Karte.17-3「朱に交わるためには、赤くならなければ!」
【ハルト】……ベルアーデ帝国騎士団第七隊所属、双剣銃を手にイエへ寄り添う青年騎士。18歳。
【イエ】……極東ニフ国の乙女で、大体いつもレベル1なのにチートのような守護精霊の力を使える白魔法師。16歳。
【マリー】……ドワーフのミニマムレディ、妖精機シュネーヴィを操る魔導技師にして第七隊のメイドさん。19歳。
【シェリス】……第七隊隊長、魔法剣ならぬ魔法シャベルを振り回すハーフエルフの残念系王女。20歳。
【アリステラ】……イエを守護する旧き『星』の意志であり、自称『勇者』。自称17歳。
このダンジョンでは原種コボルドたちが大勢を占めているらしく、外部からやって来ている飛行系の魔物を追い出している光景もちらほらと見えた。
たとえば三位一体での行動を生態とするカラスハーピー……女の顔と体に鳥の四肢を有する彼女たちが、軽快にサンバを踊っていただけなのに槍を向けられていて……、
ーーバーカ!
ーーサンバ!
ーーネズコウ! ツッツクワヨッッ……アッ
バクンッ、と、壁から染み出てきた白濁スライムに取り込まれた。
壁に戻っていったスライムの動きに応じてゴミが蠢いていき……、
その向こうへかすかに見えた青空へ、鼻水か膿じみた膜に包まれてサンバハーピーたちが排出。
うまく膜を破れれば飛んで脱出もできるだろうけども、パニックを起こした歌声が落ちていった……。
「なっ、なあにいあれええ!? そこはかとなくエッチじゃあ!」
「えっちかはわからないですけど白血球スライムですマリーさん。超大型の魔物の体内だと、免疫機能が魔物として現れるんです」
「そのとおりでするど、ここも屍蝋トカゲの中には違いありませんから。リンパタマキューが出てくる前に行きましょう」
「なんだタマキューって……知らない魔物だな」
「しっ。ハルトさんダメです、二回呼んだら三角になって三回呼んだら四角になるのです」
「いやわからんわからん」
『プッシュルガー!』
ーーコヂュアァァッ……!
実際、第七隊にも伸びてきた白血球スライムへは。ハルトのパラレラムが『火』の魔弾を食らわせたり、イエがビンごと投げつけた体内探索用抗生物質『ケッシタイン』が活動を萎縮させたり、シュネーヴィが床ごと殴り抜いて落としたり。
「ばうううぅわんんんん!」
ーーチュワァッ!
ーーチュンワッ!
ーーワッチィィァ!
ピレンも咥えた大剣にて、原種コボルドたちも洗練こそされていないが武器術や低級の攻撃魔法で、脆い壁などを開通させていって。
そうして……、
ーー リリリン! リリリン! ーー
ーー アラーム 設定時間! ーー
ーー リリリン! リリリン! ーー
「って始まった……! ダンジョン潜ってたら1時間なんてすぐだな……!」
「イエちゃんはいっ、お水お水!」
「ひぃ、はひぃ、ありがとうございますごくごくごく……湿布はりはりはり……」
一旦停止。状態の悪い足場や瓦礫の階段を登り続けてきたので、地力がひ弱すぎる白魔法師乙女は水分補給をしたりふくらはぎに湿布を貼ったり。
一方、ハルトは外壁の隙間から階下の泥炭地を覗いた。
鬨の声が、遥か彼方からの残響として先走ってくる。
冒険者たちが、大トカゲの脚に群がりながら突入開始していたのだ。
と、その遥か先頭をゆくは『風』の輝きだった。
そのシャベルの属性が一瞬だけ『火』に切り替わり、鐘と盾を組み合わせたベルアーデ印を火文字として高笑いさせた……。
「おっさん! 頂上まであとどのくらいだ!?」
「もう少しです! あとは道なりに登るだけでするど!」
