Karte.19-3「世界を変えすぎないように抑える力」
【ハルト】……ベルアーデ帝国騎士団第七隊所属、双剣銃を手にイエへ寄り添う青年騎士。18歳。
【イエ】……極東ニフ国の乙女で、大体いつもレベル1なのにチートのような守護精霊の力を使える白魔法師。16歳。
【マリー】……ドワーフのミニマムレディ、妖精機シュネーヴィを操る魔導技師にして第七隊のメイドさん。19歳。
【シェリス】……第七隊隊長、魔法剣ならぬ魔法シャベルを振り回すハーフエルフの残念系王女。20歳。
【アリステラ】……イエを守護する旧き『星』の意志であり、自称『勇者』。自称17歳。
『10時からの試験運行に参加予定の皆様ー!』
『お待たせしました! 手続きを開始しますので、搭乗したいほうのドックへお集まりくださーい!』
両ドックから駆け出してきたスタッフが、ラッパ型の花が咲いた盆栽『メガホンサイ』に発すれば。発着場に点々と植えられていた子株のラッパ花へと拡声された。
すると。第七隊のように列車でやって来ていたゲストたち……主に冒険者たちが集まりだした。
彼らは『飛行船』と『列車』を見比べると、きっと千差万別なのだろう興味のもとにどちらかを選んでいった……。
「よおパムよ、土産つけるとかそういうのは無しだぜ。あくまでも試作機の魅力で勝負するんだからな」
「グスタフこそ~、あの子たちにベラベラ喋らせてステマとかやめてね~」
またまた睨みあってしまった二人へ、マリーが肩をすくめながら苦笑した。
「ねえねえ。身も蓋もないけど、試験運行ってだけならなにも本当にお客さんを乗せなくてもよくない? 人形とかでも十分なんじゃあないじゃろか」
「「却下ぁ!」」
やはり本当は仲が良いのではないかと思わせるほど同時に、グスタフとパムは顔を真っ赤にした。
「人形なんかじゃあ~、トラブった時にパニック起こさないでしょ~!」
「そうだぜっ、それじゃデータが取れねぇ! だから高い金払って集めたんだからな!」
悪意なんてまったく無さそうなその熱意に、第七隊はさらにまた数歩後ろへ引くのだった。
「……イエ、うちの生き人形は何回起こせる?」
「さっきの鹿さんでレベルアップしたので2回です」
(やめて。これくらいの災難は自分たちで乗り越えて)
◯
「いくぜぃ~。グッパーグッパーグッパでホイ」
「わるい、なんだそれ」
「グーとパーで分かれるアレに決まってんだろぃ」
「いやそれはわかってるけど掛け声のクセ。グーバージャス! だろ?」
「うーらおーもてってって、じゃないです?」
「グーとパーでわっかれましょ♪ じゃてぇシンプルに」
(そもそもアレの正式名称って何なのかしら)
と、いろいろあったが……、
『離陸だぜ!』『発車よ~!』
それぞれのリーダーも乗り込んだ飛行船と列車が、滑走路と列車留から始動した。
『見ろ、このふつくしい雄姿を!』
飛行船『ストーク号』は、エンベロープが一気に膨らむとともに羽ばたいて浮上。
一度の羽ばたきごとに翼からエーテルスチームを排気して浮力を重ね、嘴や足裏からはエーテルバーニアを噴くことで安定性重視の推進力としていた。
そうして、雲も間近の大空へ……。
『パワ~! パワフル! フルパワ~!』
一方の列車『EQレール』は、最初こそ線路上を走り出したが行き止まりの支線へ進路を変えた。
貨車に積まれていた多種多様なレールをアームで引っ掴み、進行方向へ己で線路を敷き詰めながら走行しはじめたのだ。
メインの『I』型レールに角度の異なる『C』型レールを合わせて。それらは全て、地形の起伏に合わせて形を変えながらパイルで固定される魔導装置だった。
そうして走り抜けた瞬間に最後尾の機関車がフック仕掛けによって回収し、またアームのリレーによって運ばれていくのだった。
飛行船は列車と比べて速度は負けていたが、風の脅威を別とすれば遮るものがほとんど無い利点があって。
列車は飛行船と比べて地形に応じた遠回りが多いコストの重さがあったが、総合的に速度は勝っていた。
