトは跳ね起きるとすぐにまた窓外を見上げた。

 左翼が根元からもげた鋼鉄コウノトリが、見る間に墜落しはじめていたのだ。

 ただ。そこから点々と、無数の飛行物体が飛び出しはじめてもいた。

 コウノトリが運ぶ赤子の布包みのようなものと、プロペラが一体化した、脱出装置の群れが。

 そしてただ一つ、脱出装置ではなく『風』色の軌跡が跳んでもいた。

 『風』をエンチャントした魔法シャベルを振りまくり、放ったミニ竜巻たちを足場に空を駆け下りていく……、()()()()()()()()()()()がいた。

「ふ、ふううう……よかった無事みたいだ、あいつが一目見てわかるバカで本当によかった……」

「ってぇ!? よよよよかないっ、アレ見んさいアレェェェェ!」

 マリーの大声が指差した先、

 あのもげた左翼が、列車めがけて落ちてきていた。

『うっ運転室運転室ぅぅっっ、ヤバいですよどうすればいいんですどっちに避けるんです!?』

『あっ、バッ、バカおまえ落ち着けっ、車掌室っ、俺が指示するからレールを乱すなっっ……アアッ!?』

 そんな車内放送とともに、

 車内を突き上げた、衝撃、浮遊感。

『『だ、脱線んんんん!』』

「「~~~~~~~!?」」

 左翼は列車のすぐ脇に突き刺さった、けっきょく衝突はしなかった……のに。左右へ急カーブをたわませた列車は、取り返しがつかないレベルで脱線した。

 加速度的に傾いていく車内で、その宙で、床に足すら着いていなかったハルトには為すすべがなかった。

 いやあったとしても、策を捻り出すだけの時間は一秒も無かった。

(っ……? いない?)

 そんな貴重すぎる数瞬の中で、なぜか、

 まだ近くに立っていたはずのあの貴婦人がどこにもいないのだと、視てしまったのだ。

 そして、

 今や真下になってしまった窓の向こう、()()()()()()()()()()()()()()()()()のも見た。

 それは、そう、《ファストトラベル》のゲートを思わせる図式だった。

 ーーブッブゥゥゥゥゥゥ!!

 飛び出したのは魔物の叫び、いや、クラクション。

 ()()()()が、巨大な腕がごとく飛び出すと列車を撥ねたのだ。

 ただそれは一見すると機工車のようだが、ゼンマイも歯車仕掛けも見えない異質なものだった。

 連なる列車に比べればささやかなサイズだったのに……、

 横転しかけた車列を一点集中で殴り飛ばし、元通りの向きに正したのだ。

(な、なんだぁぁぁぁぁぁ!?)

 急ブレーキの金切り音の中、

 車内を転がったハルトが辛うじて見たのは、傷一つ無いままに魔方陣と消失していくトラックだった。

(なんなんだ、ッ……!)

 『光』が放射されていくその眩さとともに。()()が白くほどけていくような不快感を、頭の中の奥底に覚えていた……。


 ◯


「「奇跡だあ!」」

 と、列車の運転士と車掌だろう二人がハグしあっていた。

 いかにも、()()は世界を律する聖女の導きにさえ見えたことだろう。

 地に突き刺さった飛行船の残骸どもの合間にて。ひしゃまくったアームたちに絡まれながらも、列車は無事に停止できていたのだから。

 飛行船『ストーク号』の乗組員と乗客たちは一ヶ所に整列させられていた。

「ストーク号、怪我人無し!」「全員、フェアリーで確認取れてます!」「よし!」「よしじゃねぇよ!」「脱出装置があんなに風で煽られるとは……」「あっちの森、そっちの谷、あと救助待ちの連中は!?」「その救急箱は列車の連中に回してやれ!」

 怪我人無し。しかし、いまだ遠くの空をたんぽぽの種よろしくフワついている人々を救うため、いくつもの即席救助隊が出発していった。

 一方、列車『EQレール』の乗組員と乗客たちも各客車ごとのグループに集合させられていた。

「各車両、照合完了! 全員います!」「けっこう擦りむいたあん!」「手ぇグネった!」「おい! おまえ酔っただけだろ薬草使うなよ!」「ワシのじゃ! ワシのじゃ!」「喧嘩しないでください! ちゃんと配りますから物資は全部出して!」「ピンピンしてるヤツぁ飛行船組の救助隊に回ってやれ……!」

