Karte.17-4「……だからこそ守り甲斐があるんだろ?」
【ハルト】……ベルアーデ帝国騎士団第七隊所属、双剣銃を手にイエへ寄り添う青年騎士。18歳。
【イエ】……極東ニフ国の乙女で、大体いつもレベル1なのにチートのような守護精霊の力を使える白魔法師。16歳。
【マリー】……ドワーフのミニマムレディ、妖精機シュネーヴィを操る魔導技師にして第七隊のメイドさん。19歳。
【シェリス】……第七隊隊長、魔法剣ならぬ魔法シャベルを振り回すハーフエルフの残念系王女。20歳。
【アリステラ】……イエを守護する旧き『星』の意志であり、自称『勇者』。自称17歳。
○
……昨夜のこと……。
そこは、次元の狭間ならぬ夢の狭間。
アリステラが、睡眠中のハルトたちをおしゃべりに引きずり込むために用いる異空間だ。
黄昏あるいは暁のような闇がどこまでも広がるなかに、舞台セットのように壁の無い小屋が漂泊していた。
「以前、『赤き岩塊』の『無敵』を破ったあの槍……『御旗の槍』の作製法は私の記憶から封じられている。けれども明日の『灰なる人狼』レイドへ、無手のまま臨むわけにはいかないわ」
テーブルセットの下座についた、生き人形ではなく等身大の闇色少女……アリステラの頭上に『闇』のエーテルが現れた。
形を成したそれは、薄い笑み……、
いや、無数に喰い散らされた『薄眼』だった。
アリステラの記憶の深淵を封じる漂泊チート。『星』の意志の代行者を語る『白式』一派が一人、『真白の幽鬼』に喰い散らされた傷だ。
「んでもなぃーネエちゃん、『無敵貫通』持ちのアイテムだの魔法なんて『無敵』より希少なのだわ。ニッチすぎてとんと見つからねぃやぃ」
欠伸を噛み殺したシェリスをはじめとして、第七隊全員が夢想のコーヒータイムに招待されていた。
「『無敵』なんて普通は数秒しかもたないものだから、時間経過で外れるのを待つのがセオリーだもんねえ。『無敵貫通』なーありふれとるんはボードゲームん中だけじゃあて」
最高度な魔法や霊薬でしか付与できず、ごく短時間、あるいはごく少ない回数だけの絶対無効化。ゆえにこそ『無敵』とは切り札にはなりえるが、対処自体は容易とされているのだ。
なにせ一旦離れるか、小石でもぶつけてやれば解除されるような切り札なのだから。
「仕事の合間にそういうのを探してはいるが、やっぱあいつらとの再戦のほうが先に来たか……ままならないな」
「そうでもないわ。覚えているかしら、《ウィッチクラフト》にはあの『白式』たちとも渡り合えるかもしれないアイテムがあること」
「え? あ、ああ……」
レベル99のアイテムをランダム作製できる《ウィッチクラフト》。アリステラのスキルの一つであるソレには、どうやら彼女が探す『大当たり』があるらしくて。
「それも見つかってねんだろぃ。シェリスさんがどてっ腹撃たれても見つかんなかったんだろぃ、覚えてるのだわ聞いてるのだわ忘れてねぃのだわ~」
「わるかったって……あの時はちょっとタイミングが悪かったんだよ。おまえの」
「わるかったって思ってねぃじゃねぃの」
先日、ハルトとイエは《ウィッチクラフト》をぶん回してみたのだが……。アリステラの『記憶の海』から目当てのものをサルベージすることはできなかったのだった。
「はいっ。なのでお姉さんと相談して、新しいスキルを作ってもらい……ました……」
と、挙手をしたイエだったが。言葉を続ける前に、その手がしおれるように下がった。
「……お姉さんが記憶を解放するために取り込んだチートの魔力、その余剰分を使います。だから今なら2回使えます……この前のヨケタロウさんの分と……一子さんの分で」
