Karte.15-4「それは患うものでなく」
【ハルト】……ベルアーデ帝国騎士団第七隊所属、双剣銃を手にイエへ寄り添う青年騎士。18歳。
【イエ】……極東ニフ国の乙女で、大体いつもレベル1なのにチートのような守護精霊の力を使える白魔法師。16歳。
【マリー】……ドワーフのミニマムレディ、妖精機シュネーヴィを操る魔導技師にして第七隊のメイドさん。19歳。
【シェリス】……第七隊隊長、魔法剣ならぬ魔法シャベルを振り回すハーフエルフの残念系王女。20歳。
【アリステラ】……イエを守護する旧き『星』の意志であり、自称『勇者』。自称17歳。
胸から腕へ迸った、陽光がごとき輝き。
パラソルを開くとともに縦横無尽に翻せば……花咲くような気流を生んで、重力に引かれるばかりの落下を意志ある降下へと包み込んだ。
そうして最後には骨組みがたゆむほどの鋭さで振り下ろし……芝生へ打ち下ろし、衝撃を相殺。
ハルトも翻りながら、大道芸人たちの只中へ降り立った。
「っ?」
いつものごとく、一度きりの神業に壊れた『武器』を投げ捨てようとして。気づく。
(壊れなかった……っ?)
パラソルは布地と先端がひしゃげただけで原形を留めていた。
チートの力で神がかりの振るい方がわかるとはいえ、青年自身の未熟な腕前に耐えきれずに千々に壊れるはず……だったのに。
「……っ!」
だから。握り直して。次に壊れる得物を探すまでもなく、ハルトは前を見据えて駆け出すことができた。
遠くて、近くて、もう目の前にいた彼女へ。
「ハルトさん? ふあ」
「わるい」
天高く投げ上げられたパラソル。その一方、掬い上げられた桜色。
旅人の前へ滑り込んだハルトは、イエを、抱き上げたのだ。
お姫様だっこなんて綺麗なものではなく、がむしゃらに、不器用に抱え上げた。
強く、強く、踏み込みながら。……きょとんとするばかりの旅人へ、顔を向けた。
「……あんたは。何も悪くないよ」
「きみ、は」
怒りも、ましてや嘲笑も軽蔑も無い。ハルトはただ静かだった。
「恨むなら俺を恨んでくれ! ……じゃあな!!」
ただ開き直って。まだ冷めやらぬ輝きを腕どころか脚にまで纏いながら、跳んだ。
落ちてきたパラソルを踏みつけて、
脚捌きだけで芝生を打たせ、棒高跳びよろしく大ジャンプ。
「ああああ! ったく!」
空高く。共に跳ね上がってきた傘を脚に掛けてぶん回し、最後には蹴り込み、今度こそ破壊してしまいながらハルトは飛んだ。
そしてあのビアガーデンとは公園を挟んで反対側の大通り、目についた大型園芸店の屋上へ着地した。
……舞い上がった花弁が色とりどりに笑った。
そこは草花の見本市らしい、ささやかな庭園だった。
「イエっっ……!」
「はい。ここにいます」
なるべくそっと下ろしたのだが彼女は尻餅、からの後ろでんぐり返しにぶっ飛んでいきかけたので手を取り、引き戻して。
二人して、花壇の中に座っていた。
ありふれた花々に寄り添われた、桜の木の下へ。
遅咲きに蕾を開いたその色は、やはり、白く透けるほどの桜色。
「おまえ、っ。あの旅人が……好きなのか……っ!?」
「……? はい、好きですよ」
「ぶぐっっ……! お、男としてだぞっ、人間としてとか患者としてとかじゃなくて!」
「……どうしたのですかハルトさん。こんなことをしてしまったらオルエスさんが可哀想です、置いてきぼりです」
「あああもうおまえはあっ! どうして、そんなっ……たのむから今は俺に答えてくれっ! ……いいいいいややっぱいいやめてくれ答えないでくれっ! 違うんだっ!」
「大丈夫ですよ。……落ち着いてください」
違うのだ。本当は、あの旅人を謗りたいのでも、この乙女を詰りたいのでもない。