「わかったっ、じゃああとは俺たちだけで大丈夫だ! おっさんたちは集落に戻ってやってくれ!」
「了解でするど! お気をつけて!」
「長さんたちも……!」
「いってきまあす! あんがとうのう!」
そうして。いよいよピレンたちと別れて、ハルトたちは螺旋階段じみたゴミの連なりを登っていったのだ。
もはや登山のようで、十数分ほども足掛かりを辿っていって……。
やがて。
たどり着いたのは、果てから一際強い陽光と風が射し込んでくる……頂上広場への出口へ連なる廊下だった。
「……なあ。勢いで登ってきたから考えてなかったけどさ、一番乗りしたからってここからどうするんだよ。三人だけで戦いはじめるのは無謀だよな?」
「他の方々の安全を考えたら、登ってくる前に私たちだけでなんとかできればいいのですけど……」
「無茶はいいけど無理はだめだめ。シェリスさんを待とうの、どうせ誰よりも先に追いついてきょーるけん」
息を整えながら装備の確認。ハルトは出口の陰に忍び寄り、その向こうを覗き見してみた……、
「ーーーー
ーーーー」
「じっっっっ、ん、ろうッッ!?」
と。あの『灰なる人狼』が、光のすぐ向こうに立っていたのだ。
四大属性色に滲んだ獣毛で覆い隠された貌が、しかし、確かにハルトを凝視しているようで……。
「っっ!」
反射的にハルトは『火』の魔弾を発砲。一瞬遅れて『灰なる人狼』に気づいたイエとマリーも息を呑んだ。
「ーーーー
ーーーー」
「う……っ、ん、んんっ?」
ーー 《ステータス》 完了 ーー
ーー 状態 『無敵』 ーー
ーー 効果時間 残り:9999999…… ーー
喉元に命中、やはり『無敵』は健在のようでたじろぎもしなかった。
それよりも妙なことに、明らかな敵対行動をとったのに『灰なる人狼』は無反応すぎたのだ。
「ーーーー
ーーーー」
そのまま。振り返るまでずっとハルトを凝視していたが、踵を返していってしまったのだ。
鉄屑の玉座がある広場最奥へ。
そしてなぜか、もう一歩踏み出せば落ちてしまうだろう崖際も際で立ち止まった。
「なあに? ……なんならあ?」
「おいおまえ……! この前もスオスカ族の男にチートスキルを与えてたし、何がしたいんだよ!?」
「戦う気が無いならお話できるかも、です……?」
『ガガッ……』
当の『灰なる人狼』に気づかれているのなら一時待機もなにも無い。棺型の大盾を両腕に展開したシュネーヴィを先頭に、周囲に罠らしいものが無いかと警戒しつつ三人で広場へ出た。
「ーーーー
ーーーー」
「こんなのがおまえたちの言う『在るべき形へ世界を廻す』ことなのか? 答えろよ、それとも喋れないのか」
どちらにしても返答する気は無いようだった。『灰なる人狼』の背中はただただガラの悪い『おすわり』よろしく腰を下ろし、階下を覗いていたのだから。
何かを、一点に見つめていたのだから。
「……ねえ二人とも。なんじゃあ聞こえんならあ?」
最初にハッとしたのはマリーだった。
風に乗って、怒りに満ちた咆哮の群れがかすかに轟いてきていたのだ。
そう、あの亜人コボルドたちの咆哮が。
それらをかき消す爆発音もまた、遠く響いた。
「な、なんだ!?」
自然とハルトたちは、『灰なる人狼』と距離を取りながらも彼がそうしているのと同じように階下を覗き込んだ。
そして、
あの集落が、炎と黒煙に包まれつつあるのが見えたのだ。
「コボルドさんたちの集落が……! どうして、っ」
「ハルト!」
「ああ! わかってる!」
三人ともに視線を交わしあい、頷き合い。……黙然と立ち続ける『灰なる人狼』へ躊躇いを向けたのは数瞬だけだった。