 行方不明無し。しかし軽傷者がちらほらといたため、回復アイテムなどを一ヶ所に供与しあったうえで再分配しあっていた。

 そして、飛行船と列車の狭間では……、

「ガミガミ! ガミガミガミガミガミッ……」

「あ、あのよう姫さん……」

「さっきから『ガミガミ』だけしか言ってないけど~……」

「バァァロィ! なに怒られてんのかは自分の胸に訊いてみろぃ!」

 飛行船の主任ボルドーと列車の主任パムが、瓦礫の山に座らされながらシェリスに説教されていた。

 そんな『奇跡的』な事故現場の片隅で、ハルトは、例によってイエが開いた臨時救護所の助手をしていた。

「ハルトさんご存知ですか、デュアリャンには袖の中からシンドラゴンを出せる方がいらっしゃるそうです。それに、えっと、えっと、聖霊大陸のアカンココの滝では最高品質の死に水が採れるとか」

「はいはい……おまえが無事にいつもどおりで本当によかったよ。…………いやべつにそういう意味じゃないぞ普通に、普通に浮わついた意味じゃなくてだな」

「何を仰っているのですかハルトさん。治療に集中するのでお静かにお願いします」

「おまえぇ」

(……少しは人の話を聞けるようになったわね、この子も)

 夢の狭間のアリステラも。倒れてしまった椅子のそばに座りながらも、また、闇に浮かぶ窓を通して皆を見守っていた。

「いいわよシュネーヴィ。下ろしてつかあさい」

『プシュルッ』

 と、荒野を撫でた業風。

 もげた飛行船の左翼をシュネーヴィが持ち上げていて。その底面へ潜っていたマリーが抜け出てくれば、パッと下ろされたソレは巨大すぎる扇のように風を巻き起こした。

「ん~~~~……」

 見るからに考え込みながら。砂埃を被った人々の湿った眼差しもなんのその、エーテルスチームの結露にまみれながら彼女は歩いていって。

 やがて瓦礫の山の上へ、シェリスと主任二人のもとへ合流した。

「さて、と。あんね、まずはゴーストレイン商会の『EQレール』について」

「ひゃ、ひゃいっ?」

 ズビシと。神妙な面持ちに指差されたパムは背筋を伸ばした。

「動揺したぐらいで脱線する列車なんて、いろんな意味で設計が楽観的すぎるわよう。生きるんも死ぬんも運転士さんらのメンタル次第なんて乗りたないわい」

「ごもっともです~……」

「でも、フェアリーの演算能力を走破性に活かそうって着眼点はステキだと思うの。そがー発想の転換が得意なん子がおじいちゃんの『助手』におるけん、紹介状書いたげるわ」

「わ~い~コネができた~……」

 泣き笑いの彼女から、次いでグスタフへと指差しがシフト。

「あと、ボルドーヘッド工房の『ストーク号』だけど……」

「お、おう」

 妙な拳法のように身構えた彼よりむしろ、眉根を寄せまくったマリーの面持ちのほうが硬くて。

「……左翼のねえ、L35って書いてあるパイプラインが水属性に偏向しすぎてたみたい。素人目じゃが、既存の魔導飛行船のバランスんままパワーだけ調整したんと違うかの?」

「仰るとおり……だぜ……」

「でも、偶然が重なってこんな事故でも起きないと気づかなかったはずだわ。惜しい調整だったと思うの。わしのお父ちゃんがそういうデータばっかし集めちょるけえ役に立てる思うわ、よかったらユードワーフのクレイモア通り53番を尋ねたってつかあさい」

「って、ひょっとしてヴァリックのアニキのこと言ってんのかい? かーっ、リサーチ不足ってのはこういうとこだな……ありがとうよ」

 グスタフとパムは各々で頷きあっていたが、そんなお互いに気づくとジト目を向けあった。

「……てかパムよお、フェアリーの同期が(かなめ)ってんならどうして『ピンガー』とかのモジュールを使わねぇんだ? まさか競合連中の売りもんは使いたくねぇとかみみっちいプライドのせいじゃねぇよな?」