「……イエ。おまえ」
……あの回避男なら運良く生かされた、が、あの異世界からの転移少女はもはや存在していない。他でもないハルトたちが解放したからだ。
「イエ、集中しなさい。このスキルはあなたの祈りではなく意志こそが要となるのだから」
「もちろんです。わかっています……お姉さん」
「……ごめんね」
と。今だけは同じ目線で在りうる闇色少女は、俯いてしまったイエの手に自身の指を重ねて。
「あなたたちが気に病むことはない。核心となる『答え』は失せても識っているの……私こそが、彼女のように救われない異邦人を幾度となく生んでしまったと」
また頭上に現れた『薄眼』は、彼女を見下ろし続ける茨のようでもあって。
「私は他者の意志あってこその『星』の意志だったから、無理矢理にでも他者の旅路に干渉することを是とはできなかった。今でさえもね。だからこのザマは私の驕りが導いたもの……、だからこそ、私は今度こそあなたたちと同じ目線で『できる』ことをしたい」
『星』の意志であったことを引きずっているのではないか。そう言ってみせたのは精霊の生まれ変わりといえるフェアリーたちを育む者、マリーの祖父だったか。
「……もちろんです。わかっています、お姉さん」
イエは繰り返した。しかしてついさっきと違って、前へ、アリステラへ向いて。
「だから一緒に戦いましょう。だからこそ、この新スキルなのです」
「……そう。ね」
その姿にふさわしく、大人びて静謐ながらも……勝ち気に笑ってみせて。
少女は皆へ人差し指を立ててみせるのだ。
「そのスキルは……ーー」
○
「《ステップアップ》!!」
アリステラが眼窩の前を指先で薙げば。
掲げたその手には、血潮がごとき『闇』でできた眼球があった。
しかしそれはすぐに在り方を変えた。
機械とも肉ともつかない、おどろおどろしいカタチを再現した『闇』へ。
ーー 不明なアーカイブ? ーー
ーー レベル006 チートスキル 《絶対回避》 ーー
ハルトのフェアリーが《ステータス》分析しきれずに困惑していたが、ソレは実存するアイテムでもスキルでもなく、ある男に宿っていたチートの概念そのものなのだから無理もない。
そしてアリステラが一息に握り潰せば、
意志を持つかのような膨大な『闇』のエーテルが、イエとアリステラへ纏われた。
ーー 不明な管理者権限 ーー
ーー 《ステータス》分析 機能追加 ーー
ーー LUC(幸運) 観測可能! ーー
ーー LUC(幸運) 9999999…… アップ! ーー
幸運。フェアリーの《ステータス》でも観測しきないはずの隠しステータスが極限まで高まったのだ。
きっとそれは創造神か聖女くらいにしか実証できない。
『星』の意志にだって、それを確かな力とすることはできない。
だから、
「イエ! 掴み取りなさい、あなたにとっての救いを!」
「はい……っ、《ウィッチクラフト》……!」
ーー レベルダウン! ーー
ーー レベル2 白魔法師 イエ ーー
だからこそ。それを掴み取れるのは、望む救いへと導けるのは、『闇』の中を足掻くような人間性だ。
意志から生じた行動なのだ。
オドエーテル(体内魔力)が乙女から魔女へ、そして返って魔女から乙女へ……、纏われた魔力もろとも苛烈に行き交った。
そして、目前にクラフトされたレベル99アイテムをイエは掴み取った。
それは、一掴みの袋だった。
真白のローブを象った、ムウ修道会のエンブレムが刻まれていて……。
ただしそれは。イエのローブに刺繍されたものとは異なり、逆さまの大樹が意匠の軸となっていて。
ーーレベル99 見疫必殺ヒールゼムオール ーー
「えいっっ……あれ?」
(ん?)
