Karte.15-1「その形代こそが『勇者』なのよ」
【ハルト】……ベルアーデ帝国騎士団第七隊所属、双剣銃を手にイエへ寄り添う青年騎士。18歳。
【イエ】……極東ニフ国の乙女で、大体いつもレベル1なのにチートのような守護精霊の力を使える白魔法師。16歳。
【マリー】……ドワーフのミニマムレディ、妖精機シュネーヴィを操る魔導技師にして第七隊のメイドさん。19歳。
【シェリス】……第七隊隊長、魔法剣ならぬ魔法シャベルを振り回すハーフエルフの残念系王女。20歳。
【アリステラ】……イエを守護する旧き『星』の意志であり、自称『勇者』。自称17歳。
D&E商国。
そこはベルアーデ帝国から南東にいくつもの国を越え、南エウル大陸の最南端。
かつては遺跡しかなかった旧シーラス国をD&E商会が国土も国民も丸ごと買い付けた、国という名の商会そのものである。
緑の自然を極力切り拓かずに鞣した街道が、吹き溜まりがごとき異形へと捻れた鉄錆の遺跡群とともに、四方八方彼方の工房街まで伸びている。
その中心点に位置する商会本部は、石造りの大箱がいくつも繋がりあった様相を呈していた。
工業製品のように画一的な風情はどこか冷たかったが、城か街かと見紛う一体感があって。
「見るがいい、この分析結果を。一般的な受肉体とはまるで異なる」
地下3階、機密文書や遺物が保管された重苦しい階層の一角。地上階の工廠の喧騒も聞こえず、『収容室』に嗄れた声が響く。
鋼鉄の壁が装飾も無く打ちっぱなしである室内。眩く照らされ、特に発光性のクリスタルを用いた半透明の掲示板……スクリーンとはまた異なるシャウクリステンは、貼り出された資料を鮮明に映していた。
顕微鏡による拡大図のようでいて、細胞の代わりに黄昏か暁のような『闇』が蠢いている活動写幻……、
透過魔法が転写され、関節が球体状になった骨格が写る以外には『闇』に塗り潰されたスクロール……、
素人目には項目名すら複雑だが、辛うじて読み取れる『血液』・『粘液』・『黄胆汁』・『黒胆汁』は『風』・『水』・『火』・『土』の四大属性と対応しているらしい、しかして数値としては0ばかりの成分分析表……。
「ESCH(エーテルスチームコンバージョンオブヒューモア)式の生体スキンのようで、マナエーテルを直接取り込んでおるのか。球体関節骨格だけは見えるが、奥底に満ちるこれは……やはり『闇』じゃな。なるほど、ヒューモア分析もほとんど意味を為さんわけである」
残り火のようなおさげ髪と同じ、いまだ勢いの衰えない長い赤髭を弄ぶ。
その岩肌のような手と似て険しい眼差しは、ただし子供ほどの低い目線から送られていた。
「じゃが……総括するに、全体像でいえばフェアリーのそれと酷似しとる。……そうか、量産性を度外視した最初期の『フェア・スピリチュアル』構想に近いのじゃ」
研究衣じみた革のつなぎ服を着た、髭モジャな老ドワーフだった。
「このマキシマ、まだまだ学ぶことばかりじゃわい」
D&E商会総帥、マキシマ・ベルその人だった。
「ふふ~ん。ま、わしもそう思っちょったがの! お爺ちゃんより先に!」
「せせろーしいわい。ワシの金と設備で分析しておいてよく言う」
そんな祖父の斜め前にわざわざ立ちはだかり、ラバーメイドなちみっこ魔導技師……マリーはたわわな胸を張ってみせて。
「ーー……ねえ、熱くなっているところ悪いのだけれど」
と。拘束具付きの施術台にて、ミニマムなドワーフ二人よりもさらに小さな影が闇色をなびかせた。
べつに縛られてはおらずに縁へ腰掛けて、長すぎる闇色の髪とともに、ドールよろしく精緻なおみ足を投げ出していた。
