Karte.18-4「俺たちは。ここにいるよ」
【ハルト】……ベルアーデ帝国騎士団第七隊所属、双剣銃を手にイエへ寄り添う青年騎士。18歳。
【イエ】……極東ニフ国の乙女で、大体いつもレベル1なのにチートのような守護精霊の力を使える白魔法師。16歳。
【マリー】……ドワーフのミニマムレディ、妖精機シュネーヴィを操る魔導技師にして第七隊のメイドさん。19歳。
【シェリス】……第七隊隊長、魔法剣ならぬ魔法シャベルを振り回すハーフエルフの残念系王女。20歳。
【アリステラ】……イエを守護する旧き『星』の意志であり、自称『勇者』。自称17歳。
「ーーーー
ーーーーっっ!」
『灰なる人狼』もさるもので。ハルトが四本目の武器を……手甲鉤バグナウを握り込んだところで、双剣の構えを腰溜めへと変えた。
ハルトが体捌きの陰から一気呵成に振るった鉤爪を、鉤の間へ双剣を差し込むことで弾いてみせたのだ。
(合わせてきたか……! さすがだよ!)
ーー 手甲鉤術 レベル3(神級) ーー
一度限りの神業で武器を切り替えるのだと、明らかに学習してきている。
「《ガリョウリング》、《ヒーリング》、っ、《ランウォータリング》……!」
避けきれない武器術と避けられない腐敗魔弾で互いに傷ついていくばかり。ただし決定的な違いとしてハルトには癒し手のイエがいる。
それを『灰なる人狼』も噛み締めているのだろうか、攻撃は攻め一辺倒へと獣らしさを増しつつあった。
打ち合ってハルトの武器が壊れた一瞬の隙に……、カウンターなんてものではない、体が捻じきれんばかりに無茶な次打を食らいつかせてきていた。
「イエ! あと4つ! 頼む!」
「わかりました!」
武器交換、
両刃の斧を、細剣より早くぶん回した、
武器交換、
矢が三本だけセットになっていた弓を、狙撃銃より正確に一射で三本とも曲射した、
武器交換、
一対の円月輪を、その刃と回転力で地中潜行させてから飛び出させた、
武器交換、
とんでもなく分厚い魔道書を、ハルトは魔法を使わないので角の硬さだけでパリィ盾とした。
「ーーーー
ーーーー!!」
「っ……今だ!」
「《ウインドライド》! ……解除です!」
ーー 素手術 レベル0(凡人級) ーー
そして魔道書も砕けていくと。素手となったハルトへ『灰なる人狼』が突き込んできたので、全身で以て組み付き、殴りかかり、なんとか押し返して。
『灰なる人狼』の眼差しが、槍を掴んだイエの手元を確かに見下ろしていて。
「上だバカ野郎!」
「ーーーー
ーーーーッ?」
その時にはハルトは、投げ上げていたパラレラム二丁を掴んでいた。
落下を抑えていた滑空魔法の残風を散らしながら。
すでに、逆手に握ったソレを振り下ろしていた。
「ーーーー
ーーーーッッ!」
「くぅっっ……!」
刃を首元へ突き立てる前に、跳び退きながらの回転斬り上げに阻まれて。
壊れゆくパラレラムが外装を散らしたのと同時、一際強く双剣を引き絞った『灰なる人狼』は飛び出していた。
ハルトが素手になる一瞬を狙った、捨て身の斬り込みだった。
そして、
肉裂き、鼓動をも止める、音無き響き。
「……だからおまえは違うんだ」
「ーーーー
ーーーー……ッ……ッッ!?」
胸に双なる刃を突き立てられていたのは、『灰なる人狼』だった。
「《ヒーリング》……っ」
乙女の回復を受け、
青年は、一撃で壊れるはずの……一撃ではまだギリギリ壊れてはいなかったパラレラムを逆手から順手へ廻し……『灰なる人狼』の心臓へ突き立てていた。
違いを生んだのは、『意志』だ。
そして、
「俺たちとは、違うな!!」
「ーーーー
ーーーー!!」
ーー 剣銃術 レベル3(神級) ーー
ーー 技 《ホローポイント》 ーー
千々に閃いた斬撃を、同時に放った高出力の魔弾が傷口ごと切り開いたのだった。
「ーーーー