「っ……! 俺だって……あいつみたいに『できる』ことがあるんだ。……あいつみたいに、どうしようもないんだ」
人に言わせたいのではない。人から聞きたいのではない。
「だから。俺なんだ」
人ではない。ハルトだ。
「イエ。俺のほうを見てくれ」
言いたいのだ。聞いてほしいのだ。……そして、そして……。
その行為の、なんて自分勝手なことだろう。
でも、きっと、これはどうしようもなくそういうものだから……。
「……ハルトさん」
だから。彼女だって、こんな、今まで見つめたことのない困り顔を見せてしまうのだ。
彼女と出会ってからもう2ヶ月と少し。まだ2ヶ月と少し。
本当に。ハルトはバカなのだ……アホなのだ。
「イエ。俺は……」
そして青年の手が、乙女の目元へ……、
「ーーそこまでだ」
「究極! プフェアード・トリートゥンンンンン!(馬に蹴られて死んじゃって)」
『プシュルンンンンン!』
「すんっっっっっ」
その時。要するにただの跳び蹴りが、シュネーヴィのサバトン(具足)がハルトの横っ面を打ち飛ばした。
「あ……あ、わ、わ、わ、わ、わ」
「ーーーーーー」
さすがに青ざめた乙女の相貌が、もはや声もなく花々の中を滑っていったハルトから見えていた。
「ぐぬんっっっっ……!」
だがしかし、ここで踏ん張る男の子。ハルトは桜の木の根を掴み、跳ね起きるとともにイエの前まで駆け戻った。
なにせ、
「それは言葉にした途端に意味を失う。まだやめておくがいい」
「おまえっ、なんでそこにいるんだよ!」
なにせあの旅人オルエスが、シュネーヴィの肩の上をマリーとシェアしていたのだから。
「シェリスさんシェリスさん、これこそ傑作なのよん。ねえほら起きてつかあさい~」
「うぇーぃ……ビールのカクテルとかシェリスさんアッタマええのだわ~……ぃっく」
真顔……に見せかけて捩れそうな腹を抑えているマリーと、シュネーヴィに抱えられながら幸せそうに酔っぱらっているシェリスと。
「私がここにいることが答えだと言ったな。だが私が私ではないとは一言も言っていないぞ、ハルト」
勇ましく胸を張り、そう、そして静謐に笑った自称オルエスと。
ハッと、ハルトは気づいた。
背負っていたリュックを目の前に下ろすと。両手を突き入れ、中身をむんずと掴み上げた。
「……ぐぅ……くぅ……すてぁ…………ふっ」
「ア……ア、アアア……」
夢見るアリステラが。静謐に、オルエスとまったく同じに笑っていたのだ。
「アァァァァリステラァァァァァァァァ!」
「……? ……?……?」
闇に落ちそうなハルトの一方、イエが呑気に首を傾げまくっていた。
○
公園から、商店街のアーケードへ戻って。
そこはカフェのテラス席。
「つまりぃ? あのバリバリ美形肉はお蔵になった次世代型フェアリープロジェクトの産物でー、試しにネエちゃんの一部を織り込んでみたら動かせるよーになったからデータサンプリングのために連れてきてー、んでもってついでに兄弟とイエ子をからかうことにした……ってんのだわぁ? うぃっく」
『ワシが言ったことをそのまま繰り返しただけじゃが、酔っぱらいのわりにはわかっとるではないか』
「バーロィこんなもん酔ってるうちに入るかってんでぃ。……んあーなんでぃこのジョッキ、バカにでけぃクセに水みてぃな味すらぁ……」
ジョッキならぬピッチャーから水をがぶ飲みしているシェリスはともかく、テーブルの上ではマリーのフェアリーが念話を起動していて。傍らに浮かぶウインドウにはマキシマのポートレート写幻が表示されていた。
「おいマリーよぃー、このシェリスさんを仲間外れたぁ太ぇヤツなのだわ。主に乳と尻が。まっメシウマなもん見れたから許してやるのだわ! ほーっはっはっはバシ、バシ」
