Karte.18-3「《必生(ひっしょう)/じぇねりっくうぇぽん》!!」
【ハルト】……ベルアーデ帝国騎士団第七隊所属、双剣銃を手にイエへ寄り添う青年騎士。18歳。
【イエ】……極東ニフ国の乙女で、大体いつもレベル1なのにチートのような守護精霊の力を使える白魔法師。16歳。
【マリー】……ドワーフのミニマムレディ、妖精機シュネーヴィを操る魔導技師にして第七隊のメイドさん。19歳。
【シェリス】……第七隊隊長、魔法剣ならぬ魔法シャベルを振り回すハーフエルフの残念系王女。20歳。
【アリステラ】……イエを守護する旧き『星』の意志であり、自称『勇者』。自称17歳。
「おおう……現物で見るとたしかに、貌こそ見えないがまるで魔物化した……」
「それだけは言わないでくれな親父さん! とにかく追うぞ!」
「アタッカーオンリーパーティとか普通に死ぬるのだわ~」
「おまえもこんな時だけ正論言うなってぇ! ポーションとか無駄遣いするなよ!」
シェリスが「《ヴィント・ダス・クローネ》(凪がぬ風冠)」、シャベルから飛ばしまくったミニ竜巻に乗って……ハルトたちもまた窓外へ飛び出しはしたのだが……。
そう、今は守り手も癒し手もいない……この三人だけで進みはじめた時から懸念していたことだ。
ましてや、よりにもよってあの魔人が現れたとなれば苦慮せざるをえなかった。
(イエ……!)
彼女たちがここにいれば。
いや、
(ああくそ! 今は自分たちのことだけ集中しろ……!)
ハルトたちとは違う意味で偏った彼女たちだって、危険な目に遭っているかもしれない。そもそも三人一緒にいるとも限らない。考えるだけキリがない。
(今の俺たちに『できる』ことは……! 速攻であいつを倒すことだ!)
アタッカーパーティだというのなら利点を考えろ。
持久戦ではなく電撃戦だ。
負ける前に勝つのだ。
「待てよ! 人狼!」
街中に降り立ったハルトは、大通りを一目散に走り出していた『灰なる人狼』へ『土』の魔弾を連射した。
「ーーーー
ーーーー……!」
有効射程距離をギリギリ越えてしまっていたが、少なくとも殴打程度の威力を以て命中した。
すでに焼け焦げていた古傷の周りを打ち、よろめかせたのだ。
ーー 分析指定 状態 『無敵』…… ーー
ーー 《ステータス》 完了 ーー
ーー ……『無敵』 無し! ーー
ーー 状態変化 無し! ーー
「やっぱり……! 『無敵』じゃない! この前のままだっ、攻撃が通るぞ!」
「ほはははははは! んな状態で何しに来やがったんでぃあのヤロウッ、逃げるならとっとと逃げるなだわぁ!」
先日、『サイルークの屍蝋トカゲ』ダンジョンにて破った永続的『無敵』。どうやら復活はしていないようだった。
「白い歯を見せるなおまえたち……! こういう場合は経験上っ……」
と。スツルクの言葉どおり、ハルトたちが注意すべきは『灰なる人狼』の背中よりも水没街そのものだった。
「…………」「…………」「…………」「…………」
流れ続ける日常の中にいた住民たちが、見れば、不気味に硬直していて。
ーーゴボッ
ーーガボァ
ーーブクググ
ーーゲ、ッ、ァ、ッ!
突如、人型の水泡へ弾けたのだ。
「カーーーーッ!? フーアでぃ水妖でいっ、服だけ溶かされるのだわ!」
「そりゃバスタードスライムだろ娘よっ、服どころか細胞まで泡にされるぞ……! 囲まれるな触るな足を止めるなっ、グラバロンを食ったアイツさえ倒せばこの街からオサラバできるはずだ!」
「無茶しか言ってないっ、よっ、なぁっ……!」
滑走とともに襲いかかってくるフーアたちを跳ね除けながら、三人は『灰なる人狼』を追い続けるのだ……。
◯
「やめぇや!!」
ルーデリカは怒鳴っていた。
それは怒りよりむしろ、焦りや苦しみに似た叫びだっただろうか。
ーーグブッ……
フーアはまだ、映像を流し続けていたのだ。
『……悔いは無い』
……溢れ出る血潮の湖に伏したグラバロン。そんな彼が、周囲を取り囲む少年少女たちのパーティを見上げている……おそらくは記憶。
(あの不意打ちした呪術師さん……どこかで……?)
