Karte.15-2「おデートですね」
【ハルト】……ベルアーデ帝国騎士団第七隊所属、双剣銃を手にイエへ寄り添う青年騎士。18歳。
【イエ】……極東ニフ国の乙女で、大体いつもレベル1なのにチートのような守護精霊の力を使える白魔法師。16歳。
【マリー】……ドワーフのミニマムレディ、妖精機シュネーヴィを操る魔導技師にして第七隊のメイドさん。19歳。
【シェリス】……第七隊隊長、魔法剣ならぬ魔法シャベルを振り回すハーフエルフの残念系王女。20歳。
【アリステラ】……イエを守護する旧き『星』の意志であり、自称『勇者』。自称17歳。
「手のひらの擦り傷と。他にどこか痛みますか」
「む……まあ、強いて言うのなら膝の辺りを打ってしまったか」
「わかりました、失礼します。《ヒーリング》」
旅人の手を取ると、イエは回復魔法へとエーテルを紡いだ。
息吹く自然の力なる『風』の輝きと、土壌として相乗効果を強める『土』の輝き。
旅人の治癒力が高まっていった。
赤色を点々と滲ませていた傷口が血栓によって塞がり、瞬く間に乾いてかさぶたへ。それが剥がれるとともに、真新しい薄皮が肌へ馴染んでいった……。
「ぁ……」
ごく小さな呟きをこぼした旅人は、真剣なイエの面持ちを見つめていて。覆われたその眼ではおそらく見えてはいないのだろうけども、きっと、姿形ではなく乙女の存在をこそ捉えていて。
無垢なまでに呆気にとられた表情は、なぜか、見守るハルトも同じように浮かべていた。
「ここも。《ヒーリング》」
旅人のズボンを膝まで捲り上げて。やはり頼りなささえ見て取れるか細い脚を改めると、膝の皿の下で滲んでいた内出血へ回復魔法。
擦り傷よりも少しだけ時間がかかったが、青痣はやがて外縁から小さくなりつつ薄くなり、消えていったのだった。
「はい……。お大事に」
怪我をさせてしまった当人だからか気まずそうだったが、それでも無事に完治できたことへの慈愛の笑み。いつも底知れない無表情の彼女がふいに見せる表情だ。
「そうでした、《インベントリ》」
収納魔法。そばに渦巻いた『闇』色の次元の狭間から、イエは木組みの簡素な小箱を取り出した。
「リペアパウダー、カンカンサラサラサラ……」
修復の粉。折れた断面を合わせた杖へ、研磨剤よろしく『火』の魔力を塗布。
ごくミクロに焼き、溶かし、エーテルで接ぎ合うことにより、杖はたちまち元通りに修復されたのだ。
「はい。杖もどうぞ」
「……ありがとう」
イエが杖を旅人の手へ握らせてやれば。……その細指が包まれ、今度は乙女へと柔らかな笑みが投げかけられた。
……ハルトの中でまた違和感が息詰まった。
「もし、後で不調など感じたらお城の騎士団まで。私、七番館というところで白魔法師のアトリエを営ませてもらっています」
「白魔法師……。きみは……そうなのか」
今度こそ旅人は立ち上がった。馴染みの無いものに迷うように、杖を握り込んだ手を胸元に添えながら。
「きみ。よければ、名前を訊かせてくれないだろうか」
「あ、申し遅れました。ニフのイエと申します、白魔法師です」
「……イエ……」
「なあ。その、本当に悪かったな」
彼女の名が唱えられた時、ハルトは大きく一歩踏み出していた。
「なんていうか、杖は俺が壊したわけだし……」