「シュネーヴィ! エーテルバーニア、耐衝撃!」
『ガガガ!』
ハルトたちがまたしがみついたシュネーヴィが、今度は下降のために広場の縁から跳んだ。
と、その直後のことだった、
「ーーマリー! 気が変わったよ、お待たせ!」
「へ、っ……」
塔内から、あの長ライフルを引っ提げてマーリアが躍り出てきたのは。
母と娘の、目が合った。
「……ぷいっ!」
「おいっ!?」
目が合った、目は合った、というのにマリーはシュネーヴィを翻さなかった。
いや、身を捻ったところで広場の縁を掴めそうもなかったけれども。
明らかにマリーは、母を置き去りにするのを選んだのだ。
「マリーさんマリーさんっ、えっ、あのっ、お母さんがお母さんがっっ……!」
「まずいだろ! あいつと二人きりだぞ!?」
「あの人なら大丈夫! 集落ほっぽり出してここまで登ってきおったんじゃけんっ、目的がわしの予想どおりなら死ぬような無茶は絶対にせん!」
「どういうことだよ……!?」
しかし、なじったところでもはやどうしようもない。ダンジョンの魔力環境によってエーテルバーニアは制限されているものの、落下ではなく制御された降下としてシュネーヴィは空を突き進んでいった。
そして、あっという間に黒煙の幕を突き抜けたのだ。
『プシュッッゥーー!』
一際強いエーテルバーニア噴射とともに、スライディングキックじみて着地。
「このっ……!」
ハルトはシュネーヴィから降りるやいなや目につくかぎりに『水』の魔弾を連射し、住居の屋根に燃え広がりつつあった火を消火した。
他にも地面に燻っていた大量の松明をどうにかしてやりたかったが、すぐに、銃口は集落の入り口へ向けなければならなくなってしまった。
「みなさん……! 戻ってきたのでするど!?」
「話はあとあと! ……それより、こんとーすけ(まぬけ)らあはなんじゃらあ……ッッ!」
各々の武器を構えていたピレンたち、亜人コボルドと原種コボルドの連隊に加わり……、ハルトたちは、
集落の入り口を塞いでいた無法者たちと睨み合った。
「ーーちっ、シャベル女の手下どもかよ。いちいち目障りなガキどもだぜ」
8人の冒険者たちからなるフルパーティ。リーダー格のチャクラム使いの男にハルトは覚えがあった。
第七隊がレイドに参加登録した際、陰口も叩ききれずにシェリスに牽制されていた人物だっただろうか。
「どうしてコボルドたちとやり合ってるんだ! こいつらは『灰なる人狼』じゃない、頂上に続く道もこっちには無いぞ!」
「んなこたわかってんだよトーシロがぁ!」
「な、ッ……!?」
男の手振りに応じて、いくつもの火炎瓶が投げつけられた。ハルトはとっさに数本撃ち落としたが、すり抜けたいくつかは安酒のすえた臭いとともに火事を広げた。
「永続『無敵』付きなんてバケモンに興味あるヤツのほうが頭おかしいってんだ! 俺たちゃなぁ最初からそこのイヌどもが目当てよ!」
高みの戦場を目指す者どもこそを嘲るように、男は肩を揺らした。……そして同じ目線に立っているというのに、コボルドたちを睥睨した。
「ヒューモンは高く売れるんだよ。メスなら変態どもに、オスでも地下闘技場か……やっぱり変態どもにな。レイドで大騒ぎの今なら、魔物もどきの巣が一つや二つ潰れたとこで気に留めるヤツぁいねぇさ」
コボルドたちがいっそうざわついた。怒り、悲しみ、あるいは諦観……、火に照らされた面相が今にも叫び出しそうに歪む。