「あぅ、あぅ。シェリスさんそれは私です」
「え~ん! なしてわしだけ地ベタなんじゃあ~」
何事も無かったかのようにイエも着席しているし、いろいろと事のあるマリーも椅子ではなく石畳へ三角座りさせている。
「……忘れるなよアリステラ。おまえは文字通り俺の手の中にあるんだからな、これ以上ふざけたらティースプーンにしてやるぞ」
「第一に、今の私はアリステラではなくオルエスだ。第二に今日に限っては一度もふざけていないし、第三に他人の毛が入ったラテを飲みたいとはきみも変態だな」
「そういうところだぞ! ア・リ・ス・テ・ラ!」
「すやっ……すや……すてぁ……」
そしてハルトは、旅人オルエスと対面の席で唸っていたし。むんずと掴み上げたアリステラをひっくり返し、グランデサイズのアイスラテへ頭から突っ込ませ……ようとしたが、誠に遺憾ながら、やめた。
「っっっったく、なんなんだよそのカラダは。そんな簡単にスペアができるなら深淵くんだりまで行った甲斐がないっての」
『そんなうまい話があるわけなかろうて、ハル坊。……見せてやってくれるか』
「ああ。もちろんだとも」
アイスラテを一気飲みしたハルトの一方、オルエスは旅人の服の外套をはだけた。通気性が良くなるようにとスリットが走ったリネンシャツの背中、ボタンを一つ二つと外して……。
そこに、四大属性色の大きな輝きが8つも並んでいた。
「ワ……ワビ石っっっっ……」
「しーーっ! ハルトってば声が大きいけん……!」
「ふむ。ひったくりにでも遭ったらとは言われたが、たしかに背中を毟られたくはないな」
4かける2の並列により魔方陣を繋いだワビ石たち。しかも大サイズ。それらの輝きが人目を惹かないうちに、オルエスはさっさと衣服を整えた。
「どうやらこの肉体を稼働させるには一日あたりこれだけの魔力が必要らしい。さすがにアリステラとしての私のように、身一つでマナエーテルを取り込むことはできないのでな」
『さすがに経理部からどやされたわい。先日の精密検査と合わせて、市場のワビ石を大方買い占めてしまったのが悪かったか』
「小さい国の年次予算ぐらい使っちゃったけど仕方ないわよねえ。学術的好奇心のためじゃし」
実際にD&E商会は名実ともに『国』なのだから、経理部の怒髪天はもっともだ。肩をすくめてみせたこの祖父と孫がおかしい。
『そういうわけで、試作技術のまま運用したとはいえやはり実用的ではなさそうじゃ。『繭』に移植した途端にこの形を為した時は神代の片鱗を垣間見たがの』
追加されたウインドウが4枚の写幻を表示した。
1枚目。樹の虚のような隔離室の中、収容されている人間大の肉の『繭』。
2枚目。機工式のアームによって、なぜか次元が歪んで判然としない何かが『繭』に移植される場面。
3枚目。もはや次元の歪みだらけでほとんど何も見えないが、どうやら『繭』が変貌しているらしい瞬間。
4枚目。『闇』の魔力に包まれた隔離室の中、『繭』の代わりに立つ……まさに生まれたままの姿のオルエス。
ただしその眼は、やはり、見えてはいなかった。
「でもおまえ、その体は男だろ……なんなんだよ口調まで変えて」
『……厳密には男体でもないのじゃがの。眼のことも併せて改良の余地はまだあるということか、ほれ、ここを良く見ると……』
「いいんだよ解説しなくて! 注目させるなさせるな!」
ハルトが真っ裸の写幻をスライドで消すとともに、オルエスがくつくつと肩を揺らした。
「はは、きみこそ何を言う。神話における『星』の意志とて『彼あるいは彼女』と、精霊の『父あるいは母』と語られているだろう。……そして、それはある意味正しい」