そんな二機のものだから、追い抜いては追い抜かれ、ほとんど同じくらいの進行度で試験航路をクリアしていって。
枝きれくらいの大きさにしか見えないほど互いに離れていても、やはり、常に意識し合っているようだった。
さて、そんな天地の対抗戦の中で第七隊は……。
「ほはははは、見たかぃ兄弟のあの顔。酒が切れたジャンキーだってあんなにぁソワソワしねぃのだわ」
「ハルトさんはお酒は飲まないそうですよ」
「ダメでぃこりゃ」
(付かず離れずが大事、というのは同意)
第七隊はというより、イエとシェリスの二人は飛行船のほうに乗っていた。
(できることなら、列車に乗った二人のほうも同時に眺めてみたいものね)
受肉体を『縁』としてイエに寄り添っているため、必然的にアリステラはこちらのチームを見守ることとなっていた。
(「2:2で分かれて乗れば喧嘩両成敗」か。マリーのほうがよほど大人ね、あのドワーフコンビの微妙な顔も見物だったわ)
なお、ハルトとイエは最初からペアで動く風だったのだが、グーとパーで両断したのは他ならぬシェリスである。
乗り合いの客室は、座席としてではなく窓際に椅子が並べられた、ラウンジに近いものだった。
中央のスペースに点在する小さな円卓にも冒険者たちがたむろし、まだ設備しかできていない無人のバーカウンターには無料の飲み物や菓子が据えられている。
「空からの景色……素敵です、綺麗です。私、飛行船ならあんまり酔わないかもです」
「乗り物酔いにゃチョコが良いって聞いたのだわ。シェリスさん特製、ミルクチョコミントティーがやっぱ効いたのだわ~」
「ですです、私の酔い止めよりぜんぜん美味しかったです。……ところで喉の奥に酸っぱい味がするのですけどレモンを入れましたかシェリスさん」
「そっちにゃ入れてねぃのだわ~。うぃっく、悪い酒だぜぃもう酔いが回ってきやがったぃ」
(実質ツッコミ不在で辛い)
さめの群れやザンギが駆ける大地を遠く眺めるイエと、レモンを挿した安酒のカクテルを弄ぶシェリスと。
「んじゃガールズトークしようぜぃ。兄弟とはうまくやってんのだわ?」
「何のお話です?」
赤らんで酔ってはいたが、シェリスはいつもどおりに八重歯を覗かせてみせた。
「かーっノリ悪ぃなぃ。おまえってばいっつも兄弟とニコイチだし、たまにゃこうしてツラ突き合わせながら話してみたかったんでぃ」
「ハルトさんと私はべつにご交際しているわけではないのですけど……」
「ほーっはっはっはぁ、ガールズトークとは言ったが恋バナたぁ言ってねぃのだわ~。そんぐれぃの意識はしてやがってあらせられる、と……うぃ~、おぃ~」
「……一身上の都合で、のーこめんと、です」
「おーよしよしカワイイなぁいイエ子ぉ」
桜髪をわしわしと撫でられても、嫌そうな顔をするどころかまんざらでもなさそうな無表情だったから呑気なものである。
「ま、もうちょいホットな季節になったら仕事抜きで海とか行こうぜぃ。なんならおまえと兄弟の二人で旅行行ってきたっていいのだわ~」
「……? わざわざ二人で行かなくても、シェリスさんもマリーも一緒に旅行すればもっと楽しいと思いますけど」
「そういうとこぁカワイかねぃなぁいイエ子ぉ」
(……良い顔で笑ってくれるわね。シェリス)
あんまりあっけらかんとシェリスが笑うからか、イエも楽しそうにゆらゆらしていた。
「でも旅行、いいですね。聖女教会の見学旅行の時はいろいろ……いろいろありすぎましたし。私、ニフを出た時も北エウルのムウ修道会までまっすぐ進んだだけですから、せっかくならいろんな大陸を旅してみたいです」
「いいねぃ!」
よくぞ言ったといわんばかりに、シェリスはバトルドレスの隠し収納から折り畳まれた紙を抜き出した。
開かれたそれは、使い古された世界地図だった。
「趣味と実益を兼ねて、四大陸を股にかけたシェリスさんが教えてやるのだわ」
端々が千切れ、幾度も畳まれた折り目が磨耗しきって今にも裂けそうだが。それは本人にしか分からない記号やメモで彩られた一枚絵のようでもあった。