ーーーーッッ……ゥ、ァァァァァァァァッッ!!」
『灰なる人狼』は撃ち飛ばされた。
その身から四色の腐敗を、そして何よりも眩く『光』を迸らせながら、花壇の水面へ倒れたのだった……。
「だわ?」「おうっ?」
ーーゴボ、ンッ
と同時に、まだ数百体から集まってきていた水妖フーアたちが形を失っていって。路を瓦礫の山に変えていたシェリスとスツルクはきょとんとしたのだった。
「……っぁ、はぁっ……はぁっ……一撃で壊れると思ったか? ……ついこの前まで俺もそう思ってたよ」
とある静謐な旅人の姿が思い返されて癪に障ったが、そう、ぶっつけ本番だったが。ハルトには『二撃目』という切り札を果たしてみせる『意志』があったのだ。
「ハルトさんハルトさん。打ち合わせどおりにできてよかったですけど……私、知りたいです。どうやって壊れないようにしたのです?」
「……。…………努力と根性」
「それはさすがにどうかと……ハルトさん? ハルトさん」
(言えるわけないだろ! ……おまえを守りたいって願ったらなんとかできた、だなんて!)
つまり努力と根性、『意志』の力ということでいいではないか。言っててハルト自身恥ずかしいのだからこんな時だけグイグイ来ないでほしい。
「あうううううう」
「ってぇ!? そこまでかよ!?」
イエは涙目で崩れ落ちた。
「違うです、です、必殺技の反動で……。頭痛が痛くてお腹が腹痛してて鼻から鉄の味がします」
「鼻血ィ! 言ってること無茶苦茶だぞ!」
『光』の武器群も『闇』の手袋も消えていった。汗と涙と鼻血と涎を垂れ流した彼女へ、ハルトは肩を貸してやった。
そして。揺れた水面よりも、街全体が歪んだ。
「「「「ぷはっ?」」」」
次の瞬間、ハルトたちは水面の向こうへ落ちていた。
コッポンッッ!
次の瞬間、ハルトたちは水面の向こうへ跳んでいた。
「「はっ……?」」
ーーグボァァァァァァ……!
見えたのは。形を失っていった巨大な顔型フーアと、一張羅がボロボロになってしまっていたマリーとルーデリカの姿。
「「「「「「はぶっ」」」」」」
水泡攻撃に削がれてしまったのだろう、すっかり小型になっていたイカダへハルトたちは不時着。
六人パーティーは一塊に再集結したのだった。
いや、プラスしてもう一体……、
「ハッ」
「…………
…………」
ハルトは、イカダの縁に横たわった『灰なる人狼』を捉えた。
「と、飛び降りろ!」
「なんやて?」
「なして?」
エルフ弁とドワーフ弁で左右からツッコまれてしまったが、とりあえず六人とも湖へ飛び込んで。
ハルトが水面から顔を出してみれば、
ーーチッ、チッ、チッ、チッ、チッ、
『灰なる人狼』は、肉塊へと腐り落ちていったのだ。
舌先で薄く笑うような、チートアイテムが奏でるあの異音とともに。
ついぞ、獣毛に滲んだ貌を確かめることもできずに……。
「おう……死んだ、な。いったい何がどうしたんだハルトくん」
「っ? いや、『真白の幽鬼』が倒れた時にはツイッグっていう神代の化け物に変わったから……今回もそうじゃないかって思ったんだよ」
「そ、そもそもなんでカレがここにいるの? そっちで何があったんならあ?」
「いろいろありすぎたのだわ~」
もう戦えるだけの余力は無かったので、何も出てこないというのならそれはそれで望ましいことだったが。だからといって考えることをやめてはいけないだろう。
(……そうだな。正直、俺もまだよくわかってない……)
そう、『灰なる人狼』のことに限らず……特にハルトには、考えるべきことが多すぎた……。
「お母さんお母さん、おかげさまで必殺技が使えました。必殺技のおかげでハルトさんを救えましたのです。ありがとうございます」
「ぃゃぁっ、見たかったわぁそれ~。うちの予想やと『光』がバーンてして『闇』がシュバッてしてなぁ……あ、ほらあんな感じ」
「はい?」
と、ルーデリカが指差した先で、