「お姉さんはニューハーフさんだったのですか」
「マジでおネエちゃんだったのだわ」
「少し違うぞ」
「少しだけしか違わないのかよむしろ」
「私には本来さまざまな側面があるということだ。『星』に開いた最初の混沌、『闇』としてな。中でも『アリステラ』の名は一番気に入っているし、今や私の主たる面だ」
「今や、って……あがーでもオルエスさんっ、なんじゃあ思い出せたとか!?」
マリーが腰を浮かせたが、ハルトに睨まれたので立ち上がることなく止まった。
「なんの話でぃ?」
「今までと違う姿で活動してもらったら、インタビューより記憶の刺激になるんじゃないかって狙いがあったのよお。……げ、げにじゃあよ嘘と違うよ?」
「嘘とは言ってないじゃないか。……笑うならもっと上手に笑えよ、マリー。ほら」
「ひえ~ん……」
それはそれとしてもしばらく許しはしないハルトだが、オルエスは苦笑とともに続ける。
「思い出した、というのとは少し違うな。漂泊チートで封じられた『答え』そのものではなくとも、かつての私にあったのだろう思いが……思い出が湧き上がってきたのだ」
オルエスは満足げに椅子の背もたれへ身を預けた。
「『オルエス』は即興の名に過ぎないが、私はこんなふうに様々な名を持っていた気がする。『勇者』だった頃、私はこうして人々の……皆のかたえにあった気がするのだ……」
その見えざる眼は。どれほどの遠くを視ているのだろうか。
「そりゃよかったな……。で、イエと俺への『ごめんなさい』は?」
「また異なことを。謝るべきことなぞしていないではないか」
「こいつっ……!」
「さてイエ。改めてこれを、まだ未完成ではあるがあなたに捧げたい」
「……? あ、さっきの絵ですね」
今まではイエにも『きみ』なんて優しいニュアンスだったのに、今度はむしろ気心が知れたように。オルエスはシュネーヴィが持っていたキャンバスをイエへ差し出した。
他でもない、あの未完のイエのスケッチだ。
「そして、もし、できれば……この絵を完成させてもらえないだろうか」
「……?」
「こっ、この期に及んでまた何言ってるんだまた何やってるんだおまえっっ……」
「はい」
他でもない、ついさっきと同じ言の葉。ただし今度は旅人が触れてくる前に、乙女はテキパキとキャンバスを受け取った。
それはそうだ、2回目なのだから。……その返答だって、この期に及んでもたった2文字でハルトの胸を締め付けるわけで……、
「ハルトさんに描いてもらいますね。はい」
「…………は?」
イエは、俯きかけたハルトへ顔を向けていた。
……なんならオルエスだって静謐に笑いながら見ていたのだ。乙女と、青年の、どちらだけでもない二人を。
「お時間がある時に描いてもらえますか? ハルトさん」
「え……え? いや、おまえ、え? なに……?」
「はい?」
……なんならハルトとイエ以外のファミリー全員が、二人を見てニヤニヤニマニマしていたのだ。
「そうでした。これもお姉さ……オルエスさんに言っておかないと」
「うん?」
と、またまた固まってしまったハルトへキャンバスを持たせると、イエはオルエスへ向き直った。
「今日は楽しかったです。でもごめんなさい、私はあなたと一緒にはなれません」
真っ白どころか赤くなっていたハルトは「はっ」、乙女の横顔を見つめて。
「『恋』は患うものと申します。今回のデートで、私の答えで、あなたの『恋』が治るといいのですけど……お大事に」
「……ん?」
おめかし乙女のそんな口振りは。張った背筋は。聞き慣れて、見慣れたようなもので。
……これは。なんだか。まるで。ひょっとして。