すかさず『灰なる人狼』めがけて投げつけたイエだったが、彼女と同じきょとん顔をハルトも浮かべてしまっていただろう。
「ーーーー
ーーーー?」
『灰なる人狼』の腰までも届かずに落下していったそれは、けれども『風』と『土』色の粉末を噴射することで高々と飛び上がったのだ。
意思を持つかのように戦場全体へ散布されていった輝きは、見慣れた回復魔法の構造式だった。
この場の全員へ……もともと無傷とはいえ『灰なる人狼』へも降り注ぎ、
一斉に回復させたのだ。
「ってこれ前に見たヤツでぃぃ! おいネエちゃんっ、その《ステップアップ》ってのを使やぁ望みどおりのアイテムが出せるんじゃなかったのだわ!?」
「正しくは、この子がいま求める『救い』に応じたアイテムを出しやすくなる……よ! イエっ、今は皆を治療することよりも人狼を倒すことに集中しなさい!」
「ごめんなさい、っ、つい……!」
「だから他のヤツらのことは自己責任だって言っただろ! 悪いことじゃないが……!」
そう、新スキル《ステップアップ》はイエが求めるものを引き寄せる確率操作の業に他ならなかった。
求める『救い』は一つではない、それもまた人間性に他ならないが選択は必要だ。
だから暗示程度でもギルド参加者の自己責任について話しておいたハルトだが、やはり白魔法師としての責任感が先走ってしまうのがイエなのだ。
「一度のミスは想定内……! ただし、泣いても笑っても次が最後のチャンスよ!」
「っ……」
アリステラは再び目前を薙ぎ、2つめにして最後のストックであるチートを再現させた。
それは、落書きでひどく塗り潰された鳥避け風船だった。
ーー レベル150 セキュア・センサード・プププププ ーー
あの『人の島』での戦いで、異形と化した異世界転移者……栗栖 一子の消滅の後に遺された、もはや効果も明かされることはないチートアイテムだ。
「イエちゃん! 倒せない敵を倒したい時はねっ、そいつを倒しうる武器を想像するといいんだよ!」
「お母ちゃんはお口チャックしててっ、ごーいらす(めんどくさい)んじゃけえ!」
「っ、っ、うぬぬにゅにゅ……《ウィッチクラフト》っっ……!」
ーー レベルダウン! ーー
ーー レベル1 白魔法師 イエ ーー
マーリアの銃パリィとマリー&シュネーヴィの大盾パリィが、『土』と『水』との『泥津波』魔弾を粉砕。一方、イエもまたレベル的にも最後となる《ウィッチクラフト》を発動した。
すると、イエの目前にフワリと現れたものは……、
途端にアリステラが、頭上に『薄眼』を現しながらも彼女自身の眼を見開かせたソレは……、
「あった……! イエっ、それをマリーに!」
「マリーさんに……!」
「ええ!? わしい!?」
ーー レベル99 マギーシュトラール ーー
岩塊のような、機械質のとんがり帽子だった。
ズッシリと掴み取ったイエがハンマー投げよろしく必死に投げたことからも、それは服飾というよりは防具に近く重厚だった。
だから、けして剛力ではないミニマムメイドのマリーには受け止めきれないと見えて。
「シュネーヴィ……!」
『プシュルゥゥッ!』
受け止めたのは彼女の分身シュネーヴィ、彼女の在り方を映した鋼のメイドだ。
「被るの?」
「っぬ……」
と。長ライフルを翻した母が一歩前から振り向いてきたのと、とんがり帽子から発せられた『火』と『土』のエーテルがマリーに宿ったのは、どちらが先だっただろうか。
「違うわシュネーヴィ……! じゃがのっ、そんでええんじゃあ!」
『ガガッガ!』
ホワイトブリムが輝くヘッドギアへとんがり帽子を重ね合わせようとして……しかし、シュネーヴィはそうしなかった。
『イークイップ!!』
高々と放り上げるやいなや、すぐさま落下してきたそれを左拳に接続したのだ。
さながらそれは、槍か。
いや、高速回転しはじめたそれはドリルか……!