「寒くなってきたわ。服、着てもいいかしら」
……すっぽんぽんの、生き人形。
アリステラ。
「ああ、うむ。すまんな『星』の意志よ」
「じゃあわしが着せたげるねアリステラちゃん! は~いバンザイしてつかあさい~」
「マリー。服だけでいい」
かつては深淵に追放された『星』の意志であり、今はこの小さな受肉体とともに地上に在る、自称『闇』の守護精霊の少女だ。
外套とセットになった麻のビスチェとスカート……南エウル大陸様式の『旅人の服』セットを手渡されると、彼女は欠伸を噛み殺しながら手足を通していった。
いわゆるSD等身ではあるが、関節の接ぎ目が素肌にうっすらと走っている以外には人体と何も変わらない様子だ。
そう。
簡素な股下を穿きながら、むにゅりと歪んだ太ももも……、
ビスチェを通せばツンと際立った、人間の等身大ならきっと少しだけ大きめなのだろう乳房も……、
「へいへい兄弟ぃ、な~~にクソ真面目な顔でネエちゃんの素っ裸見つめてんのだわ? このむっつりスケベぃ」
「違ッッッッ……フェアリーの裸みたいなもんで恥ずかしがるヤツがおかしいって言うからっ、おまえが言うから我慢してここ立ってたんだろ!」
黄金のバトルドレスと縦ロールな王女、シェリスに尻を膝蹴りされて。青年騎士ハルトはいろんな意味で飛び上がった。
「凝視しろとは言ってねぃし、よく考えたらフェアリーにゃ付いてるもん付いてねぃからぜんぜん別問題だったのだわ。ほはははは悪ぃ悪ぃ」
「シェリィィィィーーーース!」
「青いのうハル坊。ワシら技師たる者、孫の姿をした人形の尻穴でも見ていられるわい」
「ヘンタイ!! お爺ちゃんの外道!」
「例え話ではないか……。おまえの母親にしたほうがよかったか?」
「ド腐れ外道!!」
「あの。みなさん、お姉さんが眠ってしまったのですけど起こしたほうがいいでしょうか」
「「「「あ」」」」
「……すやぁ……すてぁ……」
と、スカートに片足を通しながら舟を漕いでしまった人形少女の頭を支えながら……。極東ニフ国よりの白魔法師乙女、イエももちろんこの場にいた。
「あ、それとシェリスさん……ハルトさんはエッチなことでしっかり赤くなるので、むっつりさんではないと思います。です」
「むむっ。誠に遺憾ながらシェリスさんの負けなのだわ」
「さすがイエちゃんねえ。もとい、ハルトのイエちゃんじゃねえ」
「もういい膨らますなその話は! 集中!」
隊長のシェリス、副隊長兼メイドさんのマリー、顧問白魔法師のイエ、そして平隊員のハルト。
四人揃ってベルアーデ帝国騎士団第七隊、たった四人だけの『なんでも屋』部隊である。
「うむ、頼むわいイエ嬢。レベルアップ用のワビ石は……あと4個あるな、この際じゃから全部使うかね」
「いえいえ、とりあえず1個で大丈夫です。もう8個も使っていますし」
「なんて会話だよ……『5個あれば人間1人の人生が買える』ワビ石だぞ」
「ワシの懐から捻り出した金じゃ。商会の財には手を出しとらんのじゃからかまわんじゃろう」
「アリステラと対話するためだけに割ってるのが信じられないっつってんの」
「ぱきーん。です」
マキシマのポケットから何気無く渡された拳大の石……四大属性色に輝く魔石が、イエの願いに応じていとも容易く握り潰された。
すると。収容室を破りそうなほどに莫大なエーテルが石の内より溢れ出て。
ーー レベルアップ! ーー
ーー レベル2 白魔法師 イエ ーー
……そのほとんどを無為に還しながら、最弱乙女を1つだけレベルアップさせた。
「あーーあぁ、やっぱもったいねぃやぃ。どうせイエ子なら組み手でもしてやりゃすぐレベルアップするのだわ、だから代わりにシェリスさんへワビ石をよこしやがるのだわジジイ」