「……なあ。おまえ。なあ。こ……人を好きになるのをなんだと思ってるんだ? なにを病気みたいにおまえ」
「えっ。……人を好きになりすぎてかかる心の病、でしょう? 不治の病に近く、焦がれるほどに辛くて苦しいものだと……」
安心した様子のオルエスを除いて、全員から気の抜けたため息が垂れ流された……。
「イエ。確かに『恋患い』とはいうが『恋』は病ではないぞ。それにそもそも、患うものでもないと私は思っている」
「なんと。です。では『恋』とはいったい……」
(アホなのかこいつは。……いや、バカか)
だんだんとわかってきたハルトは頭を抱えてしまったが、オルエスは前のめりの乙女……ならぬ白魔法師へ続けるのだ。
「それは患うものでなく、秘めるものだ。辛さも、苦しさも、生半可な言葉に俏してしまわないように……いつか『愛』に変わるまでな」
ーー「それは言葉にした途端に意味を失う。まだやめておくがいい」
……それはきっと。きっと咲くだろうとわかっている花でも、まだ固い蕾を手ずからこじ開けたりはしないように。
旅人は、いつしか、青年へ顔を向けていた。
一方、白魔法師こそはいつものように悩んでいて。
「……苦しいのに、痛いのに、病気ではないのですか?」
オルエスは首肯で答えた。
そうすれば、
「そうなのですか」
桜髪が、ハルトの目の前まで自由にそよいだ。
イエが、綿紐で高く括り上げていたポニーテールをほどいたのだ。
「……ふふっ」
(え……?)
そんな、うつろわない彩りの向こうで。なんでもないように彼女が笑ったように見えたのは、ハルトの気のせいだろうか。
「ちょっぴり、気を張りすぎてしまいました。……このデートが『恋』を治す決戦場になるのならと、故郷の武道着を参考にしたのですけど……」
「おまっ、ええええ!? それでそんなにめかしこんでたのか!?」
「これがほんとの『勝負服』なのだわ」
ーー「……合戦にでも行くのか?」
ーー「なんじゃあそん感想お! 素敵よイエちゃんっ、うんうんバッチリ!」
ーー「それならよかったです。ありがとうございます」
少なくとも、あの時のハルトの印象は正しかったらしい。
武芸者のように見えてしまったイエは、実際に戦いへ赴くような心意気だったのだ。
全ては、患者であるオルエスのために。
自分のせいで病を患わせてしまったという責任感と、使命感から。
「……イエ。…………っっイエ」
「はい。ここにいます」
まったく。いよいよ、どんな言葉をかけていいかわからない。
「……ぷっ。ははは……」
「よかった、ハルトさんがやっと笑ってくれました」
だから。今はこの思いのままに、ハルトは笑ってやったのだ……。
「はあいめでたしめでたしよね? ほんじゃあっっオルエスさんお爺ちゃんのとこに報告しに行こっか特に用は無いけどシェリスさんもついてきんさいシュネーヴィっ《ファストトラベル》の書ーーーーっ!」
『ガガップ』
「あっ!?」
そうして、シュネーヴィが隠し持っていた魔法書がマリーに投げ渡され……高々と開かれるとともに、頭上から降ってきたゲートたちがハルトとイエ以外を通していった。
「では。また会おう」
「ネエちゃん、後でまた一杯やろうぜぃ」
『ワシの前で乱痴気騒ぎは許さんぞ』
「ちゃんちゃん! じゃ!」
卓上にあったマリーのフェアリーやアリステラもろとも、……まんまと逃げられてしまったのだった……。
そうして、後には。
アイス豆乳ティーに残った氷を呑気にショリショリ食べているおめかし乙女と、一張羅な青年騎士だけが残された。
「ごちそうさまでした。それでは帰りましょうかハルトさん」
「……待てよ」
