Karte.18-2「だから。呪われたまえ」
【ハルト】……ベルアーデ帝国騎士団第七隊所属、双剣銃を手にイエへ寄り添う青年騎士。18歳。
【イエ】……極東ニフ国の乙女で、大体いつもレベル1なのにチートのような守護精霊の力を使える白魔法師。16歳。
【マリー】……ドワーフのミニマムレディ、妖精機シュネーヴィを操る魔導技師にして第七隊のメイドさん。19歳。
【シェリス】……第七隊隊長、魔法剣ならぬ魔法シャベルを振り回すハーフエルフの残念系王女。20歳。
【アリステラ】……イエを守護する旧き『星』の意志であり、自称『勇者』。自称17歳。
◯
「おどりゃああああ!」
「アホたりゃぁぁぁぁ!」
シュネーヴィ百烈パンチ。……それとほとんど効果は無かったがルーデリカの百烈キックが連なれば、激流の果てに詰まっていた松の流木たちはやっと崩せた。
谷間の景色から打って変わり、イカダは拓けた晴天の下へと飛び出した。
「あ……えと、えっと……オカメインコ」
「合わせなくていいのよおイエちゃん」
「それ言うならおかちめんこやし」
「おかめちん……」
「「ストップ!」」
もうシュネーヴィに舵を切ってもらう必要も無く、何もせずとも緩やかに穏やかに減速していって。
「湖です。何も無いです。……誰もいないです……」
そこは見える限りの空をそのまま鏡写しにした、ただただ広大な真円形の湖だった。
イエは必死に探したが、山岳へと続く外周まで見てもハルトたちの姿は無かった……。
「おらへんかぁ。……まさかこの下ちゃうよな?」
ルーデリカが見つめたのは湖の下。キラキラとちらつく陽光の照り返しを鬱陶しそうに、その向こうを覗き込んで……、
「あかんあかん縁起でもあらへん。なにがエデン・グラーフやっちゅうねん、けったくそ悪い」
湖の底には、街があったのだ。
無数の魔導機構に満ち、ただし一般的な金属製ではなく主に木材でハードウェアを拵えた……ハイテクなのにどこか牧歌的な街だ。
徹底的に役割を分けた区画ごとに理路整然とした街造りの意志が覗く、なるほど『エデン(楽園)』の名に遠くはない箱庭だった。
「すごおいっ……魔導の街! インフラ整備に特化させちょったみたいじゃね、ほんじゃがあなして鉄とかじゃのうて今どき木組みばっかし……」
「徹底した『自給自足』を目指した街やったかんね、再利用してってもいつか回らんようなる金属素材は使わんとったみたいや。ほら、もう跡形ぐらいしか残ってへんけど松の植林地がぎょーさんあるやろ」
たしかにルーデリカが指差した先で、ほとんど幹だけになりながらもまだ植わったままの木々が……さながら墓碑がごとく並んでいた。
「イーちゃん、水中で呼吸できる魔法とかアイテムあるやろか? こんなことなるんならはよ水着狩り行っとくんやったわ」
「潜水魔法なら、はい、ありますけど……潜るのですか?」
「このまま浮いててもしかたないですもんねえおば様。こがーこともあろうかとわしも今年初陸揚げの水着を奮発して……ってあちゃあっ、これ去年のじゃなーね間違えたあ!」
声ならざる詠唱を記述しはじめたイエと、ストレッチしはじめたルーデリカと、シュネーヴィの腹の中から海藻のようになった布地の塊を出したマリーと。
ーーゴボンッッッッ、
「「「ぷあ」」」
と、バラバラにワチャワチャしていた三人だったが揃って変な声が出た。
何の前触れも無く、湖からソレが飛び出してきたからだ。
音も無く舞い上がってきた水泡が、水面に出でて散る直前にこそ鳴るように……、
そう、いかにも、直径10数メートルの水泡が飛び出してきたのだから。
ーーゴボボ、ボ、ボァ……
「フ、フーア!? 水妖じゃあ……!」
三人を見下ろし空中浮遊する、巨大水泡だ……!