「グスタフこそ~、設計用に『マルス』タイプのハイフェアリーまで契約しておいて~どうせ能力の半分も使いこなせてないんでしょ~。プリセットの機能しか使わないなら最新技術なんて持つだけ無駄よ~」

「なんだとお!?」

「なあにい~!?」

 頭突きをはじめてしまった二人をもうほっといて、マリーとシェリスは臨時救護所まで下りてきた。

「ね、ね、ハルトお。わしがボケとんだけならあそんでええんじゃが、いっこ訊いてええかのう?」

「おう」

 マリーの眉根の皺は増えるばかりで、ハルトも察していた様子だった。

「……『L35パイプラインのエーテルスチームは『水』のエーテル数値を見直したほうがいい』……って、教えてくれたのは()()()()()()()()()()()()()()()

「……おう。()()なんだ……」

 腕組みを唸らせたハルトとマリーに、イエとシェリスは首を傾げたのだった。

「女の人。何のお話でしょう……?」

「列車の中で胡散臭い女から話しかけられたんだよ。『どこにでもいる大富豪』なんて騙ってて……飛行船のどこが悪いのか知ってたみたいなんだ」

「ああん? ってぇとそいつが細工でもしたんじゃねぃのだわ? テロ? テロルなのだわ?」

「う、ううん、断定はできないけど事故自体は設計段階の穴によるもののはずよ。じゃがあボルドーヘッド工房の人間には見えんかった思うし、あの口振りじゃとまるで……ううん~考えすぎかもしらんがの……」

「てやんでぃ、とにかくそいつを捕まえてくりゃいいだろぃ。種族は? 髪の色は? オバハンから乗客リスト取ってきてやらぁ」

「だからそこなのよう。……()()姿()()()()()()()()()()()()んじゃあ……」

「「んんん……?」」

 ……首を傾げすぎたイエとシェリスが斜めになっていたが、様々な意味で仕方がないだろう。白魔法師乙女にいたっては袖の中の常備アイテムを漁り出す始末で。

「お薬からいきますか? それともハンマー?」

「頭は打ってないって。ないはず……なんだが、思い出そうとすると頭の中がモヤモヤするんだよ、なんていうか。話した内容なら全部覚えてるのに、姿や声となると……霧がかかったみたいにハッキリしないんだ」

 マリーもコクコクと頷いていて、イエがカルテでもつけるように考え込んでみせて。

「はあ。なんでしょう、なんだか私も……そんな感覚に覚えがあるような……」

「いやいや無理に共感してくれなくていいって。おまえらは上にいたんだからあの女と関係無いし」

「んや兄弟、イエ子が言ってんのはたぶんそういうことじゃねぃのだわ。言われてみりゃあシェリスさんも、この四人でちょいと前に会った女で……そういう『思い出せない女』がいた気がするのだわ……?」

「ええっ? いつ? 誰のこと? ……なんならあ?」

 シェリスは肩をすくめてだけ応えた。……「それがわかりゃ苦労しねぃ」と言わんばかりに。

(……っ! そうよ、そういえば……)

 もよもよと眼差しを交わしあった第七隊を見て、アリステラはハッとしたのだ。

(ふんぬ!)

 夢の狭間の中で、床の上で、少女は急にもんどりうった。

 どこか痛むわけではない。自発的に、駄々をこねる赤子がごとく暴れた。

「……すや、す……ん、んぅっ、ふん、ぬぬ……!」

「……イエ、アリステラがぐずってるぞ。何か言いたいことがあるんじゃないか?」

「はい喜んで。《クラフトウィッチ》」

 ーー レベルダウン! ーー

 ーー レベル2 白魔法師 イエ ーー

 イエがローブの胸元から闇色のクリスタルでできたタリスマンを抜き出し、オドエーテル(体内魔力)を集束させた。

 それは一条の『闇』の輝きとなって、フードの中で眠る人形少女へ捧げられたのだ。

(ん……)