「いや、直してくれたのだから気にしていないさ。不慣れな街は心細いものだが、きみたちのような優しい人々に会えてむしろ励みになった……ありがとう」
「お~うっ、気ぃつけてなぃ! ひったくりにでも遭ったら同じく騎士団に来るのだわ、シェリスさんたち第七隊なら世界の果てまでも出張してやるのだわほはははは~!」
「それは頼もしい。ぜひ覚えておこう」
そうして。第七隊と旅人は、双方が歩みべき道へ歩きだしたのだ。
……しかしハルトは、最後に一度だけ振り向いていた。
第七隊とは逆に、西陽に背を向けて大通りをゆく後ろ姿へ。
数歩ごとにことさら大きく杖を打ち鳴らしながら、何の迷いもなく、強すぎる陽光を受けてもその紫髪は褪せることなく……。
よそ見はよくない。ハルトは我に返ると前を向いた。
……いや、本当は前へと歩きながらもイエへ向いた。
「俺も気をつけないとな……。おまえの面倒見てやるのはいいんだが、それで他人に怪我でもさせたらなあ」
「お礼が遅れました、助けてくださってありがとうございます。ハルトさんがキャッチしてくださらなかったら私も怪我していたかもです……」
「ホントかイエ子ぉ? 兄弟に尻揉まれた時にあおたんできてねぃのだわぁ?」
「どこ見てたんだよおまえはどこ見てるんだよおまえは……!」
「あおたんってなんですか? シェリスさん」
「んあ? あおたんはあおたんだろぃ」
もうすぐ夕陽も沈みきる。宵に至ればあっという間に薄闇が訪れるだろう、寄り道もそこそこに我が家へ帰るとしよう……。
○
そして宵の時頃。
誰が呼んだかマジックアワー、陰りゆく陽光に薄闇が混ざり合うことで空に幽玄が満ちる。
グレートベルアーデ城(正式名)外苑、パラダイスナイトガーデン(正式名)にて。
第一から第六までの並み居る騎士隊、その砦たちが幅を利かせているなか……、
城壁沿いの際も際、外苑正門に一番近いというだけの隅に第七隊の館がある。
七番館。
名のとおり砦とはけっしていえない最小最貧の拠点であり、しかも、今では白魔法師の工房『アトリイエ』が裏面へめり込んでしまっている。
「は……?」
その目前にて、ハルトは必要以上に唖然としてしまっていた。
帰りがけに市場で調達させられた始末品の食材たちが、紙袋のひしゃげる音を落とした。
「ーーああ。その足音はきみたちだな」
「あんた、っ、どうしてここに……?」
あの旅人が。アトリイエの玄関ポーチに座り、杖を慈しんでいたのだ。
「てやんでぃ、何かあったら来やがれって言ってやったろぃ」
「いや、それはそう……だけど、さ……」
「どうしましたか。怪我ですか病気ですか」
と、やはり飛び出したのはイエである。ハルトの傍らから旅人の前へと滑り込んだ。
対して……、旅人は、目前の乙女を感じ取ったらしい途端に息を呑んだのだ。
「うん……なんというべきか。火傷……だろうか」
「火傷」
「ああ、いいや、それは気取りすぎだな。どちらかといえば……病、なのだが……」
「はあ」
思い詰めた様子なのに、上の空というか夢うつつな様子でもあって。緊張感が先走っていたイエの無表情も傾げられた。
……ハルトだって、なんだか妙に釈然としない心地で腕組みを固めていて。
かと思えば、
「イエ」
「はい」
(へっ?)