「南北エウル大陸は、我らがベルアーデと北のブライティナさえ回っときゃ間違いねぃぜぃ」
地図の右上を左右に区切った二つの大陸、その西側のほう。ノーサウス海を挟んで緩やかに南北へ分かれたエウル大陸。四大陸の中ではいちばん小さい。
北エウルは実質的に魔法の国ブライティナ連合国そのもので、ドワーフの郷ユードワーフ半島越しに南エウルのベルアーデと向き合い続けている。
「次、アイザ大陸で一番ハイテクなのはスァーヤだけどなぃ、バカの国だから行くならデュアリャンにしとけぃ。同じバカの集まりでもビックリ人間大集合で面白いのだわ」
地図の右上の東側、南北エウルと比べてしまえば面積だけは数倍あるアイザ大陸。四大陸の中ではいちばん大きい。
西部と北部を征服するスァーヤ皇国と、東部と南部を支配するデュアリャン人民共和国は、大陸を横断する長城パンチラインによってすっかり分断されている。
なおその右端には、極東なる島国ニフがある。
「秘境や遺物を楽しみてぃなら聖霊大陸もいいのだわ~。神代の精霊どもがぶち込まれてるせいで忌み地にゃなってるが、べつに禁足地ってわけじゃねぃし」
地図の右下を何に侵されることもなく占めているのに、点在する秘境の民は別として一切の国が置かれていない聖霊大陸。四大陸の中では2番目に小さい。
中心地の旧精霊郷オグノックには世壊樹バーンドラシルが立ち、フェアリーの基となる精霊の残滓をサルベージするためにD&E商会の流通網が伸びているくらいだろうか。
なおその右端には、かつては大陸だったが今は大部分が穿たれたテラアウス島がある……。
「ニューア新大陸のダンジョンラッシュはイエ子にゃ肌が合わねぃが、あのだだっ広い原野を馬でかっ飛ばすと爽快なのだわ~」
そして地図の左半分には、三日月状に長い大地の中でいまだ北側しか地図として解明されていない、だからこそその名があるニューア新大陸。四大陸の中では2番目に大きい。
周辺海域には最北のただ一ヶ所を除いて『✕』印が連なり、大陸北側には面積に対して異常に多くダンジョンと開拓地が記されていた。
「わあ……。いっぱいありすぎてたいへんです、目移りしてしまいます」
「っとぉ、イエ子のお脳にゃまだちょいとオーバーフローだったのだわ? 目移りどころか目ぇ回させちまっちゃ世話ねぃのだわ」
「いいえ、聞いているだけでとっても楽しいです。シェリスさんも楽しそうです」
「おうよぉ! シェリスさんはおまえたちの姉さんだからなぃ!」
シェリスはバカっぽく胸を張った。
「イエ子にゃ背中のネエちゃんがいるが、ネエちゃんが眠ってる間はシェリスさんが姉さんになってやるのだわ。世界は広いしどんな旅にも必ず意味があるってこと、兄弟ともども教えてやるのだわ」
……イエと同じようなきょとん顔を、アリステラも浮かべていたことだろう。
「……嬉しいです。シェリスさんの妹分にふさわしいように、私、ハルトさんと一緒に頑張りますね」
「よせやぃ、家族になんのに頑張るも踏ん張るもねぃやぃ。シェリスさんはおまえたちがアホやらかしてんの見んのが楽しいのだわ」
(……バカね。けれど……ありがとう、シェリス)
シェリスと同じような笑みを、アリステラも浮かべていたことだろう。
「で、行くとしたらどこ行ってみたいのだわ? もちろん旅費のことは二の次なのだわ」
「そうですね……やっぱり夏に向けて……」
(なんだか妬いてしまうわ。こんな夢現の身に堕ちた私には、何もかもが過ぎたる願いだとわかってはいても)
わかっているから声には出さない。言の葉を編んでも意志の中でそう思うだけ。
生き人形の口から突いて出る寝言はともかく、アリステラは一人で過ごす夢の狭間で独り言なんて発しないのだ。
それでこそ、『夢』というものだろう。
ひとときの目覚めを待つ『眼』は、いや、今や生き人形の少女は、妹分たちの他愛無い日常を見守るのだ……。
「……ふふ」
(っ……?)