「水妖……水辺で亡くなった方の思念が、『水』のエーテルで形を得た魔物……ですよね。これがお父さんの言っていた亡霊……?」
「わからんけどハズレやないやろね!」
ルーデリカは颯爽と、エプロンの裏地へ手を滑らせて。
『ーーおお、あんたたち! ようこそエデン・グラーフへ!』
「ほ? なんやぁ?」
しかし巨大水泡フーアは、襲いかかってきたのではなかった。
その表面に映像が映し出されたのだ。
水没なんてまったくしていない街で、朗らかな労働者がとあるパーティへ挨拶していた。
街の中心部から、谷底の松林へ続く道のほうを見下ろしている映像で……誰かの視界に望遠でもかけたように滲んでいる。
『グラバロン様のお客さんだね! 今朝の朝礼放送で聞いてる聞いてる、そこの大通りをまっすぐ行けば館に着くよ!』
『……そうか』
タウンマップの看板へ作業しはじめた労働者に対して、ぶっきらぼうに答えたのは齢14、5ほどのパーティリーダーだ。
フルアーマーと見紛うほど重厚なプロテクターを装備し、他者を射殺せそうなほどに目付きの荒んだ……銀髪の青年だ。
「ぃゃぁ。あん時のスーちゃんやないの」
「えっ? ……あ、本当です、よく見たらお父さんです」
「お若あいっ。ほんじゃあ他の子らは……」
そう、帝王……ならぬ王子スツルク青年のそばには、三人の仲間たちがいた。
『なぁオッチャンオッチャン、歓迎はありがたいんやけどそのグラバロン様からうちらんこと聞いてないんかぁ? 自分で言うのもなんやけどうちらは……』
『よしなよルーデリカ、きみはいつもいつもおしゃべりが過ぎるんだって。なんでもないよおじさん、気にしないでくれたまえ~』
『……口は災いのもと、ですね。はい、私たちは無口で人畜無害な旅の観光パーティなのです……』
エルフの機動衣装としては一般的なビスチェとスカートの装いに、やはり薬師風のガーデニングエプロンとドレスグローブをつけた縦ロール少女、
寸胴鍋に手足が生えたような機工丸出しの強化外骨格に乗り込んだ、メイドなカラーリングのドワーフ少女、
コルセット付きのありふれた黒いワンピースに同じ色調のローブを羽織り、長すぎるような亜麻色の前髪で目元の隠れたマジックユーザー風少女。
「そそ。追っ手にやられとった王子様を助けた流しの超絶美少女薬師ことうちやろ、後からしゃしゃり出てきよったくせに侍女ヅラして人の恋路を邪魔しくさったマーやんやろ、……それに……旅の途中で仲間になった呪術師のアイちゃん」
「うわあ……どう見てもお母ちゃんだあ。寸胴鍋に乗っちょる以外は今とまったく変わらんて……それはそれでなんじゃあ複雑……」
「……?」
懐かしむ様子で見上げたルーデリカは、ただし、どこか強張った眼差しをも向けているようにイエには見えた。
それは。街の中心部へ歩きだしたスツルクたちの先々で、一見すると笑顔だった住民たちが……、
王子一行が通過していくと、彼らに気づかれないように警戒の色を強めていったからだろうか。
たとえば畑で夏野菜の収穫準備を詰めつつあるご婦人たち……、
「ほらお義母さん、無理なさらないで早く家に入って」「いやあ今日は悪い日ね、ほらあんなにズケズケと」「ふふ、領主様ならあんなの相手にもならないわよ」
……背に潜めていた武器代わりの農具をキツく握りしめる姿。
たとえば道端でカラフルなチョークを手に、ホップスコッチや落書きに遊ぶ子供たち……、
「けん、けん、うぱぁっ!?」「なんだよその掛け声、変なの~!」「ほ、ほらほら! 見て見てノーブレスだぞっ、怖いよ~!」「あたちのお父ちゃんのほうがつおいもん! もん~……!」
……四人組の人相書を踏みつけたり落書きして遊んでいたが、本物の彼らを見て逃げていった姿。
『こんなん罠やでスーちゃん。なにがエデン・グラーフやっちゅうねん、けったくそ悪い』
『襲われないかぎりは噛みつくんじゃないぞルルさん。……亡者と言葉を交わせば引き込まれるだけだ』
王子は、街の中心部で螺旋状の坂道とともに盛られた高台を見据えていた。
とめどなく、滴るような静寂だけが湧き出ている領主の館を……。
ーーゴボボボッ……
「って、なんやねんええところで!」
そこで映像は潰れた。
一つの巨大水泡だったフーアが、溺れるような音を立てながら……大小無数の水泡の集合体へと姿を変えたからだ。
ーーガ、ボ、ボァッ
直後、水泡の連なりからなる鞭がいくつも生えた。
「っっ! マリちゃんダッシュッッ、ッ、だっしゃあぁ!?」
「あわ、わ……!?」「ひゃあ!?」