それは突然だった。
旅人が、イエの手を取ったのは。
「私はオルエス。旅の絵師をしている」
オルエス。
そう名乗った宵色の旅人は、杖をも置いて乙女の手を包んだのだ。
慈しむように……、
そう、
「……イエ、きみに一目惚れしてしまった。私と付き合ってくれないだろうか」
そう、
愛おしむように。
告白。
こくはく。
コクハク。
告。白。
「は……」
最初の一声は、白く固まってしまっていたハルトからようよう落ちた。
「ひとまず明日、共に食事でもどうだろうか」
「…………」
そして肝心要の乙女はといえば、ただ考え込む仕草を見せていたのだ。
「……あの。それはいわゆる、『恋』というものでしょうか」
「ああ……患ってしまった」
「そうですか。わかりました、お付き合いさせていただきます」
「はあああああああああああ!?」
そんな乙女の無垢すぎる頷きで、青年のフリーズは赤々と……いや赤黒くほどかれた。
「デート。おデートですね。あの伝説の」
……されど。ふんすふんすと握り拳を振ってみせた彼女へ、顎が外れるほど凝視する以外に何ができるというのか。
「へい兄弟、ツッコミツッコミ」
「あ……おっっ……」
よじれそうな腹をプククと押さえた姉貴分が膝で小突いてきて、ようやく思考が廻りだしたのだ。
すなわち、
「おまえアリステラだろっっっっ!!」
「は……?」
イエではなく、旅人オルエスを射殺すほどに指差したのだ。
「アリステラ? すまない、私はオルエスというのだが……きみとはどこかで面識があるのだろうか」
「ハルトだ! ベルアーデ帝国騎士団第七隊っ、こいつの……イエの……っ、っ、お目付け役っっ!」
「そうだったのですか? ハルトさん」
「そっっ……う、だよ! だいたい、お、おまえなああああ……!」
そうだ。黄昏か暁のような髪色に、静謐な立ち振舞い。声もよく聞けば彼女に似ているような……。
……その他には何一つとして確証は無い、
が、そう感じたのだからそうなのだ。御意見無用なのだ。
むしろなぜ、イエもわからないのか。
彼女に詰め寄ってやりたかったが、それでも、ハルトの指先はけっきょくオルエスへ向けられた。
「とぼけるなアリステラ! どんなマ改造されてるのか何を企んでるのか知らないがっ、悪いが俺は最初からぶち壊していくからなっっ! さあ吐け今すぐ出てこい何なら俺がひん剥いてや……」
「ーーちょ、ちょっとハルトお。なんならあ大声出しおって、アリステラちゃんがなんならあ?」
「は……」
「すや……すやぁ……すてぁ……」
と。アトリイエの玄関ドアが開き、アリステラをだっこしたマリーが半身を覗かせた。
「おい~っすマリー。今日はじゃが肉にしようぜぃ、芽イモが安かったのだわ」
「あ、お買い物行ってくれたんだ? 助かるわあ~、わしとアリステラちゃんもついさっき帰ってきたとこなんよ。……とと、よく見たらそちらはお客様?」
「失礼、軒先を借りていた。もう帰るからお構い無く」
オルエスはようやくイエの手を離すと、杖を打ち鳴らすとともに立ち上がった。
「ハルト……といったか。よくはわからないが、聞く限り誤解は解けたということでいいのだろうか」
「……………………」
まさに、ぐうの音も出なかった。
旅人は批難するようでも嘲るようでもなく、不幸な行き違いでもあったようだ、と悲しそうにさえしていたのだから。
そうしてハルトがまた白くなってしまったところで、オルエスはまたイエへ向き直った。
……本当に嬉しそうに。
「……嬉しいよ、イエ。では明日の正午、アメジスト通りの『オペラ・マウンド・イン』の前で集合で頼む。本来は迎えに来るのが礼儀というものだが……」
「みなまで言わないでください、お気になさらず。明日の正午、アメジスト通りの『オペラ・マウンド・イン』……了解しました」
そうして旅人は、会釈とともに立ち去っていったのだ。
数歩ごとに響いた杖の音。迷いかけた様子を見せては石突を打ち下ろし、不自由なんて無さそうな足取りで……、