「ふん。ルーデリカの娘を楽に稼がせるくらいなら、『星』の意志との対話の為に喜んで無駄遣いしてやるわ」
「この前の『白式』騒動で商会も襲われたんだろぃ? あの『赤き岩塊』ヤロウに。そんなコンプラ違反な発言していいのかねぃ~」
「それも、貴様の親父がしゃしゃり出てくる前にとっとと片付けたわい」
そう。ハルトたち第七隊は受肉体を得たアリステラをマキシマへ見せてやるため、約1ヶ月ぶりにこのD&E商会までやって来たのだった。
「《クラフトウィッチ》」
ーー レベルダウン! ーー
ーー レベル1 イエ ーー
イエがローブの胸元から闇色のクリスタルでできたタリスマンを抜き出し、オドエーテル(体内魔力)を集束させた。
それは一条の『闇』の輝きとなって夢見る守護精霊へ捧げられて……。
「……ん。おはよう」
「おはようございますお姉さん。ついでにスカートは上げておきました」
「上げすぎ」
開眼。ニフの袴の調子で胸下まで上げられてしまったスカートを、今までの居眠りが嘘のようにテキパキと整えたアリステラだった。
イエが1レベル分の経験値を供給してやらなければ、『星』の意志としての力を失った彼女は10分と目覚めていられないのである。
代わりに眠っている最中も『夢の狭間』なる場所にハルトたちを視ているとのことらしいし、何ならあの異空間に第七隊も何度か招待されているのだが……。
「さて。他に訊きたいことはあるのかしら、マキシマ老。私としてはすでに実りある問答は交わせたと感じているけれど」
「うむ……。『人の島』、『転生者』と『墓守』の責務、『闇』の大クリスタル、《ハローワールド》の術式……。いっそワシも孫たちのように、夢の狭間とやらの茶会に招待されてみたいものじゃな」
「インタビューの続きには適さない場よ。ただの夢とは異なり記憶だけは残るけれど、何も持ち込めないし持ち出せないから」
「なるほど、起きてから記憶を頼りに『夢日記』でも付けるしかないということか。そりゃあジジイの頭には堪えるわい」
「考えることはおんなじねえお爺ちゃん」
ーー 録音中 ーー
ーー REC● REC● REC● ーー
マリーのホワイトブリム(メイドカチューシャ)中から手乗りサイズのフェアリーが顔を覗かせ、耳元を『風』色に輝かせながら録音開始していた。
「では恐れながら訊かせてもらおうかの、『星』の意志よ……」
「アリステラでいい。『星』の意志として在ったのは過去の話」
「ならアリステラよ。……貴公が神代のクリア聖戦の折、人間と精霊との争いを傍観し、実質的に精霊側へついていたというのは事実なのか?」
投げかけたマキシマの様子には、個人的な感情ではなく、ただ探究を望む静かな熱があるようで。
……クリア聖戦。
それは神代を終わらせ、精霊の加護に依る在り方から世界を変えた一つの終末。
『星』の意志により産み落とされた精霊たちが、人間たちを愛しきることはできずに反旗を翻したという混沌だ。
彼らの父あるいは母である『星』の意志が動けば違う結末もあっただろうに、と。ついに精霊たちが根絶やしにされるまでその権能の痕跡すら見られなかったのは、『星』の意志が傍観の形で精霊側に与していた証左である……という論調は根強かった。
「……ええ。『星』の意志としての『私』は、あの聖戦をついぞ見届けることしかできなかったわ」
アリステラもまた、静謐すぎるほどにマキシマをただ見上げた。
「ただ……あなたたちは『星』の意志の名を買いかぶりすぎているわね。ソレはべつに、危難をたちまちに終わらせる機械仕掛けの神ではないわ」