完全に消滅してしまった『灰なる人狼』の亡骸から、折り重なった『光』と『闇』のエーテルが立ち上っていたのだ。
「……すやぁ……すてぁ…………っ、ん……!」
「お姉さんっ?」
ソレが天地へと分かれていく前に、イエのフードの中からちっちゃな手が伸ばされた。
フードの中で眠っていた、長すぎる闇色髪の生き人形少女……アリステラの手が。
すると。『光』は天へと還ってしまったが、『闇』はアリステラへと吸い込まれたのだった。
「……ん……おはよう」
そうして、かつては旧き『星』の意志だった彼女は眼を覚ました。彼女が司る『闇』を、一時、夢の狭間から出でるための力として。
「よく頑張ったわね。私の助力無しで『白式』を倒すだなんて」
「よおアリステラくん。そうだろうそうだろう、きみも神話級のご老体なんだから俺たちみたいな若者を見守っていてくれふはははははははは」
「出番無うて悔しい? アーちゃん悔しい? もっとうちの子らホメたってぇなほふふふふふふふふ」
「……お二人とも。少し大人しく、もう少し大人らしくしていてくださるかしら」
アリステラの頭上に『闇』のエーテルが現れた。
形を成したそれは、薄い笑み……、
いや、無数に喰い散らされた『薄眼』で。
ただ、アリステラがチートから莫大な『闇』を取り込んだことで、ごくごくわずかに傷を癒したのだった。
「おっ! ネエちゃん、その様子だとまたなんか記憶が解放されたのだわ?」
「変ねえ、『真白の幽鬼』の時はチートアイテムが出てきてたけど……。今のエーテル、『灰なる人狼』から直接出てきとらんかった?」
「……そのようね。ああ待って、そこに何かある」
シェリスとマリーに頷いてみせたアリステラは、イエの手によって先にイカダへ乗せられた。
『灰なる人狼』がいた場所には、チートを振り撒く異常物体なんて現れてなくて……。
「あったわ。コレの記憶を取り戻したの」
「コレ? って、な、なんだそれ!」
いや。黒ずんだ染みの向こう、丸太の間に挟まっていたものをアリステラは拾っていた。
すなわち、瞳の向こうに魔方陣が秘められた一対の義眼を。
「『エヌクロスの魔眼』。神代の頃、私が使っていた魔具……まあ義眼ね」
「義眼……」
生体ではなくクリスタルでできた物体らしく、手のひらの上でクルミよろしく弄んでみせたアリステラ。見つめたハルトに横目だけで応えた。
「……これを見ていると、何か、愛しいような辛いような何かが湧き上がってくるのだけれど……他には何も思い出せていないみたい。もっと核心を突いた『答え』に結び付いた記憶なのかしら」
そう呟きながらも表面上は静謐そうに。彼女は一対の魔眼を、メイドな魔導技師へ投げ渡してみせた。
「マリー」
「わしっ?」
「ええ、今の私には必要無いからマキシマ老にでも見せてあげて。例の『私』を改良するヒントになるかもしれないわ」
「なるほど? それはええがのう……そもそも、なしてこがーのんが『灰なる人狼』から出てきたんか気にならんならあ?」
「今さらでしょう。彼らと相対していけば今後も謎は増えていくでしょうし、解き明かすためにやることは変わらないわ。……『できる』ことを一つずつやるしかない、そうよね」
おそらく他意は無いのだろうけども。アリステラに見上げられて、ハルトは後ろ髪を掻くのだった。
「……そうだな。……なあ……親父さん」
「おうっ、帰ろうか大将! ふははは今日は本当によく頑張ったなあ、帰りの船で一杯振る舞ってやろう!」
「い、いやいや……ちが…………まあ、うん、とにかく帰るか」
とにもかくにも、あの『白式』の一人を倒したのだ。諸手を挙げて喜ぶわけにもいかないが、家族だけのささやかな凱旋は許されるはずだ。
帝王は、家族でぎゅうぎゅう詰めのイカダを漕ぎ出していくのだった。
「……じゃあなグラバロン。貴様とはあの世で会うことも無いだろうよ」
