Karte.15-3「……あいつじゃないんだよ」
【ハルト】……ベルアーデ帝国騎士団第七隊所属、双剣銃を手にイエへ寄り添う青年騎士。18歳。
【イエ】……極東ニフ国の乙女で、大体いつもレベル1なのにチートのような守護精霊の力を使える白魔法師。16歳。
【マリー】……ドワーフのミニマムレディ、妖精機シュネーヴィを操る魔導技師にして第七隊のメイドさん。19歳。
【シェリス】……第七隊隊長、魔法剣ならぬ魔法シャベルを振り回すハーフエルフの残念系王女。20歳。
【アリステラ】……イエを守護する旧き『星』の意志であり、自称『勇者』。自称17歳。
「《クラフトウィッチ》」
ーー レベルダウン! ーー
ーー レベル1 イエ ーー
小走りで戻ってきたイエ。ローブ姿でなくともやはり胸元に秘めていたタリスマンから、ハルトが掲げたリュック入りアリステラへと魔力が捧げられた。
「ん……いってきなさい」
「いってきますお姉さん」
開眼。何の感慨も無さそうに、アリステラはヒラと手を振っただけだった。
「デートの間はハルトさんが預かってくれます。こういうのを西方語ではなんと言うのでしたっけ」
「『ベビーシッター』よ」
「もしくは『可哀想なパパ』じゃね」
「パパです?」
「誰がベビーよ」
「アリステラちゃんが言ったんじゃないのお」
「いいからもういってきなさい、イエ」
「はい、改めましていってきますお姉さん。ではでは」
そうして今度こそ。止まらなくなった早足とともに、イエは正門の向こうへ見えなくなってしまったのだった……。
そして打って変わって。デジャブじみた、静寂。
ただし昨日と違うのは。ハルトはまだ真っ白にはなっていなかったし、手元にアリステラがいることだ。
「……アリステラ。本当の、本当に、おまえは絡んでないんだな?」
「あの子を止める理由が一つでも多く欲しいのね。意気地無し」
「説教なら後でいくらでも訊く……! ど・う・な・ん・だ!」
「私がここにいることが答え。雰囲気が似ているという理由だけで疑ったのならばそれは乱暴ではないかしら」
「ぐっ……」
「でも、似てるっていうのはアリステラちゃんも思ったのね? あがーでもドッペルゲンガーじゃあっ?」
「ネエちゃんの失くした記憶関連のサムシングじゃねぃのだわぁ? 知らねぃけど。……ぶった斬ったらチートが解けるとか」
「答えられたら苦労はしないわ」
アリステラの頭上で漂泊チートの『薄眼』が浮かびきらないうちから、ハルトはリュックの雨蓋を閉ざした。
「八つ当たりはみっともないわね、男の子」
「わかった眠っててくれ。全部終わってからまた話す」
「必要無い。今回はあなたを見守らせてもらうわハルト……おやすみなさい」
ストンと、もぞもぞと。リュックの底の蠢きは、生き人形が就眠体勢を整えたものらしい。
10分と起きていることすらままならない『闇』は、しかし、あの夢の狭間でこそハルトたちを見守っているのだから……。
「……いってくる」
ハルトはリュックを背負い、歩きだした。
振り向くことなく、見えるはずもない乙女の足取りを追って。
……数歩進んだそばから足取りが重くなっていった。
振り向けば、肩を、腰を、王女と侍女の手ががっちり掴んでいた。
「ほはははは。なぁに言ってんでぃ、ついてくに決まってんのだわ」
「水臭いわねえハルトお」
「……なんだよ。いいって」
温かな言葉の一方で、シェリスもマリーもニチャア……と笑っていたが。青年には構っている余裕なんて無かったのだ……。
○
帝都ベルロンドの特徴の一つとして、横並びに連なった巨壁のような街並みが挙げられる。