やがて、正門の向こうへ見えなくなっていったのだった……。
そして打って変わって。他の何もかも削ぎ落とされたような静寂が訪れていて。
「マリー、マリー、こいつぁ傑作なのだわ。ニフじゃこういう時ゃあ赤飯ってぇのを炊くらしいぜぃ、作ってやんのだわ」
「ええ~~赤いのはリンゴだけでいいわよう。なあに赤いご飯って気持ち悪い、なんじゃあ悪いことでもあったん? あ、イエちゃんとりあえずアリステラちゃん返すわね」
「おかえりなさいマリーさん、ありがとうございますありがとうございます。ぽすぽす……はい、お姉さんもおかえりなさい。これでやっと落ち着きました」
「すやすや……すてぁ……」
イエのフードへアリステラがIN。そうして第七隊は、七番館と繋がっているアトリイエ内へと誰からともなく上がっていった。
「……………………」
ハルトを除いて。
「……ハルトさん? お腹空いちゃったですか?」
「…………………………………………」
ややあって。戻ってきた乙女にお手々を引かれていっても……まったくもって、今度こそ自力では立ち直れないのだった……。
○
翌日。
帝国騎士団本部パラダイスナイトガーデンに、剣戟の音が冴える。
とはいえ。日の出間もない早朝鍛練の時頃ならともかく、今はもう正午前。
各騎士隊の砦ならば依頼持ちの市民への対応やクエスト準備を一段落させたところなのに、やはり、はぐれ者たちの館からの響きは奇異の目を向けさせていた。
「よっ、ほっ、なぁなぁもう飽きたのだわぁ、っと、兄弟ぃ~」
「気が済むまで胸を貸してやる、って……っ、言って、くれたよな、っっ」
七番館向かいの演習場……という名の空き地にて、二丁拳銃パラレラムと最硬円匙シャーフェス・エス・エスツェットを交わすハルトとシェリスがいた。
刃には演習用に革のカバーこそ結いつけていたが、もとより刃のみに頼らない両者の激突が甲高く鳴っていた。
パラレラムの銃としての魔弾発射は無し、エスツェットシャベルへの属性エンチャントも無し。純然なる殴り合いだ。
「いくらシェリスさんの黄金比かつ遠慮深い胸でも、駄々っ子にやるお乳はねぃのだわぁ」
「妙なこと言うな! 誰が駄々っ子だって!?」
「でもハルトお。真面目な話、こがーとこで腕振り回しよったって泣き喚いとんのと大差無いよお?」
とばっちりを受けないように少し離れて、魔導式の音叉を握ったマリーもいた。
「はあいみんな、これで調律は終わりよ~。体操開始!」
ーー ……ドック ーー
ーー グランピーッ! ーー
ーー ハッピ~ ーー
ーー スリーピー…… ーー
ーー バ、バッシュフル ーー
ーー スニージー、っ、くしゅん! ーー
ーー ドーピー? ーー
一列に並ばされた計七つのシュネーヴィパーツの前で、それぞれの制御を担当する七妖精隊がこれまた整列していて。音叉『チューニングフォルフ(Tuning For F)』から放たれた音色が魔導術式のスクリプトとしてフェアリーたちに吸収され、体操が始まった。
「はあいそこグランピーとバッシュフルっ、また同期ズレしちょるよっ! もぅっ……えーとなんの話だったっけ、そうそうハルトハルト。なんでデートなんかオッケーしちゃったのかイエちゃんに訊けてないんでしょ、どうせ」
「図星突き! だわ!」
「ぐっ」
間合い外からのふざけたダイビングヘッド突きを、ハルトは交差させたパラレラム二丁でなんとか防ぎ止めた。
そうだ。昨日、あの悪夢のような宵から、一晩と少し……。
ーー「ハルトさん? お腹痛くなっちゃったですか?」
ーー「ハルトさん? お風呂ぬるかったですか?」
ーー「ハルトさん。よしよしなでなで……あ、もうちょっと私のほうにもお布団ください」
「俺が訊ける筋合いじゃ……ないだろ! お人好しのっ、あいつのっ、ことだからっ、適当に話を合わせただけかもしれないしな……!」
「言ってることがブレブレねえ」