「イエちゃんごめんっ、『リペアパウダー』あんならあ!?」
「え、あ、は、はい、っ……!」
それこそ、戦闘中に記憶を巡らせる余裕なんてイエには無い。度重なるパリィでかなり分解されてしまったシュネーヴィの大盾へ、イエは《インベントリ》から取り出した『火』色の研磨剤を振りかけた。
確かなのは、スツルクたちとグラバロンの戦いはあっという間に終わったということ。
影の中から現れた呪術師が仕込みナイフでグラバロンを刺した時点で、勝敗は決していたといってもいい。
痩せぎすの子爵が振るった鞭も、おそらく独学なのだろう水泡の魔術も、まともに働いてはいなかった。
『僕は楽園を完成させ、ノブレスオブリージュを果たしたのだ。何を悔やむことがあろうか』
赤く淀んだ泡を咳き込みながらも恐れなんて無さそうに。ともすれば滑稽なまでに、領主は嗤う。
『だが、貴様たちは楽園の主なる僕を殺すのだ。その責は受けてもらわねば。だから……』
伏していたグラバロンは力を振り絞り、仰向けにひっくり返った。
血溜まりから跳ねた飛沫が。とうにその中へ踏み込んでいたスツルクの足へ、踏み込みながらも震えていたルーデリカの足へ、飛び散った。
『だから。呪われたまえ』
パノラマガラスの向こう、大穴の底の楽園へ顔を向けて。グラバロンの、喜びと怒りが混ざった形相が映り込んで。
『さあゆこう。僕の民たちよ』
彼は。水死体がごとく異常に膨れ上がった。
『ゴ、ボッッッッ』
そして。瞬く間に破裂したグラバロンの中から、彼だったモノにまみれた膨大な魔力……無数の水泡が飛び出した。
『っ!? なん、だ、っ』
『……スツルクさん、離れてください……!』
『あ、あかん! この感じっ……自分の命と引き換えに体内魔力を爆発させよった!』
『物理戦士にもわかるように説明してほしいな……!』
跳び退いたスツルクたちだったが、魔力は彼らへ向いたものではなかった。
パノラマガラスを突き破り、それらは5つの流れへと別れた。
1つは街の入口から続く松林の上空を進み、彼方の山のほうへ。
そして他の4つは、大穴の崖の四方へと入り込んでいって。
次の瞬間、
彼方の山の中から、街へと続く松林の道へと大水が溢れ出た。
崖の中から、街へ、大水が溢れ出た。
……悲鳴。
悲鳴、
絶叫、
怒号、
声、
音、
死。
最初は水滴のようにまばらだった叫びが。瞬く間に、洪水の唸りより遥かに大きくなって街中に溺れだした。
『そんな……!? なんでやっ、なんでこないなこと! ……うちらの、せいなんか……!?』
『くっ……助けに行くぞ! 俺の復讐もあいつのプライドも、住民たちには関係ないことだ!』
『ダメだよ二人とも!』
窓から飛び出しかけたスツルクと、頷いて彼に伴おうとしたルーデリカだったが……マーリアの強化外骨格の剛腕にまとめて抱き上げられた。
『行かせてくれ! エゴなのはわかってるっ、だが助けないといけないだろ!』
『どうやって助けるのさ! わたしのシュティだってこの四人で重量ギリギリだよ!』
『リ、《リターン》はまだ使えへんの!? もう戦闘中やないでっ、アイちゃん!』
『……ごめんなさい……! 街の結界は壊れたみたいなのですが、領主さんのエーテルでマナが乱れていて……使えないのです……!』
呪術師アイが四人の足下に開こうとしたゲートは、結ばれることなく崩れた。術式の基幹をなす『光』のエーテルが、混入した『水』のエーテルを喰うことしかしなかったのだ。