「……白魔法師は争いそのものは否定しません。でもあなたたちは、これが狩りか何かだと思っているのでしょうか? コボルドさんたちは人に仇なす魔物ではなくヒューモンです、亜人になれるように『できる』ことをしているヒトたちなのです」
「そうでするど、どうかやめてください。あなたたちがやろうとしていることは人さらいも同じです、これ以上はおれたちも見過ごすわけには……」
「どうだっていいんだよ! おまえらがなんだってな!」
男がチャクラムを構えれば、仲間たちもそれに倣って得物をちらつかせた。
……俯いたマリーが、はちきれんばかりの鼓動に震える手をメイドカチューシャへかけた。
「……二人とも。ちぃとん間、護り手無しで大丈夫ならあ?」
「ダメです」
「えっ」
「そうだな。ディフェンダーは冷静に熱くなってもらわないと」
メイドカチューシャ……隠し機能の魔導バイザーが視界を広げる前に、いいや、この場合は視界を狭めてしまう前に止めて。
「……シュネーヴィ」
『……ガガガ』
「るど……マリーさん……」
「だけどよぉ! おまえらがどうしてもこだわるってんなら教えてやる!」
まだ歯噛みしたまま機工武器を咥えられずにいるピレンや、彼の号令を待つ戦士たちを、男はつまらなさそうに見渡したのだ。
「おまえらは何者でもねぇ。無かったことにされるのがお似合いの、肉の塊なんだよ!」
そして、
「ーー語りすぎでぃ、バーロィ」
引き絞った武器たちが振るわれる前に、その数瞬足らずの構えよりも迅速に、男たちの背後に黄金が閃いた。
それは。血の貴さだろうと生まれの業だろうと、目に見えぬものによる『優位』も『優性』も許しはしない……鋼鉄帝国の写し身そのもの。
「《ヴァッサー・ダス・クローネ》ぇぇぃ(渇かぬ水冠)!!」
「しゃばべるぉな……!?」
塔内から滑り込んできたシェリスが水属性のシャベル剣を突き込めば。付与された『水』のエーテル全てが極太ビーム状にぶっ放され、男たちのパーティをまとめて呑み込んだのだ。
次いでシャベルがぶち上げられれば、水流は海蛇よろしくしなり、とっさに這いつくばったハルトたちの頭上を突き抜けていって。
「わおっわいっがーーーー! だわ!」
咆哮。コボルドそっくりにシェリスが叫んだ、
直後、
ーードェルドェルドェルゥゥン……
このダンジョンそのものである屍蝋トカゲが、集落間近まで首を持ち上げてきて。
嬉しそうに、口を開けた。
「ぱ」
男たちは。けっきょくのところ何もなしえないまま、
呑まれたのだった。
ーードェル、ドェル…………ドプ、ドゥぺ
美味しい水でも飲ませてもらったように、けれども変な後味でもしたように。大トカゲの首が帰っていった……。
「あばよぃビッグマウス・バイス。そいつの中はここよりハードなダンジョンでぃ、てめぇがマジで生き汚ぃならひり出てこれらぁ」
こぼれた水流が魔力の雨として降り注ぎ、ただの火事なんてあっという間に鎮火。シェリスは濡れた縦ロールをガシガシと掻き上げたのだった。
「おぃーっすおまえたちぃ! ったくなにやってんでぃ、もうすぐ頂上だったってぇのに外ぉ見たらネヴィごと落っこちてってんじゃねぃの。しゃあなし逆走してきてやったのだわ」
「いいとこだけ盗んでいきやがって……いや、助かったシェリス」
「です。あの火事場泥棒さんたちよりずっと良い泥棒さんなのです、パチパチパチ」
「シェリスさん……ごめん、のう」
「んあー? 感謝される謂れはあっても謝られる筋合いはねぃぜぃマリー、それよかマーリアのおばちゃんにゃけっきょく会えたのだわ? ここにいたのだわ?」
「……いたけど。話せば長いようで短いんじゃ」
「知ってらぃ」
「黄金の円匙姫……? もしやあなたはシェリザベート様でするど? ベルアーデ王女様……」