「ほははははほーっはははは」
腹這いに不時着したシェリスへ突きを落とすも転がって避けられる、追って再度の連続突きを乱れ打つも掲げられたシャベルの高速回転にいちいち芯から弾かれる。
「隙ありでぃ!」
「無い!」
ダンスじみた回転足払いを跳び退いて避ける、跳ね起きるとともに飛んできたドロップキックを鋭利なヒールから叩き落とす。
「いいのかぃ兄弟」
「なにが!」
今度は器用に着地してみせた黄金王女の、一瞬だけの無駄口と隙を見せた大上段兜割り。振り下ろされる前にハルトは彼女の懐へ潜り込み、横薙ぎを連ねることでバトルドレスの胸を圧した。
しかしシェリスは、たった半歩ほど後ろへ滑っただけで。
ふんばってみせたその力はドレスの硬さでも体捌きでもなく、ただ、気合い。
クリティカルヒットの一つや二つ食らっても、振り上げたシャベルは絶対に最後まで振り下ろす……意志の力だ。
次手に一瞬迷ったハルトの目前で、八重歯が凶悪に覗いた。
「おまえたち。壊れるぜぃ」
「……ッッ!!」
ーー シークレットモード ーー
ーー レベル■■■ ■■■■■■■■ ハルト ーー
ーー ■■■スキル 《■■■■■■■■》 ーー
ーー ■■■! ■■■! ■■■! ーー
ーー 双剣術 レベル3(神■)
ハルトが身を捻るとともに振り回したパラレラム二丁が、二重、二十重、二百重もの剣戟を一瞬で震えさせた。
「あっっっっ、しまっ……!!」
ハルトが己の下手を認識した時には、手元に破壊音が轟いていた。
……双剣銃が負荷に耐えきれずバラバラになり、《イークイップ》の副効果によって次元の狭間へ回収されていったのだ。
「《ウェポンマスタリー》が……! へ、平気かシェリス!?」
スキル《ウェポンマスタリー》。それは『救えざるもの』と揶揄される『チート』スキルであり、これによりハルトはどんな武器でも最上級の業を身につけることができるのだった。
とはいえまだレベルも実力も伴っていないため、たった一度で武器をダメにしてしまうのだが。
「ふうううういいいい危ねぇぇぇぇぃ……何発か芯掠ったぃ」
ハルトの脳天を殴る直前の位置、シャベルを通じて無数の衝撃を受けたシェリスが痺れていた。
「ほーーれ見ろぃ。まだまだ鍛練が足りねぃなぃ弟子よ」
「弟子なのか兄弟なのかどっちだよ……」
「ああんもうまた壊したあ。ただでさえ精密なんじゃけん、魔導剣銃は恋人みたいに優しい扱ったらないけんよ」
「てやんでぃ、だから持たせてんのだわ。このザマだがな~ぃほはははは」
「……なんだよ、ったく……」
「ま、さっきのぁ武器じゃなくてイエ子とおまえのこと言ったんだがなぃ」
「なんだよ!?」
ハルトがオーガがごとく形相で振り向けば。遠くからねめつけてきていた騎士たちが、ギョッと明後日の方角へ向いた。
一方。シェリスはシャベルを改めながら口笛なんて吹いていたから、ハルトをさらにひりつかせたのだ。
「あいつと俺の何がどう壊れるって!?」
「そりゃあおまえエロ本にもあるのだわ、『僕のほうが先に好きだったのに』とか言ってなーーーーんもしねぃまま、掴み取ってもねぃのに取られただのなんだの泣き寝……」
「やめろ! だいたいだなぁっ、だい、たい……!」
……続く言葉が言葉にならなかった。
……何が『正解』の言葉なのか、考えてしまったからだ。
「……アホらしい」
アホだ。定まるはずの無い『正解』に己の意志で『答え』を見出だしたからこそ、ハルトは己の『救えざるもの』とて彼女へさらけ出せたのに。
「あのなぁ兄弟、一目惚れなんてのはアホのするこってぃ。イエ子もあのニイちゃんみてぃにズキュンときた、とでも思ってんのだわぁ?」
「そっっ……んなわけないだろ!」
そして、まったく、この姉貴分は人を焚き付けるのが上手いのだ。
「あのヤロウ初対面であんないけしゃあしゃあとっっ、あんなのは買ってきた犬猫だって後々捨てるバカヤロウアホヤロウに決まってる!!」