『ガガッ!?』
油断大敵。三人が構え直すより早く、シュネーヴィがイカダを急発進させたのと同時、振り下ろされた水泡鞭が船体の端を打った。
すると。そこは水ぶくれを起こすようにふやけ、原型を留めないまでに崩れてしまったのだった。
「けっきょくヤル気なんかいっ、ドアホゥッ……!」
「ズィ、ズィーヴェンツヴェルク(七妖精):ファーズツヴァイ(Phase2)!」
『プシュァ!』
跳び上がったイカダ。宙へ跳ね上げられたマリーはメイドカチューシャをずり下し、フリルもろとも変形したソレをバイザーとして目に掛けた。
瞬間、シュネーヴィはフェアリーが搭乗した7つのパーツとして飛び交った。
ーー ……ドック ーー
ーー グランピーッ! ーー
ーー ハッピ~ ーー
ーー スリーピー…… ーー
ーー バ、バッシュフル ーー
ーー スニージー、っ、くしゅん! ーー
ーー ドーピー? ーー
「シュピーグライン(鏡よ)!」
『シュピーグライン(鏡)!』
変形合体。
「ドッペルゲンガー(合わせ鏡)じゃあ!」
『シュップルルーガガガゥ!』
マリーは纏った。エーテルを噴かすバーニアブーツと、腹部パーツが変形した強化外骨格を。
林檎型小盾ビットたちにより浮遊したシュネーヴィの上半身を、背に伴って。
ーー ロール チェンジ! ーー
ーー ディフェンダー → アタッカー! ーー
それはさながら、自らの二重身を背負うような出で立ちだった。
「ああんもおっ、こがー使い方しとおないがのおおおお!」
マリーはイカダの端へヒップドロップ、からのバーニアブーツを水中へ突っ込んで、
噴射。
マリーをモーターエンジンとして、イカダは激流に乗るよりも豪快に爆走しはじめた。
ーーグブッッ
『パリィ!』
ーー アーム(武装) ザーグシルト ーー
ーー パリィ レベル2(達人級) ーー
水上を掻き込む調子で迫り来た水泡鞭を、シュネーヴィが両腕に展開した棺型タワーシールドでパリィ(いなし)。
付着した水泡だけでもかすかに水ぶくれが起こりはじめていたが、盾同士で即座に擦り落とした。
「『鎮静/シズメシズマレ』……!」
そんな大盾の下を掻い潜り、前へと飛び出したイエは袖の中から短冊形の紙を突き出した。
筆書きによって、ニフ独自の亜流X言語……『言霊』が記された『御札』を。
すると。御札を散らして『水』のエーテルが飛び出し、巨大な手へと形を具現化させながらフーアへ向かった。
ーーガボッ、ブ、ブクブクブク……?
……フーアをよしよしと撫でると、ただそれだけで『水』のエーテルが伝播し、明らかに動きを鈍らせた。
ーー 『死霊』系 特効 ーー
ーー 全ステータス ダウン! ーー
ーー 状態変化 『沈黙』 ーー
ーー 状態変化 『麻痺』 ーー
ーー 状態変化 『鈍足』 ーー
「イエちゃん!? なんならあそんチカラ!?」
「実家にいた頃の習い事です……! できれば使いたくないですけど、これも私に『できる』ことなら……っ」
ーー 巫術 レベル1(職人級) ーー
袖の中からさらに大量の御札を抜き出し、緊迫感に力みながら握った。そのせいで何枚かグシャグシャになってしまったが、大して惜しむこともなかった。
「ほんならうちも、子供らにええとこ見せんとなぁ……!」
そしてルーデリカは、今度こそエプロンの裏から得物たちをバラバラと解き放った。
ナイフサイズの円匙、つまり、
ーー レベル3 アンコモン・スコップ ーー
シャベル……ならぬ大量のスコップを。
「ツカブロト・パイチャ(飴鞭)!」
湖へ落ちていくばかりのそれらを一つ、引っ掴めば。
彼女の手を介して無色のエーテルが満ち、全てのスコップを一繋ぎに留めた。
「エルフの『念動』ならっ、高枝切りもお茶の子さいさいや!」
優れたエーテル感応器官である長耳をもつエルフの特技、フォーマット化された魔法ならぬ無銘の『念動』。
それにより連結されたスコップたちのカタチは、いわゆる、
蛇腹剣。
小さな刃の多節を有する鞭状の剣……、強度や力学や殺傷力やメンテナンスやその他諸々の観点から「実用性皆無」と揶揄されがちで、機工あるいは魔導技術で補完したとて使い手の著しい技量が求められるロマン武器。
そんなモノが、園芸道具と念動力のコラボレーションによっていとも簡単に完成されていた。
「でゃらぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
斬撃が、文字通り巻き起こった。
ーーガボボァッ……!