「挨拶せんでええあんなドアホに!」
「ぶっっ」
王妃にポーションボトルで殴られながら。天国でも地獄でも、ましてや楽園でもない冥府を後にするのだった。
◯
『倒した? 倒した……ふーん、じゃあ倒したんじゃあないかねえ』
「なんでぃババアそのうっすい反応はぁ! ボケてねぃで契約どおりの金を振り込みやがるのだわ!」
『その口に大金貨詰めてやろうかい!? べつにすっとぼけちゃいないから最後まで聞きな!』
ーー 幻影念話 起動中! ーー
ーー 注意! ーー
ーー 通常種 擬似精霊! ーー
ーー 機能制限…… ーー
ーー フレームレート 1FPS! ーー
ーー 上位種 擬似精霊 契約好評受付中! ーー
七番館のロビー兼リビングにて。テーブルの上でウィンドウを開いたフェアリーが、玉座に座る老婆の写幻……ならぬリアルタイムで動く幻影を表示していた。
小麦色の肌、褪せた銀髪を結ったドレッドヘアー。絶対に似合っていない荘厳すぎる法衣姿を引きずったファンキーな老婆、聖女教会の女教皇シロリド・マム・フローラだ。
「ひそひそ……どうしてシェリスさんと教皇さんは顔を会わせるたびにこうなのでしょう」
「同じ磁石は反発しあうものよん、イエちゃん」
対して、テーブルを挟んだ一対のソファには第七隊の面々。片方にはイエとマリーが座り、もう片方にはシェリスが寝そべっていた。
『アンタらを疑っちゃいなくても、なにせ前の『真白の幽鬼』だってあっさり復活したじゃないか。またぬか喜びしたかないのさ』
シロリドはハーブシガレットに火を点け、一息としては大きすぎるほどに紫煙を吐いた。
『ただ……少なくともここ数日、『灰なる人狼』が現れたって報告は無い。それどころか、目撃情報なら毎日のようにあった他の3体もパッタリ見なくなっちまったよ』
「毎日のように……。げにい神出鬼没なんじゃあね」
『ああ、最初の時ほど大規模な騒動は起こしちゃいないけどね。ニフのツチノコよろしく一瞬だけ現れちゃ目立つ場所を破壊して、あっという間に消えるのさ。……あたかも自分たちの存在を見せつけるようにね』
念話の向こうで自慢のハイフェアリーを操作したのだろう、数枚の写幻が表示された。
へし折られた灯台の向こうで海面に飛び込んでいく『赤』、
崩されたピラミッドの脇で砂嵐に紛れていく『黄金』、
大樹が突っ込まれた時計台の陰で《ファストトラベル》に消えていく『真白』……、
どれも強すぎるエーテルを纏っていて、ピントが合っていなかった。
『だからむしろ、『サイルークの屍蝋トカゲ』に何日も居座りだした『灰なる人狼』が妙だったんだよ。おかげでレイドも発行されたし第七隊サマも送り出せたが、そこにきて今回の決戦とくりゃ……』
と、そこまで言ってシロリドは肩をすくめた。
『いや、なんにせよまだ1体目だからね。先は長いんだ。……世界がチートで溢れる前になんとかしとくれ、アンタたち』
「えっ? 教皇猊下、それってどういう意味じゃあ……」
『聖女教会としちゃまだ公表してないことなんだが教えといてやるよ』
世界地図が表示された。
円錐形の大地……すなわちこの『星』が瓶のような円筒の中にあり、それを天から覗くものが。
主に四大陸の端々に、光点が発疹じみてちらほらと浮かんでいった。
『どうにもね。『白式』に傷を負わされた被害者のごく一部だけだが……チートスキルを宿すヤツが現れてるんだよ』
ーー『でもオレたちにとって人狼様は✕✕みたいな人だよっ、だってオレにチートをくれたんだもんね!』
……シェリスとマリーはソファから身を乗り出して。あのなんとかいう絶対回避男のことが思い出されたイエも、息を呑んだ。
「……その方たちの居場所を教えてくださいませんか、教皇さん。お姉さんの力ならチートから解放できます」