「おうよ! シェリスでいいぜぃー」
と。良くも悪くも戦いとはならなかったコボルドたちが、ピレンをはじめとして第七隊へ頭を下げた。
「なんとお礼を申し上げればいいやら……。せっかく登っていかれたのに戻らせてしまって申し訳ありませんるど」
「いいのいいの。……こっちこそ肝心な時におらんお母ちゃんでげにごめん、頂上で入れ違いになってもうたわい」
「いえ、おれたちも戻ってきてから不在を知ったのでするど。どうもマリーさんからのレポートを読むなりいても立ってもいられなくなったそうで、彼女ほどの技師ですからあの人狼を倒すアイデアでも浮かんだのではないでしょうか」
「う~ん……っちゅうより、たぶん……」
「おいおまえたちぃ、ペコペコしあってる場合じゃねぃのだわ。他の連中も今ごろ頂上に着いてるはずでぃ、血肉の雨が降ってきやがる前になんとかしねぃといけねぃのだわ」
「恐ろしいこと言うなよ……でも急がないといけないのはたしかだな、正直ツラいがもう一度登ろう」
と、コボルドたちへ「またな」と後ろ手を振り、第七隊は塔内タイムアタック2周目へ……、
「みなさん! 待ってくださいるど!」
突入する前に、呼び止められて。
「……みなさんに恩返しがしたいのでするど。こうなったらおれたちも最後の手段で応えます」
「さ、最後の手段?」
頷いたピレンが同胞たちを見回した。
「みんな! 長として大移動を発令するっ、子供たちやご老体方をしっかり守るど!」
特に戦士ではないコボルドたちがギョッとしていたが、彼らは即座に家族たちを守り合った。原種コボルドたちも交えて、まだ無事な住居へと避難していく。
そうして戦士たちだけが残ると、ピレンは息を吸った。
「やっぱりマーリアさんの言うとおりだったるど! おれたちは誰かと戦い合うにもまだまだ未熟すぎる……でもそれでも、人の隣に在りたい者としてやるべきことをやり続けなければ! おれたちが人間に近しくなるためには……朱に交わるためには、朱くならなければ!」
呼応して、戦士たちから肉球と雄叫びが突き上げられた。
(マーリアが言ってた言葉……?)
ハルトは訝しんだが、思考は、雄叫びたちが変じた咆哮に遮られた。
「「「「「「「「「「「わぉっわぅっふぁーーーー!」」」」」」」」」」」
それはシェリスが発したものと似て、しかして彼女のモノマネよりも当然流暢なもので。
途端に、地鳴り。
ーーーードェムドェムドェムゥゥン……
集落が、トカゲの鳴き声とともに上昇しはじめた。
いや正確には、
後付けの集落を背負い擬態していた幼体屍蝋トカゲが、ゴミの塔の外壁を駆け上がりだしたのだ。
「ト、トカゲええ!? なんてところに集落作ってるんだよ!」
「べつに不思議ではありませんるど! 原種の同胞たちがこの塔に住んでいるように、おれたちだってコボルドですから!」
「あわわわあうあうあう……大丈夫ですハルトさん、いつもしがみつくのもアレなので今日は自分でちゃんと踏ん張っ、あっ」
「床もげたああああ!? イエええええ!」
地震なんてメではない揺れにおもわずしゃがみこみ。潰れたカエルよろしく大の字に這いつくばっていたイエが、集落の外縁がもげたことで一緒に落下……する前にハルトが救出。
「だっっ、だめようピレンさん! せっかく守った集落なんにこがーのん壊れてまうてえ!」
「どうせもう半壊してます! せっかくですからまた作り直せばいいんでするど!」
「ほーっはっはっはぁ! 気に入ったぜぃっ、ベルアーデ製の機工家具くれぃなら送ってやっから突き進むのだわーー!」