……それは街の住民たちだって同じだった。
少しでも高い建物の屋上まで上がる者たちや、
崖をよじ登る者たちや、
激流が荒れ狂う松林へ脱出しようとする者たちや、
労働者や、婦人たちや、他の者たちだって。
魔法も機工も、いかなる手段に縋ったって。
ついさっき始まったばかりの崩壊なのに、『水』色に輝いた奔流は高台の館以外の全てを呑み込んでいた。
『……水が速すぎる。子爵の遺志だよ』
もはやスツルクとルーデリカの意思も聞かず、マーリアの外骨格は窓枠から屋根へ、屋根から崖へと跳んでいた。
『……スツルクさん……これもあなたがお選びになった復讐の結果です、背負わないといけないことなのです』
……静かすぎるほどにアイは告げていた。
王子へ、そして薬師へ目を向けていた。
『……ルーデリカさん。私たちも背負いましょう、これが私たちの旅なのですから。……彼だけに背負わせてはいけないのです……そうですよね?』
『そないなこと……言われんでも……』
崖を駆け上がっていくパーティを……、
水没した執務室から流れ出た視点は、ただただ最後まで見上げ続けていた……、
「言われんでもわかっとるんや! そないなこと、っ、はぁぁぁぁ!」
そんな記憶を終わらせたのは、水泡が自ずから形を変えはじめたのが先だったか、それとも蛇腹スコップの✕の字斬りが先だったか。
ーーボ、ゴ、ァァァァァァァァ……!!
水泡の大きさはだいぶ削がれてしまったのに。弾けながらも無理やりに膨れ上がり、フーアは確かな姿へ変じた。
首の無い、人型の集合体へ。
民たちでできた車椅子に乗る、グラバロン子爵の巨大な顔へ。
その腫れた面へ、ごくまっすぐに連なった蛇腹スコップが向けられた。
「ええで。恨みっこなしなんて野暮は言わへんわ、これがうちらとあんたが選んだ道の結果や」
片手に蛇腹スコップを、そしてもう片手には三本のポーションボトルを挟んだルーデリカ。
「やっぱ復讐なんてよぉないわ。せやけどな……そいでもあれが、うちらにとって前に歩いてく道やったんよ。……あの人が人でのうなっていっても、壊れへんようにしてやりたかったんよ」
ーーグ、ブ、ブ、ブ、ブ……
グラバロンフーアの顔中から、ごく鈍くではあるが水泡鞭がひり出されていく。
「去ねや。いつかうちらの先を歩いてくこの子らんために……うちらの呪いは、ちっとでもようけ無くしとかなあかんのや!」
そして、
「いくで! 『ドゥンケル・ザ・アイ』!」
ルーデリカは『闇』色のポーションをグラバロンフーアめがけてぶちまけた。
ーーブグッ……!?
それを浴びた亡霊は、重力と空間を司る『闇』の力によってその場に縛りつけられた。
「『ヴォーデン・ザ・マーリア』!」
ルーデリカは『土』色のポーションを蛇腹スコップへぶちまけた。
それを浴びた蛇腹スコップは、ルーデリカがエルフとして不得手な『土』の力を……補強と相乗の効果を得て、いっそうダイナミックに変形展開しはじめた。
「『フォイヤー・ザ・スツルク』!」
そしてルーデリカは『火』色のポーションを自分へぶちまけた。
それを浴びた彼女は、旦那の名を冠した『火』の力を……増幅と燃焼の効果を得て、輝くほどのオドエーテルを滾らせた。
「必っっっっ殺ぅ!」
戦う薬師は、すでに蛇腹スコップをフルスイングの構えに引き絞っていた。
魔力に満ち満ち、一本の超巨大草刈鎌へと変形展開されたソレを。
「《サイス・ルーデルズ》(ルーデリカの鎌)!!」
ーーギャッッッッ……!