限られた土地を有効活用する合理に基づいて。店舗や工房は別としても、家々のほとんどが集合住宅として築かれている。
特に三階建て以上もの建築となれば……多かれ少なかれ機工技術を導入しているので、屋根から屋上にかけて歯車だらけの機関部が敷かれていた。
それらは街路1ブロックごとに、一繋ぎのメカニズムかのようだった。
だから、もしもこの街の中で誰かを尾行するのなら……、
街角の暗がりへ潜むより、駆動と騒音に満ちた屋上へ紛れるほうが都合良い。
「ヨシ! モジュールよ~し」
『ガガ~ガ』
帝都外壁にほど近いアメジスト通り、小汚ないアパートメントの屋上。場当たり的に増築されまくった機関部に紛れて、全長約2.5メートル、赤銅色の鉄巨人が立っていた。
赤々と眼光を輝かせたヘッドパーツにホワイトブリムを冠した、鋼のメイドさん……妖精機シュネーヴィである。
「ネヴィが聖夜祭のツリーみてぃなのだわ」
「ありがとう~! 聞いたあシュネーヴィ、シェリスさんがキレイじゃあてえ」
『プシュシュル~』
「フリスマスツリーってスラングだろ……」
魔導技師マリーの分身たるカノジョは、大がかりなモジュールの数々によって尖りまくっていた。
右手には聴診器と銃を合体させたようなエーテルスキャナー『ガンサバイヴ』、
左手には高周波ブレードがごとき集音マイク『エイムズ』、
頭部には無駄に12本ものレンズが突き出た回転式レンズターレット『テングスフィン』。
「わかってないわねえ、ゴテゴテしてればしてるほどかっこいいに決まってるでしょ? オシャレは引き算、メカは足し算じゃて!」
「それはともかく、ちゃんと機能するんだよな」
「もちろん! こがーのん、シュネーヴィのES出力の20%も使うとらんわい」
シュネーヴィの主に関節部からエーテルスチールがモクモクと排気されていたが、たしかに戦闘時などと比べればこれでも大人しいほうか。
ーー 同期中 ーー
ーー 識別名 シュネーヴィ ーー
ーー 出力情報 共有 ーー
ーー 『ガンサバイヴ』 ーー
ーー 『エイムズ』 ーー
ーー 『テングスフィン』 ーー
実際。カノジョの肩の後ろからせり出した止まり木型端子『フェアルトゥ』にハルトとマリーのフェアリーが座り、羽型魔導書を介して無事に接続されていた。
そうして青年とメイドの前に、複数のウィンドウが出力されていた。
そのうちのいくつかはハルトにわからないグラフや魔導術式だったが、一つだけハッキリとわかるものがあった。
というより。青年としては、ソレだけが見るべきものだった。
『ーーこんにちは。お待たせしてしまったでしょうか』
『ーーいや。私も今来たところだ』
「くそう、ありふれたやり取りしやがって……」
階下、通りを挟んだ向こう。安宿の前で合流した乙女と旅人のライブ映像である。
肉眼で見下ろしても指ほどの大きさにしか見えず、異邦人や商人中心の往来にあっては会話なんて聞こえるはずもない。だからこそ魔導の力を借りていたのだ。
「ま、ランチデートならまだ救いがあらぁなぃ。これがディナーデートなら雰囲気の良い店でしっとり、その後ぁ宿でしっぽり……」
「やっぱおまえ帰れよもう引っ掻き回すだけならあ!」
「てやんでぃ、そうはなりそうにねぃなぃって励ましてやってんだろぃ。……つってもちょいと待つのだわ、興が乗ったらランチからの延長コースもワンチャンありえ……」
「マリィィィィー!」
「せせろーしいよわりゃーら! ハルトは二人を見るっ、わしは旅人さんを分析するっ、シェリスさんはっ……遊んどきんさい!」
「言われなくてもそうしてらぁなのだわほははは」
あぐらなんて掻いて一人だけ肉眼で遠見しているシェリス、屋上の縁からはみ出しそうなハルト、そして……難解な分析ウインドウばかり見ていてライブ映像も見ていないマリー。