『優しいねえ白いのちゃんは。そうしてやりたいのは山々なんだが、今んとこ誰一人として保護できてないのさ』
「一人もだぁ? そいつぁウソなのだわ」
シェリスがテーブルの上に足を乗せ、避けたフェアリーがつま先に乗って。
「世を脅かしたチートヤロウは処刑か追放が相場ってもんでも、てめぇんとこの保護観察へ転がり込むヤツだっていんだろぃ。全員が全員バカやらかしたわけじゃねぃだろし」
『いいや。全員が全員、バカやらかしたのさ』
『白式』の写幻たちが、別のものへと裏返った。
……『白式』の破壊行為よりよほど鮮烈な、騒乱の記録写幻たちへ。
真っ二つに熱線で焼かれた町で首を傾げている『人間』、
正気ではなく心酔した様子の美女たちを魔力の首輪と枷で侍らせた『人間』、
異常に魔物が引き寄せられていく開拓地でただ一人戦わずに菜園を愛でている『人間』……。
『少なくともウチのパラディン隊の報告書によると、洗脳だとか状態異常の類いじゃなく……まったくもって本人の意志で、ね』
もう十分だとばかりに写幻たちは消されて。
『だから、もう、一人も保護はできてないんさね』
シロリドは玉座に背を預けた。
『アタシゃね。あの『白式』どもの真の恐ろしさは、ヤツらそのものの破壊力じゃない気がしてきたよ』
『在るべき形へ世界を廻す者』と嘯くわりに、天災じみて現れてはまた去っていく背徳者たち……、
『ヤツらはホントの意味で、世界の壊し方をわかってるんじゃないのかね? まるで、そう……いつどこで誰にチートを与えりゃ混沌が満ちるのか、ハナからわかってるみたいにね』
舌先を鳴らすような薄い笑みがちらついて、イエは頭を振った。
『おや? ところで、あのやさぐれた目付きの小僧っ子はいないのかい?』
「あ、はい。ハルトさんなら……」
乙女は窓の向こうの、機工仕掛けにライトアップされはじめた宵の王城を指差した……。
◯
「「「せーの、っ」」」
と。ハルトはスツルクとルーデリカとともに、丸太じみた布巻きを屋上庭園の縁から押し出した。
金属の芯が通されたそれは、つまり垂れ幕として王城に掛かったのだ。
豪快すぎる文字と華やかすぎる草花のイラストが封じられていて……、
『祝 騎士団第七隊 『灰なる人狼』撃破!』
……と、皆々へお達しされていた。
「ふぅ~~っ、いっちょあがりやぁ! スーちゃんアレやるでアレっ、この前の活動写幻で見た無駄に凝ってる連続ハイタッチ!」
「右アッパー左フック喉輪突きからの踵落としだったっけか?」
「そんな物騒なハイタッチあるかい!」
インクの跳ねが服へカラフルに付いたまま、帝王と王妃はふはははほふふふと笑い合った。
「な、なんだよこの垂れ幕ぅ!? こんなことするなら他の騎士団にも贔屓だの七光りだの言われるんだぞ!?」
一方。ホイホイ呼び込まれ、ここまでの運搬を手伝わされてしまったハルトはげんなりした。
「何を言うハルトくん。第七隊には金でもコネでも贔屓は一切してないぞ、それがシェリスとの約束だからな」
「そんでもスゴいことしたんやさかい誉めるところは誉めるっ、当たりマエストロのクラッカーやろ~? こうして垂れ幕掛けたんいつ以来やったっけ」
「えーと前回はたしかシェリスがはじめて『ママ』って言った時で、あ、いやそりゃ前々回か、たしか俺がロトで3等当てた時だな」
「私的感情しかない垂れ幕じゃないかよ……! ってほら見ろ兵士のみなさんまで微妙な顔してるー!」
「みんなヘルメット被っとんのにわかんのん?」
「あんな斜めに傾いてたらわかるよ!」
内郭の正規軍本部で兵士たちが斜めに敬礼していたり、……外郭の騎士団本部で騎士たちが苛々と見ていないフリをしていたり。
「はああ……第二隊のあいつが帰ってきたら斬り込んできそうだな。今度、スァーヤからめんどくさいアホだかバカが来るってシェリスから聞いてるし……」
「ハルくん」
「今度はなんだ? 女将さん……」