ハルトは。席を立とうとしたイエの腕へ……いや、指へ手を添えた。
「おまえさ。『はじめてのデート』って言ってたけどさ……あいつとはもうデートしないんだから、必然的に消去法でおまえにとって『人生初のデート』って意味でいいんだよな?」
「えっと。何が必然的に消去法なのかはわからないですけど……はい、今日が人生初のデートでした」
「『でした』、か」
思い返されたのは……、
ーー「安心してください。『恋』に時間は関係無いと申します……私だって、はじめてのデートを必ずや成功させてみせるのです」
「……こんなので終わっていいのかよ。おまえは」
思ったのは、あの、ローブを纏っていないというだけの乙女の決意ある無表情。
「私は楽しかったですし、途中で終わらせたのはハルトさんかと……」
「正論で叩き返すなよ! やめろよ!」
「そうですね。確かに大成功で終わったとはいえないかもです。いつか思い返した時、後悔して泣いてしまうかもです」
「なんかテキトー言ってないか?」
「テキトーだなんて。ぜんぜん」
「じゃあ、さ……」
そう、やっぱりまだまだ青年は情けない。
「ちょっと。付き合えよ」
こうして彼女に理由を貰わなければ……手を取ることだって成しがたいのだから。
○
画材店の隣に服屋があった。
まだ遊び盛りの若きご婦人へ向けただろう、華やかしすぎない余所行きが揃った店だ。
特に店前でポールハンガーに掛けられた衣服は、軍事大国ベルアーデらしくソリッドな意匠をあしらったワンピースなどで……。
「……あの服もいいとは思うけどさ。……おまえにはそっちのほうが似合うと思うぞ」
「…………これ」
店内から出てきたイエを、ハルトは手を差し出して出迎えた。
真白の生地に桜色のラインが彩られた、セーラーワンピースを纏った乙女を。
今まで着ていた『勝負服』入りの紙袋を、ひったくるように持ってやった青年は。……もう片手にキャンバスも持ったまま目を泳がせるのだ。
「あ、ああ、海軍のセーラー服があるなんて妙だよな? でもベルアーデにも北の海を守る部隊があってさ、なんでもその軍服がカワイイとかなんとかでアレンジされてるって話をどっかで……聞いて……」
「ハルトさんハルトさん。お散歩に行きましょう行きましょう、アテもなくプラプラと」
「いやどうした急に元気だな、っ、ど、どうした?」
気づけばもう、そばに、真白。
……手を取られていて。
彼女の真白は、そう、ともすれば儚いまでの無色で……、
「どうもこうも。私のデートをやり直させてくれるのです、よね? だから嬉しいのです」
「う。……おう、ううう……うん……ハッキリ言うなよ……」
しかしこのセーラーワンピースを着た彼女には、かすかではあるが、確かに色彩が芽吹いていたのだ。
「……あと、『やり直し』じゃなくて『続きから』な。嫌なんだ俺、今日あったことも含めて無かったことにするのは」
「そうですね。この絵も続きを描いてもらわないとですし」
「おまえなあホントに…………ま、いいか。これなら俺でも描いてやれるよな」
肩肘張らずに。『勝負服』を脱ぎ去った乙女はいつものようにリラックスしているように見えたし、青年だって……いつものように救われていた。
ノープランで街中を歩きだした二人は、夕暮れも宵もまだまだ遠い空の下でバカみたいだろうか。
アホみたいだろうか。
それでも。きっと。それでも……いつか……。
続
(1話につき4部分構成の短編連作です)
(毎週月曜日、18時頃に更新中です)
(1話完結の翌週……つまり5週間に1回、次話の準備期間として更新にお休みを頂きます。よろしくお願いいたします)
※(次回更新は9月12日(月)の18時頃です)