「分析ったって、あいつの女癖以外に何を暴くっていうんだよ」
「だから極端な話、あの『白式』が放った魔物やチートアイテムが化けてる可能性とか。そんほうがハルトとしても収まりがつくんじゃろお?」
「……そこまでは考えてなかった。アリステラが化けてたら青さめに食わせてやろうとしか」
「も、もおお。あっ、ほら、挨拶もそこそこに動き出すみたいじゃあよ、あん二人」
『さて、きみはニフ出身ということだから和食が良いのではないかと思ってな。宿に訊いたところ、何やらこの宿場街と商店街の境目辺りに良い店があるらしいのだが』
『それならひょっとして……知っているかもしれません』
いかにも、イエとオルエスは歩きだそうとしていた。
『案内させていただきます。お手をどうぞ』
『気遣い痛み入る。だが、エスコートするのは私のほうでなくては』
しかもイエときたら、何の躊躇いもなくオルエスの手を取って。旅人も旅人で、その細指を軽く握って応えると彼女のもとへ返した。
『存外、杖の一本さえあればなんとかなるものだよ。見せてあげよう』
『勉強になります』
杖で石畳を強く打てば、オルエスは淀みなく歩きだした。
やはり数歩ごとに杖を打ち鳴らし、障害物となりえるガス灯や通行人を避け、通りの向きすら把握している様子で……。
斜め後ろに位置取ったイエはいつでも支えられるようにか手をそわそわさせていたが、そこまで心配はいらないと悟ったらしく次第に大人しくなった。
毅然とした長身の旅人と、慎ましく寄り添う乙女。……周りにはどう映っているものだろうか、いや、答えは明白だ。
「宿場街と商店街の境目で、和食の店……? って、もしかして」
悪目立ちすることもなく往来に溶け込んでいった二人を、完全に見失ってしまう前に。ハルトは屋上と屋根の連なりを確認しながら、シェリスとマリーへ移動開始の手招きをするのだった。
○
歯車の壁、煙突の天井、それに軒先で交錯する焼き入れや呼び込みのリズム。職人街とも呼ばれる商店街が、まだ少し遠方にあるのに喧しさをぶん回している。
そこは宿場街との境目、主に仕事人たちが憩いの場として活用している小さな広場。
『チュルズルズルチュル……おじさん、おダシを何か変えましたか?』
『おっ、さっすがわかるかい嬢ちゃん。本場ニフじゃソバには必須だってんで馬大根のおろしを入れたんだ』
『やめたほうがいいです。それは冷たいおソバに入れるものですし、そもそもおダシに入れるのではなくて薬味として添えるものですし、とりあえず私は苦手なのではっきり言ってマズイです』
『ぐへぇぇ……』
エーテル製の鉄馬を引いた魔導馬車、その改造である屋台。ニフのファストフード、ソバのヌードルスープを提供している立ち食い処で店主がうなだれた。
イエとオルエスは、どんぶり一杯の温かなソバを啜っていた。
『……はは。失敗だっただろうか』
『あ。いいえ、そんなことはありません。成功です。美味しいです。ただちょっとだけマズイです』
『うぐへぇぇ……』
『そうか。まあ、きみの楽しそうな声は伝わってくる……きっと素敵な笑顔なのだろうな』
「なに言ってんだよおまえは、笑ってないっての無表情だってのそいつはいつもそんな顔だっての」
そんなやり取りを、やはりライブ映像にて屋上から眺めるハルトは歯噛みしていた。
『……。ニコ~……』
『? すまない、何をしているのだろうか』
『笑っています』
『それはよかった』
「良いわけあるかよ無理やり笑ってるんだよ、てかイエおまえなそのポーズは『イーッ』のやつだろ『イーッ』の……」