「ドリル!? なんでそんな使い方がわかって……、っ、イエの『執刀』みたいな専用装備か!?」
「うん! わしっ、やれるっ、気がすんよ……!」
「ーーーー
ーーーー……!」
「ほはははっ、やっこさんもヤル気だぜぃマリー!」
今まで棒立ちだった『灰なる人狼』が、やにわに駆け出した。
もとよりかなり近くまで接近していたため、かの者と第七隊との距離は瞬く間に縮まっていった。
対してマリーとシュネーヴィは、すでにマーリアを追い抜くとともに構えていた。
右腕の大盾を突き出しながら、左拳のドリルを引き絞っていた。
そして、
「ーーーー
ーーーー!」
対して、地を蹴り抜くほどに飛び込んできた『灰なる人狼』が、四大属性の剣銃全てに魔力をチャージしながら手刀を突き出して。
とあるモードのシュネーヴィなら魔法攻撃だって完全カットで返せるが。今のカノジョはあくまでも機動戦を想定した基本モードであり、大盾ザーグシルトも物理盾で……、
それでもマリーの意志とリンクし、シュネーヴィは『灰なる人狼』の手刀に対して大盾を引くことはなく。
そう。ついに手刀が射程距離に届くまで、距離補正のためにその腕を下ろすことはなく。
「っっ……マギーッッッッ!」
『プシュガッッッッ』
「ーーーー
ーーーー……!?」
大盾と入れ替わりに繰り出したものは、いわば、ドリル正拳突き。
『灰なる人狼』だって手刀と同時に四大属性のどストレートな魔弾を放っていたのだが、エーテルスチームを噴き出したドリルの回転に散らされていて。
しかも、それはあくまでも対象を止めるためのノックバックにすぎなかった。
ドリルは、開いた。
槍でも、ましてやドリルでもなく、
砲だった。
「シュトラァァァァァァァァル!!」
その名をマギーシュトラール(魔導砲)。
臨界点以上に圧縮したエーテルスチームをぶっぱなす、いわば魔力の空砲。
パリィ……ならぬ銃パリィ……超えて、砲パリィ。
ただし、いなしそのものが破壊光線として対象を打ち返すのだ。
「ーーーー
ーーーー!?」
『灰なる人狼』は踏ん張りきることもできずにぶっ飛んでいった。
ーー アーム(武装) マギーシュトラール ーー
ーー 『無敵貫通』 ーー
ーー 『無敵』 無効化 ーー
そう、四大属性色に滲んだ獣毛を確かに散らしながら……無敵を失って傷つきながら。
廃材玉座に激突し、砕き、獣毛の奥で露わになりかけた姿を瓦礫から剥がれたボロ布にくるみながら。
そしてそのまま、屋上広場の淵から空へ……、
ーー 《ファストトラベル》 ーー
「ーーーー
ーーーー」
空へ投げ出される前に、しかし、背後に魔力のゲートが開かれた。
「予想どおりぃ! 止めるぜぃ兄弟ぃぃ!」
「ああ! ここで……!」
「お、お願い! 今のんでオーバーヒートじゃあ……!」
『ガ、ガ、ガ、ガ……ビープ、ビープ』
逃げの一手を卑怯とは言うまい。これもまた想定内だ。大量の『火』のエーテルスチームとともに膝をついてしまったシュネーヴィをすり抜け、ハルトとシェリスは『灰なる人狼』へ飛び込んだ。
「そうだね。逃がしはしない」
「「ぶっっ!?」」
ところが。そんな二人を空砲で突き飛ばして、さらにマーリアが抜け駆けしたのだ。
「ーーーー
ーーーー……ッッ」
《ファストトラベル》のゲートから己の意思で跳ね返り、逃走と見せかけた奇襲に飛び出していた『灰なる人狼』へ。
ひび割れた爪たちが、マーリアの両肩に突き刺さった。
「……ほらね! これくらい見抜かなきゃっ、ちびっこ諸君!」
「お母ちゃん!?」
「《ヒーリング》っ……っ、あ、あれっ?」
呑気なまでに振り向いたマーリアと、シュネーヴィを無茶に奮い立たせて走ったマリーと、とっさに回復魔法を飛ばそうとしたものの傷病観測だけで止まってしまったイエと。
『灰なる人狼』は身を捩り、マーリアもろとも奈落へ飛び出した……!