閃。
蛇腹大鎌が、グラバロンフーアを一刀両断のもとに刈り取ったのだった。
水妖の大部分が湖に散らばっていった……、
「ぐにゅぅぅぅぅこれが必殺技やでイーちゃん飴ちゃんちょうだいぃぃぃぃ」
「は、はいっ、勉強になりました……!」
「おば様あっヨダレヨダレ!」
展開のほどけたスコップたちを引き戻すとともに、ルーデリカは膝を付いてしまった。口も閉じられない様子で弛緩してしまい、虚ろな目を回して……。
ーー EP(Ether Point):残り8 ーー
俗に『EP』と数値化される体内魔力を、必殺技発動によってごっそり使いきってしまったからだった。
「あ、れ?」
と、飴ちゃんを大瓶ごとルーデリカの口に押し当てながらイエは気づいた。
水妖の欠片たちが波紋を打ち合う湖に、妙なことが起こった。
水面全体が強烈な『光』に一度フラッシュされると、歪んだその向こうに見えるものが変わったのだ。
水底に沈んだ街ではなく……、
水面の裏面から街が聳え、
その街路を駆け巡りながら人型水妖を蹴散らす彼らが見えたのだ。
「ハッッ、ハルトさん、っ、あっ」
おもわず前のめりに覗き込んだイエは、
ツルリ。
「イエちゃああん!?」「イーちゃんんん!?」
イカダの縁から手を滑らせて、前のめりの勢いそのままに湖へ落ちた。
(!?……?!……?!!?)
イエが泡立つ水面の向こうに一瞬だけ見たのは、
ーーゴゥブッバババババ……!
「ええええ復活しよったあ!?」
「なんでや! ほんでなんでデカなっとんねんさっきより!?」
再び水上へ飛び出したグラバロンフーアと、慌てに慌てる二人の姿だった……。
◯
「でゃっとーーぅっ!」
シェリスのシャベル剣術が、肉叩きハンマーよろしく『土』の魔力を纏った刃を振り回して。
「おううううらああああッッ!」
スツルクが道すがら魔導仕掛けの中からぶっこ抜いていったケーブルの束が、鞭というより一塊の棍棒じみて叩きつけられて。
ーーバヂュッ
ーーギェ!
ーーボヂョ……
街の住民たちが変じたフーアたちはまるで強くなく、当たりの甘い一撃でも潰えていった。
何かに触れた先から水泡へ分解していく性質こそ脅威的ではあったが。中距離の立ち回りを徹底すれば、群れに道を塞がれたとて撃破も誘導も難しくはなかった。
「今、どの辺り走ってるんだ……!?」
「関係ねぃだろぃ!」
「無くは無いだろっ、端に追い込まれたら最悪詰むぞ!」
「ーーーー
ーーーー」
問題はどうにもこうにも、射程圏の外側ギリギリを逃げ続ける『灰なる人狼』だ。双剣銃を持つハルトがフーアより優先して狙い撃っていたが、いまだ止められずにいた。
水没した植え込みから花びらが浮かぶ、グラバロンの巨大銅像付きのロータリー広場へ突入……、
「俺たちをバテさせる気か……!? だが、ここならさっきも通ったからあの三叉路を使えば……!」
と、ロータリーのさらに先……集合住宅に囲まれてやや狭い路があったのだが、その果てには大壁じみた浄水場を迂回する三叉路があって。
「あいつめ、運が悪かったな! 俺が追い込むから二人とも回り込んでくれ!」
「察したのだわ! 挟み撃ちだなぃっ、いよっし一丁っっ……」
「運? それは良くないぞハルトくん、土壇場の運を決め手にしちゃいけない」
ちょうどフーアの密度が薄い小路が三叉路めがけて左右に伸びていた。挟撃に動こうとしたハルトとシェリスだったが、耳元を掠めた業風に止められた。
「俺があいつならっ、こうするなっっ……!」
二人の間に割り込んだスツルクが。グラバロンの巨大銅像を土台ごと担ぎ上げ、『灰なる人狼』が走りゆく方へ投げたのだ。
ただし、それは高すぎる弾道からして彼の者を狙ったものではなかった。
浄水場の屋上へ、抉れるほどにぶち当てた。
建屋が揺れるほどの衝撃で、屋上に潜んでいた者たちを引きずり落とした。
ーーゴボボボボボボボボボ
そう、陽光からかすかに反射していた者たち……フーアの大群だ。
「待ち伏せなのだわ!? かーっ、そういや前回も騙し討ちしてきたっけなぃっ……セコい手ばっか使ってくんじゃねぃのだわ!」
「俺たちもあいつも『できる』ことをしてるだけだろ、言いっこ無しだ! ありがとう親父さん、助かった!」
「ホッとするのはまだ早いぞ! 奴さん、ここで決めるつもりらしい!」
路地に突入しかけたところを急ブレーキ、ハルトたちはロータリー広場へと跳び退いた。
「ーーーー
ーーーー」
今まで背を向けるばかりだった『灰なる人狼』が踵を返し、フーアの大群より先にこちらへ駆けてきたからだ。
(合体魔弾に妨害されるな……! あっちから向かってくるなら話は早い!)