「ずび……みんな、これからもうちらの家族でおってくれるかなああ……?」
「うあああ!? なんっ泣いてっええ!?」
振り向けば、泣いたルーデリカが鼻を啜っていた。
「み、みんなってっ? なんのことだよ……!」
「せやからみんなやんかぁ……っ。ハルくんに、イーちゃんに、マリちゃん……」
「シェリスは?」
「あの子は何があってもうちの子やもんっっ、家族やなくなったらうち死ぬぅぅぅぅ!」
「おいおいおい親父さんんんん!?」
「わかってるわかってる、ほらよーしよしルルさん大丈夫大丈夫……。やっぱり俺が話すよ」
マントで泣きべそを拭われながらも、帝王は王妃の外套になってやるように後ろから抱きしめた。
「あの湖で見たとおり、今のベルアーデは俺たちの復讐の果てにある場所だ。国なんてものは盗るも盗られるも歴史のうち……だが、俺たちが呪われる道を選択したことに変わりないからな。おまえたちがそれを是としない選択をしても、それもまた然るべき道だと思ってるんだよ」
「……俺たちが、それで親父さんや女将さんの家族じゃなくなるって?」
「うーむ……まあ出ていきゃしないとしても、ギクシャクして会話が続かなくなるとかファミリーデイに参加してくれなくなるとか」
「思春期の子供の親かよ……」
……その落ち込んだ肩の向こうに呪いを見出だすというのなら、たしかに、あの湖から帰ってきたハルトたちにはできてしまうことなのだろう。
「そう、だな。家族だっていうならあんな亡霊なんかの口からじゃなくて先に話してほしかったし。たぶんまだまだ、俺たちが想像できないくらいの呪いを背負ってるっていうなら……意識しない、わけには、いかないかな」
「で、でも! せやけどなハルくんっ、ほんまにうちらかて……」
「あーはいはいわかってるわかってる!」
と。ハルトが強すぎるほどに手を打ち鳴らせば、大帝国の家長二人はちょっとだけ怯んだように見えて。
「時が来れば話すつもりだった……未来が大事だから、俺たちのために、『できる』ことをした……だろ? ……それで何か失敗したとしてもさ、それはそれでいいんだよ。きっとさ」
大臣の一人も置かず、一心不乱にこの国を強固にしようと励む帝王と王妃には。今や若き旅の仲間も無く、代わりに、いつか自分たちの後から先にゆく家族があって。
「……それで俺たちが、いつかまた呪われるっていうなら。絶対また辛いだろうけど、俺たちの誰だって親父さんたちの選択を否定しないさ」
貴族殺しから興った国は、やがて貴族に奪われ、奪い返し、今ここに至る。
「俺たちは。ここにいるよ」
ここにいる帝国騎士は。なんだか子供のように笑った夫婦から、階下への階段のほうへ踵を返すのだった。
「……なんて! 俺に恥ずかしいこと言わせるなよっ、なんで俺なんだよまったく……」
「ハルトくん」
「もうその手には乗らないぞ!」
「最後に一つだけ! 大事なことだ!」
階段の手すりを掴んだところで、ハルトは振り向いた。
三日月の儚い月光の下、少し離れてみればスツルクもルーデリカも顔すらおぼろげにしか見えなくて。
「……彼女にはきっとまた会える!」
「っ……?」
いや、サーチライトの照り返しに当たって……決意に満ちた二人の面持ちが見えて。
「うちらもまだ詳しくは話せへん……ハルくんもたぶんまだ話したないと思う! せやから……せやけど、うちらは家族やから! その時が来たらまた話そうな!」
……ハルトは今度こそ、階段を下りはじめた。
「……ああ!」
ただ。見えない苦笑いの中で、後ろ手を振ってみせたのだった……。
続
(1話につき4部分構成の短編連作です)
(毎週月曜日、18時頃に更新中です)
(1話完結の翌週……つまり5週間に1回、次話の準備期間として更新にお休みを頂きます。よろしくお願いいたします)
※(次回更新は12月26日(月)の18時頃です)