複数箇所を同時に、連続に、一点のズレも無く斬れば斬るほど深々と。フーアの水泡鞭たちを細切れにしたのだ。
「ほふふふふふふふふぅ! うち、アタッカー寄りでもヒーラーなんやけどなぁ!」
「戦えるヒーラーさん……! りすぺくと、ですお母さん……!」
「おば様ったら……! げにい(ホント)はアタッカー寄りでバシバシ暴れたいんじゃろ!」
ーー レベル31 薬師 ルーデリカ・ルル・ベルアーデ ーー
形を失った水泡鞭たちが湖へ落ちていった。目をキラキラさせて高笑いをぶち上げたルーデリカに対し、本体まで相当傷ついたフーアは震えていた。
ーーグブ、ブ、ブブッ……!
ただし。すぐに傷は癒えていくと新しい水泡鞭たちが生えていったのだが、その代わりにフーアの大きさがいくばくか小さくなった。
「よっしゃ了解、そういうパターンやな! 気張るであんたらっっ……耐水ポーション『ハスハス9号』!」
腰に帯びたポーションホルダーから抜き出して、小瓶のコルクを爪弾けば。噴霧状に土属性の薬液が撒かれ、イエたちのみならずイカダをもコーティングした。
ーーゴ、ッ……ガ……
『ーー……ようこそ、我らが終の楽園へ』
「……? またです……?」
と。大小無数の水泡が再び一つになり、フーアは水泡鞭を振るいながらもまた映像を流しはじめたのだ。
それはパノラマガラスからの陽光が眩しい執務室で、しわがれた男声が……車椅子に乗っているらしい誰かが……四人組のパーティを迎えている光景だった……。
◯
『 こちらです。 どうぞ。 お入りください。 』
『 マスター。 が。 いらっしゃいます。 』
そこは人気のまったく無い館だった。
なにしろハルトたちに応対したのは、下半身が車輪付きのモップのようになったメカ美女たちだったのだから。
両耳の代わりに備わったパイプからエーテルスチームを噴き続け、自律性があるのを見るに妖精機のようだ。
「妖精婦の初期型モデルじゃねぃの。マキシマのジジイにメーカーごと差し押さえられたってマリーが言ってたはずなのだわ? それも何十年も前に」
「もう薄々わかってるんだろうシェリス。ハルトくんも。ここがどういう場所なのか」
「……少なくとも、この水の出処はここからみたいだな」
はぐらかしたようになってしまったが、その発見はスツルクの問いと同じ意味を持つのだろう。
妖精機たちに案内されたのは最上階の最奥……、
傷口からしみ出るように水が溢れ続ける、大扉の前だった。
「んじゃさっそく、邪魔すんぜぃぃ!」
「ちょっ!」
「さすが俺の子だよ」
シェリスがドアノブを捻るとともに前蹴り。ハルトとスツルクが咄嗟に飛び退いたのは正解で、開かれた大扉の向こうから身の丈以上も高い水流が流れ出てきた。
それは案内の妖精機たちを押し流して……、
「《ヴォーデン・ダス・クローネ》(崩れぬ土冠)っと……ほはははは、水着大会はまた今度なのだわ」
ーー 《イークイップ》 ーー
ーー レベル44 金剛円匙シャーフェス・エス・エスツェット ーー
すでに長柄シャベルを次元の狭間から引き出し、『土』の魔力を付与したソレで水流を切り抜けていたシェリスが……父へ目を向けると道を譲って。
「ーー……ようこそ、我らが終の楽園へ」
「…………」
執務室からの声へ、帝王が真っ向から踏み込んでいった。
双剣銃とシャベルを手にハルトとシェリスが続いた。
パノラマガラスからの陽光が眩しい執務室で、一人の男が街を見下ろしていたのだ。
「……お招きに預かる。グラバロン・ツェッペリン子爵」
「ほう、あの時とは違って謝辞の一つも述べられるようになったのだな」
車椅子に座った壮年の男性。
流れる水の源である古びた木組みに乗った、痩せぎすの領主だ。
「ああ……貴族なんてもんじゃなくても君主たるもの、禍根はどうあれ最初の一言ぐらいは礼を払うべきだとな。……べきだったと、あんたのその青白い顔から学んだんだ」