「シュネーヴィッッ、ズィーヴェンツヴェルク(七妖精):ファーズアイン(Phase1)!」」
『ガガガァ!』
今度こそ。マリーはメイドカチューシャをずり下し、フリルもろとも変形したソレをバイザーとして目に掛けた。
マギーシュトラール砲の霧散を引きずりながら。追って広場の淵より跳べば、追従したシュネーヴィが七つのパーツに分離した。
「無茶だマリー……!」
「っとととぉっ、おまえまで落ちてどうすんでぃ兄弟!」
ーー ……ドック ーー
ーー グランピーッ! ーー
ーー ハッピ~ ーー
ーー スリーピー…… ーー
ーー バ、バッシュフル ーー
ーー スニージー、っ、くしゅん! ーー
ーー ドーピー? ーー
頭、胸、腹、右腕、左腕、右脚、左脚。それぞれがエーテルバーニアで飛び交い、それぞれにフェアリーたちが搭乗していた。
「ファーズ……ツヴァイ(Phase2)!」
落ちてゆきながら、それで終わりではなかった。
七つに分かれた全身での分離攻撃を旨とするフェーズ1は、真には変形合体の準備フェーズだ。
「シュピーグライン(鏡よ)!」
腹、左脚、右脚。メイドメカの下半身だった3つが盾を連ねるがごとく圧縮変形し、マリーに纏われた。
『シュピーグライン(鏡)!』
頭、胸、左腕、右腕。上半身だった4つはシュネーヴィの胸像へと再集合した。
「ドッペルゲンガー(合わせ鏡)、っ、じゃあ……!」
『シュップルルーガガガゥ!』
マリーが纏ったのは、エーテルを噴かすバーニアブーツ。そして腹部パーツが変形した強化外骨格……エクソスケルトン。
背後には、林檎型小盾ビット『アプフェルビッシェン』たちにより浮遊したシュネーヴィを伴って。
ーー ロール チェンジ! ーー
ーー ディフェンダー → アタッカー! ーー
それはさながら、自らの二重身を背負うような出で立ちで。
シュネーヴィが、縦回転なジャイアントスイングにて鋼のラバーメイドを奈落へぶん投げた……。
○
「興味深いね。きみたちのインチキ能力はどこからきているんだろう」
「ーーーー
ーーーー」
墜落の中。『灰なる人狼』ともども風に振り回されながら、マーリアは眉一つ歪めることなく冷静だった。
回る視界の中で、おそらくは上空だろう方角から追いかけてきているのはエーテルスチームか。
ダンジョンにて階層を跨ぐ飛行は逆向きでも愚の骨頂だというのに、なんともはや、不器用な輝きだろうか。
「残念ながら今回はあの子に追い抜かれてしまったけど。わたしはね……きみたちのような優位者を破るモノこそを造りたくてたまらないんだよ」
マーリアは……冴え冴えと目を見開いていた。
「ーーーー
ーーーー!!」
「喋りすぎたね」
対して『灰なる人狼』は。ボロ布の奥の貌に獣の歯を剥き出して、マシーナリーメイドの首筋めがけて振りかぶって。
「ベフライウング・シュティーフムッター(継母はもういらない)!」
「ーーーー
ーーーーッ!?」
機工女中は、メイド服に覆われた強化外骨格から分離した。
両肩を貫かれたとて、そこに通した生身の腕から外れれば血の一滴すら出るはずもなく。
長身だったラバースーツ姿のちみっこドワーフが、逆上がりよろしく噛みつきを避けると長ライフルへしがみついた。
「おどりゃあ。脳ミソぶち飛んでも実験台になってくれるかのう?」
体全体で長ライフルの向きを変え、押し込まれた銃口は『灰なる人狼』の頤へ。
銃身に秘されていたゼンマイを捻るとともにコッキング……撃鉄を起こせば、
トマホークのように湾曲していた銃床に、巨大トリガーが現れて。
「それができんならあ、死にさらせっっ!」
まさに全身全霊。マーリアは我が身を一本の指としてトリガーを引いた。
「キュス・デス・プリンツ(死して美しき口づけを)ッッッッ!!」
そして、銃身そのものを杭としてパイルバンカー。
「ーーーー
ーーーー…………?!」
ボロ布に遮られてはいても。豪快に貫通した銃身が、一瞬遅れた衝撃波で『灰なる人狼』をブッ飛ばしたのだった。
……弛緩しきったカラダが、もう間近に迫っていた死蝋トカゲの背中へ加速していって……。
「ーーーー
ーーーー!!」
震えて。背後にまた開いた《ファストトラベル》のゲートへ、今度こそ呑まれていったのだった。
「……どちらも叶わずかあ。ままならないね」
「言うっちょるっ場合かああああい!」