ただ。
ふと、かたえをすり抜けた足音と笑みに違和感を覚えた。
太陽も見えない窓から、計りきれない反射によって光がチラついたように。
イエとシェリスの後ろを、一人の乗客が通りすぎていったのだ。
二人の無邪気な語らいを横目に愛おしそうに。
目元だけしか隠さない仮面をつけた、長すぎる黒髪のエルフの貴婦人が。
眼帯じみた仮面の下で、楽しげな薄い笑みが際立っていた。
イエへ、
いや、
イエの傍らにあるアリステラの『眼』へ笑いかけていた。
「ど……う、して……」
声は受肉体から発せられたものだったか、あるいは。
それもわからないほどに。アリステラの意識は、夢の狭間は、白くほどけていったのだ。
(この感覚……前にも、どこかで……? ……あの……女……)
消えゆく現世への窓から、からかうように飛行船のチャイムが響いた。
『午前11時をお知らせします。午前11時をお知らせしますーー』
◯
『午前11時~、午前11時~』
列車の客車にベルが響いた。
『EQレール』は車窓の向こうでこそアームがシャカシャカと動きまくる奇抜な構造だが、少なくとも客車の中は落ち着ける様相だった。
既存の機工式列車に見られる鉄板中心の内装を木材でカバーし、座席はナラの木組みと綿詰めのモケット織物を合わせたフカフカのもの。二人掛けシートが一対向き合うボックス席が、狭い通路の左右へ詰められている。
スタッフの押すワゴン車が、談笑する冒険者たちに酒や菓子を配りながら今まさに通過したところだった。
「そもそも順番的に、エーテルスチームっていうのはフェアリーへ効率的に術式を巡らせる人工血液として生まれたものなんだけどね。そっからエーテリークリスタルやフェアリーギアスの理論がスピンオフされたわけで、『蒸気技術から魔蒸気技術が生まれた』っちゅうんはよくある勘違いじゃから気いつけんさってもらいたいところじゃ」
『ガガガ』
酒瓶は隣に座るシュネーヴィのどてっ腹へ持ち帰り用に詰めて、レモンクッキーは頬張って。マリーは唇をペロリ、舌先で湿らせた。
「まあとにかく、これからの世界は魔導技術で発展していくはずよ。近年、最新の機工技術として実用化されだしたばっかしの『飛行船』や『列車』を、さっそく魔導化しょーっちゅうこの流れみたいにの」
機工から置き換える場合、魔導は大掛かりなものほど利便性が実感しやすい。費用対効果の面からも、公共の設備にこそ導入しようという流れが盛んだ。
「といっても、機工技術が廃れることも無いと思うわ。いうたら魔導は機械に込める『魂』の理論じゃもん、機工っちゅう『器』の理論が釣り合わんと成立せんのじゃけえ。ね」
帝国軍の制式装備開発を担う機工技師を母にもち、全世界のフェアリー統括を担う商会総帥を祖父にもち、まだまだ若きメイドレディは鋼の妖精隊の隣で笑った。
「さて。ここまでで質問あるう?」
「じゃあ質問。もっと年頃のレディらしい会話はできないのか?」
「上のシェリスさんとイエちゃんだって、ヤマタノオロチの股がナナマタしかないとかすっとんきょうな話してるわよお」
「すっとんきょうな話してる自覚はあるんだな……。あと、あれは股じゃなくて八岐って意味だからいいんだよそれで」
対面に座るハルトは自前の水筒からハトムギ茶を呷ろうとしたが、もう一口分しか残っていなかった。マリーの講義から意識だけでも逃げようとして、チビチビと飲みすぎてしまったようだ。
「だってえ、恋バナは嫌だってハルトがごねるんだもん。わりゃーがパスしたんじゃけぇわしのトークテーマで語ってええじゃろ?」