「人に『魔法』を授けられるほどの精霊を世に遣わせておいて、かね」
「だから、『私』が司ることができたのは『星』に満ちた高次元存在だけということよ。それらを廻して『星』の中に生ある混沌を満たすか、次元の狭間として人々に開放することぐらいがせいぜいだったわ」
「それはそれで興味深い話じゃが……うむ、質問を変えよう。ワシもこんなことが訊きたかったわけではなかろうに……」
自嘲気味に、老人は厳めしい皺の癖がついた眉間をうごかして。
「……貴公はいわば全ての精霊の親じゃろう。人間を愛していたがゆえに、良き隣人となるよう精霊たちをこの世に降ろしたという。そんな彼らが人間に敗れ、かつての世界樹もろとも低位の次元へ焼け落ちたことで……何を見出だした? 何を感じたのじゃ?」
「…………」
『星』の意志が全ての精霊の親であるように、マキシマから連なるD&E商会は全てのフェアリー(妖精)たちの……精霊の生まれ変わりたちの親といえる。
総帥の任を背負った老技師は、今この瞬間も、フェアリーと人間が良き友となれるように立ち続けているのだ。
「……『私』は……私、は」
対して、アリステラは……。
「……ああ、まったく忌々しいチートね。これでは言い訳に使っているみたいではないの」
その『答え』は許されないとばかりに、彼女の頭上に『闇』のエーテルが現れた。
形を成したそれは、薄い笑み……、
いや、無数に喰い散らされた『薄眼』だった。
アリステラの記憶の深淵を封じる漂泊チート。『星』の意志の代行者を語る『白式』一派が一人、『真白の幽鬼』に喰い散らされた傷だ。
「……話せる時に話しておけばよかったものを。貴公、すでに『星』の意志ではないというがワシにはいまだ引きずっとるように見えるな。人の導き手に……姉でも母でもなんでもよいが、今さらなろうというならただ見守るだけが教育ではないぞ」
「そうだぜぃネエちゃん! シェリスさんを見習うのだわほははははは!」
「……反論させて。イエ、上げて」
「お姉さんが負けず嫌いです」
爺と不良王女に見下ろされるばかりだった人形少女を、イエは抱き上げてやった。
「たしかに『星』の意志としての『私』には、いわば世界の『眼』としての力しかなかった。だから世界の『手』や『足』となりえる力が必要で……これだけは覚えているわ、その形代こそが『勇者』なのよ」
『勇者』。誰もその意味を知らない、彼女のもう一つの自称。
「あなたたちと出会う前から……それこそクリア聖戦の時から、私はその名を持った導き手として活動していた……はず……なのだけれど」
「なんでぃ、けっきょく思い出せねぃんじゃしゃあねぃのだわ」
「『勇者』、か。勇ましき者とはいかなる意味か……自称として用いとるからには使い魔やアイテムの類いではなさそうじゃが」
まったくもって、言葉を交わせば交わすほどに謎が深まるばかり。転がりゆくように沈黙が訪れ、誰もが思案に息を溜めた。
「ーーマキシマぁ、マキシマぁ! 約束の
アイスクリームはどうなってるネッ、午前の休憩で1個と午後の休憩で2個!」
と。施錠されていたドアを巨大な手で打ち破り、とっても小さな人影たちが乱入してきた。
「あらまニズィちゃん。もう初任給はもろたんならあ?」
「そんなもにょより今はアイスデース! アイスアイスアーーイス!」
「アイス!」「ちょだい!」「デモなの!」「でもでもでん!」「デモクラシー!」「なんかちゃうちゃう?」
螺旋の角を額に生やした、緋色なお下げ髪のハイフェアリー。そして彼女が率いた、さらに舌っ足らずなフェアリーたち。飴玉ぐらいしか持てない非力を補うためにグローブとブーツ型の魔導モジュールを装着している。