前回の交戦時には、エネルギー弾にしかすぎない魔弾を掛け合わせて魔法じみた技を放ってきていた。多彩かつ創造性に溢れて攻防自在、翻弄されれば長期戦にもつれこんでしまうだろう……、
「ーーーー
ーーーー……!」
だが。ハルトのそんな思索そのものを弄ぶように、『灰なる人狼』は剣銃の爪を掲げて……、
ブブヂッッッッ、
両手の十本とも、次々と食い千切った。
「なッ……!?」
ーー『人狼様! オレにっ、こんな武器までくれるんですか……!』
脳裏に過ったのは、以前、この人狼からチートスキルと剣銃を授けられた男のこと。
あの時、人狼から離れた剣銃は、感染性の火傷らしい状態異常を撒き散らしていたが……、
今、『灰なる人狼』は四大属性にそれぞれ対応した四丁とも路傍へ破棄していて。
「ーーーー
ーーーー……」
残る一丁、いや、一振りだけ掴んだ。
そうだ。五指の爪のうち、四本が四大属性の剣銃なら……残りの一本は、
ただ灰色の、小振りの剣だった。
双剣だ。
「ーーーー
ーーーー!!」
「冗談だろ……っ!?」
獣じみた飛び込み、からの双なる撫で斬り。ハルトは双剣銃でなんとか受け止めたが、数歩分もノックバックした。
『灰なる人狼』の五指、爪を失ったそれらから流れる血潮がいやに際立って見えた。
なにしろ双剣があった指の血は死人の血よりもドス黒く、
剣銃があった指たちの血は、四大属性色に腐っていたのだから。
次の瞬間。『火』の腐敗が纏わりついていた双剣から、その血が超追尾する魔弾としてハルトの左肩を刺し穿った。
「ぐぅっ!?」
「兄弟ぃ!」「ハルトく……っ、うぉぉっ!?」
シェリスとスツルクがハルトへ向いた隙を突き、『灰なる人狼』のサイドキックが二人をぶっ飛ばした。ロータリー広場のそれぞれ反対側、迫り来るフーアの群れの眼前へ。
「大丈夫だっ、こいつは俺がやるから雑魚を抑えててくれ……!」
「言ったなぃ!」
「骨なんか拾わせるんじゃないぞ!」
そんなやり取りだけで、姉貴分も親分ももう振り向くことはなく。ハルトが『灰なる人狼』へ挑みかかったのと同時、二人とも路ごと潰す調子でフーアたちを倒しはじめた。
(とはいえキツいな……! 今のインチキみたいな魔弾は……くそっ、この焼けるような痛みは……!)
ハルトが目を遣った左肩は、『灰なる人狼』が初手で狙ってきていた箇所だった。魔弾に貫かれた時にプロテクターごと破かれ……、
赤々と爛れていたのだ。
ーー 状態変化 『火傷』? ーー
ーー エラー ーー
ーー 《ステータス》 エラー ーー
痛み、悔しさ、苛立ち。歯噛みしながら、今さらながらにハルトは『灰なる人狼』の真の脅威を悟っていた。
ーー 警告! 警告! ーー
ーー チートを検出! ーー
ーー チートスキル 《絶対状態異常》 ーー
ーー 状態異常抵抗力 無効 ーー
ーー バフ 無視
ーー 回避 不能 ーー
ーー チート! チート! チート! ーー
そうだ。『白式』の魔人たちは、一人一人が『救えざるもの』の使い手なれば。
「ああそうだったな! おまえはまだっ、チートを見せちゃいなかった……!」
『ーーーー
ーーーー!』
殴りつけるように刃を打ち合った。
途端。『灰なる人狼』が狙っていただろうハルトの右頬へ……、今度は『土』の腐敗を纏っていた剣から滅茶苦茶な弾道で魔弾が引っ掻いた。
「こ、のっ……!」
無数の礫を捩じ込まれるように乾いた痛み。『灰なる人狼』の翻した刀身に、……岩肌よりも荒れて石化していく横っ面が映った。
(石化……!?)