執務机と、数脚のスツールがある以外には何も無い室内。水に浮いていたスツールを掴み取ると、スツルクは領主グラバロンから距離を置いてどっかりと腰を下ろした。
「そうとも、あんたはもう記憶の中だけの呪いだ……あの住民たちも、この街も。俺たちが殺した亡霊なんだよ、また落ち延びていたなんて言わせはしない」
ハルトは息詰まり、帝王の背中を見つめた。
シェリスは小さな息だけをこぼし、父の背中越しにシャベルを構えた。
が。そのどちらも、他でもないスツルクが挙げた古傷だらけの手によって制された。
「ははは、いかにも僕たちは亡霊だ。『魂』なんて名のついたエーテルの残りカスにすぎない」
対して頬杖を付いてみせたグラバロンは、スツルクしか見えていないかのように、落ち窪んだ眼差しを向けていて。
「だがそんなことは重要ではないのだ。僕はこの楽園の領主グラバロン・ツェッペリンであり、形を失ったとてエデン・グラーフが楽園だったという事実は未来永劫に……」
「ああそうかよ。で、何の用だカス野郎、聞くだけ聞いたら今度こそこの手で殺してやる」
……見る間に獣の目へと荒んでいくスツルクへ、亡霊は懐かしむ嘲笑しか返さないのだ。
「用、か。……そうとも、亡霊らしく恨み言の一つでも言ってやりたかったのだ。だから呼び込んだ……そんな答えでは不満か?」
「…………」
何の感傷も無さげに黙してしまったスツルクの一方、ついにハルトは一歩踏み込まずにはいられなかった。
「おいあんた……冗談言いに呼んだだけならもう帰らせてもらうぞ、こっちは人を待たせてるんだ」
「おうよ! ただでさえ親のゲリラ旅行に付き合わされてんでぃ、オッサンのカビ臭ぃギャグなんざ聞いてられんのだわ」
「……おまえたちな。血の気が多いのは悪いことじゃないが……」
シェリスともども帝王の斜め前に立って、グラバロンはようやっと二人の存在をチラと認めた様子だった。
「あれから二十年以上か。なあベルアーデ、青二才だった貴様も人の親になるはずだな」
それは、ハルトやシェリスがかの亡霊を見る眼差しと似ていただろうか。
『今』に在る者が実像の霞んだ『過去』を見るように。言うなればその逆……『今』に在る者が実像の霞んだ『未来』を見るように。
「だから今こそ問おう。この復讐……いや、あの時の復讐をどう思う?」
グラバロンが手のひらを上向ければ、そこに水泡が現れ、子供ぐらいなら収まりそうな大きさまでに膨れ上がった。
『ーー知れたことだ』
その表面に映像が映し出されたのだ。
この執務室で、グラバロンが三人組のパーティを迎えている光景だった。
ぶっきらぼうに答えていたのは齢14、5ほどのパーティリーダー。他者を射殺せそうなほどに目付きの荒んだ……銀髪の青年だ。
(っ……親父さん? あとの二人は、女将さんと、マリーの母さん……マーリアさんか)
エルフの縦ロール少女と、寸胴鍋のような外骨格に乗り込んだドワーフ少女。ルーデリカはちょうどシェリスがいる位置で何か言いたげに唇を噛んでいて、マーリアは一歩後ろに引いて静観していた。
そして青年スツルクは、グラバロンへ言葉を続けるのだ。
『俺の家族を殺した貴様たちだって、せせら笑った者、罪悪感に苛まれた者、一人として同じ人間はいなかっただろう……他人を殺してまで為したいことに、その意志に是非などあるのか? そんな問いに意味はない』
室内中央に置かれていたスツールを蹴り除け、湿った笑みの領主を指差す。
『貴様たちが祖先の仇を討ったように、俺は家族の仇を討つ。……敢えて答えてやるのなら……自分が人でなくなっていくようなこの恐怖が、いつか復讐を終えてもなお付きまとうんだとしてもな』
「……親父さん」
ハルトは映像の中の青年よりむしろ、スツールに腰掛けている帝王を見た。
……黙したままのスツルクは過去の彼自身といよいよ同じ眼光を尖らせていて、しかし、青年とは違ってその眼差しは揺れているようだった。