 すると、その力は夢の狭間にこそ現れた。

 現世を映していた窓が見開かれた眼のように拡張されていき、夢との境が曖昧になっていって……、

 窓を通して現世を視ていたアリステラの『眼』もまた、少女自身と重なりあっていって……、

「……おはよう」

「おはようございます、お姉さん」

 イエが『経験値オドエーテル』として捧げてくれた『意志』により、アリステラはひとときの目覚めを得たのだ。

「ねえ。その胡散臭い女、おそらく私たちが会った女と同じ女よ」

「ん? どの女?」

 アリステラは、ハルトとマリーが味わっている怪異に覚えがあった。

「だからあの時の……ほら………………なんだったかしら」

「ズコー!」

 マリーが爽快なくらいにひっくり返った。

「んもう! アリステラちゃん! また例の記憶封印じゃあ!?」

「違うわよ。漂泊チートのせいならそうとわかるしもっと吐き気がするような感じなのだけれど、単に頭の中がモヤモヤして思い出せないの」

「忘れてんのは同じだろぃ」

「俺やマリーと同じ、か」

 アリステラの頭上には、あの『白式』一派から受けた『漂泊チート』の証……虫食いのように封じられた記憶を表す『闇』の『薄眼』は現れなかった。

「私、飛行船の中でその女を視てとてつもない眠気に襲われて。さっきまで夢の狭間の中で意識を失っていたのよ」

「夢の中で寝落ちって器用だなおまえ……って待てよ、飛行船の中で? 女が乗ってたのは列車のほうだぞ?」

「だから気味が悪いという話。しかも、少し前にも同じように眠ってしまったことがあって……その時もあなたたちへ伝えようとはしたのだけれど、改めて思い出そうとすればするほど『何を伝えたいか』さえわからなくなってしまって。きみたちがその列車の女の話をしたからようやくそれだけ記憶が結びついたわ」

「結びつかない記憶……やっぱり、お姉さんの症状と似ているような?」

 記憶同士が結びつかず、『答え』を知っているような既視感だけがある。その既視感だけを以て、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 『思い出せない女』……あるいは『結びつかない女』の、あの薄い笑みだけが濃霧の向こうでチラついている。

「……あのう。だとしたら私たちがこうやってお話したことも、そのうち忘れてしまうのでしょうか?」

 イエが何気無く言った途端、皆の背筋がゾワワと逆立った。

「でぇぇぃまどろっこしぃっ、無性に気になってきちまったじゃねぃの! 直に顔見りゃ思い出せらぁっ、手分けして探すのだわ!」

「そ、そうだな……」

「まだ助けが必要な人も多いし、つ、ついでにの? のう?」

「イエ、紙とペンを貸して」

「……? はい、どうぞ」

 そんなこんなで、第七隊はまだまだ帰還魔法リターンを使うわけにはいかないのだった。

 ……、

 …………、

 ………………、

 数十分後。

「……なーおまえたち。シェリスさんたちよぉ、なんか重要なもん探してなかったっけかぃ?」

「ええ~? ……言われてみれば、そがーな気がせんでもないような」

「そういえばこの列車、よく横転しなかったな…………何がどうなったんだっけか」

「はて? なんだったでしょうこれ……お姉さんのおでこにメモが」

「すや……すや……すてぁ……」

 救助活動や荷物回収を一区切りさせ、集合した第七隊はそろそろ帰り支度を始めて。

 イエは、眠るアリステラの額から付箋を剥がすのだった。

 そこにはこう書かれていたのだった。

 『思い出せない女のことは忘れる』。

「……なんかの哲学か?」

「さあ……」

(はあ……)

 そんなこんなで首を傾げあう仲間たちを、夢の狭間の窓からアリステラは見守るのだった。

(………………なんだったかしら)

 ちっとも笑えやしない違和感に、強く、眼を擦ったのだった。

 

  続



(1話につき4部分構成の短編連作です)

(毎週月曜日、18時頃に更新中です)

(1話完結の翌週……つまり5週間に1回、次話の準備期間として更新にお休みを頂きます。よろしくお願いいたします)


※(次回更新は1月30日(月)の18時頃です)


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