「……そこまでは言ってねぃのだわ」
「ハルトさん」
「うおあああああ!?」
振り向かなくてももはやわかる。イエの声と手に肩を叩かれて、ハルトは跳び上がった。
「…………へ。あ?」
……だが。それは、振り向かなくてはわからなかった。
「ハルトさん? 昨日からどうしちゃったのです?」
おめかししたイエが、そこに、いた。
ニフの『鉢巻き』と呼ばれる綿紐で額ではなく髪を括り、高々と上げたポニーテール。邪魔ではない長さに切り揃えていた横髪も、珠飾りでさらに束ねている。
一張羅の白魔法師ローブから一転、真っ赤なセーターと黒のデニムジーンズの装い。ヒールワークで履き潰された編み上げ靴さえパンプスへ換えている。
「……いや。わるい。俺、より、おまえのほうが……どうした?」
「よかった、やっとお話してくれました。……変でしょうか? この格好」
「変じゃない! 変……なんかじゃ、ない、けどさ……」
大人びている。見違えるようだ。……でも、
「……合戦にでも行くのか?」
「なんじゃあいそん感想お! 素敵よイエちゃんっ、うんうんバッチリ!」
「それならよかったです。ありがとうございます」
「勝負服って言いたかったのだわぁ? 兄弟」
「……じゃないけどさ」
ハルト自身も理由は判然としなかったが、本当にそう思ってしまったのだ。
凛としたフォーマルさに、なぜか、ニフでいうところの当世具足でも連想してしまったのだ……。
「でもねえイエちゃんー、世間一般的にこういう状況は『ピックアップ』されたっていうのよ? 東方共通語じゃと『ナンパ』。わかっちょるう……かなあ?」
……傾げられたマリーの眼差しは、イエよりもあからさまにハルトへ向いていた。
「はあ。言葉は知っていますけど、何が軟かいのかはわかっていません」
「一目惚れだの運命だの、尻の穴も見てねぃうちから言う軟骨野郎のことでぃ」
「言葉遣い! シェリスさん!」
「……マリーさんシェリスさん、ひょっとしてお会いしたばかりの旅人さんとデートするので心配していますか?」
どうしてそこにハルトの名が無いのか問い詰めてやりたかった青年騎士だったが、あんまり核心を突かれたものだからすっかり硬直していた。
「安心してください。『恋』に時間は関係無いと申します……私だって、はじめてのデートを必ずや成功させてみせるのです」
そして。この乙女の決意ある無表情ときたら、ハルトでなくとも踏み込めないだろう。
「そ……そう~……う~~ん~~……」
(どっちだ!? おまえが人生初のデートって意味なのかヤツと何回もデートする気なのかどっちなんだよそこ訊けよマリーーーー! ……俺ええええ!)
「それでは行ってまいります。ハルトさん、お姉さんをよろしくお願いいたします」
「ぅぬっ……」
「……ぐう。ぐう……すてぁ……」
……彼女の足元に置かれていたアリステラ入りのリュックを渡されただけで。イエでも軽々と持てていたはずのその重量に、ハルトは倒れかけた。
「ハルトハルト」
「兄弟兄弟」
斜め後ろの左右から蹴られまくって、ハッと顔を上げれば、
もう、
真白ではない乙女の後ろ姿が、
もう、
外苑正門まで歩きだしていて……、
「っっぅぅ……~~~~! イエ!!」
「はい」
腹の底から男気を振り絞れば、振り向いたイエはあっさりと止まったのだ。
「い……行くなよ!」
「……?」
「言いおったあ」
「言いやがったのだわ」
鬱陶しい囁きが首の後ろを擦っていたが、ハルトは息が続く限りに紡ぐのだ。
「俺っ……おまえ、と……あ……」
そして。
「あ……アリステラと話したいことがあるんだちょっと起こしてくれ頼む!」
「はい喜んで」
「「ズコーッ」」
男気、息切れしてしまった……。
(1話につき4部分構成の短編連作です)
(毎週月曜日、18時頃に更新中です)
(1話完結の翌週……つまり5週間に1回、次話の準備期間として更新にお休みを頂きます。よろしくお願いいたします)