ーー 状態変化 『石化』? ーー
ーー エラー ーー
ーー 《ステータス》 エラー ーー
(まずい……! 左腕がもう動かない、それに、視界が……!)
袖の向こうで爛れた火傷が手先まで燃え広がりゆくのを感じる。それに、荒れた石化が目元までひび割れていくのも……、
コッポンッッ!
「は」
「ーーーー
ーーーー」
……突如打ち上がったソレは、たとえば、水面に押し込んだゴム玉がツルリと弾んだ響きに似ていただろうか。
「ぁぅっ……」
花壇の水面から、白魔法師な乙女が打ち上げられたのだから。
「ハッ……!?」
ハルトは。奥の手として取っていたのだが『火』の魔弾を水面へ発射……水蒸気の煙幕を爆ぜさせて『灰なる人狼』を眩ませるやいなや、地を蹴った。
「どこにいたっっ……んッッ、いっだぁぁぁぁ!?」
「ハッ」
キャッチ。イエをお姫様だっこで受け止めたはいいものの、爪まで爛れの広がった左腕に激痛が走った。
その悲鳴は、彼女の眼差しをハルトの手へ目元へと瞬時に走らせた。
「《ランウォータリング》っ、《ガリョウリング》っ、《ヒーリング》《リフレッシング》……!」
火傷治しの洗流魔法を左腕へ、石化治しの点睛魔法を右頬へ、そして回復魔法と休息魔法が傷とスタミナを癒した。
「こんにちはハルトさん。もう大丈夫ですよ」
「…………」
今までの焦燥が嘘のように、あっという間の完全治療だった。
腕の中から跳び下りたイエが即座に飴ちゃんを頬張った一方、ハルトは数瞬だけだが呆気に取られてしまっていた。
そして。自然と笑っていた。
「……やっぱおまえがいないとダメだな! 俺!」
「はい。私もです」
「こういう時こそボケてくれよ……な!」
「ーーーー
ーーーーっ!」
水蒸気煙幕から飛び出した『灰なる人狼』が、当たりもしない遠距離から『水』の腐敗付きの三連撃を振るった。
それだけで、イエを背に庇ったハルトの体中にやはり魔弾が命中。
「ズルっけぇ……!」
膿んだ『毒』が、フジツボがごとく皮下に腫れ上がっていった。
ーー 状態変化 『毒』? ーー
ーー エラー ーー
ーー 《ステータス》 エラー ーー
「ハルトさん……!」
「大丈夫っ……でもない、がっ、おまえが動けなくなるよりずっといい……! こいつとやり合うにはおまえが必要なんだ!」
「ぽっ……。です」
「今はボケなくていいんだよ! な、治してくれ!」
「《デトキシング》、《ヒーリング》っ」
「おーいおまえたち! 事情はよくわからないが合流できたなら早くなんとかしてくれ!」
「むむっ、無闇なイチャつきを感じるぜぃ! うなじの辺りがもにょっとするのだわ!」
「うるさいぞ! 今やってるっ……今からやってやるよ!」
そうとも。ハルトは、『灰なる人狼』を睨むイエと視線を交わした。
「なるほど、病のチートなのですか。……白魔法師として許せないですね、はい」
「ああ! 俺も、こんな人狼野郎は許せないっ……俺としてな!」
そして。ハルトは、二丁剣銃を天高く放り投げた。
「いくぞイエ! ぶっつけ本番!」
「はいっ……ぶつけます、ルーデリカお母さん……!」
切り札ならあった。まさにこんなこともあろうかと、家族たちから捩じ込まれた出来立てホヤホヤの一枚が。
「《必生/じぇねりっくうぇぽん》!!」
イエが両の袖を広げるとともに、
『光』のエーテルを具現化させた無数の武器が、『闇』の手袋を纏った乙女の背で十字に展開された。
「どうぞ!」
「おう!」