「兄弟ぃ。シェリスさん情けなくなってきたのだわぁ、男のジェラシーはイタイタしいぜぃ」
「ポテト食いながら言うセリフじゃない!」
「バレたのだわ」
「シェリスさん、その雪玉揚げちょうだいちょうだい」
いつの間に調達してきたものやら、シェリスは新聞紙にくるまれた山盛りフライセットを貪っているし。マリーは相変わらずウィンドウの注視を続けていた。
「う~ん、今のところだけど……どこからどう調べても人間ねえ、あの旅人さん」
ーー メモ蝶 起動! ーー
フェアリーの羽から飛び出してきた白紙の蝶たちを腕に留まらせ、指先で次から次へとメモを書き込みながら。マリーは好物の揚げ菓子を飲み込んだ。
「ところでハルト、いつまでこうしてるの? あの人が本当にただイエちゃんを好きになった旅人さんだったとして、最後まで眺めちょるだけでもないじゃろお?」
そう言われると、ハルトは息詰まってしまった。
「……ない、っての、もちろん。あいつがイエにおかしなマネしそうになったら、すぐに飛び出して……」
「もううう、そがーことげに起こるう思っとん~? あん二人を止めたいっちゅうんはもう見え見えなんじゃけえ、理由なんか拵えんでも飛び出したらええじゃろがい」
「っ……そんなワケにいくかよ!」
ハルトもレンズで捉えられていたら、きっと、あの旅人のように赤い顔なのだろう。……同じようでいて絶対に違う、言葉にできない感情のもとに。
「あいつが本当に怪しいところなんて無い人間なら……俺が止めていい理由なんて……無い。だから、せめて、何も無いように見とくしかないだろ……ああくそっ」
矛盾している。乖離している。そんなことはハルト自身もわかっている。
「……あいつじゃないんだよ。あいつじゃ……」
少なくとも『意志』を言葉にしてみせたあの旅人へ、その胸の内がどうだろうとハルトがなじる道理は無い。
それは、そもそも彼女を止める方法として間違っている……、
「って、いない!?」
「兄弟がヒス起こしてる間に遊びに行ったぜぃ」
「おいいいい!?」
ライブ映像を見れば、階下を見れば、立ち食いソバ屋にイエもオルエスももういなかった。
「シェリス! どこ行ったんだあいつらどっち向かったんだ見てたよなっなあおい!?」
「そりゃ賢いシェリスさんはずっと見てたのだわ。だが、おまえが頭冷やすまで教えてやらねぃのだわほはははは」
「シェリス!!」
「ま、おまえは良くも悪くも心配しすぎなんでぃ。キンキンに冷えた炭酸でも買ってきてやっから待ちやがるのだわ」
「わしもシェリスさんに賛成~。あ、わしリンゴのショーレね」
「うぎぎぎぎぐぐぐぐ……」
まだ落ち込んでいるソバ屋の店主よりも、ハルトは歯噛みしたのだった。
○
商店街と宿場街の境目から、商店街のアーケードへ。
画材店の隣に服屋があった。
まだ遊び盛りの若きご婦人へ向けただろう、華やかしすぎない余所行きが揃った店だ。
特に店前でポールハンガーに掛けられた衣服は、軍事大国ベルアーデらしくソリッドな意匠をあしらったワンピースなどで……。
『ーーまあ絵師だのと名乗っても、それだけで食えるはずもない。日々の糧と画材のために魚を釣ったり木の実を採ったり……だから、これくらいの散財は慣れている』
『すっからかんになってしまいましたね』
イエとオルエスはその隣、画材店から出てきた。
イエは軽い木の音が詰まった紙袋を、オルエスは小さめのキャンバスを持っていた。
「……やっぱりな」
「なぁにが『やっぱり』でぃ。ついさっきまで狼狽えてやがったくせに」
「と、途中からはちゃんと大人しくしてただろ」
「隣の服屋さんをゾンビみたいな顔で見てただけじゃったような……」
『プシュルン』
「とにかくほらっ移動するぞ」