「なんで恋バナが俺のターンみたいな扱いなんだよ……。口から出るに任せて明日の天気とか今晩の献立とか話しとけばいいだろ」
「えええ~。わし、そんな場繋ぎ的なお話キライ。そがーのんなら黙って窓の外見よるわい」
「俺が沈黙に堪えられないんだよ」
「真面目なの?」
「良いヤツでありたいとは思ってる」
「カワイイ」
「うるさいぞ。謝るからメカ講義でもなんでも続けてくれ」
「じゃあお言葉に甘えて」
エプロンから取り出した紅茶入りの小瓶をハルトへ渡し、マリーは『世間話』を続けるのだ。
「技術による世界の発展っちゅう話をしたけど。実は今ん世界って、一説では200年分以上発展が遅れちょるらしいわ」
「うん……?」
ここまで、魔導が見せる発展の夢を語ってきたというのに。彼女の切り口にハルトがまばたきを繰り返せば、したり顔を返された。
「考えてもみて。当たり前のことだけど世界には高次元の力エーテルがあって、人智を超えたその力はフォーマット化された魔法として、それこそ魔導としても大きく世界を変えうるわ。じゃがあわしらはいまだに、大掛かりすぎる仕掛けを使わんと気軽に空も飛べんじゃろ?」
時に、聖歴1854年……、
マリーが指差した窓外の空では、エーテルスチームの尾を引く鋼鉄コウノトリが轟音を立てていた。
「つまりね。どがーな技術にしろ、それが世界を変えすぎないように抑える力が存在しよるんじゃないかっちゅう話」
「はあ? なんだそれ」
「あ、食いついてきたわね~?」
ハルトはおもわず口をつぐんだが、マリーはイタズラっぽく唇をつついてきた。
「シェリスさんが言ってた《ファストトラベル》は良い例ね。ぶち便利に見えよる新機軸の魔法も機工も魔導も、それが世界を革新させるようなもんほど絶妙な不便さが付いて回っちょるんじゃ」
ホワイトブリム(メイドカチューシャ)の中からフェアリーを覗かせて、魔導書の圧縮ページでできた羽をこちょこちょとくすぐった。
「たとえばフェアリーたち。個々人との契約と調律が必要になるフェアリーをスタンドアローン型に変えて、高次の演算装置として量産しようっていう流れが何度も起こったわ。もちろんおじいちゃんもわしも反対しちょることなんじゃが」
たとえばこの魔導列車の運行も。専用の術式を覚えさせたフェアリーと、調律を日々行う契約者、どちらが欠けていても成立しない。おいそれと代替は利かないのだ。
だからフェアリーもフェアリーギアスも仕様上はあくまでも個人レベルのデバイスであり、公共のものとして運用するにはハードルが高くて。
「契約無しで使えるスタンドアローン型フェアリー……コンピューターって理論なんだけど。少なくとも、今の今まで実現はしとらんね」
「……なんでだ?」
マリーは、ここが本題だというように身を乗り出した。
「D&E商会の初代総帥……ルーデリカおば様のご先祖様が再世女フロレンシアと共同設計したっていうフェアリーの錬成式は、大幅に仕様変更しょーとすると機能せんようになっとったんじゃ」
……ハルトが眉をひそめれば、マリーは背もたれへポスッと身を預けた。
「技術者の間では有名な話よ。世界を変えうるほどの何かを生み出そうとする者は、聖女教会を通してフロレンシアから呼ばれるんだって。それがどういうことなんかは当事者らの間で秘匿されとるがのう、噂では世界を変えすぎないように聖女から指導されるとかなんとか」
肯定も否定もしづらそうに苦笑し、肩をすくめる。
「変わりすぎていった神代の世界は一度滅びたわけだし。そがー教訓から生まれた、『クローゼットのオバケ』と大差無い怪談かもしれんがの」