最貧騎士隊にそんな予算の余裕は無いのだが、シェリスがまた貯金できないポケットマネーから振る舞うのだろう。コボルドたちの歓声のなか、集落トカゲは物凄い勢いで空を目指していった。
床板、家財、貯水槽などの共用設備まで振り落とされていき、集落はどんどんコンパクトになっていったが……それに比例して登攀速度は上がっていった。
そして。ものの数分もしないうちに、再びの頂上間近へ。
多種多様な轟音が渦巻いていたそこへ。
「うぎゃっ」「あっ、あぁ!?」「くそがぁぁぁぁ!」
「っ! がぉぅぅぅぅぅん!」
ーーーードェムゥンッッ
複数属性を交わした魔弾に吹き飛ばされた冒険者たちが、空へと投げ出され。……ピレンの咆哮によって集落トカゲが舌と尾を伸ばし、受け止めた。
「半数はおれと一緒に戦闘へ! 半数は冒険者さんたちの救護を! ……第七隊さんっ、思う存分戦ってくれて大丈夫です!」
「言われるまでもねぃのだわ! 乗り込めぃっおまえたちーーーー!」
ついに集落と頂上が同じ高さまで並ぶと、間髪入れずに第七隊とコボルドたちは跳び移った。
数多の冒険者たちが『灰なる人狼』へ群がっていた、その坩堝の中へ。
「やあ! シェリスちゃん! きみにしては遅い到着じゃないか!」
「よう! おばちゃん! あんたも相変わらず年相応に落ち着くのが遅ぃなぃ!」
やはり最初に目についたのは。広場に吹き荒れていた魔弾たちを銃パリィでいなしていたマーリアだ。
「それとさあマリー! ひどいじゃないか、せっかく合流できたのに即抜けするなんて! あのあと急に人狼くんが撃ってきて、さすがのママもいろいろ動揺しちゃっ……あれ? そういえば長にみんなまでこれは何事だい?」
「朱に交わりたければ赤くなれ、でするど!」
「お母ちゃんには後でお説教するからっ、ねっっ、今は黙って協力しんさいや……っっっ!」
「うーん? ……いいとも、喜んで!」
驚くべきことにまったく無傷の様子で、立ち回りを見るに魔弾処理と回避に徹底していたらしい。彼女も加えてハルトたちは廃材玉座めがけて走りだした。
「ーーーー
ーーーー」
対して、あの『灰なる人狼』は廃材玉座の前で棒立ちだった。剣銃の爪を左右へ翻して魔弾のミックスを放ち続けているものの、少なくとも『戦っている』という覇気では無かった。
『火』と『水』を合わせて『燃える水蒸気爆発』、
『土』と『風』を合わせて『磁石の砂嵐』、
『風』と『水』を合わせて『増殖し続ける雑草』、
はたまた同じ『火』と『水』でも『雨雲が降らせる火球』。
それらのカタチはもちろん本物ではなく属性が宿した概念の具現化であり、もはや魔弾というより、一つ一つが創作された魔法かのようだった。
「やっぱ無茶苦茶だな……! 魔弾を掛け合わせたってそんな魔法みたいなことができるか!」
「めんどくせぃ! 多彩すぎるぜぃ!」
どれをとっても『攻撃』に『防御』に『妨害』にと性質が違うため、避けて接近していくのにも一苦労だ。
ハルトも魔導式二丁剣銃パラレラムを得物としているが、魔弾とはあくまでもマナエーテルを撚った文字通りの『魔力の弾丸』だ、それ以上でもそれ以下でもない。
無理矢理にでも理屈を通すなら。爪という形で剣銃が肉体と一体化していることにより、オドエーテル(体内魔力)を介して魔法の要領でカタチを与えているのだろうか。
「さしずめ『魔弾術』ってところか、な……!」
「いいねハルトくん! ギルドに言ってレイド情報に書き込んでもらおう!」
「やめてくれ! 思いつきで言っただけなのに広まったらなんかハズい!」