イエとオルエスがある場所へ向かっていったのを見届けてから、炭酸飲料の空き瓶を仕舞ったハルトたちはまた移動をはじめた。
……なお、マリーの言葉も正しい。ハルトはさっきからずっと、虚ろだが確かに服屋ばかり見つめていた。
(…………)
振り向いたのは一度だけ。少しは冷えたと信じたい頭に『できる』ことを張り巡らせながら、ハルトは跳ぶように走っていった。
○
『誰かのために絵を描くのは久しぶりだ。こんなふうに、おしゃべりでもしながらのんびり過ごすのもな』
『どうやって描くのですか? ……あ、ごめんなさい、失礼な質問でした』
『かまわない。当然の疑問だ』
イエとオルエスがやって来たのは、今度は商店街と繁華街の境目。緑豊かな公園だった。
宿場街と商店街の境目では働く者たちの休憩の場として広場があったが、こちらの公園は休日を楽しむ者たちの憩いの場らしい。
背の高い針葉樹たちが、真っ昼間からイチャついている恋人たちのために木陰を作っている。柔らかな芝生の上でちらほらと、大道芸人たちがしのぎを削りあっていた。
『その前に、まずはこれくらいの枝を一緒に集めてくれないか。10本もあれば事足りる』
『わかりました』
一方。一応はデート中の乙女と旅人は、素材採取でもするように大きめの枝を集めて。
『ロープは便利だぞ。たくさん持っておけば、このように……よしできた。イーゼルだって組める』
『またまた勉強になります』
鮮やかな手際だった。オルエスは枝同士をロープで結び合わせ、キャンバスを据えるイーゼルスタンドをクラフトしてみせた。
『さあ。座ってくれたまえ』
なぜだか杖で木の幹を打つと、旅人は乙女の位置がきちんとわかっているかのように麻布を敷き、座らせてやった。そして自分も固い鞄の上に腰掛け、キャンバスへ相対する。
『きみは知っているだろうか。反響定位というものを』
『はい、知識としては……。音の反射で空間を捉える方法ですよね』
『そうだ。人の体はうまくできている、一つの感覚が弱くなれば他の全てが鋭敏になっていくものだ。もちろん訓練は必要だが、私の場合、杖を打てば世界の輪郭程度は視ることができる』
実際、オルエスは木の幹を再度打ち、足元に置いてあった紙袋を開けた。
『風景画ならそれで十分だ。図らずも抽象画ばかり出来上がるようだがな』
その中から数本の色鉛筆を取り出すと、自嘲気味に笑った。
『すまない、黒の色鉛筆はどれだろうか』
『これです。どうぞ』
『助かる。それで、今回は風景画ではなく……』
と。黒の色鉛筆を受け取りながら……オルエスは、イエの手を掬い上げるように握った。
『……イエ、きみを描きたい。もしも受け入れてくれるのなら、きみに触れさせてもらえるだろうか』
『私の。……いいですよ』
「っ……」
そうして。目を閉じたイエの頬に『……ありがとう』、オルエスの手が添えられた。
そんな公園を見下ろす大型酒場の屋上、今はまだ準備中のビアガーデンで、ハルトは大声を出しかけた。
だが、今度は呑み込んだ。
ライブ映像を見下ろすだけでなく。遠くすぎても、目に映るあの二人を見ていた。
『なるべく早くスケッチさせてもらおう。目は閉じていてもらえるか』
『もうやっています』
『そうか。リラックスしていてくれ』
「びっっくりしたあ……チューするんかて思うたわい、チュー」
「うぃっく……よく我慢したのだわぁ兄弟ぃ。褒美にビールやるのだわ」
「いらない。後で金払っとけよな」
「なんでぃ、シュバルツビールは嫌いかぁ? あとはヴァイツェンがあったっけなぃ……」
いまだに分析ウインドウへ食い入っているマリーも、ビールサーバーである大樽を勝手に開けているシェリスも、……いてくれるだけでハルトにはありがたい。