正確には彼女たちはアイフェアリー、自我に目覚めた妖精たちだ。
「わたちたちは福利厚生充実で各種保険完備でアットホームな労働環境向上を求めるヨ! そろろろ暑くなってきたからエーテリードリンクも追加で……ふたぁぐっっっっ!?」
「「「「「「いあ!?」」」」」」
意識高めに叫んでいた現場監督ニズィだったが、急に、フェアリーたちともども背に備えた羽型魔導書フィグが硬直。ヒュルルルと軟着陸して。
「……はじめまして」
……アリステラに、ただ見つめられただけでそうなったのである。
「ど、どぼちて……あんたを見てるだけで、泣きそうになりゅデース……? デース……?」
「「「「「ふえん……」」」」」
皆、小さくおすわりしながら……畏れとも郷愁ともつかない眼差しをアリステラへ結ばれていたのだった。
「オチがついたな。小難しい話は終わり終わり」
「ちゃんちゃん。です」
今はまだ識らなくていいこともある。この妖精たちがごとく大きすぎる『闇』に呑まれてしまわないよう、けっきょく、一歩ずつ探究していくくらいがいいのかもしれなかった……。
○
その日の、夕方。
「落ち着きません。そわそわします」
「他人のパンツを前後ろ逆で穿いてるみてぃな?」
「言いたいことはわかるがわからん」
ベルアーデ帝国、帝都ベルロンドの街中。
ハルト、イエ、シェリスの三人は、街一番にして国内最大級である書房『ジュンスマン』にいた。
吹き抜け三階建ての建屋、見渡す限りの壁に収められた、本、本、本。何気に文房具や鞄や作業服まで売られていて、ちょっとした市場であるかのようだ。
そんななかで、一階の入口に近い売り場……絵物語や娯楽小説が集められたコーナーは、立ち読みでもっとも賑わっていて。
ハルトは二代目ベルアーデ帝王の冒険譚が基となった戯曲を。シェリスは恥部が描かれていないだけのほとんどエロ本な恋愛漫画を。そしてイエはイラストたっぷりの面白系科学読本を広げながらも、彼女の意識は明らかに空のフードへ向いていた。
「強いて言うなら……おパンチュを穿いていないみたいでフードの中がスースーします」
「パンツな。そもそもおまえもとから穿いてな……って違う違う違うそういうことじゃなくて、心配しすぎだってこと! 俺が言いたいのは!」
「兄弟ぃ、立ち読み中はお静かにしやがれなのだわ」
図書館ではないのだからべつにそんなマナーもへったくれもないのだが、際どいボケツッコミの応酬に他の客たちから凝視されてしまったのも事実である。
「イエ子よぉ兄弟の言うとおりでぃ。ネエちゃんならマリーが品質保証書付きで持って帰ってくるのだわ」
「キャリーケースを作っておくべきだったでしょうか……」
「犬猫なのだわ?」
そう。第七隊はアリステラを商会本部へ預けたまま帰ってきたのだった。
「あとの細かい分析だけならあいつが眠っててもできるからって……変なマ改造とかされてこないだろうな」
「うへーぃこのエロ本期待はずれなのだわ。作者の野郎、昔はキレイな絵柄だったってぇのに乳だの尻だのいろんなとこ膨らましやがってからに……」
「ハルトさんハルトさんどどどどうしましょう、私、私、美容外科は修めていないのです……!」
「落ち着け! 余計なこと言った!」
フードをパタパタさせながら謎のステップを刻んだイエは……、やがて捩じ込むように深呼吸を落とし込んだ。
「そうですね……落ち着きます。です。やっぱり午後もアトリエを閉めて正解でした。こんな状態ではお客さんへの施術に差し障りがあるかもしれません」