それら無銘の魔法を切り替え続ける『灰なる人狼』は器用すぎた。
ゆえに不器用な冒険者たちほど、かの者には様々な意味で届かなかった。
「『無敵』がなんだ! おいらの《チェインサイスランブルダンス》は『必中』効果付きなんだぜぇぇいヘイヘイヘイィィィィ、ッ、ギャッ、なんで効かないんだぁぁぁぁ!?」
『無敵』と『回避』の区別すらついていない冒険者が、肉薄だけはできたものの鎖鎌を弾かれて魔弾を食らい、
「やだやだやだやだっ! いつもこのプリセットでうまくやってきたじゃんっ、わかんないわかんないめんどくさぁぁぁぁいっっ!」
セット運用前提のスキル付きレア防具をバラバラなシリーズで組み合わせた冒険者が、たしかにどんな状況にも対応できるように浅く広くスキルは発動しているものの、真に『敵』と向き合うことはできず魔弾に追われ、
「なんとかなれ! 我が家に代々伝わるレベル98の宝剣っ、ほぼ最強にしてたぶんまだ秘められた力を持っているかもしれない『最終異剣エストシアモレ』っ、今こそ覚醒の時であるっっっっ……あるってば、っ、おい頼むよぐわぁーーーー!?」
満身創痍のなかで最後の頼みを祈りに費やした冒険者が、ついには宝剣とやらを盾にするも魔弾に呑まれ。
けっきょくのところ誰一人として、『無敵』を破る確かな方法を持っている者はいなかったのだ。
「救護でするど!」「救出るど!」「救助っだっるどぉぉぉぉ!」
そんな彼らを応急手当し、搬送し、時には高周波機工武器で魔弾から護るはコボルドたちだった。
冒険者たちは何が何だかわかっていない様子だ。
「なんだ!?」「人狼が増えっ……!?」「待てっ、こいつらコボルドだ!」「例のヒューモンどもか!」「どういうつもりだよおまえら!」
「ただのボランティアでするど!」「趣味と実益を兼ねた、ね!」「いいから無理せずうちらの集落に下がるど!」
混戦と混乱の中では、『灰なる人狼』の配下の魔物とでも思ったか危うく襲いかかりそうな者もいた。しかし彼らの組織だった援護を見て、少なくとも敵ではないと察したようだった。
「みなさん! 勝算はあるのでするど!?」
「どちらともいえないんだよなあ……! いちおう『無敵』対策は考えてきたがっ」
「試してみないとわかんない……! 正直わしらも他ん人らあと大差無い感じ……!」
「いいじゃないか! 試す前から弱気になるのはまったくの無意味だよきみたち!」
一方。ピレンをはじめとした戦士たちに魔弾の露払いをしてもらった第七隊とマーリアは、ようやっと『灰なる人狼』と対峙できる距離にまで接近できていた。
ハルトたちだって、無策でここに至るわけにはいかなかった。
「イエ! アリステラを起こしてくれ!」
「はい……!」
「……すや、っ……すや……すてぁ……」
だから。こんな時でもイエのフードの中でグワングワンと眠っていたアリステラが、やはり、救いのきっかけとなる。
「お姉さんっ、今こそ私たちの出番なのです……! 《クラフトウィッチ》……!」
ーー レベルダウン! ーー
ーー レベル3 白魔法師 イエ ーー
イエがローブの胸元から闇色のクリスタルでできたタリスマンを抜き出し、オドエーテル(体内魔力)を集束させた。
それは一条の『闇』の輝きとなって、人形少女へ捧げられたのだ。
「ーー……ええ。手はずどおりに」
そうして、眠れる『勇者』は眼を開けた……。
(1話につき4部分構成の短編連作です)
(毎週月曜日、18時頃に更新中です)
(1話完結の翌週……つまり5週間に1回、次話の準備期間として更新にお休みを頂きます。よろしくお願いいたします)