かつての神代では人々の行き過ぎた繁栄が精霊の怒りを買い、世界を一新する『クリア聖戦』が起こった。
追放された『星』の意志に代わって今や世界の律を保つ再世女フロレンシアにとって、世界がまた変わりすぎないことこそが『意志』なのだろうか。
「その話が本当だとして……。もし、そいつらが聖女の指導を無視したらどうなるんだ?」
「少なくとも、そういう人たちの記録は一切残ってないわねえ」
「……ゾッとしないな。『聖女』って言葉がなんとなく綺麗なだけで、ひょっとしたらあいつと同じように……ああ、いや、やっぱいい」
今度はハルトが肩をすくめる番だった。
(深淵を覗き込むようなものだから遠慮してたが、今度あいつに訊いてみるか)
他でもないあの『眼』が脳裏をよぎるのだ……。
(……これまでのいろいろを考えると、どのみち詳しく調べる必要もありそうだしな)
窓に反射してくるただの陽光が、それもまた『光』であるのだと認識を強いるように眩しかった。
「まあそんな与太話の真偽はともかく、何が言いたいかっていうとね。こういう最新の魔導列車や魔導飛行船でも、根幹の『魔導』技術そのものはたくさんのジレンマを孕んだままってこと。クリアできてない仕様上の無茶が多すぎるの。それを無理に実現しょーとしちょるけん、パフォーマンスの代わりに機工式とは比べ物にならん手間がかかっとるはずじゃ」
乗ってくつろぐだけのこのクエストで、マリーはことさら眠たげに体を伸ばした。
「わしに言わせてもらうと、この列車も上の飛行船もまだまだ拙速ね。市民へ開かれたインフラとして、恒常的な運用に堪えうるコスト設計になっとらんのじゃけん」
あの主任技師二人がいないからだろう、あっけらかんとぶっちゃけるのだ。
「そのうち頭打ちになると思うわ。開発ラッシュが落ち着いたら、使える理論だけ残して消えたあの蒸気技術みたいに、機工式へコンバートされるんじゃないじゃろか」
「ーーあら。そうとも限りませんわよ、メイド様」
と。通路を挟んだ隣の座席で、新聞よろしく広げられていた世界地図が閉じられた。
二人の無邪気な語らいを横目に愛おしそうに。
目元だけしか隠さない仮面をつけた、長すぎる黒髪のドワーフの貴婦人が。
「まあまあ、なんとかは道連れと申しますもの。ここ、座らせていただいても?」
「まだ何も言ってないしもう座ってる……」
「こ、こんにちは? ……えっとお、どっかでお会いしんさったことあったかのう?」
「よく仰られますわ。わたくし趣味と実益を兼ねて世界を股にかけております、どこにでもいる大富豪ですの」
「胡散臭いぞおまえ……!」
眼帯じみた仮面の下で、楽しげな薄い笑みが際立っていた。
(……ん? まてよ、こんなやり取りどこかで……? たしかにこの女、どこかで会ったことなかったか?)
マリーと同じように眉根を寄せて、ハルトは記憶を辿った……。
「ふふ? ごきげんよう騎士様、どうかなさいまして? よろしければもう少々詰めていただけませんこと?」
「…………。ーー」
(ーー……くそ、思い出せないな。こんな丸見えの仮面、胡散臭い喋り方、一度会ったら忘れないと思うんだが)
記憶を辿りはしたのだが、光明の乱反射した霧のように掴みどころが無かったのだった。
(1話につき4部分構成の短編連作です)
(毎週月曜日、18時頃に更新中です)
(1話完結の翌週……つまり5週間に1回、次話の準備期間として更新にお休みを頂きます。よろしくお願いいたします)