『ダメ元で言うのだが……見逃してはくれないか?』
『なんやてっ? いけしゃあしゃあと……!』
と。グラバロンが興味無さそうに首を傾げれば、ルーデリカが唸った。
対して領主はあくまでも平然と、パーティの皆を見渡す。
『僕たちは誰も殺していない。この隠し街を完全自給自足の楽園とするために資金が必要でな、他の貴賊連中に財宝が行き渡るように大臣どもと通じていただけだ。おかげでうまく掠め取れた』
……ルーデリカは開いた口が塞がらない様子だった。
『約束する。今後どうなろうとも貴様たちとは敵対しないし、必要なら……余った財宝……闇市場のコネ……大臣どもの家族の居場所……なんでも提供しようじゃないか』
……ハルトだって、鈍くこみ上げてくる嫌悪感に眉をひそめていた。
『なんだ、とどのつまり命乞い?』
むしろ。冷静な表情に見えて煮えたぎるような何かを秘めていたのは、黙していたメイド少女のほうだったろうか。
『そのパターンは嫌なんだよね。怒り狂って殺しにかかってくるほうが話も早いんだけど、どうする殿下?』
『ダメだ』「……ああ、許せはしない」
『うん。同感』
青年に連なり、過去の亡霊に答えた声は今ここにいるスツルクだ。
『そう、か』
グラバロンの諦めた笑みとともに、水泡は徐々に収縮しはじめた。
『スーちゃん……』
ルーデリカはどこへ向き直るべきか迷っているようだったが、すでにスツルクもマーリアもグラバロンへ構えていた。青年は徒手空拳のままで、メイド……いや侍女は長尺のライフル銃を抜き出して。
……やがてルーデリカもエプロンの裏から大量のスコップを散らばらせ、『念動』で成した一繋ぎの蛇腹剣を持った。
『自分で言うのも情けないが、僕は強くはないぞ』
それらを見届けてから、グラバロンは車椅子からたどたどしく立ち上がりだした。
席の下に隠されていた鞭を手に取り……、
『……………………』
その時。車椅子から一歩離れたグラバロンの影の中から、亜麻色の髪の少女が滲み出てきて。
(っっ……!?)
ハルトが目を疑った時には、しかし、その姿を見つめることはもうできなかった。
彼女が小杖から……仕込み杖からナイフを抜ききり、グラバロンの背に突き刺した途端、水泡は潰えてしまったからだ。
「もういいハルトくん、これ以上付き合う義理は無い」
「……っ?」
肩を強めに叩かれた。
「十分だ。俺が終わらせる、それからみんなを見つけて家に帰ろう」
見ればスツルクが、スツールを手に立ち上がっていた。
「なぁにクサいこと言ってんでぃ親父、あのイワシ野郎より水臭ぃのだわ」
シェリスともども、すでに臨戦態勢だった。
「言っただろう。恨み言の一つでも言ってやりたかったのだと。だから……」
亡霊が、車椅子から立ち上がろうとしていたからだ。
「だから。呪われたまえ」
……いや、
彼はあらん限りに身を乗り出し、帝王を笑っていたのだ。
「あとは、私をここまで引き上げてくれた彼に任せよう」
そして、
「ゴ、ボッッッッ」
獣のごとく変異した車椅子に、亡霊は一息に喰らいつくされた。
そして車椅子だったモノは、瞬く間に、人型へと姿を変えたのだ。
「ーーーー
ーーーー」
四大属性に滲んだ獣毛を纏った、ワーウルフーー人狼ーーがごとき男へ。
「ッッッッ……『灰なる人狼』……! いい加減にしろっ、またおまえかよ!」
『星』の意志の代行者を語る、神代の存在であるはずの『白式』一派。
ハルトたちが対峙すべき4体の魔人たちの1体だ。
「ーーーー
ーーーー」
『灰なる人狼』はハルトたちを凝視したまま跳び退くと、パノラマガラスを突き破って街へ落ちていったのだ。
(1話につき4部分構成の短編連作です)
(毎週月曜日、18時頃に更新中です)
(1話完結の翌週……つまり5週間に1回、次話の準備期間として更新にお休みを頂きます。よろしくお願いいたします)