そうだ、どれだけ茶々を入れられても。だからこそいつものハルトらしいというもので。
「……ったく。ついてきてくれてよかったよ」
皮肉じみて小さくこぼしても、それは本心だった。
ハルトはもう、今さら、一人で背負い込むような歩き方はできないのだから。
この目は俯くためだけにあるのではない。ましてや前を見るためだけでも。
『遅筆ですまないな。言い訳にしたくはないが、きみと言葉を交わしているだけで楽しくてな。ついそちらへ気を取られてしまう』
『いいえ。ごゆっくりどうぞ』
(……ふん。良い顔で笑うよ、あんたも)
それもまた偽りのない感想だった。面白くはなかったが、ハルトはあの旅人を見ていた。
そう。イエの薄く膨らんだ唇や、細くそよぐ毛先を指で捉えながらも……、それこそあの乙女が見せるような慈愛の笑みを見せたオルエスを。
『きみの髪の色は?』
『桜の色とよく言われます。あ、でも、ピンクではありません』
『こだわるのだな』
『ニフでは色彩の幅が広いのです。同じ桜色の中でも少しずつ違う色があるくらいで、私の場合は、えっと…………とにかく、ピンクでも桃色でもないのです』
『はは……語彙力な。あいにく色見本は持っていないが善処しよう』
そんな他愛の無い会話とともに、時間は過ぎゆく。
旅人の手がキャンバスへ移っては、二本の指で紙上の距離を測ったり、色鉛筆を塗ったかすかな濃淡の厚みで描き込み具合を判断したり……。
穏やかに、密やかに……。
そして、半刻も経った頃。
『ふむ。とりあえず、いま描きたいものはできた』
『わあ……』
出来上がったのは、未完のスケッチ。
下書きに過ぎないボディラインのラフが、たおやかに手を組んだ姿を辛うじて導いている。
ただし。その上方に描かれたのは、見事なる慈愛。
薄く色付けされているだけなのにもうそれだけでも不足は無いだろう、微笑む乙女の似顔絵だった。
『お上手です。そっくり……だと思います。自分で言うのも変ですけど』
『そうか。それはよかった』
オルエスはイーゼルからキャンバスを外すと、杖を打つこともなくそれを見つめた。
慈愛は、目で見るものだけではない。きっと感じ取るものだから。
『……きみに。まだ未完成ではあるが捧げたい』
『一目惚れ』の旅人は、やがて、その絵を乙女へ差し出したのだ。
『そして、もし、できれば……この絵を完成させてもらえないだろうか』
『……?』
乙女がキャンバスへ指を添えれば。その肩へ、手が触れた。
『描ききりたいのだ。きみが好きだから……触れたい』
目に依らず描く旅人は。その未完の絵の先へ、もっと、触れたいと願っていて。
「……もういい。もう……」
……そんなことは、青年はもうわかっている。
だから。
「もう。おまえのほうは、どうでもいいんだ」
あの旅人のことは、もう、悩むだけ無駄なのだ。
『……はい』
「っっっっ!」
そうだ。問題は、旅人のほうではない。
「いっっっってくる!!」
「「いってら~」」
ハルトは。テーブル席のパラソルを引っこ抜くとともに、屋上から跳んだ。
ライブ映像ではなく……あの、あまりにもあっさりと頷いた乙女へ……!
ーー シークレットモード 解除 ーー
ーー レベル015 ウェポンテイカー ハルト ーー
ーー チートスキル 《ウェポンマスタリー》 ーー
ーー チート! チート! チート! ーー
ーー 傘術 レベル3(神級) ーー
(1話につき4部分構成の短編連作です)
(毎週月曜日、18時頃に更新中です)
(1話完結の翌週……つまり5週間に1回、次話の準備期間として更新にお休みを頂きます。よろしくお願いいたします)