そのうちの一つが無造作に引っ掴まれ……螺旋状の『闇』にコーティングされるとハルトへ託された。
魔力製であることを除けば、何の変哲もない鎖鎌が。
「《ウェポンマスタリー》!」
ーー シークレットモード 解除 ーー
ーー レベル018 ウェポンテイカー ハルト ーー
ーー チートスキル 《ウェポンマスタリー》 ーー
ーー チート! チート! チート! ーー
ハルトの胸から腕へ迸った、陽光がごとき輝き。
チートの力を宿してしまった異常存在としての、しかし、そばに寄り添う誰かの為に『できる』ことを為す輝き。
「っっっっらぁッッ!」
「ーーーー
ーーーー!?」
後端の分銅で『灰なる人狼』の足首を掬い、
一瞬浮かび上がったところで次は手首、
そして首、
地に足着けさせず回しに回し、
回すごとに切りに切り、
最後に鎌で刺突、
からの投げ飛ばし。
ーー 鎖鎌術 レベル3(神級) ーー
それはまさに神業。
ハルトが宿す《ウェポンマスタリー》は、どんな武器でも最上の振るいかたが身に付くチートスキルだ。
弱点は、ハルト自身の実力がまだまだ伴わないために武器を一撃で壊してしまうこと。
案の定、鎖鎌は砕け散った。
「次!」
「お願いします!」
だからこそ、そう、イエが次の得物を……触れるに任せてピックアップした次の武器を……ハンマーを掴み取った。
「いちっ、にのっ、さんっ……もひとつっっ!」
「ーーーー
ーーーー……!」
ハンマーを打ち下ろした反動で自分がコマ仕掛けとなり回転とバウンド。弾む疾走の連続で『灰なる人狼』を惑わせ、肉薄してからのアッパースイング……は避けられたが、壊れかけの柄だけをぶっこ抜くと棒術として乱れ打った。
ーー 鎚術 レベル3(神級) ーー
ーー 棒術 レベル3(神級) ーー
「ちょっとだけ速いです……!」
「わるい! 離れすぎたな!」
「ーーーー
ーーーー!」
跳び退き、駆け寄ってきたイエと合流。三度渡された大剣を蹴り上げ、その勢いを殺さず腕のスナップで翻し続け、飛びかかってきた『灰なる人狼』の連撃をいなした。
ーー 大剣術 レベル3(神級) ーー
ーー 状態変化 『麻痺』? ーー
ーー エラー ーー
ーー 《ステータス》 エラー ーー
「《アキュパンクチャリング》、《ヒーリング》……!」
「麻痺か……っ、あっぶな!」
やはり魔弾は命中してしまい、腰から脚に広がった『風』の腐敗が枝状のカビとなって傷口から乱立……、その『麻痺』から危うく膝を付きそうになったが。
「いくぞ!」「いきます!」
痛いし、辛いし、恐ろしかったが。互いの鼓動に耳鳴りを起こしてしまいそうな至近距離で、ハルトとイエは形ある意志を繋げ合えたのだ。
……魔法でも技でも、普通、エーテルから形を得たモノは発動者しか振るえない。特に『具現』と『時間』を司る光属性を用いたとしても。
ただし。
『重力』と『次元』を司る闇属性を併せれば、他者へ渡せるほどの固着化だって可能だ。
だから。
これは相反しあう『光』と『闇』を全力全開のオドエーテル(意志)で制御する、まったくもってイエらしい無茶な必殺技だった。
ジェネリックウェポン(ただの武器)と乙女が嘯いたそれを、青年の手で必ず生かしてみせる合体技だった。
(1話につき4部分構成の短編連作です)
(毎週月曜日、18時頃に更新中です)
(1話完結の翌週……つまり5週間に1回、次話の準備期間として更新にお休みを頂きます。よろしくお願いいたします)