(……娘を日帰り入院に入れた母親みたいな)
ハルトは今度は口に出さなかった。この場合、イエが母親なら父親扱いされるのは自分だからである。
「なぁにやってんだかねぃこの旦那は。こういうビミョーな距離感が家庭崩壊に繋がるのだわなー」
「なんだよ!?」
「エロ本の話なのだわ。それより腹減っちまったぃ、なんかつまみに行こうぜぃ」
この第七隊隊長、バカには違いないがいずれ人々の先に立つ王女であるのも間違いない。漫画をほっぽってケラケラと歩きだしていった彼女についていけば、いくばくかでもイエは気持ちが切り替わったようだった。
「えっと、シェリスさんが食べそびれたと言っていた……オカイモ? がマシマシのポテトがあるそうですよ。ホルマリン通りの噴水のそばの食堂で」
「マジかよぃっ!」
「トルマリン通りな」
「ホルモン通り?」
「なんでさらに離れるんだよ」
「あー、とー、たぶんニールのおっさんとこの食堂なのだわ? レッツゴーなのだわ!」
歩幅を広めたシェリスに置いていかれないように、ハルトとイエも足を早めて。
焦げるような眩しさを強めつつある西陽のほうへ、大通りをゆく……、
「ーーうっ」
「ぁぅっ……!?」
「イエっ?」
と。ハルトのすぐ後ろを歩いていたイエが、街角から現れた声と重なって。
青年が振り向いた時には。その人影にぶつかってしまった乙女が、逆に押し出されたようにひ弱にのけぞっていた。
「っと危ないぃ!」
「ぁぅぁぅっ」
ーードサッ
ーーボギッ
あまり耳障りの良くない音が二つ落ちたが、ハルトは尻餅をつきかけたイエの背をキャッチするだけで精一杯だった。
「だ、大丈夫ですか……!?」
「俺のセリフ!」
「いいえ、あの、そちらの方の……!」
「っく……」
その呻きは。勢い余ってイエの尻をキャッチしてしまったハルトのものだったか、それとも、倒れ込んでしまった人影のものだったか。
「ごめんなさい、怪我はありませんか……!」
(んっ……?)
「おっ? なんでぃなんでぃ……?」
ハルトの腕の中から飛び出したイエが、滑り込まんばかりに助け起こした者……、
「いいや、こちらこそ……すまないことをした」
両眼を真白の眼帯で覆った、旅人の服姿の若者だった。
年の頃は18歳のハルトよりも少し上、22、3くらいか。旅人にしては色白く華奢で、長い紫髪を一本結いに垂らした相貌にも中性的な雰囲気がある。
あのアリステラも着ている『旅人の服』は外套を除いて男女でデザインに違いがあり、こちらはリネンシャツとズボンの装いだ。
採掘師が使うような使い古しの鞄を一つだけ掛けた以外には、荷物らしい荷物も無く……。
いや、もう一つあった。
旅人のそばで踏まれて真っ二つに折れた、魔術のためではない歩行用の杖だ。
「うあっ……!? わ、わるいっ、これってあんたの杖だよな!?」
「私の? ああ……まさか今しがたの音は」
いかにも、イエを助けようとしたハルトがおもいっきり踏み折ってしまったのだった。
旅人の手が石畳を探り、ささくれだった杖の断面に触れてしまって引っ込めた。
「気にしないでくれ。杖はともかく私はかすり傷だけだし、これくらいは日常茶飯……」
「気にしなくていい怪我なんて一つもありません……!」
擦りむいた手のひら、ぎこちなく曲げた膝……。だが立ち上がろうとした旅人は「っ?」、イエに両肩を押されて座り直した。座り直させられた。
(1話につき4部分構成の短編連作です)
(毎週月曜日、18時頃に更新中です)
(1話完結の翌週……つまり5週間に1回、次話の準備期間として更新にお休みを頂きます。よろしくお願いいたします)