「わっと」
そして。再びメイド服に乗り込もうとした母は、鋼のメイドと化した娘にかっさらわれたのだった。
直後、
強化外骨格も長ライフルも、死蝋トカゲの背に激突してゴミクズの一部となっていった……。
「あ。……あーあー……わたしの計算では99.97%の確率で無事に着地できたのに、マリー、なんてことをするのさ」
「じゃかあしわああああい! それは無事ですまんやつのセリフじゃろがいっ、計算より情で動くんが家族じゃろがい!!」
「あはは、良い熱血だね。それでこそわたしの可愛いリンゴちゃんだよ」
まるで瓜二つな母娘は、息つく間も無くUターン上昇していくのだった。
○
けっきょくは場外戦にて終わってしまい、レイドの主戦場だったはずの屋上広場にはまとまりのない余韻が散らばっていた。
たとえば、
「シェリスさんもああいうのが欲しいのだわぁ! どうせならシェリスさんの専用装備を出しやがりゃよかったのだわっ、ブー、ブーー!」
「ご、ごめんなさい? です? マリーさんとマーリアさんが、その、あんまり仲良さそうじゃなかったので……またまた、つい」
「ぐぅ、すぴー……すてぁ……」
どうやら2回目の《ウィッチクラフト》も余計な『救い』に引っ張られていたらしいイエへ、ブーイングとは裏腹に良い笑顔なシェリスが詰めよっていたり。あとアリステラが疲れた寝顔で眠っていたり。
たとえば、
「けっこうやるじゃねぇかコボルドども!」「ほらよ、特上薬草食らいやがれ」「わはははは」「おいおいガキどももいるじゃねぇか、危ねぇことするなぁ」「お、あのメス犬ちゃんべっぴんじゃね」「あたし猫派だから。ウホッ、良い腹筋」
「役に立てて本当によかったでするど!」「まだ怪我してる方はこちらへ!」「ああでもいっぺんに来ないでえっ、集落ごと落ちちゃうかも!?」「スープ飲むるど?」
戦場の熱を共有しあえたことが良い影響となったか、なんだかんだで多くの冒険者と意気投合できたコボルドたちがいたり。
たとえば、
「……なあ、あんたらは良いヤツらだからさ。『亜人』になるために生きるのもいいが、人間のためだけに生きるようなことはしないでくれよな」
「はは……手段が目的にというやつですねるど? 大丈夫です、おれたちがなりたいのはあくまでもヒトの隣人ですから。奴隷ではありません」
ともすれば『奉仕』にすら近いコボルドたちの『貢献』活動、そこに危うさを感じずにはいられなかったハルトへ長ピレンが胸を張ってみせたり。
そしてたとえば、
「ねえきみたち! これを機にさ、その機工武器も役立てられるような活動もはじめてみないかい?」
と。まばらに撤収しはじめた冒険者たちは一切無視して、きょとん顔のコボルドたちへ説いた小メイド……マーリアがいたり。
「つまり『傭兵』さ。今回のようになにも敵を殺すことだけが傭兵の仕事じゃない、きみたちの機動力なら救護や撹乱を専門にしたって成立するはずだよ」
コボルドたちは興味深そうにざわつき、聞き耳を立てていた冒険者たちも関心を示したようだった。
「……いいですねるど。たしかに、肩を並べてこそ良い隣人に近づけるというものでするど」
「そうとも! ……朱に交わりたければ赤くならなくっちゃ! がおーーーーん!」
今やモブキャップぐらいしかメイド要素の無い、ラバースーツ姿なレディの遠吠え。ピレンが続いて吼えれば、大勢のコボルドたちが呼応した。
そして……、
「……お母ちゃんはね。行く先々で機工武器を配って、世の中から劣等とされた人たちにだけ協力するの。それが自衛や抑止の力で済むんなら聞こえはええがの……大抵、口八丁手八丁で闘争の道へ進ませるんじゃ」
ただ一人、複雑そうに息を落としていたのはマリーだった。
「え……? ああそうか、だからマリー……おまえ……本当なのかよそれって」
「本当だよ」
今後のことを語り合いはじめたコボルドたちの輪から抜け出て、他でもないマーリアが第七隊のもとへやって来た。
「彼らの機工武器の要となる高周波発生装置『ベルアタッチャー』はエントリーグレードでね、一月も使えばカートリッジの交換が必要になる。だからその時こそ、ベルアーデの国立工廠『ベルアーセナル』に発注してほしいね」
しれっと。……彼女の淑やかな笑みが営業スマイルであると、ハルトは今になって気がついてしまった。
「独立のための支援も承ってやがります、だろぃおばちゃん。そこんとこ言い忘れてたらうちの親父にロイヤリティ減らされるのだわ」
「もちろん! 傭兵団から成り上がったベルアーデ帝国……わたしたち一族が代々お仕えさせていただいてきた、愛すべきお国のためにね!」
肩をすくめたシェリスの面倒そうな面持ちは、マーリアではなくむしろマリーへ向けられていて……。
「……死の商人。後払いの武器商人なんよ、こん人は」
「マリーさん……あの、その、そういう言い方は……」
「ううん、やり方は嫌いだけどべつに責めてるわけじゃないの。そういうのも含めてわしらベルアーデ帝国は大きくなってきたんだし。……今は自分たちで選らんどるよー見えるコボルドさんたちも、もし、いつか、なんも選べのうなったら……そん時こそ大国ベルアーデの一部になるんじゃろね」
「マリー」
「びった!?」
ビンタ……ではなく。同じ背丈に並んだ母から、娘は両の頬をバチコンと挟まれた。
「お母ちゃん怒るよ。わたしたち一族の主はベルアーデという国そのものなんだ、きみも『ベル』の称号を誇っているのなら忘れてはいないよね? マリー・ベル」
「……なんじゃい、責めとるわけちゃうて聞こえちょったじゃろがい」
「最後まで聞きなさい」
メイドとしてあるまじき不良な面持ちをギラつかせたマリーへ、マーリアはあくまでも冷静に続けるのだ。
「国に忠を尽くすというのは、人に仕えるよりも簡単なんだよ。国は機工に似ている……歯車とゼンマイ仕掛けで、そうそう読み違えることはないからね」
「じゃけえ、楽な道を行ったっちゅう話ならあ?」
「そ。だからお母ちゃんとは違って、マリー、きみはきみが決めたように国ではなく人に忠を尽くしたまえ」
幼子のケンカのように、突き放して。
「人は魔導に似ている。歯車仕掛けに魔法の力を、逆に魔法へ機械の力を欲張るから最後まで読めない。……だからこそ守り甲斐があるんだろ?」
「……え」
レディにメイドな母は。羨ましそうに目を輝かせて、笑っていた。
「きみもやっと後輩ができたことだ。良い先輩としてグレないように、たまにはこういう会話もしてあげないとね。……お母ちゃんは、きみに超えられるのを楽しみにしてるよ」
……そして娘は、
「……当たり前よ。親を超えるのは子供の役目だもん」
カチューシャを整えながら、メイドなレディらしく笑って応えるのだった。
「と、いうわけで。わたしの荷物も集落が上がってくる時に落ちちゃったようでさ、探してくるからシュネーヴィの権限ちょっと貸してくれない? この子も不憫だよねー、せっかく強化外骨格として設計してあげたのにファーズ2だのファーズ3だの裏モード扱いされてさ」
『プ、プシュル』
「貸すわけないじゃろがい! ドデカイお世話じゃっちゅううううんじゃいッッ!!」
娘の飛び蹴りを、母はわざとらしくキャーキャー言いながら避けていったのだった。
「子供っぽいんだか大人なんだか……ドワーフって背伸びが上手いからよくわからないんだよな」
「それはドワーフのみなさんに失礼ですよ、ハルトさん。今回の戦いだって、背伸びして頑張ったお姉さんに感謝なのです」
全てが解決したわけではないが、ようやっと今回の騒動が終わった気がしてハルトは腰を下ろした。……まだ背筋をピンと張ったままのイエを見上げた。
「……おまえにはいいのか?」
「え? いいです、だって私は背伸びもなにも『できる』ことを頑張るしかないですから。ふんすふんす」
「サンキューな」
「いいですと言ったです……のに……」
「はいはい。おつかれ」
きっと何か、少しずつでも進んだはずだ。コボルドたちも、マリーとマーリアも、ハルトたちの戦いも。
「なぁに座ってんでぃおまえたち! さっさとギルドにリザルト出して聖女教会のババアにも報酬ゆすりに行くのだわっ、ほーっはっはっはっはっはぁ!」
「おまえはもう少し大人しくしてろ……!」
いつかではなく。意志さえあれば、いつだって、超えるべきものには近づいているのだから。
続
(1話につき4部分構成の短編連作です)
(毎週月曜日、18時頃に更新中です)
(1話完結の翌週……つまり5週間に1回、次話の準備期間として更新にお休みを頂きます。よろしくお願いいたします)
※(次回更新は11月21日(月)の18時頃です)




